初詣と不思議な初夢

 誰もいない夜の公園に、地面を擦るような音が響く。

 そして、ボスン。

 廻が蹴ったボールは、ゴールネットに吸い込まれた。ふぅと吐き出す息は白く、すぐに夜の闇に消えていく。

 12/31――大晦日。

 廻の一年はサッカーで終わり、またサッカーで始まる。今年最後のサッカーをし、満足げに廻は公園を後にした。

「ただいまー♪」
「あら。廻くん、お帰り」

 帰ってきたのは自宅――ではなく。

「廻、今年最後のサッカーは終わったの?早かったね」
「だってなまえすぐ帰っちゃうし」
「だって外寒いし」

 なまえの家だ。ごく自然に訪れて、ごく自然に「あー寒い〜」と、こたつに入る。

「廻くん、自宅に帰らなくていいのか?今日は優さんいるんだろ?」
「寒かったからこたつで暖まってから帰ろうと思って」

 その理由を聞くと、なまえ父は「ああ、なるほど」と納得して深くは追求しなかった。廻が家で普通に居座っているのはいつものことなので、気にしたら負けだ。

「あ、そうだ廻。明日の初詣行くの遅くてもいい?」
「ん、いいよ」

 毎年、二人は近くの神社へと初詣に行っている。
 そこでお詣りをして、おみくじを引いて、配られている甘酒を飲んで帰るというのが、二人の新年だ。

「明日、お母さんの知り合いの写真屋の人にモデルを頼まれて、振袖を着るの」

 写真撮影の後、そのまま振袖を着て初詣に行きたいとなまえは言った。

「モデル!?すごいね、なまえ!」
「モデルって言っても写真の見本みたいな感じだけど……」
「それでもすごいよ!なまえの着物姿見れるの楽しみだな」

 身体も暖まったところで「じゃあ俺、あったまったし、そろそろ帰るね」そう廻は立ち上がる。

「じゃあ廻、また明日。良いお年を!」
「うん!なまえもお父さんも……あ、お母さんも良いお年を♪」
「あれ、廻くん、もう帰っちゃうのね。じゃあ、お菓子は優さんと食べてね」

 わーい、ありがとう!と、廻はなまえ母からもらったお菓子を持って、嬉しそうに帰っていた。

 ――翌日の元旦。

 なんとなく、新しい一年を迎えた朝は澄んでいて清々しい気がする。いつものモーニングルーティンをしてから、廻は公園にやってきた。

 ボールを蹴る。"かいぶつ"が現れる。

 廻の一年は、今年もサッカーで始まり、きっとサッカーで終わる。


 ◆◆◆


「廻、明けましておめでとう!」
「明けましておめでとう!」

 新年の挨拶をし、廻はなまえの着物姿をまじまじと眺めるので、なまえは照れくさそうにはにかんだ。
 鮮やかな色合いも柄も華やかで、まるで……

「なまえ、お姫さまみたい!すっげーキレイ!」

 廻もよく詳しくないが、時代劇に出てくるお姫さまのイメージそのままだ。

「じゃあ神社にいこっか。姫、お手をどうぞ♪」
「あはは、ありがとう」

 今年も仲良く、二人は神社へと向かう。

 ――早朝よりは人が落ち着いており、すぐにお詣りができそうだ。

「えーと、どうお詣りするんだっけ?」
「二礼二拍手一礼、だね」

 毎年、廻はやり方を忘れて聞いているが、なまえは毎回にこやかに答えて教えた。
 二人は一緒に並ぶと、お賽銭を入れて本坪鈴を鳴らす。二礼二拍から合掌し、なまえが初詣は神様にお礼をすると言っていたので、廻も同じように神様にお礼を言った。
 最後に一礼して、二人はおみくじを引きにいく。

「おっみくじ♪おっみくじ♪」

 毎回ご機嫌に言いながら、おみくじを引く廻。その姿になまえは笑いながら、続いて箱にたくさん入っているおみくじから一つ引き抜いた。

「廻、せーので開けよう」
「じゃあ、せーの!」

 せーのと言ったのに、うまく紙を開けなくて二人は笑い合う。

「おっ」
「廻、なんだった?」
「吉だった!なまえは?」
「私は中吉」
「吉と中吉ってどっちがいいだろう?」
「あ、確かに……どっちだろ?」

 結局はどっちでもいいかとなって、おみくじの内容を見せ合った。難解な神様からのメッセージだったが、どうやら良いことのようだ。

 最後に二人は甘酒をもらって、ゆっくり飲んでから神社を後にした。

「あ、廻……。今年もよろしくね!」
「こちらこそ、なまえ。今年も来年もずっとよろしく♪」


 ◆◆◆


 初夢は、元日の夜から二日にかけて見る夢が一般的だ。その日、なまえは夢を見た。とにかく不思議な夢だった。

 どれだけ不思議な夢かというと……

「やっば!急がなくちゃ!」

 白いスーツを着て、頭にうさぎ耳が生えている廻が、懐中時計を見ながら慌てている。

(可愛い……!)

 なにがなんだかわからないけど、うさ耳もアイドルみたいな白いスーツも、すごく似合っていて可愛い。なまえはよく見たいと廻に声をかける。

「廻……」
「早く凛ちゃんの所へ行かなきゃ!」

 ……"凛ちゃん"!?誰!?

 廻の口から知らない女の子の名前が出て、なまえは自分が思っている以上に動揺した。

「待って、廻!凛ちゃんって……」
「怒られる〜〜!」
「凛ちゃんって誰なの――!?」

 なまえも慌てて廻を追いかけるが、ぴゅうっと風のように行ってしまい、すぐにその姿は見えなくなった。

「ぜえ……ぜえ。廻、速すぎ……」

 考えてみれば、あのパワフルな廻に自分が追いつけるはずがない。
 とりあえず、なまえは廻が走り去った方へ向かい、追いかけることにした。

 その道中も色々な不思議なことがあったが、一番不思議だったのは……

「あんた、なまえちゃんでしょ」
「……え?」

 なまえは木の上から猫に話しかけられた。
 正確には猫耳と尻尾が生えた、赤くて長い髪の綺麗な顔をした少年だ。濃いピンク色のしましま柄の服を着ている。

「どうして私の名前を知ってるの?」
「蜂楽から聞いて、よく知ってるよ」
「あなたは廻のお友達?」
「友達っていうか、チームメイトは友達になるのか……?」

 なにやら彼は呟くが、やがて「ま、いっか」と自己完結する。

「蜂楽を追っているなら、この道を進めばいずれ会えるよ。追いかけてみたら?」
「ありがとう!えっと、あなたの名前は……」
「俺の名前を教えてもいいけど、あんたはこの夢から醒めたら全部忘れちまうからな」
「え?」
「一応名乗っておくよ。俺は千切豹馬。ま、今はチェシャ猫だけどな」
「?」

 なまえは不思議に思いながらも、千切豹馬と名乗るチェシャ猫?に見送られて、先に進んだ。

 森の中を進むと――今度は意外な人物に出会した。

「おお!なまえー!待ってたぜ」
「御影くん?」

 そこには、何故かシルクハットを被って、正装の御影玲王がいた。玲王だけではなくて……

「なまえ、待ちくたびれるとこだったよ」

 長方形の大きなテーブルに、眠そうに伏せている凪の姿があった。(凪くんと御影くんって知り合いだったっけ……)

「二人は私のことを待ってたの?」
「ん、まぁね」
「どうして?」
「だって今のなまえ、アリスじゃん」

 玲王の言葉になまえはアリス?と首を傾げる。

「服装からどこからどう見てもアリスだぜ?」
「え……あれ!?」

 自分の格好を見てみると、青いワンピースの上に白いエプロンを付けた服装だ。どうして自分がこんな格好をしているのか、さっぱりわからない。

「考えてもめんどくさいだけだよ。なら、考えない方がいいよね」
「そーいうこと。まあ、ちょっとお茶してけよ」

 玲王はカップに紅茶を注ぐ。テーブルにはアフタヌンティーのようにお菓子を並べられていて「好きに食べてくれ」と、玲王はなまえに勧めた。

 紅茶を飲みながら、なまえはお菓子をいただく。

「あ、そうだ。二人はうさぎを見なかった?うさぎっていうか、うさぎの耳をつけた男の子なんだけど……」
「ああ、蜂楽だろ?いずれ会えるから心配すんなって」
「?二人は廻のことを知ってるんだね」
「よく知ってるよ。だって、ここは……」


 ――なまえの夢だし。


 夢……?その凪の言葉を最後に、なまえは夢から醒めた。目覚ましが鳴る前より、少し早く眼が覚めたらしい。

 目覚めたなまえは、まだぼー……とする頭で、昨日見た夢の内容を思い出そうとする。なんだか不思議な夢を見た気がするが、詳しい内容は思い出せない。

 あ、でも……何故か廻を追いかけていた気がする。


 ――家族とお正月をのんびり過ごしていると、スマホにメッセージが届いた。画面を見れば、廻からだ。

 "なまえ!不思議な初夢見たよ!"

 廻も不思議な夢を見たんだ…と、なまえは続きのメッセージを待つ。

 "ジーコと富士山の上でサッカーして"
 "トンビにボールを取られるんだけど"
 "ナスが助けてくれる夢"

(どんな夢!?)

 本当に不思議……というか謎な夢だった。むしろ一富士二鷹三茄子と、初夢で縁起といいとされる夢のオンパレードだ。

(廻、すごいよ……!ジーコもいるし!)

 なまえはめちゃくちゃ縁起の良い夢だよと、メッセージを送り廻に教えてあげる。

 "マジ?やったー"
 "なまえは初夢見た?"

(廻が出てきたこと以外、よく覚えてないんだよね……)

 "不思議な夢を見たんだけど、覚えてなくて……でも、廻を追いかけてた気がする"

 "俺の夢見たの?それめちゃくちゃ縁起のいい夢だよ!"

 そのメッセージに、自分で言ってるとなまえはくすりと笑った。まあ、間違ってもいないかな。
 返信を打つ前に、再びぽんっとメッセージが届く。

 "俺のこと捕まえられた?"

 なまえは文字を入力する。

 "たぶん捕まえられなかった"
 "廻走るの速いし"

 "じゃあ今から俺のこと捕まえにきて!"

 今から?不思議に思っていると、いつもの公園にサッカーをしに行くという。

(現実の廻も捕まえられるかなぁ)

 ドリブルしている廻は廻で、捕まえるのは至難の技だ。現役のDFでさえ、難しいんだから。

 "お手柔らかにね?"

 それだけ送ると、なまえは身支度して家を出た。


 ――なまえが凪と玲王と親しくなるのはもう少し先で、千切豹馬や凛という存在を知るのもまだまだ先だ。

 これは思い出すことのない、不思議な初夢の話。


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