今日は今年一番の最低気温らしく、冷たい空気が肌を突き刺すように撫でた。
名字家では冬はこたつを出すので、早く入って暖まりたいと、かじかむ手で急ぎ玄関のドアを開ける――。
「ただいまー。いやぁ、外は本当寒いよ」
「あ、お父さんお帰り」
「お帰りなさーい」
「………………」
なまえ父が帰ってくると、愛しい我が娘と共に、その彼氏がさも当前のように笑顔を向けてきた。
そして、すぐに二人は興味を無くしたように視線を下に向ける。
二人でごろごろこたつで寝そべりながら、サッカー雑誌を読んでいたらしい。
廻がなまえの家に遊びに来ること自体は小学生の頃からなので、今さらなのだが。
「廻少年。君は少しぐらい遠慮というものがないのかな」
まるで実家のようにくつろぎ過ぎである。何より、娘といちゃつき過ぎだ。
一緒に一つの雑誌を読むにしても距離が近すぎるだろ!(むしろぴったりくっついてる)
「いいじゃないですかぁ、将来家族になるんだし♪」
「まだ娘をやるとは決まってない!」
「またまた〜」
「廻くーん、みかん食べる?」
「食べるー!」
こたつとみかんって最高の組み合わせ♪
そんなマイペースな廻に、結局いつもなまえの父は毒気を抜かれて、短いため息と共に着替えてくることにした。
その間、日常茶飯事的な光景に、ずっとなまえはスルーして雑誌を読んでいる。
「なまえ、みかん食べる?」
なまえが何か答える前に廻は「はい、あーん」と、みかんの一粒をその唇に持っていく。なまえは差し出されるまま食べた。
「あ、吉良くんだ」
「誰?」
次のページを捲ったら、爽やかな笑顔をこちらに向けている少年の写真に、なまえの口から思わず名前が飛び出した。
最近よく見る顔だったからだ。
今回も2ページに渡って特集を組まれており、プレー中の色んな姿の写真が載っている。
「知りあい?」
「ううん、最近よくサッカー雑誌に載ってるなぁって。イケメンだから女の子にもすごい人気みたい」
へーと廻は写真の顔を見た。イケメンやら人気やらは廻にとってはどうでもいい。
「こいつ、サッカー強いの?」
自分をワクワクさせるサッカーをするのか、それだけ。
「試合観たことないからわからないけど『サッカー界の宝』って言われてるぐらいだから、それなりに実力あるんじゃないかな」
なまえの説明に、廻は「サッカー界の宝ってすげーね」と呟いた。
でかでかと書かれているインタビューでのコメントの一部が目に入る。
『そうなんです(笑)ずっとサッカーのコト考えちゃってんですよ、俺。でも、やっぱり俺がここまで来れたのは、チームメイトと、応援してくれる皆さんのおかげだと思ってます!』
(イイコちゃんのコメントだコト)
「ねえ、廻。このサッカーシューズかっこよくない?」
「あ、いいじゃん。かっちょいデザイン♪」
なまえの自分を呼ぶ声に、廻の思考はすぐにそちらに移った。
次のページのサッカーグッズの最新カタログを、二人で仲良く眺める。
「なんだ、廻くんはまだいたのか。今日はうちで夕飯食べてくの?」
「今日、優さんお仕事の打ち合わせで遅くなるんだって」
こんな風に優がお仕事で留守の時は、名字家でご飯を食べたり、なまえが作りに行ったりと、両家は持ちつ持たれつの関係だ。
「で、今日は寒いからうちでお鍋にしようって。ねっ」
「俺、こたつに入ってみんなで鍋囲むの憧れてたんだよね」
食卓の手伝いをなまえとしながら廻は言う。
小さい頃に観ていたちびまる子ちゃんのアニメを思い出す。
蜂楽家ではこたつがないので、まるちゃんがこたつでごろごろしてるシーンは「いいなぁ」と、幼い心に妙に憧れたものだ。
「じゃあ、今度は優さんも一緒に鍋パーティーしよ!」
なまえの言葉に、廻は目を細め、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、なまえにはお皿を持っていてもらって。廻くんはお鍋持っていてもらっていい?」
「承知しやした!」
なまえの父が準備したコンロの上に廻が鍋を置けば、準備は万端。
「いただきます!」
それぞれが食事の前の挨拶を口にした。
そこに、廻が夢見た皆で鍋を囲む光景がある。
「廻、はいどうぞ」
「ありがと、なまえ」
「なまえ。お父さんにも取ってくれ。…………肉の量が廻くんと違くない?」
「気のせいじゃない?」
いや、気のせいじゃない。なまえは廻に少しおまけした。だって、廻は食べ盛りだし。
不貞腐れるなまえの父に、苦笑いを浮かべるなまえの母。
気にせずに食べるなまえは、家族の前ではマイペースなのだ。
そこに「にゃはは」という廻の楽しげな笑い声が加わった。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#雑炊派vsうどん派
「絶対、鍋の〆は雑炊でしょ!」
「いーや、うどんだね!」
「それで卵入れてトロトロにするのが至高!」
「甘いな、それはうどんでもできる!廻少年。なまえを嫁にほしいというのなら、義実家の意見は大事にしたまえ!」
「なまえを盾にするなんてずるいー!」
「……。お母さん、雑炊とうどん両方作ろう」
「それに気づかないのか、あの二人は……」