夏とプール掃除

 中学二年生の夏。青い空が眩しい今日この頃。
 学校にトンデモ事件が起こって、その話はすぐになまえの耳にも入った。

 "蜂楽が教頭はカツラだと世に知らしめたらしい"

(廻は一体、何をどうしたの……!?)


「お願い!ねっ、一緒に手伝って?」

 ――そして、その日の夕方。一躍時の人となった廻は、部活帰りにそのままなまえの家に押し掛けた。

「プール掃除!」

 なまえと顔を合わせた途端、ぱんっと廻は顔の前に両手を合わせて懇願する。

 罰として、学校のプール掃除を言い渡されたからだ。あの広さを一人ではしんどい。何よりプール掃除なんてつまらない!

「でも、罰だから一人でやらなきゃいけないんじゃない?」
「一人でって言われてないし、二人の方が早く終わるし!ね、アイスおごるから!」
「うーん……」
「アイス、トリプルにしていいから!」

 必死になまえにお願いする廻。そんなすがるような眼で見られたら、なまえは折れるしかない。

「……いいよ」
「やったー!ありがとう♪」

 変わり身早く廻は喜ぶ。二人の今週の日曜日の予定は、学校のプール掃除に決まった。


 ◆◆◆


 ミーン、ミーン。午前中から蝉は元気よく鳴いている。
 上はTシャツに下はジャージ。裾を捲る廻にならって、なまえも膝上まで捲り上げる。
 邪魔な髪は結んだが、午前中からもうすでに太陽はかんかん照り。これは帽子が必要だったかも、失敗したなとなまえは思った。

「なまえのその髪型いいね!涼しそうだし、可愛い♪」

 と、廻が褒めたのでオールオッケーな気分になる。

「じゃあ、公平にプールを横に半分ずつね」
「らじゃーっす」

 デッキブラシを持ってプールを見下ろす二人。わかっていたけど、早々に途方にくれた。

「いっそのこと、他の人にもお願いしてもよかったかもね……」
「いや、最初にお願いしたんだけど、全員逃げられちゃって」

 さらりと返ってきたその言葉に、は……となまえは廻を見る。
 てっきり最初に頼って来たのかと思ったのに、最後の頼みの綱としてあんな必死にお願いしてきたのかと。
 廻としてはそんなつもりはまったくないが、なまえはちょっとむくれた。

 
 プールの中の水はあらかじめ抜いておいてくれたらしい。
 中に入ると、足裏が水に浸かるかぐらいの水量だ。

「なまえ、滑るから気をつけて」
「う、うん」

 ぬめった底に、気をつけないと本当に滑りそうだ。
 慎重に歩いて、まだ何もしてないのになまえのこめかみから流れる汗。……暑い。掃除ではなくプールに入りたくなる。

「なまえ〜ゴム持ってない?」
「はい」
「サンキュー♪」

 なまえがポケットにあった予備のゴムを渡すと、ぺろっと舌を出しながら廻は前髪をくくった。

 たまにやる廻のその髪型は可愛い。
 おでこを出しても廻は似合う。

 準備もばっちりに、二人はプールの掃除に取りかかる。
 デッキブラシで底をこすっていくのだが、こびりついている水垢は、力を込めてこすらないとなかなか落ちない。

 ………………。

 最初は他愛ない会話をしていた二人だったが、この暑さもあり、いつしか無言になってひたすらデッキブラシを動かしていた。

「……ねーねーなまえ。怖い話しない?」
「なに急に」
「だって、ひやっとしたいじゃん?」
「今は平気でも夜思い出してお風呂入れなくなるからやだ!」
「ちぇ〜」

 そして、再び沈黙。そんなことを何度か繰り返して、ついに廻の集中力は切れた。

(あー……すげー入道雲……夏だなぁ)

 デッキブラシを支えに立って、ぼーと夏の空を見上げる。
 今年の夏休みもなまえとたくさん遊びたいなぁ。やったことないことも挑戦したい。キャンプとか――……

「にゃっ!?」

 夏休みの予定を考えていた廻に、突然水がかかった。
 驚いて振り返ると、なまえがいたずらっ子のような笑顔をして、手にはバケツを持っている。

「サボり魔発見〜」

 先にやられた。廻はくすっと笑う。びっくりしたけど、逆にクールダウンして気持ちいい。

「ちょっと休憩してただけっす」
「本当に?」
「ほんとほんと。それよりバケツ貸して!なまえにも水かけてあげる♪」
「え〜廻すごい量かけてきそうだしどうしよっかな」

 笑いながら二人のバケツの取り合いが始まる。なまえは高く上げるが、背の高い廻はひょいっと奪った。

「少しだよ?少し!」
「まかせてってば♪」

 そりゃあっと廻はなまえに水をかけた。
 確かに火照った体に気持ちいい。

 リフレッシュした二人だったが、まだ掃除は三分の一も終わっていないという事実が待っていた。

 再びデッキブラシを持って、二人は掃除を再開。

 しばらくして、廻はこっそり吐水口から水鉄砲に水を入れる。
 先ほど廻が先にやられたと思ったのは、持ってきた水鉄砲で、なまえを驚かそうと考えていたからだ。

 途中、休憩も挟み、しっかりと二人は水分補給をする。

「なかなかの肉体労働だね……」

 うーんと腰を叩き、伸ばすなまえ。それを見て笑う廻。
「なまえ、おじいちゃんみたい」
「おばあちゃんじゃなくて?」
 失礼と怒るより先に疑問に思った。

「でも、なんとかお昼までには終わりそうでよかっ……ひゃあ!?」
「にゃはは!」

 後ろを向いたなまえのうなじを狙って、廻は水鉄砲を放った。いたずらは大成功。

「なに!?水鉄砲?なんで持ってるの廻〜!」
「これでなまえと遊ぼうと思って♪」

 遊ぼうって……。本来の目的は罰の掃除なのにと呆れるなまえに、廻は「ほいっなまえの分」と、もう一つの水鉄砲を投げた。

 慌ててなまえは両手でキャッチする。

「勝負だよん♪」
「……挑むところ!」

 廻の挑発に楽しくなってしまい、なまえが応戦したことによる二人の水鉄砲勝負が始まった。

 二人だけのプールに楽しげな笑い声が響く。

「えいっ」
「よっと」
「廻、避けるのずるい!」
「へへ♪」

 ここはやはり、運動神経の差で廻が有利だ。
 だったらなまえは頭を働かせる。
 どうせ当たらないなら、水量を考え無駄打ちをせず、機会を伺って――……

「わっ」

 その時、見事につるっと滑って尻餅をついた。「いたた……」「なまえ、大丈夫!?」心配して走ってくる廻。

 機会は思いのほか早くやって来た。

「もらったっ♪」
「ぶわっ!」

 廻の顔面目掛けて下から水鉄砲を放った。
 連続放射。これには廻も降参する。

「……もうっ、本気で俺心配したんだからね」

 唇を尖らせながら、廻はなまえの隣に腰かけた。

「最初のお返し。……あーあ、びしょびしょになっちゃった」
「この暑さじゃすぐ乾くっしょ」
「確かに。あ……でも、前髪へんな癖つきそう」

 なまえは濡れておでこにぴったりくっつく前髪を指でつまみ、気にする。いつでもサラサラの廻の前髪を羨ましく思う。

「なまえも俺みたいに前髪結んじゃえばよかったのに」

 廻はなまえのおでこに手を伸ばし、張り付いている前髪を上によせてあげた。
 不意打ちの触れあいはどきりとしてしまう。
 不意打ちじゃなくてもなまえはドキドキしてしまうが。

 この暑さの中で、少しだけ二人に甘い雰囲気が流れていると――

「お二人はプール掃除をサボって仲良しさんですね。夏の暑さも羨むほどですよ」

 様子を見に来た二人のクラスの担任が、その場に現れた。

 顔を見た瞬間「げえ」と声をもらす廻に、なまえも「わぁ」と顔をひきつらせる。

 一見人が良さそうにニコニコと笑顔を浮かべているが、その内面は厳しく、笑ったまま怒るので怖い。仏の下の顔は般若では?と生徒から恐れられている。


 あだ名は毘沙門天先生。


「蜂楽くん。君はここに何をしに来たのですか?」
「プール掃除です……」

 廻となまえ。まるで廊下に立たされている生徒のように、二人は毘沙門天先生の前に並んで立っていった。

「私も君はこの暑い中、プール掃除を頑張っているとばかり思ってました」
「頑張ってましたよー?ちょうど休憩に先生が来ただけで」
「休憩中に水鉄砲は必要ですか?」
「…………」

 え?いつから見てたの?誰に対しても基本のらりくらりとしている廻だったが、鋭い切り込みに為す術がなく口を閉じる。

「必要ですか?」
「必要ないっす!すみませんでしたぁ!」

 こわっ!尋問のように再度聞かれて、廻は素直に謝り、勢いよく頭を下げた。

「名字さん」
「っは、はい」

 次に名前を呼ばれて、なまえは肩をびくっと震わせた。普段の廻なら笑っているところだが、とても笑える雰囲気ではない。

「あなたは成績優秀、品行方正で生徒の鑑だと思ってました」
「う……あ、ありがとうございます……」

 過去形の過大評価に、なまえはますます萎縮する。

「名字さんなら蜂楽くんがふざけようとも、彼を律し、真面目に掃除をすると思っていたのは、私の買い被りでしょうか?」
「……すみません」

 廻と同様、言い返す言葉がない。なまえも頭を下げ、素直に謝った。

「残りは半分ぐらいですかね。さあ、頑張って最後まで掃除をしましょうか」
「あの、先生は……?」
「私は見張りです」

 それを聞いて「えー見てるだけなら手伝ってくれてもいいのにぃ……」と、小声で不満をこぼす廻。

「何か言いましたか蜂楽くん?私の権限で名字さんとクラスを別々にしてもいいんですよ」
「俺頑張って掃除しやす!!」

 うおぉと気合いを入れたようにブラシをこする廻。
 いや、職権濫用でしょ!横暴だー!
 その言葉は心の中だけでとどめて。

(せっかく廻とまた同じクラスになったのに、別クラスになるのやだ……!)

 内心、なまえもそう思いながら、懸命に掃除に励んだ。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#エゴれ!ブルロ学園!〜プール掃除編〜


「はあ……この真夏日になんで俺たちがプール掃除なんかに……」
「まあ、全員くじ引きでハズレ引いたからな。諦めが肝心ってやつ。潔、さっさと終わらせちまおうぜ」
「……だな。千切、こっちにも水くれ!」
「オーケー」
「……あちぃ……。干からびるー……。ねえ玲王〜アイス食べたい〜」
「しゃーねーなぁ、買ってきてやるよ。なにがいい?」
「おいそこ!ナチュラルにサボんな!」
「んだよ、潔。俺はみんなの分のアイスも買ってこようとしてんの。お前はなにがいいんだ?」
「え、そうなのか。じゃあ俺は……」
「おい、潔。あっさり騙されんな。あいつ、アイス買いに行くっていう大義名分でサボるつもりだ」
「……ちっ。バレたか」
「玲王、俺も一緒に行く。サボりたい」
「凪は堂々としすぎだな。んじゃあチャリでいこーぜ」
「こら、待てって……!」
「おい、てめぇら……。くだらねえことで口動かしてねえで、さっさと手を動かせ」
「あっ、凛ごめんっ。お前は真面目に掃除してんもんな」
「俺はさっさと終わらせて……ブッ」
「凛ちゃん、スキあり♪」
「蜂楽!?(妙に大人しいと思ったら!)」
「ははっ、凛の顔面に水鉄砲とか蜂楽やるじゃん」
「……オカッパ殺す……!」
「にゃはは〜逃っげろー!」
「ほとばしる汗さえも、美しい!プール掃除さえもオシャに輝く!」
「おい、バカ後輩どもちゃんと掃除しろ。俺が帰れねーだろ」
「いや、冴先輩も掃除してくださいよ……」
「……兄ちゃんはいいんだ。兄ちゃんの分まで俺がやるからな」
「……凛、お前……。お兄ちゃんっこだよな」
「だまれ」


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