「明日、雪積もるかなー」
夜からしんしんと降る雪を、小学生の廻はずっと窓にへばりついて見ていた。
明日は日曜なので、雪が降ったら朝から遊べる。
廻は雪が好きだ。見るのも遊ぶのも好き。でも、ずっと雪が残ったままだとサッカーできないからそれは嫌。
「雪が積もったらなまえちゃんと遊ぶの?」
「うん!一緒に雪だるま作りたい!」
無邪気な息子の様子に優はくすりと笑った。
「でも、もう遅いからそろそろ寝なさい」
「あーい」
「明日、雪積もってるといいね」
「うん!おやすみなさーい」
その夜はワクワクとしながら廻は眠りにつき、翌朝――。
「すっげー積もってる!」
窓の外は白い雪景色だ。廻の目に銀世界が飛び込む。
「廻ー遊びに行くならちゃんと暖かい格好して行くんだよー」
「してるー」
すでにしっかりと防寒し、逸る気持ちのまま廻は家を飛び出した。
「♪」
雪の上を歩くのは楽しい。ザクザクと音が鳴るし、真っ白な雪の上に自分の足跡ができていくのが面白い。
廻はそのまますぐそこのなまえの家まで歩く。
振り返ると、後ろにはずっと足跡が続いていて、まるで自分だけの道だ。
「なまえ、雪遊びしよっ!」
白い息を吐きながら、満面の笑顔で廻はなまえを誘う。
「……寒いからやだ」
「!?」
思ってもみなかったテンションの低いなまえの反応に、廻はガーンとショックを受けた。
「なんで!?」
「え、寒いから……」
「子どもって雪好きじゃん!」
子供らしい子供の廻がそれを言うのは、ある意味説得力がある。
「雪は好きだけど……」
白くて綺麗だし。でも、それは暖かい室内から見るからであって。
「ねえ、廻。家で遊ぼ?」
「せっかく雪積もってんのにもったいないよ!」
「えーだって寒いもん……」
二人の話は堂々巡りだ。
「しょうがないなぁ」
廻は自分のマフラーを外すと、なまえの首に巻いてあげる。
そして、にっと得意気に笑いかけた。
「これであったかいでしょ」
驚いているなまえの顔は、頬を中心に徐々に赤く染めていく。
「……ん……」
マフラーに顔を埋めるように頷いた。
「じゃあ、遊びに行こ!」
「……うん!コート着てくるからちょっと待ってて」
少ししてなまえは、廻の黄色いマフラーに似合う赤いダッフルコートを着て戻ってきた。
「廻はマフラーなくて寒くないの?」
「へーき!子どもは風の子って言うじゃん」
「?廻は優さんの子どもじゃない?」
転びそうななまえの手を引く廻。仲良く歩く二人を、雪に残った二つの小さな足跡が追いかけていった。
「どこに行くの?」
「公園!そこで雪だるま作ろうよ!」
詳しく話す廻は、雪だるまでゴールキーパーを作りたいのだと言う。
「シュート練習になるし♪」
「サッカーができる頃には雪だるまも溶けちゃうんじゃ……」
その言葉に廻は「あ」と声をもらした。
そこまで考えていなかった。
「雪だるま作ろう!ゴールキーパー雪だるま!」
慌ててなまえはフォローするように言って、二人は雪だるま作りを始める。
コロコロとひたすら玉を転がすだけだ。その最中、クラスメイトの姿を見つけて、二人も雪合戦に参戦することにした。
「おかっぱのくせに生意気だ!いつもみたいに笑いながらサッカーしてろよ!」
「雪降ってサッカーできないんだからしょーがないじゃん!」
なかなかの熱戦になった。盛り上がる男子たちの雪合戦に、なまえ含めた女子たちはついていけず、ぽかんとしている。
「男子って子どもよね……」
「なまえちゃんはなにしてたの?」
「廻と雪だるまを作ってた途中で……」
「じゃあ一緒に雪だるま作ろうよ」
「うんっ」
なまえの意識はそちらに向いて、女の子たちと小さな雪だるまを作って遊ぶ。
やがて、お昼ご飯だからとその場は解散になった。
なまえは……そう探す廻の目に、小さな雪だるまを抱えたその姿を見つけた。
「なにそれ?かわいー!」
「みんなで作ったの。玄関に飾るんだ」
「いいなーおれもミニ雪だるま作りたい」
すっかりゴールキーパー雪だるまの存在は忘れて、お昼ご飯食べたらミニ雪だるまを作ろうと二人は約束した。
「あ!廻、マフラーありがとう!」
マフラーを返そうとするなまえに、廻はにっこり笑う。
「それ、なまえに似合ってるからあげる!少し早いクリスマスプレゼント♪」
――時が経って、廻は小学生から高校生になった。
今年の初雪はあの日のように積もって、廻は防寒して家を出る。
雪遊びをするではなく、雪かき。
自分の家の前と、なまえの家の前の道を確保するためだ。
「廻くん、うちの家の前もやってくれてありがとう。本当助かるよ」
「なんのこれしき♪」
なまえ母に、廻は屈折ない笑顔を向ける。
いつも雪かきをするなまえ父は、怪我をして参戦できないらしい。
廻は耳の防寒代わりにヘッドホンをして、音楽を聞きながら作業をする。
「〜♪」
やがてなまえが玄関から出て来て、その姿を目にした廻は笑みを浮かべ、ヘッドホンを外した。
なまえの首に巻かれている黄色のマフラーは、かつて自分があげたものだ。
今も大事に使ってくれて、廻は嬉しく思う。
「雪かきお疲れさま、廻」
なまえは不意に手を伸ばして「っ!」廻の頬を両手で包んだ。
「あったかい?」
「うん、あったかい……」
なまえの手のひらからじんわりと熱が伝わってくる。
そのぬくもりとなまえの笑顔に、胸がぽかぽかしてきた。
「その手どうしたの?」
「両ポケットにカイロ入れて、両手暖めてたの」
「にゃはっ名案っ」
「廻、私も雪かき一緒にやる」
「明日、筋肉痛になっちゃうかもよ?」
「え、なるかな?」
なまえはスコップを持ってきて、手袋をする。
「お父さんは大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。ただのぎっくり腰だから」
「そりゃ雪かきはできませんなぁ」
理由を聞いて納得。廻はぷはっと吹き出して笑った。
なまえとお喋りながら雪かきをしていると、一人で音楽を聞いてた時よりずっと捗る。
「――ふぅ。結構良い感じじゃん?」
「これなら明日の朝も安全だね」
達成感を感じながら二人が顔を見合わせていると、はらりと空から白い羽のようなものが降ってきた。
――雪だ。
「あーらら、また雪降ってきちゃったね。せっかく雪かきしたのに、積もるのかなぁ」
「これ以上、大降りにならなければ大丈夫だと思うけど……」
粉雪なのできっと一時的なのものだろう。
二人はその場で、しばし雪が降ってくる空を見上げる。
「……なまえ。睫毛に雪がついてる」
「え、本当?」
「取ってあげるから、眼閉じて♪」
言われた通りに眼を閉じるなまえ。
無防備だなぁ、男の前でそんな簡単に眼を閉じたらだめなのに――そう身勝手に思いながら。
(俺の前だからいいけど)
顔を傾け、自身の唇をなまえの唇に静かに落とす。
触れた際の冷えた感触は一瞬だけ。
重ねた部分からゆっくりと互いの熱が伝わっていく。
唇を放すと、廻はその表情を見つめた。
特に眼。眼は口ほどに物を言う――。
揺れるなまえのその瞳は、そのままその心情を表している。
その変化を一瞬たりとも見逃したくない。
「……い、家の前は困るよ……」
「……誰にも見られてないし、二人っきりでもだめ?」
「だって……」
――家から出掛けても、帰ってきても……思い出しちゃう。
そのなまえの言葉に、廻は心臓を掴まれてどうしようかと悩んだ。
二人にとって、忘れられない雪の思い出がまた一つ増えた日。