猫になったらどうする?

 家が近すぎる二人にとって、待ち合わせは新鮮だ。
 
 もう着いてるかな?どこにいるかな?

 そんなそわそわした気持ちになり、出会えた瞬間、嬉しさに胸はときめく。

(ちょっと早く来ちゃったな)

 今日の待ち合わせ場所はカフェだ。
 なまえは心を浮き立たせながら、廻を待つ。

 座り心地のいいソファ席から窓の外を眺めていると、不意に猫が横切った。

 茶とらの猫だ。一瞬、こっちを向いて目が合った気がする。可愛い。
 猫と言えば、廻は猫に似てるなぁとなまえは思う。
 性格は猫っぽくないが、丸くて目が大きいところとか。「にゃはは」って笑うし。

 猫耳付けたら似合うんじゃないかとなまえが想像していたら――ちょうどその廻から連絡が来た。

『ごめん!電車が遅れて待ち合わせにも遅れる!』

 そのメッセージのすぐ後に、謝ってるような謎のスタンプも送られてきた。
 なまえも『カフェで待ってるから大丈夫』と返事をし、可愛らしいスタンプを送る。

 待つことは苦ではないし、その間本でも読もうかと開くが……

(……眠い)

 急速に睡魔が襲ってきた。高校進学という大きく環境が変わり、精神疲労を感じていたのでそのせいかも知れない。

 だからこそ、今日は廻と会って元気をもらおうと思ったけど……。

 なまえは本を膝の上に置いて、目を閉じる。

(ちょっとだけ……廻が来るまで目を閉じて……)

 そのまま眠ってしまったなまえは、夢を見た。


 ◆◆◆


 いつものように廻が家に遊びに来た。
 帽子を被ること自体はおかしくないが、様子がちょっとおかしい。

「何かあったの?廻」

 なまえがそう尋ねると「俺……朝起きたら……」そう神妙に答えながら廻は帽子を取り去る。

「耳と尻尾が生えちゃった♪」

 そこからぴょこんと可愛らしい三角の猫耳が飛び出した。長く伸びた茶トラの尻尾がゆらゆらと伸びている。

「…………偽物?あ、ドッキリ?」
「どっちでもないよ。その証拠になまえ、触ってみて?」

 胡座をかいている廻の真っ正面に近づき、手を伸ばしてその耳に触れてみると……

「にゃはっくすぐったーい」

 撫でるなまえの指先の感触がこそばゆくて、廻はクスクスと笑った。
 一方、なまえはふにふにとした感触に驚く。これ――本物だ。

 猫耳はちゃんと廻の頭から生えていた。

「どういうこと!?」
「俺にもわかんにゃい。フツーに今朝起きたらこうなってた」

 謎過ぎる。なまえは頭を悩ませたが、当の本人の廻はあっけらかんとしており、まあ廻ならあり得るかもと納得してきた。

「だからさ、なまえ」

 廻はずいっとなまえに顔を近づける。

「俺のこと飼ってよ」

 不思議な引力がある瞳に、一度引き込まれたら目が離せない。

「か、飼う……?」
「うん♪こんなんじゃ外に出るのも大変だし……。俺、なまえに飼われたい」

 飼うとはどういうことだろうとなまえは考えるが、流されるように「わかった」と頷く。

「えへへ♪俺のこと、一生可愛がってね」

 ――と、廻は嬉しそうに笑うが、その目は猫が獲物を狙うときのそれである。
 なまえはうっすらと身の危険を感じた。


「猫って最高〜ずっとゴロゴロできるし、なまえに甘えられるし♪俺、ずっと猫でいいかも」
「それじゃあサッカーできないよ?」
「できるよ。猫ストライカー!」

 なまえの膝枕で寝っころがる廻は、いつもと変わらない気もする。
 なまえが耳の付け根を優しく撫でると、気持ちよさそうに廻は目を閉じた。
 本物の猫に見えてきて、なまえはくすりと笑う。

「気持ちいい?」
「うん、すげー気持ちいい……」

 ゴロゴロと喉でも鳴らしそうな雰囲気だ。
 このまま眠ってしまいそうな廻の目だったが、むくりと起き上がった。
 そして、なまえの頬を片手で包み、熱っぽく見つめる。

「廻……?」
「知ってる?猫が他の猫の毛繕いするのって、愛情表現なんだって」

 廻は顔を近づけ、なまえの頬をぺろっと舐めた。

「これ、俺からの愛情表現ね」

 今度は唇を舐められて、驚く間もなく肩を押され、なまえはそのまま床に押し倒される。

 愛情表現が過激過ぎる……!

 急展開になまえは待ってと慌てるが、見つめる廻の目は座っていた。

「ねえ、なまえ。俺、発情期が来ちゃったかも♡」
「発っ……え……!?」
「ちゃんと最後まで面倒見てくれる?」


 やっぱり、最初の身の危険を感じたのは間違いじゃなかった。

 なまえの首筋に、廻の顔が埋まる――……


 膝に置いてある本がバサリと落ちて、はっとなまえはそこで目が覚めた。

「なまえ――あ、起きた」
「……廻……?」
「もう、こんな所で寝てたら危ないでしょ」

 廻は落ちた本を拾う。

「いくらカフェだからって、寝込み襲われたらどーすんの」
「ご、ごめんなさい……」

 手渡された本を受け取りながら、珍しく怒ってる廻になまえは素直に謝った。

「遅れた俺も悪いけど……」

 向かいの席に座る廻を、思わずなまえはじっと眺める。
 当たり前だけど、耳も尻尾も生えていない。

「え、なに?もしや俺、裏表逆に服着てる?」
「大丈夫。ちゃんと着てる。ちょっと変な夢見ちゃって……」 
「へぇ、どんな夢?」

 廻に猫の耳と尻尾が生えた夢だとなまえが話すと「にゃは、確かに変な夢だね」と廻は笑った。

 きっと、眠る直前に猫の姿を見て、廻に猫耳似合いそうなんて考えていたからだ。
 それにしても、後半の展開を思い出してなまえは自分に恥ずかしくなってくる。

(なんであんな、夢見たんだろう……?)

「うーん。猫になってなまえに飼われるのも悪くないけど、やっぱ俺はなまえが猫になる方がいいな」
「私?」

 キャラメルメープルホイップラテという、これまた激甘そうな飲み物をかき混ぜながら言う廻。

「だって絶対猫耳も尻尾も似合うし、絶対可愛いじゃん。俺、一生大切にして、いっぱい可愛がるよ。ずっとワクワクさせるし退屈させない。ね?俺に飼われてみたくなったっしょ?」

 にっと歯を見せて笑って。廻の言葉は激甘ホイップラテよりずっと甘い。

「……猫になったらね」

 控えめな笑顔と共に、答えはYES。廻はご機嫌に笑った。
 お互い猫にならなくても、二人の関係はきっとそんなに変わらない。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#寝込みを襲ったのは


(やべぇ……結構遅刻しちった。LINE返信ないけどなまえ怒ってんかなー)

「いらっしゃいませー」
「あ、待ち合わせです」
「中へどうぞー」

(えっと、なまえは…………いた!)

「なまえ遅くなってごめっ……寝てる……?」

(こんなとこで寝てんのマジ危ねえ!!)

「……ン……」
「……俺の気もしらないで、無防備な寝顔してんのね」

(起こす前に写真撮っちゃおっと)

 カシャッ

「ほら、なまえ起きて。……起きないとここでチューしちゃうよ?」


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