地獄の猛特訓

 一斉に鳴る目覚ましの音で、目が覚める。
 枕元にあるスマホを手探りで探しながら、アラームを止めた。ぼんやりした視界に、映し出される時刻は4:30――。昨日、自分で設定した時刻だけど……。(ね……眠い……)

「まだ4時半〜……」
「あと30分……寝れる……」
「ケロ……」

 同じように止めて、そんな寝惚け声があちらこちらから。

「皆さん、眠いのは分かりますが……、起きないと朝食を食べる時間がなくなってしまいますわよ……」
 
 一人、百ちんの凛とした声が響く。さすが、と思った直後に百ちんが「ふぁ」と、あくびする。眠いのは皆一緒だ。

「……私、パ〜ス……」
「私も……今日も吐くかも知れんし……」
「ウチも……それよりぎりぎりまで寝てたい……」
「……体が持たなくても知りませんからね」

 三奈ちゃん、お茶子ちゃん、耳郎ちゃん。声が聞こえない透ちゃんに至っては熟睡しているらしい。
 もそもそと眠け眼で、あらかじめ近くに用意してあった体操服に着替える。
「まあ……!ちゃんと起きてえらいですわ、理世さん!」
 百ちんに褒められた。

("個性"にしても、頭脳派の私は脳に糖分を送らなきゃだから、眠いけど朝食は欠かせない……)

 裸族なのか、全裸で寝ている透ちゃんに驚きつつ(三奈ちゃんはすごい寝相で寝てるな……)百ちんと二人で食堂へ向かった。


「やあ!結月くん、八百万くん、おはよう!清々しい朝だな!」
「おはようございます、飯田さん」
「天哉くんの笑顔が眩しい……」

 食堂に入ると、朝から清々しい挨拶をしてくれた天哉くんと……

「あ――結月さん!おはよう」
「でっくん、おはよう」

 同じく清々しい笑顔を浮かべるでっくんが出迎えてくれた。眩しい。

「おまえは眠そうだな」

 小さく笑う焦凍くんの言葉に「うん、眠い」と、素直に答える。
 他にも常闇くんや尾白くん、障子くんに口田くん。皆、朝から爽やか顔をしていてすごい……。

 朝食はビュッフェ形式らしい。

 起きたてであまり食べられそうにないので、バナナとヨーグルと――コーヒーを淹れる。
 百ちんは自身の"個性"に食事は必要不可欠なので、がっつりと朝食をおぼんに乗せていた。

「……おまえ、寝るか食うかどっちかにしろや」

 目を閉じてバナナをもさもさ食べていたら、前の席に座った爆豪くんにそう言われた。

 起きてるんだけど、瞼が重いだけで。

 見ると、おぼんには意外にもバランスよく朝食が乗せられている。

「爆豪くん、なんか目が覚めそうなこと言って」
「ああ?」

 コーヒーには、砂糖とミルクをたっぷりと入れる。

「…………おい、肩に蜂が止まってんぞ」
「ぎゃあ!?」

 かき混ぜていたスプーンを持ったままテレポートした。

「どうしました!?理世さんっ」

 驚き駆け寄る百ちんに、でっくんや天哉くんたちも続く。唖然としていると、目の前の爆豪くんは肩を揺らして笑っていた。

「良かったな、目ェ覚めて」
「…………おかげさまで、ありがとう!」

 ばっちり目が覚めた。絶妙な間を置いて言われたから、すっかり騙された。
 苦笑いを浮かべながら百ちんが隣に座る。お騒がせしてごめん。

 今いるメンバーで朝食を食べ終わる頃には、第二陣の皆が慌てて入って来た。
 その中に女子の姿はいないから、まだ寝ているらしい。(そういえば、B組の姿もないな……)

「皆さんに何か簡単に食べられるものでも持っていきましょうか」
「そうだね〜」

 部屋に戻ると、皆を叩き起こすところから始まる。


 ――合宿二日目。AM5:30、きっかり。


「お早う諸君」

 空が青白い明るみから朝焼けを帯び始めた頃……集合場所に既に立っていた相澤先生は、相変わらず淡々とした口調で言う。

 ほとんどの人たちがまだボー……としている。
 なかなか起きない女子たちは、百ちんと二人で強引に支度と朝食を食べさせ、連れ出してきたもんだから……お茶子ちゃんの寝癖は付いたままで、梅雨ちゃんはいつも髪を結いでるけど、降ろしたままだ。それは男子も大差ない。(上鳴くんの寝癖はともかく。青山くんがアンニュイだ……!)

「本日から本格的に強化合宿を始める。今、合宿の目的は全員の強化及びそれによる"仮免"の取得」

 仮免――緊急時における"個性"行使の限定許可証。
 これがあれば、ステイン戦の時のように問題になる事はない。(つまり、安吾さんに迷惑をかけることもない)

「具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 通常、二年前期で取得予定のものらしいけど、活性化してきたヴィランに対して、自衛の術を持たせようとの学校の判断だという。

「というわけで爆豪。こいつを投げてみろ」

 相澤先生はどこから取り出したボールを、爆豪くんに投げる。

「これ……体力テストの……」
「前回の……入学直後の記録は705.2m……どんだけ伸びてるかな」

 あぁ……なるほど。

「おお!成長具合か!」
「この三ヶ月色々濃かったからな!1qとかいくんじゃねえの!?」
「いったれバクゴー!」

 皆からの声援を受けながら、ぐるぐると腕を回す爆豪くん。

「んじゃ、よっこら……」

 投げるフォームに、

「くたばれ!!」

 くたばれ!澄みきった空に、勢いよく投げられたボールはすぐに見えなくなった。
 ピピッ……と、相澤先生の手の中で測定器が鳴る。

「709.6m」
「あれ……?思ったより……」
「全然伸びてないね〜」
「約三ヶ月間。様々な経験を経て、確かに君らは成長している」

 相澤先生は皆に説明する。

「だが、それはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、"個性"そのものは、今見た通りでそこまで成長していない。だから、今日から君らの"個性"を伸ばす」

 ごくり、と誰かの息を呑む音が聞こえた。

「死ぬ程キツイが、くれぐれも……死なないように――……」

 死、死ぬほど……。相澤先生はそう言って、体力テストの時と同じような悪い笑顔を浮かべた。

「でも……!"個性"を伸ばすって……」
「俺らタイプもバラバラだし、どうやって伸ばすんすか!?」

 切島くんの異議に、上鳴くんが続く。

「簡単だ。筋繊維は酷使することにより壊れ……強く太くなる」
「"個性"は身体能力……」

 私の呟きに、相澤先生は「そうだ」と頷いた。以前、太宰さんと話した内容だ。

「"個性"も同じだ。使い続ければ強くなり、でなければ衰える」

 すなわち、やるべきことは一つ。

「――各々の限界突破だ」

 限界、突破……!!
 皆が同じように呟いた。

「これから、それぞれ"個性"に合わせて特訓をしてもらう。そこで、彼女らだ」
「そうなの、あちきら四位一体!」

 聞こえた声に「うおお!」と、でっくんがすかさず声を上げた。

「煌めく眼でロックオン!!」
「猫の手、手助けやって来る!!」
「どこからともなくやって来る……」(!?)
「キュートにキャットにスティンガー!!」

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!

 ――4人でポーズを決めるワイプシの皆さん。ぽかーんとするその場に、でっくんだけが「フルver……!!」と、4人揃った登場シーンに感激していた。なんかもう感心する。

「あちきの"個性"《サーチ》!この目で見た人の情報、100人まで丸わかり!居場所も弱点も!」

 彼女はラグドールというらしい。なんか不思議ちゃんキャラだ。

「私の《土流》で各々の鍛練に見合う場を形成!」
「そして、私の《テレパス》で一度に複数の人間へアドバイス」

 マンダレイの"個性"ってテレパスだったんだ。伝達に便利な"個性"。

「そこを我が殴る蹴るの暴行よ……!」
「「(色々ダメだろ)」」

 ……なんか……虎、さん?だけ、一人毛色が違うような……。

「どんな特訓になるんやろうね……」
「うん、なんかちょっと不安的な……」

 すっかり目を覚ましたお茶子ちゃんと、ひそひそと小声で話す。

「お茶子、とりあえず寝癖整えたら?」
「あ!」

 耳郎ちゃんに指摘されて、恥ずかしそうにお茶子ちゃんは手櫛で髪を直した。


 ***


「イレイザーイレイザー」
「なんです、ラグドール」
「一人、事前にもらったデータと"個性"の内容が違う子がいるよ」
「……はい?」
「ほら、あの子!轟って子と同じ、複合型の"個性"だよ」

 ……………………。

「………………はぁ!?!?」


 複合型の、"個性"だと……!?


「アッハハ!イレイザー変な顔〜!」


 ***


「結月〜〜……!!」
「「!?」」

 いきなりゴゴゴ……と、威圧感を出す相澤先生に名前を呼ばれたのは、――私!?

「ちょっと理世……!あんた、一体何したの?」
「し、知らない……!何もやってないよ!」

 たぶん……!耳郎ちゃんの言葉に、慌てて首を横に振って否定する。

「結月、ちょっとこっち来い」

 ちょいちょいと手招きする相澤先生。

「〜〜切島くんっ!一緒に来て!」

 助けを求めるのは、クラス一性格が良くて面倒見の良い切島くんに。

「い、一緒にいってやりてえのは山々だけど……」
「別に取って食ったりしねえから、はよ来い」

 相澤先生に急かされ、しぶしぶとその猫背気味の背中を追った。

「――結月。おまえ、発動型じゃなくて、複合型の"個性"なのか」
「あ、はい。そうです」

 皆から少し離れた場所まで歩き、立ち止まったかと思えば、すぐに相澤先生にそう問われた。素直に答えると、先生ははぁと重いため息を吐く。

「学校への届けは発動型になってるが?」
「あっ、私の"個性"、珍しいものみたいで……一見わからないですし、発動型で通してて……」
「通してるって、特務課の届けは……坂口さんが管理してんのか」
「はい。第一級稀少個性の括りになるから、詳細も安吾さん以上の役職じゃないと知らないかと……」

 そう説明すると、今度は、じっと物言わず私を見つめる相澤先生。

「もしかして……、"個性"詐称で退学とかの可能性とか……!?」

 慌てて聞くと「いや、まあ、おまえの場合は大丈夫だろ」と、先生は話す。

「例えば、無個性なのに"個性"があると偽ったり、能力の大きな違いを故意に詐称したら問題になるが……」

 "個性"の能力が後から違うものと分かる事例も多いことから、その辺は寛容らしい。

「特務課が"個性"の詳細を伏せる、しかるべき理由があってのことみてえだからな」

 少し考え、私は"個性"の詳細を相澤先生に話す事にした。先生なら信頼が置ける人物なので、安吾さんも咎めないだろう。

「……なるほどな。ご両親とも珍しい空間移動系の"個性"だったのか」
「はい。それぞれの"個性"を引き継いで、"個性"の師が言うには、その二つの能力を融合させて使ってるみたいです」

 単純に自分をテレポートさせるだけなら一つの能力だけど、壁を越えるとかだともう一つの能力の"法則"が作用している……というように。
 
「……相澤先生が体育祭で、触れずにテレポートしてみせた時『"個性"を開花させたのか』って言ってましたけど……あれはもう一つの能力を使ってたんです」

 そう言って、私は手のひらにその辺に転がっていた小石を転移させて見せた。

「まあまだ、こっちの能力は使いすぎると反動が大きくて、使いこなせてませんが」
「……納得したよ。いまいちおまえの"個性"能力は、あやふやに感じていたからな」

 さすが相澤先生、鋭い。

「ちなみに本来の"個性"の形を知っている人物は?」
「私が知ってる限り、安吾さんと親しい特務課の方々と、"個性"の師……ぐらいですかね」

 乱歩さんには直接言っていないけど、察してそうな気もする。

「言われてると思うが、今後も"個性"については他言無用で注意しろ。俺もこの事は内密にする。一応責任者である校長には話さねえといけなくなるが……まあ、その時は坂口さんに相談する」

 相澤先生の言葉に「分かりました」と頷いた。

「(しっかし……規格外な"個性"だな。どう伸ばしてやるか……。つーかここ数年で一番驚いたぞ)」
「……あの、相澤先生、そんな面倒臭そうな顔しなくても」
「……いや、難儀な"個性"だなと思ってただけだよ」

 ……同じような意味合いですよね。

「おまえのその"個性"の師とやらからはどういう指導を受けてる?」
「さっき先生が言ってたこととほぼ同じでした。……あ、身心に過度な負担が起こらないように、徐々に負荷をかけるのが望ましいって……」

 そう答えると、再び相澤先生は顎に手を当て思案するように黙り込んだ。

「("個性"を把握してそうな師がいるなら、下手にこっちで手出しするのは問題か?なら、緑谷と一緒に我ーズブートキャンプに……)」
(あ、なんか超嫌な予感がする)

 私の危機管理能力が警報を告げると同時に、口を開く。

「相澤先生。私、触れない方の能力を使いこなせてないので……その訓練がしたいです!!」

 熱意を込めて言うと、相澤先生は「そうか」と、少し驚いたように目を見開き、ラグドールと相談して訓練方法を決めてくれるそうだ。

 それにしても……私は小高い丘に移動して周囲を眺める。

(……。地獄絵図だなぁ)

 過酷な訓練に、生徒たちの阿鼻叫喚。

(いやぁ、とても言葉じゃ言い表せない……)

 引きながらその光景を眺めていると、ブラドキング先生に連れられたB組の生徒たちが到着した模様。
 そして、プッシーキャッツの4人は、B組の面々にも登場シーン(フルver)を見せていた。


「ってなわけで!私がマンツーマンで指導してあげちゃうよ、テレポキティ!!」
「わぁ!よろしくお願いします!」

 現れたのはびしっとポーズを決めるピクシーボブ。(あ、なんか楽しく特訓できそう)

 私の"個性"伸ばし特訓の内容は……

「私が造り出す魔獣の攻撃を避けつつ、Aの魔獣には触れて飛ばし、Bの魔獣は触れずに飛ばすこと」

 "触れる"と"触れない"、一度に鍛えられるし、ついでに反射神経も鍛えられそうで実に合理的だ。

「じゃあ、魔獣を二体造るから……どっちをAとBにするか、自分で好きな方に決めな」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」

 早々に待ったをかけた。きょとんとするピクシーボブ。

「魔獣が、怖すぎます!」

 昨日も思っていたこと。魔獣は色んなタイプがいたけど、どれも皆、見た目が怖くてちょっとグロテスクなのは何故なのか。(ホラーゲームに出てきそうな……)

「当たり前じゃん、魔獣なんだから」
「怖くてモチベーションが上がらないです」
「モチベ!?……生意気キティだね!」
「え〜でも、ピクシーボブ自身は可愛いのに……」

 何故、造形はこうなるのか。普通に疑問。

「そりゃあ私の見た目が可愛いからこそ、魔獣に威圧感を持たせないと」

 ……なるほど。

「逆に……ピクシーボブ自身は可愛いのに、魔獣がこうってことは、ピクシーボブも実はやばい人なんじゃないかってなりません?」

 ふと思ったことを口にしたら、ピクシーボブは雷に撃たれたような衝撃を受けている。

「はっ……まさか……、私の婚カツが成功しないのはそれが原因……!?」
「私なら……『もしかして地雷系女子かな?』って、警戒しますね〜」
「きっとそう!自分でもなんで上手くいかないか不思議だったの!!」

 謎は解けた!と、ピクシーボブはスッキリしたようだ。

「じゃあ、こんな風に可愛いく造ってみたらどうですか?」

 提案。その辺に落ちた枝を手の中に転移させると、地面に"びゃっこ"と"らしょうもん"の絵を描く。

「へぇ〜なかなか上手だね。マスコットキャラのびゃっことらしょうもんだ」

 私の好きなキャラクターでもある彼らが襲ってくるなら怖くもないし、モチベも上がる。

「よし!いっちょやってみるか――!」

 ぺろりと舌舐めずりし、ピクシーボブは土に手を当て、再び造り出した。

「まだ怖いです、ピクシーボブ!」
「う〜ん、こりゃ癖になってるな……」
「あ、ちょっとマシになった」
「前進前進♪」
「近い……!近いです……!あとは顔がもっとプリティーに……」
「これでどうかにゃん!」
「完璧……!完璧なびゃっことらしょうもんです!すごいっピクシーボブ!!」

 魔獣みがなくなって、そこには愛らしい土でできた中型犬ぐらいの大きさのびゃっことらしょうが。

「「いえーい!!」」

 ピクシーボブと両手でハイタッチ。すっかり特訓を忘れていたけど、テンションも上がったし、いよいよここからが本番だ。

「じゃあ……、びゃっこがAで、らしょうもんをBにします」

 もちろんAとBに対して間違った飛ばし方をしてもアウト。集中する。

「(……良い集中力。実力は確かなのよねん。どれぐらい成長できるか楽しみ)――じゃあ、行くよ!!」

 大量生産されたびゃっことらしょうもんが一斉に襲いかかって来る!

(テレポートで避けつつ……)

 びゃっこは触れて飛ばして、らしょうもんは目視で転移!「わ……!」びゃっこの素早い前脚攻撃に、咄嗟に上半身を反らして避ける。

「ほらほら!攻撃もどんどん行くよ!」

 ピクシーボブの言う通り、可愛い顔して二人の攻撃は苛烈になっていく。

 体当たりしてくるらしょうもんは目視で転移させ「っ!」びゃっこの猫パンチが頬を掠めれば、そのまま前脚に触れて、飛ばす。

(……なかなかきつい)

 そもそもきつくなければ、"個性"伸ばしにならない。それに、こっちも本気で挑まないと成長しない。
 再び集中してテレポートすると、両手が届く範囲のびゃっこを二人、触れて適当に飛ばした。
 次に、らしょうもん二人は視界に入れて飛ばす。

(負担は大きいけど……!いける……!!)

 あとは、どこまで私の精神力が持つかだ――。


「お昼休憩は1時間だにゃん」

 ぐったり地面に横たわりながら、ピクシーボブの声だけ耳で拾う。
 腕時計を見ると、時刻はなんだかんだ11時。小休憩は挟んだとはいえ、5時間経過した模様。ひえっ。

「ちなみに……訓練の終了時間は……」
「さあ?ねこねこねこ」

 限界突破の前に、本当に死ぬかも知れない。

(心操くん……。私、生きて帰れないかもぉ)

「結月、食べねえなら……」
「食べますよぉ!"個性"の反動で起き上がれないんです〜」

 お昼時間を告げに来てくれた相澤先生に言う。もはや、視界では黒い人としか認識できない。(食べないならって酷いな!食事抜きはもう昨日で十分)

「ピクシーボブ、50分経ったら起こしてもらって良いですか……」
「よっぽど辛いようだねえ。いいよ」

 お昼は10分で食べる。とりあえず、目眩には目を閉じて安静にするのが一番だ。


 ――お昼を食べたらすぐに訓練再開。


 目を閉じて、睡眠も取ったおかげで、少し回復した。
「動きが鈍ってるよ!」
 したとはいえ、疲労は確実に蓄積されている。ピクシーボブの言葉に、気を引き締めた。

 正午の一番太陽が高くなる時……暑さで汗が額に伝った。(私も焦凍くんほどじゃないけど、汗かかないんだけどね……)
 体操服に手を触れ、飛ばして脱ぐ。Tシャツ姿になると、少し涼しくなって楽になった。(体育祭での爆豪くん戦を思い出すな……)

 ――って、いけないいけない。

 さっきから雑念に集中力が途切れている。
 避ける一方になっているし、ちゃんとびゃっことらしょうもんに正しく"個性"を使わないと……!

「はい!飛ばし方逆!」
「ええ〜……」

 
  ――さらに、数時間経過。


「ピクシーボブ……!」
「ん?」
「なんだか……この子たちが……可愛さ余って、憎さ百倍に見えて来ました……!!」
「……うん。なんか目が据わってきたね」

 もう、自分がどう動いているのか把握できず、反射だけで動いている気がした。

「っあいた」

 攻撃を受ける回数も増えてきている。(怪我するほどじゃないけど……)

 ……いつまで。

(いつまで、続くのぉぉ……!!!)


 ――いつの間にか、空の色が変わって茜色を帯びている。

「………………朝?」
「いや、夕方だよ」

 ピクシーボブの声に、顔をそちらに向ける。

「……記憶がないような……」
「そりゃあ途中で目ェ回して気絶したからね」

 ねこねこねことピクシーボブは笑う。目眩がすごかったけど、さらにキャパオーバーすると、どうやらシャットダウンするらしい。

「これは特訓としてはありなんですかね……?」
「ま、限界まで頑張ったってことだからありなんじゃない?」

 しゃがんで頬杖しながら軽い口調でピクシーボブは言った。にっと明るい笑顔に、モテそうなのになぁと思う。

「さあ、立ちなさい!特訓の後は夕飯の時間だにゃん!!」

 渇を入れられ、"個性"で地面に立つ。
 おっとっと……と、ふらつく体をなんとか維持して。

「ピクシーボブ、明日もよろしくお願いします」
「ふふ……もちろん!明日はもっとビシバシ行くよ!」
「……そこはお手柔らかにお願いします」

 ピクシーボブはフラフラする私の歩幅に合わせて、ゆっくり歩いてくれる。

「ちなみにピクシーボブの好みの男性ってどんなタイプなんですか?」
「お、聞いたね。私の好みの男性のタイプはー、強くて優しくて真面目で、背が高くてイケメンで、料理が出来て〜年収は〜〜」
「……。それって、理想が高過ぎるんじゃあ」

 さらに並べられるピクシーボブの理想のタイプを聞き流していたら、集合場所に着いたようだ。


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