埋もれた天才

 "青い監獄ブルーロック"――それは、日本サッカーをW杯ワールドカップ優勝に導くための一大プロジェクトの総称。

 ……なのだが。

「アンリちゃん。新しいカップ麺用意しといて。なるべく新商品ね」

 毎日毎日、三食カップ麺。呆れを通り越してもはやよく飽きないなと帝襟アンリは感心する。

 その前代未聞の一大サッカープロジェクトは、この変人とアンリのほぼ二人三脚だ。
 いや、変人こと彼――絵心甚八なら必ずやり遂げるだろうと自分が一任したのだが。

 今二人は、数年かけて進行してきたプロジェクトの要となる、重大な仕事を地味にこなしている。

 ここ、青い監獄ブルーロックに収集するサッカー選手の選考だ。東西南北、全国から選考するのだから、そりゃあもうえらい時間がかかる。

「アンリちゃん。次」

 だが、選考自体はスムーズだ。食事中であろうと、絵心はじっと画面から目を離さず、画面の向こうの選手のプレーを観察している。
 目の下の隈は初対面からだからともかく。いつ見ても座ったままの姿勢に「エコノミー症候群にならないのかしら……?」と、心配しつつアンリはリモコンを操作し、次の映像を流した。

 どうやらこの選手は、絵心のお眼鏡にかなわなかったらしい。彼の判断にいつも迷いはなかった。

 次は、千葉県のサッカー少年だ。

 特に試合で活躍したり、有名な選手ではない。
 だが、チームの中ではサッカーセンスは群を抜いていて、その"彼女"から論理的なプレーの説明を聞いたのは、記憶に新しい。
 アンリは、全国高校サッカー選手権千葉県大会の予選試合をカメラに収めていた。

 背番号が8番の選手をカメラは追う。

 味方からのパスを受けると、8番の少年はすぐさまドリブルでひょいっと切り返した。
 思わぬ方向転換に、少年をマークしていた選手は置いてけぼりになる。

 そこから前線に向かって走るが、真っ正面から立ちはだかれ、少年は足を止めた。
 一対一の駆け引き。少年は左右にフェイントする。

 早くも痺れを切らしたのか、先に動いたのは相手選手だった。

 ボールを奪おうと伸ばした足に、すぐさま少年は反応し、ボールを足裏で転がしてから、斜め前方に蹴り上げる。
 空振りしたその足を、自身も飛び越え、――抜けた。

 これを見て相手チームは一人じゃ止められないと判断し、駆け上がる少年に前後のディフェンダーが二人つく。

 二人が少年に向かったことによって空いたスペースの向こう――味方がパスを出せと呼び掛けていた。

 だが、少年はパスを出さない。

 やがて二人のうち一人が、少年のユニフォームを後ろから引っ張り、倒れた少年にホイッスルが響いた。

「アンリちゃん、今の8番のプレー巻き戻して」
「あ、はい」

 アンリは珍しいと思った。映像を一度見ただけで、選手の素質を見抜いているらしい絵心が、もう一度巻き戻して見たいなんて。

「彼の名前は蜂楽廻くん。高校二年生です」
「…………」

 ――何故、蜂楽廻はパスを出さなかったのか。
 明らかに味方の存在には気づいている。では、自分で強引に振り切って持っていくのかと思いきや、彼にその素振りはない。

(何かを探している――?)

 蜂楽の目線は味方を越えてその先。
 絵心の頭の中で、画面の映像が立体的に作り替えられる。
 まるでサッカーコートを上から見るように、その視線の先を探した。

「……なるほど……」

 画面の向こうの倒れた蜂楽に向かって呟く。
 その誰もいない先に自分の理想のプレーがあったのか。
 手前の味方にパスを出すのが、この状況での最適解であったのに、この少年は選ばなかった。

 凡人の中にいても輝く天才はいる。

 それは上手く周りを駒とし、立ち回ることだが、彼は違った。
 まるで子供のように、ただひたすら自分の求めるサッカーを突き通しているのだ。

 純粋なのか不器用なのか、そこに絵心の興味はないが、埋もれている"才能の原石"は見過ごせない。

「アンリちゃん。覚えておいて」
「……はい?」
「才能は才能でしか磨かれない――」

 映像は続いており、倒れたまま何もない宙を、蜂楽は見上げている。
 ……面白い素材だ。絵心は再びアンリに言う。

「コイツ、招集決定ね」


 こうして、蜂楽廻の青い監獄ブルーロック選考が決まった。


 ――数ヵ月後、日本フットボール連合の名で廻宛に届いた手紙。
 そこには強化指定選手に選出されたと書いてあり、廻はいまいちピンと来てなかったが……

「すごいよ!!日本フットボール連合って、日本サッカー界を統括しているところだよ!」

 と、なまえが驚いているので、すごいことなんだなと廻はやっと実感してきた。

「優も背中押してくれたし、俺参加してみようと思うんだ」
「うん!せっかく廻、選抜されたんだもん」

 どんな選手がいるか楽しみだねと笑うなまえは、そこであっと思い出した。

「おみくじ!あの運命の相手って、ここにいるんじゃない?」

 廻のドリブル旅の際に、手に入れたおみくじのことだ。
 そこに書いてあった「待ち人来る 運命の相手と出会う」は、サッカーことだとなまえは考えていた。

 廻がずっと待っているのは、一緒にサッカーをしてくれる友達だから。

「いるかな?」
「きっといるよ!全国から集められてるみたいだし。帰ってきたら教えてね」

 帰ってきたら……その言葉に廻はなまえをじっと見つめる。
 その視線になまえは不思議そうに首を傾げた。

「詳しく書いてないけど、しばらく帰ってこられないかもしんない。外部と連絡も取れないんだって」
「……そっか。本格的なんだね」
「俺のこと……待っててくれる?」

 珍しく弱気に言う廻に、なまえはその首に抱きついた。「っ?」こちらも珍しく大胆な行動に廻は驚く。

「当たり前だよ。待ってる。廻がどんなサッカーしたか、どんな人に出会えたか……私、楽しみにしてる」

 うんと廻は頷き、宙に浮いたままだった手でなまえをしっかりと抱き締めた。


「なまえ。俺、行ってくるね!」


 ◆◆◆


 廻に届いた手紙には、JFU・新プロジェクト代表名に、帝襟アンリの名前が書かれていた。

(あのとき、アンリさんが言ってた推薦ってこれのことだったんだ……)

 その結果、厳正な選考から強化指定選手に廻は選出されたらしい。

(やっぱりすごいな、廻……)

 しばらく会えなくなってしまうのは寂しいが、廻の存在がJFUの人たちの目に止まって、なまえは自分のことのように嬉かった。

 そして、強化指定選手に選出されたのは、廻だけではなかった――……


「強化指定選手に選出……!?」

 ばぁやが玲王に渡した手紙と凪が取り出した手紙は、廻に送られてきたものと文章も一緒だ。

「マジかよ!やべぇ!」
「あー一緒だ、内容。詳しくは書いてないね」
「これ、廻にも送られてきたよ」
「全国区でサッカーできる奴を招集してるってことか……!」

 二人の手紙を覗き込んで言ったなまえに、玲王は再び視線を手紙に向ける。
 凪の言った通り、詳しくは書かれていないが。

「いきなり日本代表合宿とか!?U-18代表招集とかかな……!?」

 え、すごい!玲王の言葉に、なまえは眼を輝かせる。

「えー合宿とか嫌だなぁ。ゲームとか昼寝とかしたいし」

 反対に凪は、いつもの気だるい口調で言った。

「何言ってんだよ大チャンスだぞ!ここでアピールすりゃ代表まで手っ取り早い話になるかも!」
「ねーばぁやさーん。止めてよ、この人ー」
「ホッホッホッ。それはできません」

 凪の言葉に、穏やかに笑いながらもきっぱりとばぁやは断る。

「私めは玲王坊ちゃまが生まれた時からの世話係ですから。玲王坊ちゃまの意思を尊重するだけです」
「……えーもぉーわかったよ、じゃあとりあえず行くけど」
「?」

 次に凪の視線はなまえに向いた。

「その間、なまえ。チョキ預かってよ」
「えっ!?無理だよ!凪の友達に何かあったら責任取れない!」
「……えぇ」

 チョキ?責任?なんのこっちゃっと、玲王は首を傾げる。
 つーか、凪。俺となまえ以外に友達いたのか。

「責任って……。じゃあばぁやさんにお願いしていい?」
「なんでしょう?」


 集合当日。


 ばぁやに「チョキ」という名のサボテンの世話を頼む凪に「そういうことかと」と玲王は納得した。
 サボテンを飼ったのも話し相手が欲しくて……という理由で、なまえはペットというより凪の"友達"と認識しているらしい。

(あの凪が育てられてるんだから、なまえなら預かっても大丈夫じゃね?)

 必死に断ってた彼女に不思議に思いつつ、玲王はビルを見上げる。
 どこにでもあるような無機質なビルだが、このビルこそ"日本フットボール連合"の本部で、地図に載っていた集合場所だ。

「おーい、いくぞ凪!」


 ……――その遡ること、少し前。


 制服にリュックを背負った廻は、案内にあった集合場所を目指していた。

 届いた手紙には必要最低限のことしか書かれておらず、同封されていた地図も実にシンプルだ。
 頼りないそれに「これ、本当に合ってる?」と若干不信に思いながらも、廻は地図に従い歩いた。

 やがて、目の前に現れたのは日本フットボール連合と書かれたビル。
 どうやらここで間違いないようだ。

(ここ……の三階?)

 ビルの中に入ると、自分と同じぐらいの制服姿の男子たちの姿が目に入った。
 きっと目的は同じだろうから、廻はその後ろをちゃっかりついていく。

 三階に着き、先頭の者たちは恐る恐るという風に一つのドアを開けた。

(すげっ、いっぱいいる)

 続いて廻も中に入ると、すでに会場には想像以上の人が集まっていた。
 そして、入ってきた者を値踏みをするように、彼らの視線が集まる。

 それに萎縮する者もいれば、廻はまったく気にせず、中へ足を踏み入れた。

(全員、サッカーやってる奴なんだなぁ)

 周りをぐるりと見渡す。これだけ人がいればいるかも知れない。

 一緒にサッカーをできる友達が――。

 その時。再びドアが開き、廻も自然とそちらに視線を向けた。
 入ってきたのは地味めと、反対に爽やかオーラ全開の二人組だ。

(……あれ。あいつどこかで見たことあるよーな……)

 地味めくんではなく爽やかくんの方だ。見覚えある顔に廻は思い出そうとする。

(確か……なまえと一緒に見ていたサッカー雑誌に載ってた……)

 ――あ、サッカー界の宝。

「おめでとう。才能の原石共よ」
「!」

 廻がそれを思い出した直後、会場に声が響いた。
 会場の照明が暗くなったと思えば、ぱっと前方に明かりがつき、一人の男を照らし出す。

「お前らは俺の独断と偏見で選ばれた優秀な18歳以下のストライカー、300名です」

(へー、300名もいるんだ)

「そして俺は絵心甚八。日本をW杯ワールドカップ優勝させるために雇われた人間だ」

 自己紹介の中に含まれた言葉に、会場がざわめき出した。
 お構いなしに絵心は説明する。

 日本サッカーが世界一になるために必要なもの、それはただひとつ。
 世界一のストライカーであり、これはそれを創る実験であると――。

「見ろ。それがそのための施設――……"青い監獄ブルーロック"」

(とりあえず、生き残れってワケね)

 説明を聞いていた廻は、簡潔に自分の中で解釈する。

 廻の夢は幼い頃から変わらない。

『世界の舞台で、メッシやロナウド、ノエル・ノアとワクワクするようなサッカーをする』

 皆すげー選手で、そんなすげー選手たちとサッカーをするには、自分もすげー奴にならなければならない。

 それが世界一というなら、廻はなる。
 決めるのはいつだって自分だ。

「あの!すみません。今の説明では同意できません」

 そう声を上げたのは、あのサッカー界の宝くんだ。
 彼のイイコちゃん論(廻いわく)に、周囲からも続くように反発の声が上がる。
 絵心は面倒くさそうにその声を一掃した。

帰れファック・オフ。帰りたい奴は帰っていいよ」
 
 続けて話す内容は、廻でも「なーんかすごいこと言ってる」と思うぐらいめちゃくちゃなものだ。

「世界一のエゴイストでなければ、世界一のストライカーにはなれない」

 絵心は日本サッカーに足りないのは"エゴ"だという。

『味方にアシストして1−0で勝つより、俺がハットトリック決めて3−4で負ける方が気持ちいい』

 絵心が例えで出したそれはノエル・ノアの有名な言葉だ。
 確かにその言葉を聞いた時、廻もかっこいいと思った。

「さぁ、才能の原石共よ。最後にひとつ質問をしよう」

 想像しろ――絵心はその場にいるすべてのストライカーに言う。

 だから、廻も眼を閉じて想像した。

 舞台はW杯ワールドカップ決勝。

「8万人の大観衆、お前はそのピッチにいる」

(いいねいいね♪上がる舞台)

「スコアは0−0。後半A・Tアディショナルタイム。ラストプレー」

 味方からのパスに抜け出したお前は――……

「GKと1対1」

 右6mには味方が一人。パスを出せば確実に1点が奪える場面……

 ――廻の脳裏にその場面がありありと思い浮かぶ。
 パスを出せと廻に叫ぶのは、いつもの有象無象だ。

(……そんなんじゃ)

「全国民の期待……優勝のかかったそんな局面で――……」

(ワクワクしない)

「迷わず撃ち抜ける。そんなイカれた人間エゴイストだけ」

("かいぶつ"には勝てない!!)

 廻は迷わず、テクニカルにボールを蹴った。

「この先へ、進め」

 気持ちよくゴールが決まったところで、絵心の後ろの扉が開いたのに気づく。

 そして、一番に走り出すその姿も。

「クソ……!!行ってやるよクソがぁ!」
「俺も行く!」
「俺もだ!」
「俺も!!」

 ワンテンポ遅れて、他の者たちも彼の後を追うように駆け出した。その中に廻も続く。

(面白そうじゃん♪"青い監獄ブルーロック")

 その顔にはワクワクと笑顔を浮かべて。

 そして――最後に残った二人も参加し、300名全員が参加となった。


 ◆◆◆


 寮に向かうとだけ伝えられ、順番にバスに乗り込む。
 空いてる窓側の席に座った廻は、すぐさま睡魔が襲ってきた。昨日、興奮してよく眠れなかったからだ。

「(寝てる……)」
「(爆睡……?)」
「(早すぎじゃね?)」

 寝ている廻を横目にし、そんな風に思いながら他の者たちも空いてる席に座っていく。
 徐々に席が埋まっていくなか、廻の隣の席に座ったのは、目立つモヒカン頭の大川響鬼だ。

 彼がその席を選んだのには特に深い理由はない。たまたま空いていたからだ。
 だが、しいて言うなら、

(前髪パッツン……。よく寝てんな)

 自分と同じようにちょっと珍しい髪型に目が止まったからだ。

 300人全員を乗せるため数十台になったバスは、列を作って走る。
 山を越えて、奥地に向かっているのだが、廻はそんなこと露知らず夢の中だ。

 ――廻が見た夢には、なまえが出てきた。

「ねえ、廻。私も青い監獄ブルーロックに行くことになったの!廻専属のマネージャーだよ」

 え、マジ?それ最高じゃん。俺、めちゃくちゃ頑張っちゃうよ――……

「……君。君、起きて」
「……ふぁ……なまえ……?」

 廻は目を覚ます。視界に映るのはなまえではなく、ちょっと似ている中性的な顔立ち。
 寝ぼけている廻を見て、彼は温厚そうな笑顔で笑う。

「はは、彼女さんの名前?君、その子のこと大好きなんやね」

 その起こされ方がなまえに似て優しかったのもあって、つい夢に見たのかも知れない。

「おはよう……?」
「おはよー。よう寝とったね。バス着いたみたいやから、君もはよ降りた方がええと思うよ」

 周りを見ると、バスの中には廻しか残っていない。隣の大川は起こす義理もないので、廻を置いていった。

「じゃ、お互い頑張ろな」
「うん!」

 ……あ!バスから降りる彼に、廻も慌ててリュックを背負い、追いかける。

(起こしてくれたお礼言ってない)

 廻が降りた時には、その姿を見失ってしまった。
 ……まあ、青い監獄ここにいるならいつか会えるだろう。お互い生き残っていたら。

(良い奴だったな。……おおきに)

 廻は心の中でお礼を言った。

 良い奴の彼の名前は、氷織羊。
 氷織が話すのは関西弁ではなく京都弁であると廻が知るのは、ずっと先だ。

 バスから降りると、一列に並んで待つらしい。

「次、蜂楽廻くん」

 名前を呼んだのは、紅一点の青い監獄ブルーロックのマネージャー的存在、帝襟アンリだ。
 スマホや財布はもちろん、私物は全部彼女に没収された。
 身一つになった廻が代わりに渡されたのは、ボディスーツユニフォーム

(290……Z?)

 なんのこっちゃ。

「それじゃあ1人ずつ、制服ユニフォームの部屋に入り、着替えて待機して下さい」

 ということは、廻は"Z"の部屋らしい。


(ゼット、ゼッ〜ト……マシンガーゼット〜♪)

 即興の歌を脳内で歌いながら廻は一人施設へと入った――……が。

「迷路……?」

 コンクリートの代わり映えしない通路のせいもあり、廻は早々に道に迷った。

 地図もなければ、道を聞こうにも人がいない。

「うーん、こっちかな?」

 こういう時は焦らず自分の勘を頼りに進むのが廻流だ。

(――お)

 Zの部屋ではないが、人には出会えた。

「ねえ、ちょっとそこの人!」
「……はい?」

 振り向いた小柄な少年は、前髪が長く、目が隠れている。

「それ、見えてんの?」

 道を聞こうと思ったのに、廻の口から出た問いはまったく違うものだった。

「……いきなり引き留めておいて、その質問とはずいぶんと不躾な人ですね」
「あ、ごめんごめん。俺、道聞きたかったんだ」

 てへっと悪気なく笑って謝る廻に、彼はふぅと呆れのため息を吐き出してから、口を開く。

「道とはなんでしょう?」
「俺、Zの部屋に行きたいんだけど」
「ここはYですから、アルファベット順で、Zは隣じゃないでしょうか」

 キミが来たのはあちらからですからこっちじゃないですかと、彼は廻が来た方とは反対の通路を指差す。

 どうやら、廻はぐるりと一周してきたらしい。

「教えてくれてサンキュー!アンタも良い奴だね♪」

 素直に礼と人懐っこく笑う廻に、少し戸惑いながらも「どういたしまして」と彼は答えた。
 初対面はなんじゃこいつと思っても、廻と話していくうちに大体の者は毒気を抜かれる。

「……さっきの質問ですが、もちろん見えてますよ」

 足を踏み出す廻を引き留めるように、彼は言った。

「なんで隠してんの?」
「眼は性格が出ます。だから隠してるんです」

 その答えに、廻は面白そうに口角を上げる。

「にゃはっ、俺と一緒だ」
「……と、言いますと?」
「俺も、眼はその人の心が一番出るところだと思うから」

 そう言った廻の眼も、不思議な引力がある眼だと――彼は感じた。
 そして、なんとなくこちらを見透かそうとしているようにも感じて、眼を隠していてよかったとも思った。

「バイバーイ♪」

 無邪気に去っていく廻に、二子一揮は不思議な人だなと印象を抱く。

 後にこの二人は、すぐに対戦相手として再会することになるのだが。
 この出会いがきっかけで、早くも廻を注目マークしていた二子は、そのドリブルは脅威と見抜いて封じにかかった。


 ◆◆◆


 二子のおかげで無事ルームZに辿り着いた廻は、着替えて早々、人目も気にせず床で丸くなっていた。
 バスの中でも寝たのにまだ眠い。
 どうせ待機中だ――親指をしゃぶると安心し、再び廻は眠りに落ちて、夢を見る。

「……ヘイ。ジーコ、パス……。ちゃんと出せ……ジーコ……」

 今度はいつも見るサッカーをする夢だ。
 そして、ジーコはいつも廻へのパスを無視する。

 部屋が騒がしくなって、廻はうっすらと眼を覚ましたが、絵心の説明を聞くのも寝ぼけ半分だ。

(とりあえず、オニにならなければいいってコトね……)

 そう再び自分の中で簡潔に解釈して、廻が次に起きたのは、イガグリにボールをぶつけられそうになった時である。

「むにゃ……禁止なのはハンドだけでしょ?おはよ」

 マイペースな廻だったが、皆の必死な姿に、彼らは本気でサッカーをやりに来ているとわかると……。

(ちょっと楽しくなってきたかも♪)

 ――そんなとき、引き寄せられるように見つけた。

「……違うな。人生、変えに来てんだよ……」

『俺も、眼はその人の心が一番出るところだと思うから』

「世界一になりに来てんだよ……俺は……」

 ――その眼を。

「いいね、キミ。だよね♪」


 彼の名は潔世一。彼の言動が、廻に衝動を起こさせた。


「潰すなら――」
「え」

 突然廻は床を素足で蹴り、一瞬のすり抜けざまに潔からボールを奪う。

 ここに来て、初めて"かいぶつ"の声が聞こえた。

「一番強い奴っしょ♪」

 こっちに向かってくる廻に周囲はどよめくが、廻の中でその対象はもう決まっている。
 
 まるで獲物を見つけて喜ぶ猫だ――廻の開いた瞳孔が捉えるはただ一人。

「俺かよ!?」

 日本サッカー界の宝こと、吉良涼介。
 廻が知っている、この中で一番強い奴。


 残り10秒を切る。吉良目掛けて、廻は躊躇なく思いっきりボールを蹴った。


 もしも――廻が蹴ったボールが吉良に当たっていたら、きっと廻のサッカー人生はまた別の未来になっていただろう。
 もしも――吉良が避けるのではく、廻からボールを奪いにいっても、廻のサッカー人生はまた違う未来になっていた。

 そんなもしもの未来への道がいくつにも分岐するなか、壁に弾かれたボールが廻の上に落ちていく。

 廻はしゃがんだ状態からトリッキーにボールを蹴る。吉良はそれをミスキックだと思ったが、違う。それはパスだ。

 圧倒的なパス技術を持つ廻だからこそ、正確にそのボールは「パスすべき人物」の前に落ちていく。


 潔世一の元へ――


「一番……強い奴……」

 自分に落ちてくるボールを取り憑かれたように見つめる潔。
 廻の全身に、感じたことのないゾクリとした高揚感が走った。

 ……やっぱ、イイ眼してんじゃん。

BONボン!」

 廻の放った言葉と同時に、潔の蹴ったボールは吉良の顔面にヒットした。

 そして、タイムアップ。
 敗者は――吉良涼介。

 壁に取り付けられた液晶から絵心が現れた。
 納得いかない吉良に、絵心は説明する。

 これは、部屋の広さも制限時間も全て考えられた、ストライカーの本質を見極めるための「エゴイズムテスト」だと――。

 絵心の持論から、ボールを奪い一番強い者を倒そうとした廻は「ストライカーのエゴイズム」を持つと、潔と共に評価された。

『お前の負けだ。吉良涼介。帰れファック・オフ

 再度、絵心は吉良に敗北者だと通告する。

「……だって、アイツが……急に蜂楽が……来たから……」

 プライドを粉々にされてか、壊れたようにその言葉を繰り返す吉良。
 当の本人の廻はけろりとしている。
 しいて言えば「ありゃ。結構打たれ弱い感じ?」ぐらいしか思ってない。

 ……それよりも。

 潔の物言いたげな視線を受け、廻はペロッと舌を出した。

「お……お前……なんで、俺にパスしたんだよ……?あのまま俺が蹴らなかったら……お前は失格アウトだったんだぞ……!?」

 潔や他の者たちにとっても当然の疑問だったが、廻には愚問だ。

「んー?だって蹴ると思ったもん」

 へらっと笑って「そんなカオしてたー」とあっけらかんと答える。

「は……?」わけわからんと顔する潔に廻は続けて言う。「だって、ここは結果が全てでしょ?」

 ここでは結果が全てだ――それは、絵心が先ほど言っていた言葉だ。
 廻は聞いていないようで、本能的に本質は理解していた。

 画面の向こうで絵心は笑う。

「アンタを信じた俺の勝ち♪」

 ――っしょ?

 なまえがこの場にいたらきゅんとしたであろうその笑顔も、潔にとってはもはや奇々怪々だ。

(蜂楽コイツ……絶対イカれてる……!!)


 廻含むこの場にいる11人は、"青い監獄ブルーロック"入寮テストを合格して、今後は運命共同体イレブンとなるらしい。

 運命といえば――

『おみくじ!あの運命の相手って、ここにいるんじゃない?』

 なまえの予想は当たっていたのだが、廻はまだ気づかない。
 潔世一が、自分のサッカー人生を大きく変える運命のピースだと。

(早く潔とサッカーしたいな♪)


 ただ今は、感じるこの昂りに胸を踊らせる。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#デフォルメの真相


「うぅ〜む」
「どうかした?蜂楽」
「ねえ、潔。潔のイラストはそっくりじゃん?俺のイラストあんま似てなくない?」
「そうか?似てんと思うけど。眼とか」
「でも、アホ毛生えてないし、あんな歯も尖ってないし」
「そこは……ほら、イメージ的に?」
「え、俺そんなイメージもたれてんの?まあ、別にいいんだけど。誰描いたんだろうね?」
「全員分あるのはすごいな……。そう考えると写真じゃだめだったのか?」

 〜ブルーロックモニタールーム〜

「……。アンリちゃん、さっそくあのデフォルメに疑問が出てるみたいだよ」
「最新AIイラストで作成して、特徴捉えて可愛いと思ったんですけど……だめですか!?」


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