秋に深まる恋

 スポーツ、食欲、読書……。色々な秋があるが、今年のなまえの秋は"芸術の秋"

 選択科目の芸術で美術を選んだからだ。

「なまえ、絵ヘタなのに?」

 そう廻にバッサリ言われた通りなまえは絵が下手だ。
 だが、なまえが通っているのは名門、白宝高校。
 鑑賞の授業では有名美術館に見学に行くので、それ目当てである。

 絵画や芸術作品を観るのは好き。
 それはきっと、廻の母の優の影響も大きかった。

 大きなキャンバスに自由自在に描く姿はかっこいい。
 招待されて、初めて観た個展の感動は今も覚えている。たくさんの作品が飾られていて素敵だった。

 優が描く"かいぶつ"は、幼いなまえにはちょっと怖かったけど、大人になってから観るとさまざまな解釈が頭の中に思い浮かぶ。

 鑑賞だけでなく芸術の歴史も調べてみても面白かった。
 ちょうど授業も絵画で見る歴史の勉強で、なまえは参考資料を借りようと、今日は自宅にある優のアトリエに訪れていた。

「ごめんねーなまえちゃん、ごちゃごちゃ散らかってて。好きに本借りてっていいから!」
「ありがとう、優さん」
「廻はしっかり探すの手伝うんだよ」
「いやいや、前より散らかってない?足の踏み場もないんだけど!」

(確かに。泥棒が入ったあとみたい……)
 
 物置代わりにしている一室は書物だけでなく、色んな画材などが部屋中散らかっていた。

「まったくもうっ。ホント優は片付けるの苦手なんだよなー」
「それは廻もだよね」

 廻も散らかすのが得意で、よく自分の痕跡を残している。片付けるより先に、次の行動に移すを繰り返しているからだ。
 その部分はバッチリ優から引き継がれているとなまえは思う。

「とりあえず……片付けからはじめよっか」
「そだね」

 これじゃあ中に入れない。二人は足場の確保もかねて、片付けを始めた。
 画材の中には高価そうなものもその辺に転がっていて、なまえはいいのかなぁ?と心配になる。

「あー!これどっかいったと思ってたお菓子のオマケ!」

 廻が持っているのは、どこか懐かしさがあるマスコットキャラだ。
 片付けていると色んなものが出てきて、発掘みたいでちょっと楽しい。

「ねえ、廻。これは?」
「これ、幼稚園のときに紙ねんどで作った宇宙人。懐かしい〜」
「宇宙人!?」
「うん」

 独創的な作品に見る人が見たら価値がつくかもしれない。
 宇宙人を作る幼稚園児なんて聞いたことなくて、さすが廻だとなまえは笑う。

「私、もっと早くに廻と出会いたかったな」
「にゃはは、6歳の時だしそんなに変わんないっしょ」
「でも、小学校上がってからだもん」

 幼稚園時代の廻なんて、絶対可愛いに決まってると想像しながら、なまえはその宇宙人を棚に飾った。

「他に幼稚園時代の思い出ある?」
「んーサッカー始める前だよね。俺なにしてたんだろ?」

 幼い記憶であまり覚えてないというのもあるが、自分の人生はサッカーに出会って始まったように廻は感じていた。

「あ、イルカの絵を描いていた記憶はあるかも。でも、どっちかっていうと外で遊ぶのが好きだったな。なまえは絵本を読むのが好きな女の子でしょ」
「正解。あと折り紙も好きだったよ」

 廻が簡単に想像できたのは、なまえの性格から予想できたのもあるが、幼い頃のアルバムを見ているからだ。
 誕生から始まり、成長していく過程。幼いなまえが絵本を読んでる姿など、たくさん写真に収められていた。

 もちろんめちゃくちゃ可愛いかった。

 今のなまえは写真の幼いなまえがそのまま大きくなった感じで、きっと同じようにこのまま大人になって、そしてそのまま可愛いおばあちゃんになるんだろうなぁ――廻はその横顔を見つめる。
 おばあちゃんまで想像したと知ったら、きっと怒るだろうから内緒。

「廻のアルバム、ここにないかな?」
「あ、その可能性ありあり!」

 もちろんなまえも廻のアルバムが見たいと言ったが、こちらはずっと行方不明でまだ見れていなかった。

「本棚とかにまぎれてないかなー?」

 隙間なく並べられた背表紙を順番に眺める。
 絵画関係の本が並ぶ中、白い無地の背表紙に眼が止まった。
 これ、アルバムっぽい。なまえは引き抜こうとするが、ギチギチに押し込められていてなかなか抜けない。

 力を込めて、引き抜いた時だった。

「っなまえ、危ない!」

 その振動で、本棚の上に適当に置かれていたものたちが落ちてくる――

 廻は咄嗟になまえを庇うように覆い被さった。守るようにその頭を手で抱える。
 地面にものが落ちる音と一緒に「いてっ」廻の痛そうな声が響いた。

 ――どうしよう、廻が怪我したら!

「廻っ……」

 思わずぎゅっと瞑ってしまった眼をなまえは開けると、大丈夫!?という次の言葉は口から出なかった。

 至近距離に、二人は見つめ合う。

 息を呑んだ。いつもだったら恥ずかしくてなまえは眼を逸らしてしまうのに、今は逸らせない。

「…………」

 廻の不思議な引力を感じる瞳に、吸い込まれる。

 徐々に近づいていく二人の唇。
 自然と閉じていく互いの眼。

 なまえの唇は、柔らかい感触に塞がれた。

 唇から感じる体温に、どれだけその熱に恋い焦がれていたのか気づいてしまう。

 好き、という言葉しか見つからない。

 重なったのに、ゆっくり離れていく唇に切なさを感じて苦しい。

 眼を開けると、微笑む廻の顔がそこにあった。
 少し大人っぽく見える表情になまえの胸はときめく。

「今のなまえ、たぶん俺とおんなじ眼してる」
「……どんな眼?」
「好きで好きでたまらないって、」

 そんな眼――そう言いながら廻の顔が近づいてくるので、なまえは慌ててその眼を閉じた。

 再び二人の唇が柔く重なる。

 触れただけでなく、啄むように軽く吸われ、なまえの心臓と肩が小さく跳ねた。
 ……あ、今廻笑った。

 恥ずかしい。吐息を感じる距離に離れては、再び触れてくる。
 何度も、触れては離れて。角度を変えて、感触を確かめるように。

 なまえの心臓が限界になってきた。

 でも、待ってくれない。制止しようと開きかけた唇は、声を発する前に塞がれ、優しくすり合わされる。

「っ……め、廻……」

 肩を押して、やっとの思いで距離を確保した。

「きょ、今日はこの辺で……」

 唇に残った甘い感触の余韻は、きっとしばらく消えない。

「俺、まだ全然足りないよ?今までさんざん焦らされてきたし」
「焦らしてないよ……」
「いんや、焦らされた」

 そう子供のように言うのに、その表情はずるい。
 いつもは可愛いのにかっこよくて。

「眼閉じて?開けたままでもいいけど」
「……うぅ……」

 そんなこと言われたら、反射的に眼を閉じてしまう。


「いい子……」


 再び二人の唇が、重な――


「なまえちゃん本見つかった?」
「ッ!」
「にゃ!?」
「?」

 開いたドアに、今までどこに隠れていたのかという反射神経でなまえは廻を突き飛ばした。

 本棚に激突して、床に転がる廻。

「……廻、何してんの?」
「いった〜い」
「えぇと、片付けてたら転んじゃったみたいで……」
「……大丈夫?」
「だいじょばなーい!」

 恨めしげにこっちを見る廻の視線を、なまえは気づかないフリをした。

「ついでに片付けてくれて助かるよ!おやつ用意してあるから、後で食べてね」
「はーい」

 なまえは笑顔で答えて、優がバタンとドアを閉めると……

「廻ごめんっ!本当にごめんね!」

 咄嗟にとはいえ。むすーとしている廻に、なまえは平謝りだ。

「落ちてきた物に当たった時より痛かった」
「ごめんなさい!ね、許して……?」
「なまえからちゅーしてくれたら許す」
(……そうきたか……)

 さっきあんなにしても、それはまだ慣れない。

「ほら、早くー」

 座る廻は眼を閉じてなまえを急かした。
「ちゃんと唇にだよ。ほっぺたとかなしだから」
「わ、わかってるてっば……」
 なまえは小さく深呼吸してから……膝をつき、その肩にそっと手を置く。
 緊張と共に顔を近づけ……その唇に触れる瞬間、自身も眼を閉じた。

 ちゅっと廻の唇にわずかに触れて、すぐに離れる唇。

「……許してくれる?」

 そんなんじゃ物足りないけど。

「……許したげる」

 真っ赤なその顔が可愛いかったから、廻は許した。可愛いには勝てん。


 ◆◆◆


「そういえば、さっきの――」

 廻はそのまま抱き締めていちゃいちゃしたかったけど、すでになまえは意識を切り替え、先ほど引き抜いた本を探している。

 まあいっか。念願のなまえとのファーストキスを果たせたので満足だ。歯止めが効かなくていっぱいしたし。

(ファーストキスの味はレモン味って嘘だ)

 甘さしかなかった。甘くて柔らかくてフワフワして、わたあめみたいな……

「……か、可愛いー!」
「?」

 廻がキスの余韻に浸っていると、そんななまえの声が耳に届いた。

 先ほど引き抜いた本はアルバムだったらしい。床に開いて落ちてるそれを、釘付けになって見ている。

 幼稚園児代や赤ちゃんの自分の写真が並べられていて、懐かしいと廻も横から覗きこんだ。

「どの写真の廻も可愛い……!天使!」
(天使……!?)

 さすがの廻も戸惑う。そんなこと言うのはなまえだけだ。親の優だって絶対そんな風に思っていない。
 なまえのその感性だけは一生わからないだろうなと廻は思う。
 
「この写真、サッカーボールをぬいぐるみみたいに抱えてる。かわいい♡」
「たぶん、初めてボールプレゼントされた日の写真だ」
「じゃあ、この日から廻のサッカー人生と伝説が始まったんだね」

 そう愛おしそうに眺めるなまえに、廻はくすぐったい気持ちになった。
 いつだってなまえは自分を肯定してくれて、嬉しい言葉をくれる。

 次のページを捲ったなまえの手が、あっと止まった。

 赤ちゃんの廻を抱っこした優と、一緒に映る一人の男性――廻のお父さんだ。
 仏壇に飾られている写真で見た笑顔とは別に、幸せそうに笑っている。
 廻の父は廻が物心つく前に事故で他界したと、なまえは話に聞いて知っていた。

 だから、廻に父の記憶はない。
 写真でしか会ったことがない。

「……廻ってお母さん似だと思ったけど、笑顔とか雰囲気はお父さんによく似てるね」
「そうかな?」
「うん」

 なまえと同じように、廻も写真を見る。
 父の記憶はなくとも、似ているという言葉は嬉しい。

「そういや、まだなまえをちゃんとパパに紹介してなかったな」

 仏壇の写真には話してはいるけど。
 大好きな女の子がいて、大切で、自慢の彼女だと――。

「今度、一緒にお墓参りいこうよ」
「……いいの?」
「もちろん」
「嬉しい……ありがとう」

 にっこり廻は笑う。その笑顔は、やっぱり写真のお父さんによく似ていると、なまえは思った。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#親子で取り合い


(食器洗ってないし、洗濯物を畳んでないけど、もう時間がない!)

「廻!打ち合わせ行ってくるけど、夕方には帰ってくるから」
「はーい、行ってらっしゃーい」

 〜夕方、優帰宅〜

「……今日、なまえちゃん遊びに来てたんだね」
「えーなんでわかったの」
「家が綺麗に片付いてるからね……」

(ありがたや……!)

「私がなまえちゃんをお嫁にほしい」
「いや、なまえは俺のお嫁さんだから」


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