今年もバレンタインの季節がやって来た。
小学生の頃になまえに初めてチョコレートを貰って以来、廻は毎年楽しみにしている。
今年は何かなー去年のチョコマフィンもおいしかったなーと思い出す廻の目に、一つの看板が止まった。
それはホテルで行うバレンタインイベントで、おいしそうなチョコのスイーツに、カップル割引もあるらしい。
廻の目を引いたのは、チョコレートの噴水みたいなもの――チョコレートファウンテンだ。
マシュマロやフルーツなど、串に刺してチョコの噴水につけて食べるという。
楽しそうじゃん!
そうと思えば廻の行動は早い。即決速攻即日。心の赴くままにさっそくなまえを誘い、OKをもらい、ついでに「ホワイトデーになまえの手作りちょーだい」とちゃっかりおねだりしといた。
そして、バレンタイン当日。
「さみぃー!」
「今日、一段と風が冷たいね。ベンチコート着たい」
「にゃはっ、確かにあれ最強にあったかい」
2月の寒さは厳しく、この日も変わらない。
ダウンジャットにマフラーを巻いて暖かそうな格好でも、冷たい空気にさらされ、廻の鼻先はほんのり赤く染まっている。
――寒い冬にだけ見られる、廻のその顔がなまえは好きだ。
「俺の顔なんかついてる?」
「ううん♪」
寒そうな自分の顔をなまえがそんな風に思っているなんて、廻は思いもよらない。
そんな廻は、冬のなまえの冷えた指先が好きだと思っている。
暖められるのは自分だけだから。
寒い冬に二人で歩く時は、自分のポケットに繋いだなまえの手を招き入れて歩く。
バレンタインイベントが行われているホテル内は、ほとんどの客層が二人と同じ恋人ばかりだ。
人が集まってる所があり、なんだろうと二人は覗いてみると、どうやら写真スポットらしい。
ピンクとハート模様の可愛らしい背景の前で、ホテルのスタッフが写真を撮ってくれるというもの。
「俺たちも撮ってみる?」
「ちょっと照れるけど、せっかくだしね」
二人は列に並ぶ。仲良くお互いの手でハートマークを作って写真を撮るカップルを見て「あ、可愛い」となまえはもらす。
「ねえ、廻。私たちも手でハートマーク作って撮りたいな」
「こんな感じ?」
得意気に小さい子が戦隊モノの真似をするように廻はポーズを取った。
両手を半分のハートの形にし、腕を交差させている。なまえも両手を半分のハートの形にし、その手に合わせれば。
二つのハートの出来上がり。
「でも、これじゃあ上手く写真に写れないよ」
「そっか。にゃはは♪」
後ろに並んでいたカップルたちはそれを見て「なにこの二人、可愛い…!」と悶えていたなんて、当の本人たちは知るよしもなし。
そんなこんなしてると順番が来て、奇をてらわず、二人はお互いの真ん中でハートマークを作って写真を撮ってもらった。
なまえは自分のスマホで撮ってもらったので、さっそくチェックする。
笑顔の写真の二人に、自然と頬が緩んでしまう。
写真フォルダーは廻との写真でいっぱいだ。
「上手く撮れてた?俺にも見せて!」
「あとで送ってあげる」
「えー今見たーい!」
スマホを覗こうとする廻に、なまえはちょっといじわるして「だーめ」と、逃げるようにレストランに入って行く。
レストランの店内の飾りつけもバレンタイン仕様で、置かれているスイーツも可愛いらしい見た目のものばかりで、二人のテンションが上がった。
「すげー!どれもおいしそ〜」
「あ、廻!チョコレートファウンテンあったよ!」
ビュッフェ形式だが、二人の一番のお目当てはチョコレートファウンテンだ。
「おもしろーい♪」
「すごい!思ったより大きいね」
噴水のように滑らかにチョコが流れている。
具材も色々と並べられていて、二人はお皿を持ってどれにしようかと悩んだ。
「見て、ハート型のマシュマロ!」
「いいねいいね、可愛い♪俺は苺。チョコとフルーツ、間違いないっしょ」
廻は苺を選んで、串に刺すと、流れるチョコの滝に突っ込む。
「チョコまみれの刑じゃ〜」
「あははっ、やりたくないけど平和的な刑だね」
チョコまみれの苺はおいしそうだけど、チョコまみれになるのはベタベタになって地味に嫌な刑だ。
「なまえ、来年は家でチョコフォンデュやろうよ!」
「あ、やりたい!色んな具材用意したら楽しそう」
自分でチョコをつけるというだけなのに楽しい。
そう思えるのは、何事も一緒に楽しめる二人だからかも知れない。
二人は次々とプチシューやミニドーナッツなど、チョコまみれの刑に執行していく。(彼らに罪はない)
「うまっあまーいっ♪でも、もっとチョコつけたいかも」
「チョコプチシューおいしい〜」
席に戻って、ぱくりと食べる。チョコと具材の相性を堪能してると、ふと廻の目が釘付けになった。
なまえの唇にチョコついてる――。
普段、口周りを汚すのは廻で、箸の持ち方も食べ方も自分より綺麗ななまえが何かを付けているのはレアだ。
トロトロのチョコがつきやすいのもそうだが、気づいてないなまえが珍しいのかも知れない。いつもならすぐに拭くから。
――そう頭が考えてるとは別に、心の赴くままに廻の手は伸びていた。
「なまえ」
人差し指でなまえの顎を軽く上げ、親指でその唇の形にそって、なぞるようにチョコを拭う。
「…………」
廻のその一連の動作があまりにも自然過ぎて、なまえは固まっていた。
「チョコ、ついてたよ♪」
真剣な表情からニコッと笑う廻。
次いで、ぺろりと親指についたチョコを舐める。
その仕草に、なまえは唇に残った廻の指の感触を意識してしまう。あまりの恥ずかしさに両手で顔を隠した。
「廻〜〜っ公共の場でそんなことしちゃだめ!」
「でも、誰も見てないよ?」
恋人だらけの店内は、きっとみんな、自分の想い人しか見てない。
少なくとも廻はそうだ。廻はなまえしか見てない。なまえしか見えない。
「そういう問題じゃなくてっ……またそうやって笑ってごまかす!」
顔を赤くして恥ずかしがってるような困ってるような、その顔が可愛いくて見飽きたことはない。
甘い感情で胸がいっぱいになって、ごちそうさま♪と廻は心の中で呟いた。
--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#君しか勝たん
「ねえ、なまえ。家庭用のチョコファウンテンって売ってんだね!ポチっちゃお♪」
「待って廻!早まっちゃだめ」
「えー?」
「あれはホテルとかで食べるから良くて、お手入れとか大変そうだし、買うのはやめといた方がいいと思う」
「でも、チーズフォンデュもできるんだよ?」
「チーズフォンデュはココット鍋とかで食べる方がおいしそうに見えない?」
「うーん、確かに……?」
「ね?どうせ買うならもうちょっと廻にとって有意義なものとか……」
「俺にとってなまえと楽しむ以上の有意義なものはないけど」
「……っ(説得に負けた……!)」