"青い監獄"――それは、日本サッカーをW杯優勝に導くための一大プロジェクトの総称。
……なのだが。
「アンリちゃん。新しいカップ麺用意しといて。なるべく新商品ね」
毎日毎日、三食カップ麺。呆れを通り越してもはやよく飽きないなと帝襟アンリは感心する。
その前代未聞の一大サッカープロジェクトは、この変人とアンリのほぼ二人三脚だ。
いや、変人こと彼――絵心甚八なら必ずやり遂げるだろうと自分が一任したのだが。
今二人は、数年かけて進行してきたプロジェクトの要となる、重大な仕事を地味にこなしている。
ここ、青い監獄に収集するサッカー選手の選考だ。東西南北、全国から選考するのだから、そりゃあもうえらい時間がかかる。
「アンリちゃん。次」
だが、選考自体はスムーズだ。食事中であろうと、絵心はじっと画面から目を離さず、画面の向こうの選手のプレーを観察している。
目の下の隈は初対面からだからともかく。いつ見ても座ったままの姿勢に「エコノミー症候群にならないのかしら……?」と、心配しつつアンリはリモコンを操作し、次の映像を流した。
どうやらこの選手は、絵心のお眼鏡にかなわなかったらしい。彼の判断にいつも迷いはなかった。
次は、千葉県のサッカー少年だ。
特に試合で活躍したり、有名な選手ではない。
だが、チームの中ではサッカーセンスは群を抜いていて、その"彼女"から論理的なプレーの説明を聞いたのは、記憶に新しい。
アンリは、全国高校サッカー選手権千葉県大会の予選試合をカメラに収めていた。
背番号が8番の選手をカメラは追う。
味方からのパスを受けると、8番の少年はすぐさまドリブルでひょいっと切り返した。
思わぬ方向転換に、少年をマークしていた選手は置いてけぼりになる。
そこから前線に向かって走るが、真っ正面から立ちはだかれ、少年は足を止めた。
一対一の駆け引き。少年は左右にフェイントする。
早くも痺れを切らしたのか、先に動いたのは相手選手だった。
ボールを奪おうと伸ばした足に、すぐさま少年は反応し、ボールを足裏で転がしてから、斜め前方に蹴り上げる。
空振りしたその足を、自身も飛び越え、――抜けた。
これを見て相手チームは一人じゃ止められないと判断し、駆け上がる少年に前後のディフェンダーが二人つく。
二人が少年に向かったことによって空いたスペースの向こう――味方がパスを出せと呼び掛けていた。
だが、少年はパスを出さない。
やがて二人のうち一人が、少年のユニフォームを後ろから引っ張り、倒れた少年にホイッスルが響いた。
「アンリちゃん、今の8番のプレー巻き戻して」
「あ、はい」
アンリは珍しいと思った。映像を一度見ただけで、選手の素質を見抜いているらしい絵心が、もう一度巻き戻して見たいなんて。
「彼の名前は蜂楽廻くん。高校二年生です」
「…………」
――何故、蜂楽廻はパスを出さなかったのか。
明らかに味方の存在には気づいている。では、自分で強引に振り切って持っていくのかと思いきや、彼にその素振りはない。
(何かを探している――?)
蜂楽の目線は味方を越えてその先。
絵心の頭の中で、画面の映像が立体的に作り替えられる。
まるでサッカーコートを上から見るように、その視線の先を探した。
「……なるほど……」
画面の向こうの倒れた蜂楽に向かって呟く。
その誰もいない先に自分の理想のプレーがあったのか。
手前の味方にパスを出すのが、この状況での最適解であったのに、この少年は選ばなかった。
凡人の中にいても輝く天才はいる。
それは上手く周りを駒とし、立ち回ることだが、彼は違った。
まるで子供のように、ただひたすら自分の求めるサッカーを突き通しているのだ。
純粋なのか不器用なのか、そこに絵心の興味はないが、埋もれている"才能の原石"は見過ごせない。
「アンリちゃん。覚えておいて」
「……はい?」
「才能は才能でしか磨かれない――」
映像は続いており、倒れたまま何もない宙を、蜂楽は見上げている。
……面白い素材だ。絵心は再びアンリに言う。
「コイツ、招集決定ね」
こうして、蜂楽廻の青い監獄選考が決まった。
――数ヵ月後、日本フットボール連合の名で廻宛に届いた手紙。
そこには強化指定選手に選出されたと書いてあり、廻はいまいちピンと来てなかったが……
「すごいよ!!日本フットボール連合って、日本サッカー界を統括しているところだよ!」
と、なまえが驚いているので、すごいことなんだなと廻はやっと実感してきた。
「優も背中押してくれたし、俺参加してみようと思うんだ」
「うん!せっかく廻、選抜されたんだもん」
どんな選手がいるか楽しみだねと笑うなまえは、そこであっと思い出した。
「おみくじ!あの運命の相手って、ここにいるんじゃない?」
廻のドリブル旅の際に、手に入れたおみくじのことだ。
そこに書いてあった「待ち人来る 運命の相手と出会う」は、サッカーことだとなまえは考えていた。
廻がずっと待っているのは、一緒にサッカーをしてくれる友達だから。
「いるかな?」
「きっといるよ!全国から集められてるみたいだし。帰ってきたら教えてね」
帰ってきたら……その言葉に廻はなまえをじっと見つめる。
その視線になまえは不思議そうに首を傾げた。
「詳しく書いてないけど、しばらく帰ってこられないかもしんない。外部と連絡も取れないんだって」
「……そっか。本格的なんだね」
「俺のこと……待っててくれる?」
珍しく弱気に言う廻に、なまえはその首に抱きついた。「っ?」こちらも珍しく大胆な行動に廻は驚く。
「当たり前だよ。待ってる。廻がどんなサッカーしたか、どんな人に出会えたか……私、楽しみにしてる」
うんと廻は頷き、宙に浮いたままだった手でなまえをしっかりと抱き締めた。
「なまえ。俺、行ってくるね!」
◆◆◆
廻に届いた手紙には、JFU・新プロジェクト代表名に、帝襟アンリの名前が書かれていた。
(あのとき、アンリさんが言ってた推薦ってこれのことだったんだ……)
その結果、厳正な選考から強化指定選手に廻は選出されたらしい。
(やっぱりすごいな、廻……)
しばらく会えなくなってしまうのは寂しいが、廻の存在がJFUの人たちの目に止まって、なまえは自分のことのように嬉かった。
そして、強化指定選手に選出されたのは、廻だけではなかった――……
「強化指定選手に選出……!?」
ばぁやが玲王に渡した手紙と凪が取り出した手紙は、廻に送られてきたものと文章も一緒だ。
「マジかよ!やべぇ!」
「あー一緒だ、内容。詳しくは書いてないね」
「これ、廻にも送られてきたよ」
「全国区でサッカーできる奴を招集してるってことか……!」
二人の手紙を覗き込んで言ったなまえに、玲王は再び視線を手紙に向ける。
凪の言った通り、詳しくは書かれていないが。
「いきなり日本代表合宿とか!?U-18代表招集とかかな……!?」
え、すごい!玲王の言葉に、なまえは眼を輝かせる。
「えー合宿とか嫌だなぁ。ゲームとか昼寝とかしたいし」
反対に凪は、いつもの気だるい口調で言った。
「何言ってんだよ大チャンスだぞ!ここでアピールすりゃ代表まで手っ取り早い話になるかも!」
「ねーばぁやさーん。止めてよ、この人ー」
「ホッホッホッ。それはできません」
凪の言葉に、穏やかに笑いながらもきっぱりとばぁやは断る。
「私めは玲王坊ちゃまが生まれた時からの世話係ですから。玲王坊ちゃまの意思を尊重するだけです」
「……えーもぉーわかったよ、じゃあとりあえず行くけど」
「?」
次に凪の視線はなまえに向いた。
「その間、なまえ。チョキ預かってよ」
「えっ!?無理だよ!凪の友達に何かあったら責任取れない!」
「……えぇ」
チョキ?責任?なんのこっちゃっと、玲王は首を傾げる。
つーか、凪。俺となまえ以外に友達いたのか。
「責任って……。じゃあばぁやさんにお願いしていい?」
「なんでしょう?」
集合当日。
ばぁやに「チョキ」という名のサボテンの世話を頼む凪に「そういうことかと」と玲王は納得した。
サボテンを飼ったのも話し相手が欲しくて……という理由で、なまえはペットというより凪の"友達"と認識しているらしい。
(あの凪が育てられてるんだから、なまえなら預かっても大丈夫じゃね?)
必死に断ってた彼女に不思議に思いつつ、玲王はビルを見上げる。
どこにでもあるような無機質なビルだが、このビルこそ"日本フットボール連合"の本部で、地図に載っていた集合場所だ。
「おーい、いくぞ凪!」
……――その遡ること、少し前。
制服にリュックを背負った廻は、案内にあった集合場所を目指していた。
届いた手紙には必要最低限のことしか書かれておらず、同封されていた地図も実にシンプルだ。
頼りないそれに「これ、本当に合ってる?」と若干不信に思いながらも、廻は地図に従い歩いた。
やがて、目の前に現れたのは日本フットボール連合と書かれたビル。
どうやらここで間違いないようだ。
(ここ……の三階?)
ビルの中に入ると、自分と同じぐらいの制服姿の男子たちの姿が目に入った。
きっと目的は同じだろうから、廻はその後ろをちゃっかりついていく。
三階に着き、先頭の者たちは恐る恐るという風に一つのドアを開けた。
(すげっ、いっぱいいる)
続いて廻も中に入ると、すでに会場には想像以上の人が集まっていた。
そして、入ってきた者を値踏みをするように、彼らの視線が集まる。
それに萎縮する者もいれば、廻はまったく気にせず、中へ足を踏み入れた。
(全員、サッカーやってる奴なんだなぁ)
周りをぐるりと見渡す。これだけ人がいればいるかも知れない。
一緒にサッカーをできる友達が――。
その時。再びドアが開き、廻も自然とそちらに視線を向けた。
入ってきたのは地味めと、反対に爽やかオーラ全開の二人組だ。
(……あれ。あいつどこかで見たことあるよーな……)
地味めくんではなく爽やかくんの方だ。見覚えある顔に廻は思い出そうとする。
(確か……なまえと一緒に見ていたサッカー雑誌に載ってた……)
――あ、サッカー界の宝。
「おめでとう。才能の原石共よ」
「!」
廻がそれを思い出した直後、会場に声が響いた。
会場の照明が暗くなったと思えば、ぱっと前方に明かりがつき、一人の男を照らし出す。
「お前らは俺の独断と偏見で選ばれた優秀な18歳以下のストライカー、300名です」
(へー、300名もいるんだ)
「そして俺は絵心甚八。日本をW杯優勝させるために雇われた人間だ」
自己紹介の中に含まれた言葉に、会場がざわめき出した。
お構いなしに絵心は説明する。
日本サッカーが世界一になるために必要なもの、それはただひとつ。
世界一のストライカーであり、これはそれを創る実験であると――。
「見ろ。それがそのための施設――……"青い監獄"」
(とりあえず、生き残れってワケね)
説明を聞いていた廻は、簡潔に自分の中で解釈する。
廻の夢は幼い頃から変わらない。
『世界の舞台で、メッシやロナウド、ノエル・ノアとワクワクするようなサッカーをする』
皆すげー選手で、そんなすげー選手たちとサッカーをするには、自分もすげー奴にならなければならない。
それが世界一というなら、廻はなる。
決めるのはいつだって自分だ。
「あの!すみません。今の説明では同意できません」
そう声を上げたのは、あのサッカー界の宝くんだ。
彼のイイコちゃん論(廻いわく)に、周囲からも続くように反発の声が上がる。
絵心は面倒くさそうにその声を一掃した。
「帰れ。帰りたい奴は帰っていいよ」
続けて話す内容は、廻でも「なーんかすごいこと言ってる」と思うぐらいめちゃくちゃなものだ。
「世界一のエゴイストでなければ、世界一のストライカーにはなれない」
絵心は日本サッカーに足りないのは"エゴ"だという。
『味方にアシストして1−0で勝つより、俺がハットトリック決めて3−4で負ける方が気持ちいい』
絵心が例えで出したそれはノエル・ノアの有名な言葉だ。
確かにその言葉を聞いた時、廻もかっこいいと思った。
「さぁ、才能の原石共よ。最後にひとつ質問をしよう」
想像しろ――絵心はその場にいるすべてのストライカーに言う。
だから、廻も眼を閉じて想像した。
舞台はW杯決勝。
「8万人の大観衆、お前はそのピッチにいる」
(いいねいいね♪上がる舞台)
「スコアは0−0。後半A・T。ラストプレー」
味方からのパスに抜け出したお前は――……
「GKと1対1」
右6mには味方が一人。パスを出せば確実に1点が奪える場面……
――廻の脳裏にその場面がありありと思い浮かぶ。
パスを出せと廻に叫ぶのは、いつもの有象無象だ。
(……そんなんじゃ)
「全国民の期待……優勝のかかったそんな局面で――……」
(ワクワクしない)
「迷わず撃ち抜ける。そんなイカれた人間だけ」
("かいぶつ"には勝てない!!)
廻は迷わず、テクニカルにボールを蹴った。
「この先へ、進め」
気持ちよくゴールが決まったところで、絵心の後ろの扉が開いたのに気づく。
そして、一番に走り出すその姿も。
「クソ……!!行ってやるよクソがぁ!」
「俺も行く!」
「俺もだ!」
「俺も!!」
ワンテンポ遅れて、他の者たちも彼の後を追うように駆け出した。その中に廻も続く。
(面白そうじゃん♪"青い監獄")
その顔にはワクワクと笑顔を浮かべて。
そして――最後に残った二人も参加し、300名全員が参加となった。
◆◆◆
寮に向かうとだけ伝えられ、順番にバスに乗り込む。
空いてる窓側の席に座った廻は、すぐさま睡魔が襲ってきた。昨日、興奮してよく眠れなかったからだ。
「(寝てる……)」
「(爆睡……?)」
「(早すぎじゃね?)」
寝ている廻を横目にし、そんな風に思いながら他の者たちも空いてる席に座っていく。
徐々に席が埋まっていくなか、廻の隣の席に座ったのは、目立つモヒカン頭の大川響鬼だ。
彼がその席を選んだのには特に深い理由はない。たまたま空いていたからだ。
だが、しいて言うなら、
(前髪パッツン……。よく寝てんな)
自分と同じようにちょっと珍しい髪型に目が止まったからだ。
300人全員を乗せるため数十台になったバスは、列を作って走る。
山を越えて、奥地に向かっているのだが、廻はそんなこと露知らず夢の中だ。
――廻が見た夢には、なまえが出てきた。
「ねえ、廻。私も青い監獄に行くことになったの!廻専属のマネージャーだよ」
え、マジ?それ最高じゃん。俺、めちゃくちゃ頑張っちゃうよ――……
「……君。君、起きて」
「……ふぁ……なまえ……?」
廻は目を覚ます。視界に映るのはなまえではなく、ちょっと似ている中性的な顔立ち。
寝ぼけている廻を見て、彼は温厚そうな笑顔で笑う。
「はは、彼女さんの名前?君、その子のこと大好きなんやね」
その起こされ方がなまえに似て優しかったのもあって、つい夢に見たのかも知れない。
「おはよう……?」
「おはよー。よう寝とったね。バス着いたみたいやから、君もはよ降りた方がええと思うよ」
周りを見ると、バスの中には廻しか残っていない。隣の大川は起こす義理もないので、廻を置いていった。
「じゃ、お互い頑張ろな」
「うん!」
……あ!バスから降りる彼に、廻も慌ててリュックを背負い、追いかける。
(起こしてくれたお礼言ってない)
廻が降りた時には、その姿を見失ってしまった。
……まあ、青い監獄にいるならいつか会えるだろう。お互い生き残っていたら。
(良い奴だったな。……おおきに)
廻は心の中でお礼を言った。
良い奴の彼の名前は、氷織羊。
氷織が話すのは関西弁ではなく京都弁であると廻が知るのは、ずっと先だ。
バスから降りると、一列に並んで待つらしい。
「次、蜂楽廻くん」
名前を呼んだのは、紅一点の青い監獄のマネージャー的存在、帝襟アンリだ。
スマホや財布はもちろん、私物は全部彼女に没収された。
身一つになった廻が代わりに渡されたのは、ボディスーツ。
(290……Z?)
なんのこっちゃ。
「それじゃあ1人ずつ、制服の部屋に入り、着替えて待機して下さい」
ということは、廻は"Z"の部屋らしい。
(ゼット、ゼッ〜ト……マシンガーゼット〜♪)
即興の歌を脳内で歌いながら廻は一人施設へと入った――……が。
「迷路……?」
コンクリートの代わり映えしない通路のせいもあり、廻は早々に道に迷った。
地図もなければ、道を聞こうにも人がいない。
「うーん、こっちかな?」
こういう時は焦らず自分の勘を頼りに進むのが廻流だ。
(――お)
Zの部屋ではないが、人には出会えた。
「ねえ、ちょっとそこの人!」
「……はい?」
振り向いた小柄な少年は、前髪が長く、目が隠れている。
「それ、見えてんの?」
道を聞こうと思ったのに、廻の口から出た問いはまったく違うものだった。
「……いきなり引き留めておいて、その質問とはずいぶんと不躾な人ですね」
「あ、ごめんごめん。俺、道聞きたかったんだ」
てへっと悪気なく笑って謝る廻に、彼はふぅと呆れのため息を吐き出してから、口を開く。
「道とはなんでしょう?」
「俺、Zの部屋に行きたいんだけど」
「ここはYですから、アルファベット順で、Zは隣じゃないでしょうか」
キミが来たのはあちらからですからこっちじゃないですかと、彼は廻が来た方とは反対の通路を指差す。
どうやら、廻はぐるりと一周してきたらしい。
「教えてくれてサンキュー!アンタも良い奴だね♪」
素直に礼と人懐っこく笑う廻に、少し戸惑いながらも「どういたしまして」と彼は答えた。
初対面はなんじゃこいつと思っても、廻と話していくうちに大体の者は毒気を抜かれる。
「……さっきの質問ですが、もちろん見えてますよ」
足を踏み出す廻を引き留めるように、彼は言った。
「なんで隠してんの?」
「眼は性格が出ます。だから隠してるんです」
その答えに、廻は面白そうに口角を上げる。
「にゃはっ、俺と一緒だ」
「……と、言いますと?」
「俺も、眼はその人の心が一番出るところだと思うから」
そう言った廻の眼も、不思議な引力がある眼だと――彼は感じた。
そして、なんとなくこちらを見透かそうとしているようにも感じて、眼を隠していてよかったとも思った。
「バイバーイ♪」
無邪気に去っていく廻に、二子一揮は不思議な人だなと印象を抱く。
後にこの二人は、すぐに対戦相手として再会することになるのだが。
この出会いがきっかけで、早くも廻を注目していた二子は、そのドリブルは脅威と見抜いて封じにかかった。
◆◆◆
二子のおかげで無事ルームZに辿り着いた廻は、着替えて早々、人目も気にせず床で丸くなっていた。
バスの中でも寝たのにまだ眠い。
どうせ待機中だ――親指をしゃぶると安心し、再び廻は眠りに落ちて、夢を見る。
「……ヘイ。ジーコ、パス……。ちゃんと出せ……ジーコ……」
今度はいつも見るサッカーをする夢だ。
そして、ジーコはいつも廻へのパスを無視する。
部屋が騒がしくなって、廻はうっすらと眼を覚ましたが、絵心の説明を聞くのも寝ぼけ半分だ。
(とりあえず、オニにならなければいいってコトね……)
そう再び自分の中で簡潔に解釈して、廻が次に起きたのは、イガグリにボールをぶつけられそうになった時である。
「むにゃ……禁止なのはハンドだけでしょ?おはよ」
マイペースな廻だったが、皆の必死な姿に、彼らは本気でサッカーをやりに来ているとわかると……。
(ちょっと楽しくなってきたかも♪)
――そんなとき、引き寄せられるように見つけた。
「……違うな。人生、変えに来てんだよ……」
『俺も、眼はその人の心が一番出るところだと思うから』
「世界一になりに来てんだよ……俺は……」
――その眼を。
「いいね、キミ。だよね♪」
彼の名は潔世一。彼の言動が、廻に衝動を起こさせた。
「潰すなら――」
「え」
突然廻は床を素足で蹴り、一瞬のすり抜けざまに潔からボールを奪う。
ここに来て、初めて"かいぶつ"の声が聞こえた。
「一番強い奴っしょ♪」
こっちに向かってくる廻に周囲はどよめくが、廻の中でその対象はもう決まっている。
まるで獲物を見つけて喜ぶ猫だ――廻の開いた瞳孔が捉えるはただ一人。
「俺かよ!?」
日本サッカー界の宝こと、吉良涼介。
廻が知っている、この中で一番強い奴。
残り10秒を切る。吉良目掛けて、廻は躊躇なく思いっきりボールを蹴った。
もしも――廻が蹴ったボールが吉良に当たっていたら、きっと廻のサッカー人生はまた別の未来になっていただろう。
もしも――吉良が避けるのではく、廻からボールを奪いにいっても、廻のサッカー人生はまた違う未来になっていた。
そんなもしもの未来への道がいくつにも分岐するなか、壁に弾かれたボールが廻の上に落ちていく。
廻はしゃがんだ状態からトリッキーにボールを蹴る。吉良はそれをミスキックだと思ったが、違う。それはパスだ。
圧倒的なパス技術を持つ廻だからこそ、正確にそのボールは「パスすべき人物」の前に落ちていく。
潔世一の元へ――
「一番……強い奴……」
自分に落ちてくるボールを取り憑かれたように見つめる潔。
廻の全身に、感じたことのないゾクリとした高揚感が走った。
……やっぱ、イイ眼してんじゃん。
「BON!」
廻の放った言葉と同時に、潔の蹴ったボールは吉良の顔面にヒットした。
そして、タイムアップ。
敗者は――吉良涼介。
壁に取り付けられた液晶から絵心が現れた。
納得いかない吉良に、絵心は説明する。
これは、部屋の広さも制限時間も全て考えられた、ストライカーの本質を見極めるための「エゴイズムテスト」だと――。
絵心の持論から、球を奪い一番強い者を倒そうとした廻は「ストライカーのエゴイズム」を持つと、潔と共に評価された。
『お前の負けだ。吉良涼介。帰れ』
再度、絵心は吉良に敗北者だと通告する。
「……だって、アイツが……急に蜂楽が……来たから……」
プライドを粉々にされてか、壊れたようにその言葉を繰り返す吉良。
当の本人の廻はけろりとしている。
しいて言えば「ありゃ。結構打たれ弱い感じ?」ぐらいしか思ってない。
……それよりも。
潔の物言いたげな視線を受け、廻はペロッと舌を出した。
「お……お前……なんで、俺にパスしたんだよ……?あのまま俺が蹴らなかったら……お前は失格だったんだぞ……!?」
潔や他の者たちにとっても当然の疑問だったが、廻には愚問だ。
「んー?だって蹴ると思ったもん」
へらっと笑って「そんなカオしてたー」とあっけらかんと答える。
「は……?」わけわからんと顔する潔に廻は続けて言う。「だって、ここは結果が全てでしょ?」
ここでは結果が全てだ――それは、絵心が先ほど言っていた言葉だ。
廻は聞いていないようで、本能的に本質は理解していた。
画面の向こうで絵心は笑う。
「アンタを信じた俺の勝ち♪」
――っしょ?
なまえがこの場にいたらきゅんとしたであろうその笑顔も、潔にとってはもはや奇々怪々だ。
(蜂楽……絶対イカれてる……!!)
廻含むこの場にいる11人は、"青い監獄"入寮テストを合格して、今後は運命共同体となるらしい。
運命といえば――
『おみくじ!あの運命の相手って、ここにいるんじゃない?』
なまえの予想は当たっていたのだが、廻はまだ気づかない。
潔世一が、自分のサッカー人生を大きく変える運命のピースだと。
(早く潔とサッカーしたいな♪)
ただ今は、感じるこの昂りに胸を踊らせる。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#デフォルメの真相
「うぅ〜む」
「どうかした?蜂楽」
「ねえ、潔。潔のイラストはそっくりじゃん?俺のイラストあんま似てなくない?」
「そうか?似てんと思うけど。眼とか」
「でも、アホ毛生えてないし、あんな歯も尖ってないし」
「そこは……ほら、イメージ的に?」
「え、俺そんなイメージもたれてんの?まあ、別にいいんだけど。誰描いたんだろうね?」
「全員分あるのはすごいな……。そう考えると写真じゃだめだったのか?」
〜ブルーロックモニタールーム〜
「……。アンリちゃん、さっそくあのデフォルメに疑問が出てるみたいだよ」
「最新AIイラストで作成して、特徴捉えて可愛いと思ったんですけど……だめですか!?」