『あ、なまえ?俺だけど……ちょっと困ったことがあって、いつもの公園に今から来れる?』
という廻からの電話をもらったなまえは、すぐさまその公園に向かっていた。
廻からの電話は珍しいことじゃないけど、こんな風に頼ってくるのは珍しい。
いつもの公園とは、サッカーゴールがあって、廻が小学生の頃から利用している大きな公園だ。
なまえがその公園に着くと、廻はサッカー場にはいない。
どこにいるんだろう……と辺りを見渡してみると、隣の遊具がある場にその姿を見つけた。
「あっなまえ!ブランコって、どのぐらい漕いだら一回転するかな?」
――廻はいつだって、なまえの想像の斜め上をいく。
楽しそうにブランコを立ち漕ぎしている。
こんなに無邪気にブランコに乗っている高校生なんて廻ぐらいだろう。
しばし呆気に取られたなまえだったが、その顔に笑みを浮かべて答える。
「廻!どんなに頑張ってもブランコで一回転はできないよー」
まさか、電話での困ったことってこれのこと……?廻なら……ありえるかとなまえが考えていると、廻は隣のブランコに乗る幼稚園児ぐらいの女の子に話しかけた。
「ブランコで一回転はできないんだって。残念だね。え、なんでかって?ねーなまえなんでー?」
女の子に聞き返されたことを、廻はなまえに聞く。
隣の女の子は知り合いなの?と気になりつつ、なまえはどう答えようかと考えた。
物理の話になるので、女の子と廻。二人に分かりやすく説明しなければならない。
「話すと難しくなるけど……」
なまえがそう前置きをすると、
「むずかしいのキライ!」
女の子から拗ねたような声が返ってきた。
「家出少女……?」
揺れるブランコから勢いよく飛び降りた廻から、なまえは詳しく話を聞く。
「うん。俺、昼からサッカーしてたんだけど、ずっと一人でいるし暗い顔してたから気になって声をかけたら――……」
今日はシュート練習で、廻はゴールに向かってひたすらボールを蹴っていた。
数時間ぶっ通し。集中力も切れてきて、流れた汗が目に入りそうになる。
だいぶ自分が汗をかいてると気づき、タオルで拭いて、水分を取ろうとした際だ。
(…… あれ、あの子。俺がサッカー始めたときにはもういたよーな)
一人ぼっちで遊ぶ姿が眼に入って、妙に気になった。
「ねえ、キミ。ずっと一人だけど、なにしてんの?」
「わたし、いえでしょーじょなの」
そう声をかけたら、少女に自己申告された。
「家出はよくないよーパパとママが心配してるよー一緒にお家まで帰ろーって、俺ちゃんと説得したんだけど……」
『そんなこといって、わたしをゆーかいするきでしょ!』
「って、けっこーな頑固ちゃんであの子」
名前は迷子ちゃんというらしい。今は一人で砂場で遊んでる。
「一人にしたら危ないじゃん?でも、このまま一緒にいたら俺誘拐犯に見えちゃう?って思って、兄ちゃんに見えるよう一緒に遊んでた」
「廻ならその心配はないと思うけどな」
見た目的に。カモフラージュで遊ばなくても十分お兄ちゃんに見える。
そして、カモフラージュのわりに廻はノリノリで遊んでいた。
「困ってなまえにヘルプしたってわけね。どうしたらいいと思う?」
迷子ちゃんに聞いても名字も家も教えてくれないのだと言う。
「うーん、最終的には交番に相談するとかしか……」
考えるなまえは、砂場で遊ぶ迷子ちゃんに近づく。しゃがんで目線を合わせると、優しく話しかけた。
「迷子ちゃんはどうして家出したの?」
「……ママがべんきょーべんきょーってうるさいんだもん」
理由を詳しく聞くと、小学校受験中ということが分かった。
最近ではより良い学校に入れようと、お受験戦争は激しい。迷子ちゃんの家庭も母親が熱心らしく、幼稚園から帰ると勉強尽くめだという。
「うへぇ……俺、そんな小さい頃から勉強なんてむり」
うんざりと言った廻は、現代進行系で勉強が苦手だ。
「もっといっぱい遊びたいよね。でも、ママはすごく心配してると思うよ?」
「しんぱいして、ママははんせいすればいいよ!」
……確かに廻が言った通り、なかなかの頑固ちゃんだ。
なまえは何か良い方法はないかと考える。
「じゃあお姉さんたちと遊ぼっか!」
「え、ほんとに!?」
「その代わり、夕方のチャイムにはお家に帰ろう?」
「うーん……」
迷子ちゃんは悩むが、後ろから廻も「楽しいよ」と、にこっと笑いかければ、やがて「わかった!」と納得して答えた。
「約束できる?」
「できる!」
なまえと迷子ちゃんは「指切りげんまん♪」と指切りする。その様子に二人可愛いなぁと廻は眺めた。
「じゃあ、何して遊ぶ?」
廻が聞くと、迷子ちゃんは「おままごとがいい!」と元気よく返して、ベンチに置いてあるリュックから遊び道具を取り出す。
家出で持ち出したのはおもちゃらしく、おままごとの準備はばっちりだ。
「わたしがママで、おにいちゃんはパパ。おねえちゃんはこども!」
あ、私が子供の役なのねとなまえは思いつつも、言われた通り役になりきることにした。
小さなレジャーシートに座って、おままごとを始める三人。
「あ、なまえ。またピーマンのこして、ちゃんとたべなきゃだめよ」
どうやら朝食シーンから始まったらしい。
きっと迷子ちゃんはピーマンが食べられないんだなと思いながら、なまえは「だって、ピーマン苦いんだもん……」と子供になりきって駄々をこねてみる。
「ピーマンはいっぱいえいようがあってすごいやさいなのよ。パパからもいってあげて」
「そうだよ、なまえ。好き嫌いはよくありません」
廻も役になりきってそう言ったが、実際には特に嫌いな食べ物がないなまえで、嫌いな食べ物がある方なのは廻である。
廻が食べられないものは「もずく」
なまえの家庭では今までもずくが食卓に出たことがなかったので、この時までその存在を知らなかったが……
「どういう食べものなの?」
「鼻水みたいなやつ」
という廻の返答によって、自分ももうもずくは食べられないだろうとなまえは考えている。
「パパがあーんして食べさせてあげよっか♪」
ノリノリの廻に「一人で食べられるもん」となまえはそっけなく返す。(廻、パパ役楽しんじゃって……)
「なまえ、パパに行ってらっしゃいして」
「はーい。パパ、行ってらっしゃい」
次は玄関のお見送りのシーンだ。
おままごととはいえ、廻を「パパ」と呼ぶのは違和感がすごい。
「行ってきまーす」
「じゃあパパ。おしごとがんばって一日でも早くしゅっせするのよ」
「ん、出世?パパ頑張ります!」
おませな迷子ちゃんに合わせて笑顔で答える廻。
「かえりはクリーニングやさんからスーツをもらってきてね。それから、たまごと牛にゅうと明日のちょうしょくのパンをかってきて!牛にゅうとパンはえきまえのスーパーで、たまごはしょうてんがいのほうがやすいから、かならずそっちでかってくるよーに」
「「………………」」
迷子ちゃんの口からずらりと出た言葉に、二人はぽかーんとした。
きっと日常的な家庭のやりとりなのだろう。
人様の家庭を垣間見てしまって、なまえはちょっと申し訳なくなった。
一方、廻は「出世してクリーニングと、たまご、牛乳、パン……駅前のスーパーで買うのは……??」と、指折り数えながら覚えようとしている。
それはたぶん覚えなくて大丈夫だ。
廻パパもお仕事に行き、なまえも幼稚園に行くらしい。
「おべんきょうのじかんです!」
場面は変わって、幼稚園から帰ってきてからの勉強の時間だ。迷子ちゃんは普段とは違い、教える側だからか楽しそうに演じている。
「まずはえいごからっ」
英語?その頃から英語の勉強してんのすげーと、廻は二人のおままごとを横から見ながら感心した。
「今日はえいごでなんよう日ですか?」
実際の曜日を聞いているらしい。なまえは「Sunday」と答えたら「せいかいをいっちゃだめ!」そう迷子ちゃんに怒られた。
「えぇと……サニーディ?」
「せいかいはサンデーです!」
得意気に言う迷子ちゃん。きっと日頃の勉強の鬱憤を晴らしているんだろう。
「つぎはこのもんだいです。ネコさんはえいごでなんていうでしょう?」
cat……だけど、正解を言ったらだめだよね。なまえはなんて間違えようか考えてから口を開く。
「にゃんこ!」
「っぷは!」
「ちがいます、キャットです!」
まるでヘタクソな大喜利だ。なまえの答えに吹き出した廻。パパは仕事に行ってる設定なので、声を押し殺して肩を震わせながら笑っている。
(もうっ。廻、笑いすぎ!)
なまえは不満げな視線を廻に送った。
「じゃあパパはおしごとからかえってきて」
「ただいまー!パパ帰還!」
迷子ちゃんの台本通り、元気よく廻パパは帰ってきた。
ちなみにクリーニングと買い物をしてくる設定はすっかり忘れている。
「俺、ちゃんと出世してきたよ!」唯一覚えていたことを言うと「そんなに早くしゅっせしない!」廻はぴしゃりと怒られた。
それを見て、今度はなまえがくすくすと笑う。
「――ごちそうさまでした!なまえはパパとおふろに入ってきてね」
……そっか。幼稚園ならまだパパと一緒にお風呂に入っていてもおかしくない年齢だ。おままごととはわかっているものの、なまえは内心どきっとしてしまった。
「なまえ、「俺」と一緒にお風呂入ろっか♪」
それはもう満面な笑顔で言う廻に。
「うん、「パパ」と一緒に入る♪」
絶対楽しんでると対抗して、なまえも笑顔で答えた。
この時、迷子ちゃんは「ふたりはおふろがすきなんだね」と思ったが、水面下での二人の駆け引きである。
「じゃあつぎは……」
「迷子……!!」
迷子ちゃんが次の場面の指示をしようとしたら、女性の必死な声が飛び込んできた。
「ママ!!」
駆け寄る迷子ママに、勢いよく迷子ちゃんも立ち上がり、走っていく。
「お迎えがきたね」
「うん、良かった」
再会する親子に、廻となまえは笑顔で顔を見合わせた。
「あの、本当に娘がお世話になりました……!」
頭を下げる迷子ママに二人は「いえいえ」と首を横に振る。
なまえからの事情の説明もあり、親子は無事和解したようだ。
ママと手を繋ぎながら、迷子ちゃんは小さな手を二人に向けて振った。
「おにいちゃん、おねえちゃん。あそんでくれてありがとう!またね!」
「またねっ迷子ちゃん!」
「バイバーイ!」
二人も手を振り返す。やがて、その親子の背中が見えなくなると「俺らも帰ろっか」廻はなまえに言った。
よっと――地面に置きっぱなしだったサッカーボールを器用に爪先で浮かせて、廻は手でキャッチする。二人も公園を後にして……
並んで歩く帰り道。
「迷子ちゃん可愛いかったね」
「俺、サッカー一緒にやりたいから男の子がいいなって思ってたけど、女の子もいいよね」
廻から若干ずれた答えが返ってきて、なまえは頭に「?」を浮かべた。
「なまえはどっちがいい?男の子と女の子。あ、両方?」
「……なんの話?」
「俺となまえの子供の話」
当たり前というように言った廻の言葉に、なまえの頭は思考停止した。
「小さい頃は11人欲しいなって思ってたけど、それってなまえが大変だって気づいたし」
「……!?(11人!?)」
「俺、自分が一人っ子だから兄弟いいなって思うんだよね。3人ぐらいはどうかな?」
――廻は、なまえの想像の斜め上にいくだけでなく、思考回路も上回ってくる。
「なまえ?」
「……あの、ちょっとまだ、想像できないというか……」
もじもじとなまえは返した。もちろんなまえだってそんな未来を願ってはいるけど、まだ高校生だし、廻と違って想像力が乏しい頭では上手く描けない。
「じゃあ考えといて♪」
「わ、わかった……」
気にせず笑顔で言う廻に、なまえはこくりと頷き、今の自分にできる精一杯の返事をした。
(……でも、廻となら……)
「汗かいちったから帰ったらシャワー浴びなきゃ。……なまえ、一緒にお風呂入る?」
「は、入らないよっ!」
「にゃはは〜」
せっかく幸せな家族計画を想像しようとしたのに――。廻の言葉によって、なまえの淡い想像はどこかへ飛んでいった。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#初代家出少女
「そういえば、昔なまえもうちに家出してきたことがあったよね」
「あ、あれは小さい頃のことだったし忘れて……?」
〜なまえ・廻、7歳ぐらいの頃〜
「――あ、なまえちゃん。遊びに来たの?廻いるよ」
「優さん、家出してきたの」
「家出っ?またどうして」
「だってお父さん、オセロでもチェスでも将棋でも囲碁でも絶っ対負けてくれないんだもん」
「そ、それはまた……」
「つまんないし、大人げないでしょう?だから、わたしが家出したらお父さん反省するかなって」
「……なるほど」
「なまえ、家出してきたの?じゃあこのままおれのお嫁さんになればいいよ!」
「え、いいの?」
「もちろん!」
「んー……廻、話がややこしくなるからちょっと待って」