波乱万丈のマタタビ荘

 ――PM 5:20。

「やーーーっと来たにゃん」

 腰に手を当てたピクシーボブが、待ちくたびれたというように言った。その後ろには相澤先生と、もう一人のヒーロー、マンダレイの姿。
 一人、二人と、森を抜けた生徒たちからたどり着く。
 長丁場の移動と重なる戦闘で、疲労はピークに達した。皆、自分のことだけで精一杯で、一致団結した足並みも今はバラバラだ。

「とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねえ」

 所要時間はおよそ8時間……!

 私の計算ではもうちょっと早くたどり着く予定だったのに……。その計算が間違っていたのか、方法が間違っていたのか、考える気力も今はない。

「何が「三時間」ですか……」
「腹へった……死ぬ」
「悪いね。私たちならって意味、アレ」

 瀬呂くんの言葉にマンダレイが答える。その目安は反則でしょう……。

「実力差自慢の為か……。やらしいな……」
「ねこねこねこ……でも、正直もっとかかると思ってた」

 変わった笑い方と共に、ピクシーボブは言う。

「私の土魔獣が、思ったより簡単に攻略されちゃった」

 続いて「だからイジワルしたのにそれすらも攻略するんだもん」あっけらかんとそう言ったピクシーボブを、死んだ目で見つめた。きっと、皆も同じような目をしていると思う。(途中から魔獣やら妨害のバリエーションが増えたと思ったらそれか……!)

「いいよ、君ら……特に」

 そこ4人、とピクシーボブが指差すのは……

「躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 爆豪くん、焦凍くん、でっくん、天哉くんの四人だ。納得の人選。

「三年後が楽しみ!ツバつけてこ――!!!」
(本当にツバつけてる……!)

「それと……」

 ちょっと引いていると、ピクシーボブは私を見る。……は!ツバつけられる!?
「透ちゃん危ない離れて!」「つけるかぁ!」
 咄嗟に透ちゃんを庇ったけど、違うらしい。

「テレポートキティ!てっきりその"個性"だけかと思ったら、4人にも劣らない実力者!!」

 びしっと猫爪を向けられて。褒められたみたいなので「あざぁ〜す」とゆるく答えると、何故かぐいっとピクシーボブが顔を近付けてきた。(近い……!)

「噂によれば、横浜のイケメンヒーローが揃うグラヴィティハット事務所と親しいとか……?」
「ま…まあ……」
「紹介しなさい」
「え、えぇ〜……」
「あと、あなただけ制服も体も汚れてないのちょっと面白くない」
「いや、この"個性"ですし〜……」
「とにかく、誰でもいいから紹介しなさい……!!」

 ピクシーボブの圧が凄まじい……!!

「……。マンダレイ……あの人あんなでしたっけ」
「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」
「適齢期と言えば――……」
「と言えばて!!」

 すぐさま猫のような素早さで、ピクシーボブはでっくんの顔を肉球グローブでパンチした。

「ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」

 適齢期と言えばで何を言い出すのかと思ったら、でっくんが口にしたのは至極普通の疑問。
 ワイプシ登場シーンから一緒にいた、むすっとした男の子についてだ。私もちょっと気になっていた。

「ああ違う、この子は私の従甥だよ」

 マンダレイの"じゅうせい"……?

「従甥って?」

 ちょうど近くにいた爆豪くんに聞いてみる。

「いとこの子供」
「さっすが爆豪くん!頭良いなぁ」
「てめェ……一周回って馬鹿にしてんだろその言い方……」

 いやいや、そんなことないよぉ。

「結月、そういうところはタフだよな……」
「だよなぁ……」
「洸太!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから……」

 マンダレイが手招きするも、ふんっと洸太くんと呼ばれた男の子はそっぽを向いた。(人見知り?反抗期かな……)

「あ、えと僕、雄英高校ヒーロー科の緑谷」

 逆に歩み寄るでっくんは、少し屈んで洸太くんに手を差し出す。

「よろしくね」

 ドス!!

「「!!?」」

 その光景に目を瞬かせ、思わず口を両手で覆った。(でっくんの急所をッ……!!)

「きゅう……」チーン

 でっくーーーん!!

「緑谷ァァーー!!!」
「なんだあの子供は!?」
「あのガキンチョやべーよォォ!!」
「あれは痛てぇ……!!」
「ウ、ウェイ……!!」
「何の恨みがあって、緑谷の……」
「近頃の児童は凶暴化してるのか……?」
「…………」
「〜〜〜!!」
「…っ…っ」

 一部の男子たちが想像上の痛みに、自分の急所を押さえて悶絶している。……え?そんなに?

「「………………」」
「おい、女子……そんな目で見んな……。この痛み……お前らには一生わかんねーよ」

 ふっと乾いた笑みを浮かべる峰田くん。

「「(……た、確かに……)」」
「緑谷くん!おのれ従甥!!何故、緑谷くんの陰嚢を!!」

 口から魂を飛ばしているでっくんを支えながら、くわっと洸汰くんに怒る天哉くん。いや、間違っていない……間違っていないけどぉ!言い方ー!

 洸汰くんは無視するようにスタスタ歩いて……

「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」
「つるむ!!?いくつだ君!!」
「マセガキ」

 ……なんでちょっと嬉しそうな顔なの、爆豪くん。

「おまえに似てねえか?」
「あ?似てねえよ、つーかてめェ喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎」
「悪い」にてる…
「洸汰くん、爆豪くんと同じ反抗期なのかなぁ?」
「誰が反抗期だクソテレポ!中二病のてめェに言われたかねえわ」
「え〜」
「茶番はいい、バスから荷物降ろせ」

 相澤先生の一声に、その場は静かになった。

「部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後、入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」

 重い体に鞭を打って、バスまで荷物を取りに行く。(でっくんは天哉くんに運ばれていった。大丈夫かな)

「やっと飯にありつける〜!」
「マジ腹減ったぁ」

 周囲の声に「私もお腹空いて死にそう……」と漏らすと「ほぼ飲まず食わずでしたものね……私もです」そう疲労に頭を押さえていた百ちんが、眉を下げて弱々しく笑う。

「私……むしろ吐くものがなくて助かったかも……」

 げっそりした顔で、ずっと口元を押さえているお茶子ちゃんに「よく頑張った」と、三奈ちゃんがその背中を擦った。
 お茶子ちゃんだけでなく、耳郎ちゃんの耳たぶイヤホンはよれよれになっているし、梅雨ちゃんの舌も同様で。

 もれなく全員、満身創痍。バスから荷物を降ろすのも一苦労だ。

「これ、結月のカートだろ?」
「ありがとう、焦凍くん」

 焦凍くんからカートを受け取り、よろよろしながらもまっすぐ入口を目指して歩く。

「!?理世さん、どこに行かれるのですか!?」
「……え?」

 百ちんに呼ばれて振り返る。

「おまえ、斜めに歩いて入口から遠ざかってんぞ」

 …………おや。焦凍くんが言う通り、まっすぐ歩いてるつもりが、どうも横にずれていってたらしい。

「見た目からは分からないけど、理世も相当キてるっぽいね……」
「なんかもう平衡感覚が分からなくって……」
「理世ちゃん、一緒に行きましょう」

 耳郎ちゃんと梅雨ちゃんに挟まれ、誘導されるように一緒に施設へ向かった。

「涼しい〜」
「生き返る〜」
「ケロ〜」

 エアコンの偉大さを感じながら「女子部屋はこっち」と、マンダレイの案内に着いて行く。

「和室だー!」

 部屋に着くなり、三奈ちゃんが元気に声を上げた。
 さほど広くはないけど、皆とここでお泊まりという事で、ちょっとテンションが上がる。

「あら、ここは物置ですか……?それでも小さいような……」
「百ちゃん。ここが一般的な宿泊施設のお部屋よ」
「ちかれたぁ、寝転がりたぁい」
「同感〜ちょっと休んでいかへん?」
「ちょっと理世もお茶子も、あんたらそれしたら絶対起き上がれなくなるから却下」
「みんなで布団並べて寝るんだね!」
「私はじっこ!透明だから踏まれないように!」

 荷物を置いたら、すぐにその足で先程マンダレイに教えてもらった食堂へ向かう。
 室内は所々猫のモチーフになっており、可愛いなぁと眺めながら歩いていると(猫好きにはたまらにゃい的な)

 廊下で男子皆とも一緒になった。その中には元気になったでっくんの姿もあって良かった。
 
「「うおお……!!」」
「すごい!ご馳走だ〜!」

 食堂に入った瞬間、一斉に歓声が湧き起こる。
 長テーブルには様々な料理がずらりと並んでいて、見ているだけで食欲がそそられる!(サラダ、エビフライ、餃子に唐揚げ……ローストビーフにトンカツまで!)

 奥の席には、すでに食事をするB組の姿が。

「B組のやつらはどうやって来たんだろうな……」

 砂藤くんの言葉に、一同確かにと首を傾げた。
 途中から別ルートを辿ったのは確かだ。
 その横で「おーい!鉄哲!」と、切島くんが親しげに呼ぶ。

「おぉ!切島って……おまえらボロボロじゃねえか!?」

 驚く鉄哲くんとB組の面々。彼らも所々服が汚れているけど、こちらの非ではない。

「あれあれ〜?君たち、まるでボロ雑巾のようじゃないか!!」
「「(出た……)」」

 声高々に話しかけて来たのは、もちろん……

「物間くん、わざわざ立ってこっちに来なくても……」
「あの程度の山でそんなに手こずったの!?僕らより優秀なハズの君たちがぁ!?」

 ドヤ顔の彼をスルーして、近くの端の席に座っていた鱗くんに詳しい話を聞く。

「俺たち、プッシーキャッツの一員とかいう《虎》に引き連れられ、山頂からトレイルランニングして来たんだよ」

 "個性"使用禁止の、休憩なしのぶっ通しだったらしい。(うっわぁ……)

「良かったな、結月。そっちじゃなくて……」

 切島くんの言葉に「確実に死んでたね」と笑う。

「その感じだとA組は違ったのか」
「こっちは魔獣の森を抜けて来て……」
「魔獣の森……?途中で崖から落ちて頭を打ったんだね、結月さん」可哀想に…
「崖から落ちてないし、頭も打ってないよぉ、物間くん」
「ピクシーボブの"個性"でか……。そっちはそっちで大変だったんだな」

 お疲れ、と最後に労いの言葉をくれる鱗くんは常識人の良い人だ。隣で難癖つけて騒いでる物間くんは見習ってほしい。

「私、お腹空いて死にそうだったんだ。物間くんの相手してる場合じゃない」
「なっ……!誰が君に相手してもらってるってぇぇ!?」
「いいから物間もご飯食べなよ」

 ――そして。

「また……!私の席がな〜い!!」

 本日二度目だよ……!

「早い者勝ちさ、結月さん」
「どっちにしろ飯田ちゃん案で出席番号順に座ってたから、理世ちゃんが必然的に余るわね」

 青山くんに続いて梅雨ちゃんが言った。確かに若干ずれているけど、出席番号順でまとまっている。

「結月さん!こっち詰めたから、俺の隣で良いなら……」
「尾白くん〜!」

 素敵男子!ありがとうと尾白くんの隣、口田くんの前の席に座った。

「いただきまーす!」

 両手を合わせ、皆から一歩遅れて食事を始める。
「……んん!おいしいっ!」
 お腹が空いてたから余計に。

「理世さん、こちらのローストビーフもとってもおいしいですわよ」

 良かったらお取りしましょうか、という斜め前の席の百ちんに、取り皿を渡して取ってもらった。

「舌が肥えてそうな百ちんが言うんだから間違いないね」
「私の舌が肥えてるかは分かりませんが……うちの料理長が作る味と同じぐらいおいしいですわ!」
「そりゃあ通りでおいしいわけだ」

 尾白くんが笑う。前では口田くんがもりもりと良い食べっぷり。

「へぇ、女子部屋は普通の広さなんだなじゃあ」
「男子は大部屋なの?」
「男子の大部屋見たい!ねえねえ見に行ってもいい、後で!」
「おー来い来い」

 向かいの席の瀬呂くんと耳郎ちゃんの会話に、別の席の三奈ちゃんが振り返って食いついてる。

「女子部屋も和室?」
「うん、透ちゃんは踏まれないようにはじっこが良いって言ってた」
「はは、葉隠さんならそうだな」
「私は布団で寝るのは初めてですから、安眠できるか心配ですわ……」
「八百万家……洋式の豪邸だったもんな」
「疲れてるからきっとぐっすり寝れるよ。焦凍くんの実家は豪邸?百ちんぐらいすごそうなイメージ」

 尾白くんの横からひょいっと顔を出して、その隣で黙々と食べている焦凍くんに声をかけた。あのエンデヴァーの実家だ。それなりの家庭環境じゃないかな。

「うちは和風の一軒家だ。八百万ほどじゃねえと思う。講堂とかねえし。鍛練所やトレーニングルーム、離れはあるが……」

 最後の方の言葉を聞いて「きっと豪邸だ」と、尾白くん、百ちん、口田くんと顔を見合わせて笑い合った。

 こんな風に、会話を楽しみながら食事をする一方で……

「魚も肉も野菜も……ぜいたくだぜえ!!」
「美味しい!!米美味しい!!」

 同じ席の反対に座る上鳴くんと切島くんは、すごい勢いでご飯を掻き込んで食べているらしい。
「喉に詰まらすぞ……」
 その隣で、呆れつつも常闇くんが心配そうに言った。

「五臓六腑に染み渡る!!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!!いつまででも噛んでいたい!」――はっ!
「土鍋……!?」
「土鍋ですか!?」

 料理を追加しに来たピクシーボブに、異様なテンションで尋ねる二人。

「うん。つーか、腹減りすぎて妙なテンションなってんね」
「「やっぱり土鍋だったーー!!」」

 泣きながら喜んでいる……!

「まー色々世話焼くのは今日だけだし、食べれるだけ食べな」
「あ、洸汰。そのお野菜運んどいて」

 パタパタと忙しそうなマンダレイは、近くに立っていた洸汰くんに声をかけた。

「フン……」

 相変わらず仏頂面で、しぶしぶというように手伝う洸汰くん。(そういえば……洸汰くんって、ヒーローをよく思ってないのかな)

『ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ』

 さっきのその口振りからすると――……

「結月。こっちに揚げたてのエビフライきたが、食べるか?」
「あ、うんっ食べたい。焦凍くん、タルタルもつけて〜」

 揚げ物は揚げたてに限る!
 そして、エビフライにはタルタルソース!

「分かった。これぐらい?」
「もっとかけて」
「結月……それはエビフライではなく、タルタルソースがメインになるのでは……」

 常闇くんのつっこみに「おいしいよね、タルタルソース」と、耳郎ちゃんが笑った。


 ……――お腹が満たされた後は。


「ねー!見て!露天風呂があるよー!」
「三奈ちゃん、走ったら危ないよ〜?」

 ちっちゃい子じゃないんだからぁ。

「でも、怪我する前に結月が助けてくれるでしょ?」

 にっと三奈ちゃんは笑う。信頼されて嬉しい反面、もうちょっと注意力は持ってほしい的な。

 ……それはそうと。

(女の子同士とはいえ、裸はちょっと恥ずかしいな)

「上質な猫の毛並みのようにシャンプーだって!」
「おもしろ〜い」
「オリジナルのものですわね」

 透ちゃんはともかく、三奈ちゃんと百ちんは全然気にならないようで、堂々としててさすがというか……。
 なんとなくタオルで体の前を隠して、洗い場に向かうと――何かにタオルの裾を引っ張られた。

「!?」
「隠されると見たくなりますなぁ!」

 透ちゃんか!全裸なため、姿がまったく見えない。ぐいぐいとタオルを引っ張られる。

「ちょ、透ちゃんっ」
「よいではないか、よいではないか」
「……およしになって、お代官さま〜!」
「結局、乗るんかい!」
「理世ちゃん、基本ノリが良いものね」
「楽しそうやね〜」


 カポ――……ン


「気持ちいいねえ」
「温泉あるなんてサイコーだわ」

 皆で肩まで温泉に浸かる。

「自然の中の露天風呂ってのがまた〜」
「疲れが癒されますわね……」

 一同に「ふあぁ」と、至福の声を漏らした。

「私たち、今日はよく頑張ったよねー」
「あの距離を魔獣を倒しながらね!」

 透ちゃんと三奈ちゃんの言葉に、うんうんと同意する。

「三奈ちゃん、前線で頑張っとたもんね!」
「麗日も浮かせたり落としたり、頑張ってたじゃん!」
「葉隠さんの囮に耳郎さんの索敵……皆さんのお力があってこそですわ」

 いつしか反省会ならぬ、良かった所を褒め合う会になっていた。

「理世ちゃんもみんなをまとめあげててすごかったわ」
「ほんまの司令官みたいやった!」
「共闘の発案とかでも、一人一人の"個性"の特徴とか、よく把握してて感心したよ」
「そりゃあ今日までほぼ毎日、ヒーロー基礎学でみんなの"個性"を見てるからね〜」

 耳郎ちゃんの言葉に笑って答えて「まあでっくんほどじゃないけど」そう付け加えたら、皆からも「確かに」と、笑い声が起きる。


 そんな和やかな雰囲気が……


「峰田くん、やめたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」


 壁の向こうから響く天哉くんの声によって、一転する。

「峰田くーん………」
「覗きは立派な犯罪だろ……」
「ど、どうする?」
「飯田ちゃんたちが止めてくれるとは思うけど……」
「壁とは越える為にある!!"Plus Ultra"プルスウルトラ!!!」
「速っ!!」
「校訓を穢すんじゃないよ!!」
「「……………………」」

 壁の向こうの騒動は、収まるどころか大きくなっている。

「もしかして……あいつ、もぎもぎで登ってきてんの!?」

 ついに一線を越える気か、峰田……!

 立ち上がると、前をタオルで隠したまま桶を掴む。(頭が見えた瞬間、飛んで、これで叩き落とす!)

「理世さん!私の"個性"で――」

 百ちんが何かを創り出す前に、壁と壁の空間から、バッと誰かか飛び出した。

 ――洸汰くんだ。

「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ」
「くそガキィイイィイ!!?」

 完璧な正論と共に、どうやら峰田くんを落としてくれたらしい。

「ナイス、洸汰くん!」
「やっぱり峰田ちゃん、サイテーね」
「ありがと、洸汰くーん!」

 こちらを振り返る洸汰くんは……

「わっ……あ……」

 女子風呂の光景に驚いてか、後ろにバランスを崩した。(っ落ちて、頭を打ったらまずい――!!)

「「え!?!?」」

 瞬間。テレポートして洸汰くんに手を伸ばすも、届かない!

(しまっ……)
「――危ない!」

 落ちる洸汰くんを、頭を守るように受け止めたのは、でっくんだった。

「良かった……」

 壁の上にうつ伏せに寄りかかり、ほっと胸を撫で下ろす。

「大丈夫だよ、結月さん。寸前で受け止め…………」

 こちらを見上げるでっくんと、目が合った。

 ………………

「〜〜〜!!?」
「△○□×〜〜!!」

 声にならない悲鳴が口から出た。慌ててテレポートで離れる。

「うあぁ!!私のバカぁぁ――!――!――!――!!!」

 向こうにはでっくんたちがいるのに、咄嗟にこんな格好で飛び出して!!(現にちゃんとでっくんが助けてくれたのに!)

 膝を着くとそのまま顔を伏せる。(恥ずかしすぎる〜)

「理世さんっ、お気を確かに……!」
「これじゃあ峰田と一緒だよぉ〜」

 でっくんがタオルを腰に巻いていてくれて、本当に良かった……!(そして、私も前をタオルで隠してて良かった……!)

「いや、あいつとは全然違うでしょ!」
「理世さんの行いは立派ですわ!!」
「そーだよ!」
「ヒーロー志望としては完璧よ、理世ちゃん」
「真っ先に助けようとするのが結月の良いとこじゃん!!」
「結月さんっ!僕、みみ見て…見て…見てな……」
「デクくん!余計ややこしくなるから今は黙って!!」
「ごめんなさい!!」

 皆は優しいから慰めてくれるけど……(不覚……一生の不覚……!)

「いっそ爆豪くんに木っ端微塵に爆破されたい……!……!……!!」
「「(重症だ…………)」」
「………………しねえよ」


 それか海の底の物言わぬ貝になりたい……。


「……救助の鑑だな、結月さんは」びっくりした…
「……良くも悪くも……無意識に動いてしまうんだろうな……」
「前をタオルで隠してなけりゃあ……!!」
「やめろ、上鳴。結月の行いを侮辱する発言だぞ」
「サイテイ!」
「ダークシャドウまで……!?」
「……あいつには、たまにハラハラさせられるな」
「てめェの状態ぐらい把握してから動けや……つか、気軽に話しかけんじゃねえよ半分野郎!!」
「悪い」


 ――結月くん!!


 壁の向かうから、よく通る声で名前を呼ばれて半べその顔を上げる。

「どうして自分を責める必要がある!?君は洸汰くんを助けようとしたのだろう!!自分が全裸だと忘れてしまうほどに根付いたヒーロー精神に、恥じるべき所なんて一つもない!!!」
「……天哉くん……」
「僕は同じヒーロー志望として、君の行動を立派だと尊敬しているし、友として心から誇りに思うぞ!!」
「……っ!てんて〜〜ん!!!」
「「(……。なんだこれ……)」」

 天哉くん……壁の向こうからでも、君の言葉はしっかりと伝わったよ……!

「――さすがだ、委員長」
「よく見ろ、常闇。あいつ全裸で言ってんだぞ」
「飯田くん、ええこと言う……!!」
「ちょっとつっこみたい部分もあるけど……」
「理世ちゃんがこれで立ち直ってくれるなら結果オーライってことで!」
「またしても、飯田さんに……!」
「ヤオモモは飯田に張り合わなくて良いと思うよ」
「この状況であんな風に言えるのは飯田ちゃんだけね」


 ***


(洸汰くん、気を失ってたみたいだから大丈夫かなぁ)

 廊下を一人歩きながら思い出す。

 皆は男子の大部屋を見に行ったけど……。気持ちを切り替えたとはいえ、さっきの今で顔を会わすメンタルは、さすがの私も持ち合わせていない。
 途中、自販機で冷たい飲み物を買っていると、廊下を一人歩くでっくんの姿を見つけた。
 ……なんだか暗い顔をしているみたい。

「でっくん!」
「……結月さん!」

 気まずさなんて忘れて、声をかけた。

「――……そっかぁ。洸汰くん、ヒーロー嫌いなのかなって思ってたけど、そんな事情があったんだ」
「……うん」

 お互い手の中にある缶を見つめながら、話す。
 洸汰くんの事を聞いたら、落下の恐怖で失神してしまっただけなので大丈夫らしい。
 同時に、先程マンダレイとピクシーボブから聞いたという洸汰くんの事情を、でっくんは話してくれた。

 洸汰くんのご両親はヒーローで……ヴィランから市民を守り、殉職したという。

 このご時世、珍しい話じゃない。

 ……悲しい事だけど、織田作さんが保護した子たちの中には、そんな事情の子もいる。

 対岸の火に見える悲劇が、いつ自分の身に降りかかるかなんて、その時にならないと誰にも分からない。

(私だって、そうだ――)

「洸汰くん、ヒーローが嫌いにもなるか……」
「結月さんも……そう思うよね」

 自分のことを置いて行ってしまったのに、周囲が誉めたたえて……そんな風に追い詰められたら。やり場のない感情が、ただそこに向けられただけだ。

「それで、でっくんはそんな暗い顔してたのね」
「……僕、そんなに暗い顔してた?」
「してた」
「はは……結月さんには敵わないや」

 でっくんが顔に出やすいだけだと思うな。

「さっきも誰よりも早く、洸汰くんを助けようとしてすごいなって……――っ!」

 そう言った後、でっくんは思い出したように顔を赤くするから……
 私も思い出して、[D:38960]が熱くなるのを感じる。

「「〜〜〜っ!!」」

 誰かっ!この気まずい空気を壊すヒーローは……!!

「――お、緑谷と結月」

 ヒーロー、ショート!

「おまえ、さっきの行動はさすがにどうかと思うぞ」
「轟くん、蒸し返すのは……!」

 私の顔を見るや否や、焦凍くんは言った。でっくんはあわあわし、ある意味、その場の空気は壊してくれた。

「……焦凍くん。傷口に塩を塗るって言葉、知ってる?」
「知ってる」

 さも当然と答えた焦凍くんに、私は頭を抱えた。

「とっ、轟くんも飲み物買いに来たの?」

 話題を変えるように言ったでっくんの質問に、焦凍くんは「バルコニーで涼んでた」と、答える。

「星が綺麗だったぞ」

 続けてそう言った焦凍くんは、私が星の観測をしたいと言っていたのを覚えていたらしい。

「理世ちゃーん!あ、二人、男子部屋におらへんと思ったら一緒だったんやね!」

 その場にお茶子ちゃんがやってきた。

「相澤先生がやって来て、早く寝ろって怒られてね……理世ちゃん部屋にいないから探しに」
「わざわざ探しに来てくれてありがとう、お茶子ちゃん」
「じゃあ僕らも戻ろっか、轟くん」
「そうだな」

 二人に「おやすみ」と挨拶を交わし、お茶子ちゃんと一緒に女子部屋に戻る。

 ……私は足を止めた。

「理世ちゃん?」
「お茶子ちゃんも星、好きだったよね?」
「へ?うん、好きやけど……」

 にっというように笑う。きょとんとするお茶子ちゃんの、その手を取った。「理世ちゃん!?」


 お茶子ちゃんを連れて、テレポートを繰返し、やって来たのは――マタタビ荘の屋根の上。

「うわぁ……!」

 少し近くなった空から、瞬く星がこぼれ落ちそう。

「すごい綺麗……!」
「普段は見えないけど、山の中だとこんなに綺麗に見えるんだね!」
「理世ちゃん、夏の大三角形があんなにはっきり見えるよ!」

 お茶子ちゃんはあれがデネブで……アルタイル、ベガと、指差し教えてくれる。
 星は好きだけど、星座にはそんなに詳しくないから(冬の大三角形なら見つけやすいから分かるぐらい)勉強になる。

「……えへへ」
「?どうしたの、お茶子ちゃん」
「理世ちゃんに連れて来てもらって、一緒に星空見られて嬉しいなって」
「私も見たかったから付き合わせちゃった感じだけどね」
「ううん、ありがとう!……なんか、理世ちゃんとならどこへでも行けそう」

 麗らかな笑顔で笑うお茶子ちゃん。

「……私の"個性"では行けない宇宙には、きっとお茶子ちゃんの"個性"なら行けちゃうね」

 体力テストの際に投げた、お茶子ちゃんのボールは未だ見つかっていないという。
 あのままお茶子ちゃんが"個性"を解除しなければ、きっとあのボールは宇宙に旅立っていただろうな。

「理世ちゃんは宇宙に行ってみたい?」
「宇宙から地球を見てみたいと思うけど、ちょっと怖さもあるかな」
「私は、いつか行ってみたい!無重力になっても気持ち悪くならへんなんて、すごない!?」
「え、そこなの?」

 弾む会話に、星空の下でお茶子ちゃんとくすくすと笑い合った。

「――……君たち、ずいぶん楽しそうだな」
「「っ!相澤先生!?」」

 背後から聞こえた低い声。
 毎度のこと気配がない相澤先生がそこに立っていて、めちゃくちゃ驚いた。心臓に悪い!

「おまえたち、自分が置かれている状況が分かってんのか」
「お茶子ちゃんは悪くないです!私が強引に連れ出しただけで……!」
「理世ちゃん……っ」
「んなこと分かりきってる」

 ……。いや、そうキッパリ言われると……。

「……まあ、いい。今後は勝手な出歩きは禁止。念のため、警戒心は怠るなよ」

「はい!」とお茶子ちゃんとしかと返事した。お咎めなくて良かったぁ……

「相澤先生はよくこの場所が分かりましたね?」
「見回りに来て偶然にな」

 お茶子ちゃんの質問に、相澤先生は夜空を見上げながら答える。プッシーキャッツと共に、夜通し交代で見回りをするらしい。

「この星空を目に焼き付けたか――?」

 そう不意に。まさか、相澤先生からそんなロマンティックな言葉を聞けるなんて……!

 お茶子ちゃんと驚いていると……

「明日からは空を眺めるなんて、んな余裕は一切ないからな」

 真顔で言い切った先生に、たぶん二人とも顔を引き吊らせている。

「ちなみに……八百万にも伝えたが、明日の集合時間は5時半だ」
「「相澤先生、おやすみなさい!!」」


 急いでお茶子ちゃんを連れて、部屋へと戻った。





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「次回!相澤くんの顔が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるぞ!!お楽しみに!HAHAHA!」
(カバー裏予告風)


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