ラストクリスマスなんかじゃない

 世間は師走。大人たちはどこか忙しないが、一方の子どもたちは日々ウキウキを募らせていた。

「なまえちゃんはサンタさんからのプレゼント、なにお願いするの?」
「んーわたしは……」

 12月の一大イベント、クリスマスが近づいているからだ。
 小学校低学年だと、まだ多くの児童がサンタクロースの存在を信じているが、なまえは少し違った。

『じつは、お父さんがあのサンタクロースなんだぞ!』

 ――と。ドヤ顔で父から言われて育ってきたので、物心ついたときにはサンタクロースという存在は、父親だったり恋人だったりバイトの人だったりと、誰かがやるものだと認識している。

「ねえ、廻はクリスマス、どうするの?」
「クリスマス?」
「うちでクリスマスパーティーやるんだけど、廻も来ない?」

 いつものように二人での帰り道。弾んだ声でなまえは廻を誘った。
 毎年、なまえの家では家族でクリスマスパーティーをする。この時期に流れるCMのような、アットホームなパーティーだ。

「ごめん。クリスマスはママがホットケーキを作ってくれるからそれを食べるんだ」

 対して廻は、今までクリスマスにパーティーなどしたことがなく、特別な日という感覚はなかった。サンタクロースからもプレゼントをもらったことがないし、その存在についても深く考えたことがない。
 代わりに母親の優がホットケーキを焼いてくれるので、それが毎年の楽しみだった。

「すっげーおいしいんだよ♪」
「じゃあクリスマス、楽しみだねっ」

 断られてしょんぼりした気持ちになったのに、嬉しそうな廻に一転してなまえは笑顔になってしまう。

「なまえ、食べに来る?」

 その言葉に、なまえの顔がさらにぱあぁと明るくなった。

「行きたい!いいの?」
「ママに聞いてみるよ!」

 ――廻は自宅に帰ると、

「ただいまー!」

 さっそくアトリエで絵を描いている優に、なまえとのことを話した。

「え!?なまえちゃんが?いいけど、普通のホットケーキなんだけどな」

 優は苦く笑った。自分が作るのは粉を混ぜて焼くだけの、本当にただのホットケーキだ。

「いや、生クリームやイチゴとかあれば、それっぽくなるか……?」

 少しでもクリスマスらしくした方がいいかと優は悩む。「それっぽい料理とかも用意した方が……」今まで家でイベントごとはちゃんとしてこなかったが、息子の大好きな女の子が遊びに来るとなれば話は別だ。

「いつものでおいしいからそれでいいと思うよ?おれ、いつものママのホットケーキをなまえに食べてほしいしさ」

 我が息子ながら、良いことを言う。廻の言う通り、優はいつもと変わらないホットケーキを作ることにした。


 ◆◆◆


「はい、どうぞ。召し上がれ」
「わぁ!」

 ――クリスマス。焼き立てのふっくらしたホットケーキに、なまえは眼を輝かせた。

「普通のホットケーキでしょ?」
「すごくおいしそう!」
「味もちゃんとおいしいよ!」

 ペロリと舌ずりした廻。いただきます!と、二人は元気よく声を揃えた。
 なまえはホットケーキを一口に切って……ぱく。

「おいしい〜!」
「でしょ!」

 満面な笑顔になるなまえに、誇らしげに笑う廻。優も「なまえちゃんの口に合ってよかった」と優しく微笑む。

 外は寒くとも、暖かい時間が流れた。

 ……――あの日以来。12月に入り、クリスマスが近づいてくると、なまえは優のホットケーキの味を思い出す。

(今年のクリスマスは……)

 成長するにつれ、クリスマスはわいわい友達と過ごしたりもしたけど、やっぱり。

(廻とイルミネーション、観にいきたいな)

 なまえも高校生になると、恋人らしいクリスマスデートに憧れる。今度会ったときに、廻を誘ってみようと考えていた。


「それでね、今年は廻とイルミネーションを観にいくの」

 休みの日。母と映画を観た後、同じショッピングモールにあるカフェに寄っていた。ケーキを食べながら、なまえはイブの予定を楽しそうに話す。

「じゃあ、今年の家族のクリスマスパーティーは25日にしよっか。お父さん、毎年楽しみにしてるし。イルミネーションはどこに観にいくの?」
「千葉中央公園」

 千葉のイルミネーションで人気なスポットだ。イルミネーションの他に、期間限定で園内にスケートリンクが設置されるらしく、廻は「スケートやりたい!」と楽しみにしている。

「廻くん、スケートもできるんだ」
「滑るのは初めてみたい」

 ケーキとセットの紅茶を一口飲んでから「でも…」と、なまえは続けて話す。

「廻、運動神経抜群だからスケートもすぐにできちゃうだろうな」

 初めてするスポーツでも、感覚を掴むのが早くて、いつもそつなくこなしてしまう。
 スポーツが苦手ななまえは、もちろんスケートは初めてだが、廻とならやってみたいなと思う。

「樹脂製のスケートリンクで、転んでも濡れないんだって」
「それはいいわね」

 カフェでお茶をした後。モール内を歩くなまえの視線が、ショーウィンドウのマネキンが着ているコートに止まる。

「このコート可愛い……!いいなぁ」
「なまえ、毎年コート買ってない?」
「毎年は買ってない……と思う」

 このコートは一目惚れだ。いや、可愛い服があるとすぐになまえは欲しくなってしまうが。

(このコート着て、クリスマスデートしたいな。持ってる服とも合いそうだし)

 瞬時にコーディネートのイメージが、頭に浮かんでしまう。

(でも、お金はデートに使いたいから節約したいし……)

 うーんと考えるなまえに「サンタさんにお願いしてみたら?前倒しで」と、母は笑って言った。サンタさんとはもちろん、父のことだ。

「高校生になってもくれるかな?」
「大丈夫でしょう」

 娘に甘い夫が、コートのおねだりぐらいで断るはずがないと母は確信している。
 その夜――さっそくなまえは父に相談して、クリスマスプレゼントとしてコートを買ってもらえることになった。


 ◆◆◆


 待ちに待った12/24、クリスマスイブ。

 いつもよりオシャレをしたいと髪型を凝って、なまえは一目惚れしたコートを着る。
 姿見で身だしなみの最終チェックをしてから、部屋を出た。
 玄関でショートブーツを履いたところで、玄関のチャイムが鳴る。ちょうどタイミングよく廻が迎えにきたらしい。

「なまえ、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!廻」

 玄関を開けた途端、愉快な挨拶になまえは笑って返した。

「じゃあお母さん、行ってくるね」
「お母さん、メリークリスマスっす♪」
「廻くん、なまえのことよろしくね。二人とも楽しんで行ってらっしゃい」

 母に見送られて、なまえは廻と共に家を出た。
 少し歩けば、電飾で飾りつけした家がピカピカと光っていて、すでにきらびやかな雰囲気だ。

「なんか今日のなまえ、キラキラしてる」
「そうかな?」
「ん、可愛い!ちゃんとあったかくしてきた?」
「うん!ホッカイロもちゃんと貼ってるよ」
「完璧だね♪」

 黄色のダッフルコートがよく似合う廻は、冷たい空気に鼻先と頬を紅潮させて笑う。
 ふとした時にも好きだなと思うなまえの心は、廻と繋いだ手と同じぐらい暖かくなる。

 真冬の夜でも、ちっとも寒くない。


 浮き立つ人々の中に二人も交ざって、イルミネーションを眺めながら歩いた。
 色とりどりのネオンが輝いている。
 クリスマスマーケットも開かれており、いつもと違うファンタジーな世界に迷い込んだ気分だ。

「見て、きれい!カラフルなクリスマスツリーだよ」
「なまえ、あっちに星のイルミネーションもあるよ」

 その場にいるだけで、わくわく楽しい。

「廻、スケートってあそこじゃない?」
「思ったより広いんだね。これならトリプルアクセルもできそうじゃん?」

 廻が言うと、冗談なのか本気なのかちょっとわからない。スケート自体、初めてなのに自信満々だ。

「あ、なまえは転けても安心して。俺がちゃんと助けるから!」
「ありがとう、廻。頼もしい」

 使用料を払い、スケート靴を借りる。人目が集まるせいか、思っていたより滑っている人たちは少ない。

「見てて!俺の華麗な滑り――うぉ!?」

 リンクに立った途端、廻はつるっといった。それでも転倒せず、咄嗟に体勢を整えるのはさすが。

「っと、あっぶねー。なまえ、思ったよりちょーツルツルだよ。中学校の時の教頭の頭ぐらい!あ、あれはツルピカか」
「待って廻、笑わせないで〜」

 中学の時の教頭が、じつはカツラだったと世に知らしめたのは廻だ。罰のプール掃除を一緒に手伝ってあげたので、なまえはよく覚えている。

 居合わせていなかったから知らなかったけど、ツルピカだったんだ教頭……。

 慎重にスケートリンクに上がらないとなのに、なまえは想像して吹き出してしまう。
  廻に手助けしてもらい、リンクに上がった。

「ね?ツルツルっしょ」
「本当に氷の上みたいだね」

 ここから滑るには、確かフィギュアスケートの選手はこんな風に足を前に出して――つるっ

「!?」

 思い出して見よう見まねで滑ろうとしたのが間違いだった。
「なまえ!」足を滑らせたなまえの手を、慌てて掴んだ廻――だったが、足場がつるつるのリンクでは支えきれず、二人してすてんと転倒。

「あいたた……なまえ、大丈夫?ごめん、俺も転んじゃった」
「ううん、私は大丈夫」

 周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。微笑ましいという視線がちょっと恥ずかしい。

「ま、初めてのスケートだし、一度は転んでみるのも悪くないよね」
「……それもそうだね」

 今度はしっかりと、廻はなまえの手を掴んで引き上げた。
 一般的なスポーツとは違い、スケートは重心が大切だ。普段の身体の使い方とは勝手が違い、さすがの廻もちょっと苦戦する。

 ――それでも。

「お、なんとなく滑れるようになったかも」
「すごいっ廻、滑れてるよ!」

 いつの間にかコツを掴んで、廻は滑る距離を伸ばしていく。

「どんな風に滑ってるの?」
「スイーって前に泳いでいくイメージかな」
「う〜ん、わかんない」

 相変わらず廻の説明は抽象的で、なまえは苦笑いをする。

「ほら、こんな感じ!」

 なまえの両手を引いて、後ろに滑る廻。釣られて同じようになまえの足も動き、自然に滑っていった。

 楽しい!と笑うなまえに、廻もよかった♪と笑い合う。

 数分もすればなまえも慣れてきて、廻と手を繋いでスケートリンクを一周して滑った。

「風が出てきたね」

 耳当てしてくればよかったかも、となまえは思う。暖冬と言われていたが、さすがに風が吹きすさぶと、肌に突き刺すようで耳が痛い。

「人も増えてきたし、もう一周したらいこっか」


 初めてのスケートを楽しんだ後は、クリスマスマーケットで買ったホットチョコレートを飲みながら一息つく。
 とろとろの甘いチョコレートは、芯から身体を暖めてくれるようだ。

「俺、クリスマスって特別な感じしなかったけど、なまえと今日デートして、特別って感じがした」

 冬空の下、白い息が宙に消えるのを見ながら廻は言う。

「来年もこんな風にクリスマスデートしよう!」

 視線をなまえに移し、にこっと笑う廻に……

「うんっ!」

 なまえもイルミネーションに負けないぐらいキラキラした笑顔で、大きく頷いた。


 ――そして、翌年の冬。


 賑わう街並みに、遠くから聞こえてくるのはクリスマスの定番曲だ。
 町中に飾られたクリスマスツリーを眼にすると、なまえの胸はぎゅっと苦しくなる。

(今年は、廻と一緒にクリスマスを過ごせないんだ……)

 何故なら、ちょうど一月ほど前。廻は日本フットボール連合から強化指定選手に選出されて、"青い監獄ブルーロック"に行ってしまったからだ。

 本当は……クリスマスとか特別な日とか関係なかった。廻と一緒に同じ景色を見て、おいしいって言い合って、楽しいと笑い合えれば、それだけで幸せだった。

(あーもう暗くなるのだめ!……しっかりしなくちゃ)

 悲観的になっていた自分の思考を振り払う。
 "青い監獄ブルーロック"で戦っている廻に対して自分ができることは、信じて待つことだけ。

 次に会うときは、きっと廻は成長して帰ってくる。

 私も頑張らないと――なまえはそう自分に言い聞かせ、きらびやかな街を後にした。


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