年末年始のテレビは、連日バラエティー番組で盛り上がっている。それらの番組をあまり観ないなまえは、お正月はサブスクの映画や、パソコンでYouTubeの動物チャンネルを観ていた。
(世界一大きいうさぎ、可愛い〜)
巨大なもふもふのうさぎに釘付けになっていると、側に置いてあるスマホが鳴った。画面を見ると、小中と一緒だった仲のいい友達からのLINEだ。毎年、年賀状も送り合ってるし、年末年始の挨拶も交わしている。そんな高校が別でも仲良しの彼女からのメッセージは……
"今夜、スポーツチャレンジャーって番組で吉良くんが出るから見て!!!!!"
ん、吉良くん?
"キックターゲットで!!!"
この感嘆符の数でわかるように、彼女は吉良の大ファンだ。以前、なまえが持っていたサッカー雑誌をなにげなく捲ったところ……
『なまえはサッカーやらないのにサッカー雑誌読んで面白いの?』
『それは廻から借りたやつ。私の好きなサッカー選手が出てるよって』
『!ね、ねえ……!誰この超絶イケメンくん!?』
『あ、吉良くんだね。今注目されてる高校生ストライカー』
『そんじゃそこらのアイドルよりかっこいい……!しかもめっちゃサッカー上手いんだっ!』
彼女いわく、運命の出会いを果たしたとか。
"わかった!見てみるね"
サッカー雑誌でよく見かけるだけでなく、テレビ番組まで出るなんて吉良くんすごいなーと思いながら、なまえは返信した。
きっと彼女の方は、ばっちり録画もしているだろうと想像してくすりと笑う。
番組は20時から始まるらしい。今日は早めにお風呂に入ろう。
夜ご飯も終わり、お風呂から上がったなまえは、パジャマ姿でリビングのテレビを付ける。そしてこたつに入ると、アイスの蓋を開けた。
お風呂上がりにこたつでアイス。至福の一時である。
「なにか面白い番組でもやってるの?」
「サッカーの吉良くんがテレビに出るんだって」
家事をしている母の問いかけに、なまえは答える。なまえから聞いて存在だけは知っている母は、へーと画面に眼だけやった。
『新春!スポーツチャレンジャースペシャルが始まりました〜!』
女性アナウンサーの華やかな声で番組は始まる。
なまえも初めて観るが、プロやアマチュア選手をゲストに呼び、スポーツを使ったゲームにチャレンジしてもらうという番組らしい。
色んなスポーツの選手が出てきて、見事な技術でゲームをクリアしていく姿は、試合とは違う面白さがあった。
『次のチャレンジャーは「日本サッカー界の宝」こと、吉良涼介くんです!』
"来たー!!!"
同時にテンションの高さが伝わるメッセージがスマホに届き、なまえは笑う。
『吉良選手は初めてのテレビ出演でもありますが、緊張とかはされてますか?』
『ちょっとしてますが、チームのみんなも応援にきてくれて……』
そこで振り返る吉良に、カメラもその視線の先を追うと……
『吉良いっけー!』
『パーフェクトォ!』
『お前ならできる!』
チームメイトからの熱い声援。くすりと笑って、吉良は再び口を開く。
『絶対に負けられないな、という思いです』
『目指すはパーフェクトということですね?』
『はい!エースストライカーとして、パーフェクトでクリアしてみせます!』
自信みなぎる言葉と共に、爽やかな笑顔が画面に映し出された。
『爽やかなイケメンとしても定評な吉良選手ですが、キラキラした笑顔が眩しくて、私もファンになってしまいそうです!』
"あのアナウンサー!吉良くんに色目使ってる!!!!"
という彼女からのメッセージには、違うんじゃないかなぁと思う。
『それでは、吉良選手が挑戦するのは、こちらのキックターゲットです!』
キックターゲットとは、サッカーゴールに設置された1〜9までのパネルを、キックシュートで撃ち抜くゲームだ。
『さあ、吉良選手。最初はどの番号を狙いますか?』
『一番難易度が高い9番を狙いたいと思います』
吉良は、ボールに足を乗せて答える。
1〜4、5〜8と上下に4列ずつ並んでおり、その下の真ん中に、ポツンと9のパネルがあった。
狙い通りの番号じゃなくても、パネルを撃ち抜いたならクリアであり、パネルを打ち抜けば打ち抜くほど、隙間が増えて難しくなっていく。ミスは二回までだ。
スタートの合図である、ホイッスルの音が響いた。
真剣な眼差しの吉良の横顔を、カメラはアップで映し出す。きっと、全国の吉良ファンは画面に釘付けになっているだろう。
『吉良選手!一球目、蹴りました!』
助走をつけて蹴ったボールは、緩やかに弧を描き、ピンポイントで9番のパネルを打ち抜いた。
『すごい!すごい!見事、難易度の高い9番のパネルを打ち抜きました!宣言通り!』
よし!と喜ぶ吉良と、大きく声を上げて喜ぶ外野のチームメイトたち。
「綺麗なフォーム……やっぱり吉良くんってすごいんだ」
スプーンを持つ手を止めたまま、なまえは呟いた。雑誌や話には聞いていたけど、基本なまえは廻以外のサッカーには興味がないので、吉良の試合は観たことがなかった。
その後も、危うい場面はあったが、吉良は次々とパネルを打ち抜いていく。
そして……
『ラスト一球……――パーフェクト!!吉良選手やり遂げました!パーフェクト達成です!!』
その瞬間、駆け寄るチームメイトたちとの熱い抱擁のシーンは、青春という光景で、ワイプの芸能人たちも笑顔で拍手を送っていた。
『吉良選手!パーフェクトですよ!素晴らしいです!』
『ありがとうございます!一回もミスすることなく、パーフェクトにクリアできてよかったです』
『最後に、テレビの向こうにいるファンの方へのメッセージをお願いできますか?』
カメラが真正面から吉良を捉える。吉良もまっすぐと画面を見据え、にこっと爽やかスマイルを向けた。
『いつも応援してくれてありがとうございます。今回のパーフェクトという結果は、僕から皆さんへの、感謝の気持ちのお年玉だと思ってくれたら嬉しいです』
メッセージもパーフェクトだった。
「あれ、電話?もしも……」
『吉良くんちょーすごくなかった!?もーめちゃくちゃかっこよかったぁ!』
気持ちが抑えきれず、電話になったらしい。なまえは苦笑いをしながら「すごかったね」と、同意してあげる。
『パーフェクトって普通なかなかできないよね?』
「うん、キック精度がかなり高くないと難しいと思う」
『日本サッカー界の宝、エースストライカーだもんね!さすがの蜂楽でもパーフェクトは難しいんじゃない?』
その言葉は、ちょっと聞き捨てならなかった。
「廻だって挑戦すればパーフェクトだよ」
若干語気を強めて、なまえは答える。廻風に言うなら、きっと「御茶の子さいさい」だ。
廻はドリブルだけでなくパステクニックも天才的で、PKキッカーではいつも選ばれるし、クロスなんてドンピシャに上げるんだから!
……自分の理想のプレーを追い求めて、その場に誰もいなかったりもするけど。
『あはは、なまえは相変わらず蜂楽のことだけはムキになるよね〜』
「ムキじゃなくて本当のことだから!」
どうやら、からかわれたらしい。むぅとするなまえは、ふと流れたままだったテレビに眼が止まる。
『テレビ局前の特設広場では、期間限定でキックターゲットに挑戦できます!ぜひ、皆さんもチャレンジしてみてください!』
キックターゲットのチャレンジ……
「これだ……!」
『へ?どれだ??』
◆◆◆
「私ね、絶対廻ならパーフェクトにクリアできると思うの」
「うん、俺もそう思う」
――なまえの言葉に、さも当然のように廻は頷いた。
もちろん、キックターゲットのことだ。
二人が乗る東京行きの電車は、お正月だからか空いている。
「それに俺、一度キックターゲットやってみたかったんだよね♪」
わくわくしながら、東京駅から電車を乗り換え、二人はテレビ局へと向かった。
「おーここは人がいっぱいだね!」
「他にもイベントやってるみたい」
見たことある番組のセットや、キャラクターが歩いていて、会場は盛り上がっていた。
時々立ち止まって眺めながら、特設広場を目指す。
見えてきた芝生とゴールにつけられたパネルは、テレビで観た光景そのまんまだ。
「まだパーフェクトは出てないので、頑張ってください!」
順番がやってきて、受け付けのスタッフの言葉に「俺が最初のパーフェクトマンだね」と、自信満々に廻はなまえに言う。
「なまえ、これ持ってて♪」
ダウンジャケットやボディバッグをなまえに預け、廻は身軽になった。気合いを入れるためか袖を腕捲りして、寒くないのかなーとなまえは思う。
「廻、頑張って!」
「パーフェクトなんて、おちゃのこさいさいだよん♪」
……あ、本当に「御茶の子さいさい」って言った。笑顔と共にピースを向けた廻は、準備運動をするようにリフティングする。
「あ、これって番号順に打ち抜くんだっけ?」
「自由に好きな番号からで大丈夫だよ」
「じゃあ、なまえがどの番号にするか決めて!」
その宣言した番号の通りに打ち抜くと言う廻に、なまえはうーんと少し考え、にっこりと最初の番号を言った。
「8番!」
「オーケー!」
廻の背番号の8番だ。一番右下に位置するパネルに狙いを定めて、廻はボールを蹴った。
軌道はまっすぐに、ボールは8番を打ち抜く。安定感のある滑り出しだ。
「さすが廻!」
「なんのこれしき、次はどの番号にする?」
「んー……じゃあ反対の5番!」
「あいよん!」
反対側も綺麗に弧を描いて、ボールはパネルを打ち抜く。おぉと言う小さな歓声が、観ていた人たちの口からもれた。
「どんどん好きな数字言っちゃって♪」
「じゃあ……その上の1番!」
「ほいさ!」
「3番はどうかな?」
「いいねっ……と!」
「次は……――」
次々とパネルを的確に打ち抜く廻のシュートに、歩いている人たちの足が止まる。
そして……いよいよ、ラスト一枚だ。
最後のパネルは9番。少し下にあるので狙うのが難しい。なまえはとくに意図していなかったが、最初に狙った吉良とは反対になった。
「んじゃあラスト、いっちゃうよ!」
ギャラリーの人たちが固唾を呑んで見守り、なまえは一瞬たりとも見逃さないというように見つめる。瞬きさえも惜しい。
「0」
廻は軽やかに蹴った。吸い込まれるようにボールはパネルに当たり、後ろにゆっくり倒れる。その瞬間、周囲からワァと歓声と拍手が起こった。
廻はなまえに手のひらを向け、二人はパチンと片手でハイタッチする。
なまえの予想通り、廻は完璧なパーフェクトでクリアした。
「廻、すごくかっこよかった!」
「惚れ直しちゃった?」
「うんっ」
何度目の惚れ直しかわからないな――満面の笑みで素直に頷くなまえに、廻は照れくさそうに微笑む。
「おめでとうございます!初のパーフェクトですね!」
パーフェクトでクリアした者は、ポラロイドカメラで写真を撮り、ボードに飾ってくれるらしい。
「いえーい♪」
初のパーフェクト者として、ダブルピースをする廻の写真が張りつけられた。
「キックターゲット、楽しかった?」
「楽しかったー!ちょっと簡単過ぎたけどね。ねーねーなまえ、なにか食べていかない?お腹空いちゃった」
「そうだね!あ、パーフェクトのお祝いに、おごってあげる」
「え、いいの?」
「毎年恒例の親戚の集まりでお年玉いっぱいもらったから」
「やったー!でも、お年玉は大切に使わなくちゃだめだよ?」
その言葉に「廻、お母さんみたい」と、なまえはくすくす笑う。
――楽しげに二人は特設広場を後にすると、すれ違うように新たなキックターゲットへのチャレンジャーが現れた。
「つい先ほど、初めてのパーフェクトが出たんですよ!」
「ふ〜ん」
彼はボードに貼られた写真を眺める。
「パッツン前髪ちゃん。いい笑顔してんじゃん」
ニヤリと面白そうに笑った。冬でも色黒の肌は、日サロではなく、本人いわく太陽光での日焼けだ。
「おにーさん。俺もこれ、一発ヤッていい?」
彼の名前は、士道龍聖。廻となまえの一学年上で、高校二年生。今日ここに来たのは、たまたま先日の放送を見て、暇潰しの気まぐれだ。
「パネルを全部ブチ抜けばいいんしょ」
「はい、そうです――」
!?
気だるい雰囲気から一転、シュートは強烈な一撃だった。後ろに吹っ飛ばされ、凹んだパネルがその威力を物語っている。
「あれ?ブチ抜く数字は宣言するんだっけ?」
「あ……ど、どちらでも大丈夫です!」
「ま、一応宣言しとくか。全部」
……は、全部?
見守っていたスタッフが困惑するなか、士道は再びボールを蹴った。強烈に回転をかけられたボールは、パネルの中心にある骨組みに当たり、その衝撃によって全部のパネルが落ちた。
士道はそれをがっかりと見つめる。
「やっぱただのパネルじゃあ俺の心は爆発しねえわ。生命活動になんねえサッカーって、ただの×××ーだよなー。おにーさんもそう思わねえ?」
新年からなに言ってんだ、コイツ!?
「じゃ、俺帰るわ。バイバイキーン」
「あ、ありがとうございまーす……」
何がなんだかわからないけど、見た目からして絶対ヤバイ奴だと判断したスタッフは、引きつった笑顔で見送った。
姿が小さくなると、顔を歪めてその背中にチッと舌打ちする。
破壊したパネル、弁償しろやー!
◆◆◆
「あー……パネルより、あの爽やかイケメンくんをブッ潰してえ……」
澄んだ青空をボーッと見上げながら、物騒な言葉とは裏腹に、士道は寂しげに呟いた。
廻が一緒にサッカーができる友達を探しているように、士道もまた、己の心を爆発させるようなサッカーを探している。
そんな交わることのなさそうな二人が交わる場所が……
今年、全国の高校生ストライカーが呼ばれることになる、"青い監獄"だ。
--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#唐突に入れ替わりネタ
「最近、入れ替わりの映画とか漫画とか流行ってるよね」
「あっ、じゃあじゃあ俺となまえが入れ替わったらどうする?」
「うーん、廻と入れ替わったら……思いっきりサッカーしたいな。ドリブルでDFをたくさん抜きたい!」
「にゃは、いいね♪だったら俺はなまえでサッカー始めてみる!」
「サッカーしてる私、想像できないなぁ」
「なまえならユニフォームも似合うと思……」
――は!
「?廻、どうかした?」
「なまえ……俺、大変なことに気づいちゃった……」
なまえと入れ替わったら、なまえの裸を見放題の触り放題になっちゃう……!!
「ダメだよ、なまえ!俺以外の男と入れ替わったら絶対にダメだからね!俺もなまえ以外の女の子とは入れ替わらないから!」
「う、うん……廻の中では入れ替わりはそんな簡単に起こることなの?」