"青の監獄"に入寮して、はや三日。
(早くサッカーやりたいなぁ……)
そんな思いをずっと抱えながら、廻は体力テストをこの三日間こなしていた。
ランニング・テスト、ジャンピング・テスト……。
(サッカー、やりたいなぁ)
ランニングマシンで走りながら、もう一度同じことを思う。
隣で走っている今村遊大は、必死な形相で走って、なかなかのイケメンフェイスが台無しになっている。一方の廻は、汗をかくだけでぼけーとしていた。
(なまえ、元気かなー。俺がいなくてさびしくて泣いてないかな……)
一方のなまえは――……
「なまえ、大丈夫ー?」
「彼氏くんとしばらく会えないってさびしいよね」
「私も玲王さまがいなくてさびしい〜」
「凪くんもだっけ?なんかサッカー関係で選ばれたんだってね」
話を知って、周りがなまえを心配していた。
「うん。三人とも選ばれたのはすごいことなんだよ」
そう気丈に口では言いつつ、なまえの心はぽっかり空いている。いつも近くに感じていた廻の存在がいない。まるで遠距離恋愛のようだが、連絡も取り合えない。
"待っている"というのは、口で言うほど簡単なことじゃないと知る。
それでもなまえは、廻の帰りを待ち続けるし、泣いてはいなかった。
むしろ泣く暇はないと思っている。
きっと、廻は向こうで頑張っているから。
(私も、廻に負けないように、目の前にあることを頑張らなくちゃ)
なまえにはやるべきことがあった。
「玲王にも部活のことを頼まれたし、全国が目の前にあるから、今は残った部員たちと優勝を目指そうと決めたの」
ダブルエースの二人が抜けた白宝サッカー部の痛手は大きい。でも……
『俺たちが留守の間、サッカー部はまかせたぜ、敏腕マネージャー!』
そう玲王に託されたからもあるが、ここまで頑張ってきたのは、二人だけじゃない――……
「BOSSと凪がいなくなっちまったら、俺たちおしまいだよな……」
「全国優勝なんて、夢のまた夢だよ……」
「……っ!みんなだってここまできたんだよ。諦めるのはまだ早いよ!玲王と凪がいなくても……。むしろ全国優勝して、帰ってきた二人を驚かそう!」
私も……サッカー部の一員として、これまで以上にみんなのサポートを頑張るから!
「マネージャー……!」
「名字ちゃん……っ」
「うおおお!お前ら俺らのマネージャーがここまで言ってるんだ!白宝高校サッカー部!全国優勝するぞォ!!」
「「おおおお!!」」
なまえの心からの言葉は、諦めていた彼らの心に火を灯し、一つとなった。
「すごっ!なまえ、それリアルもしドラじゃん!」
「もしドラ?」
「一時期流行った本。人気アイドルで映画化もしたよねえ」
本のように上手くいくかは定かではないが、何もなまえは無責任に部員たちに発破をかけたのではない。
一つの勝機があった。
強化指定選手に選出されたのは、廻や玲王や凪といった、全国のエース級のストライカーたちだ。
二人のエースが抜けて痛手は、白宝サッカー部だけではない。
それだけで勝てるほどサッカーは甘くないが、それでもこれはチャンスだ。
(サッカーは点を取るスポーツ……。ここは、守りより攻めを中心に……)
「……熱心でございますね、なまえさま。玲王坊ちゃまも安心して、向こうで励んでますでしょう」
「あ、いえ……。それより、すみません。私一人なのに送ってもらって……」
「私は玲王坊ちゃまになまえさまの力になれと申しつけられてますので、ご遠慮なさらないでください」
玲王の計らいで、なまえは以前と同じくばぁやの運転する車で千葉まで送ってもらっていた。
広い車内は、さびしいなとなまえに感じさせる。
(玲王も凪も向こうで頑張っているよね。凪はちょっと心配だけど、玲王がいるし)
……あれ、もしかしたら、廻と二人が出会う可能性がある?
廻には一悶着あって以来、玲王と凪の名前すら話していないけど、二人は廻の名前を知っているはずだ。
(……うーん。三人で話している姿、想像できないなぁ)
◆◆◆
「蜂楽。お前、意外に体力あんのな」
――体力テストが終わり、水分補給してる廻に話しかけてきたのは、
「いやいや、マジメくんの方がすごいっしょ。筋肉モリモリだし。俺、フィジカルには自信なーし」
「マジメくんじゃねえ、國神錬介」
「あいよん、國神ね♪」
昨日の敵はなんとやら、ではないが。
入寮テストでの絵心の説明を聞いて、國神の中で廻の印象は変わった。
――あの状況で、コイツは一番強いヤツを、正々堂々と倒そうとしたわけだ。
「お前ら余裕ぶっこいて、くっちゃべってんじゃねえよ。褒めるなら俺を褒めろ!」
二人に絡んできたのは、雷市陣吾。ランニング・テストでは一番の成績を収めていた。
「んじゃあ、体力オバケ♪」
「まあ、すげえんじゃね」
「……上等じゃねえか……!その舐めた態度も今の内だからな!」
「なんであいつら元気なんだよ……」
げっそりした顔で言ったのは、イガグリこと五十嵐栗夢。
イガグリだけでなく、潔もげっそりしている。
潔世一。廻が初日から気になっている少年だ。
("かいぶつ"はアイツの中にも、"かいぶつ"がいるって言ってたけど……)
今は普通のヤツに見える。いや、"かいぶつ"はサッカーをしているときにしか出てこない。
「あ」
「飯の時間」
学校の予鈴のように、スピーカーから食事の時間を告げる。
すぐに廻の思考はそちらに移った。
「ごっ飯♪ごっ飯♪」
「あっ、蜂楽くん。先にシャワーを浴びないと」
「あ、そっか」
汗だくのボディスーツのまま食堂へ向かおうとした廻を止めたのは、久遠渉だ。
そして、シャワーを浴びて、いつもの調子で全裸で立ち去ろうとした廻を「蜂楽くんッ!?」慌てて止めたのも久遠である。
「服!服ー!全裸だから!」
「……おい、凪。なんか他チームにも変なヤツがいるみたいだぞ」
「へぇ〜チームに一人はいるってやつ?」
某二人組が食堂へ向かった数分後。
廻はちゃんと支給のスウェットを着て、食堂にやってきた。
(今日もレバニラか〜。もしかして、ずっとレバニラ?)
食事はランキングによっておかずが変わるらしく、廻は毎日レバニラ炒めだ。
「また、たくあんかよ……」
がっかりする声が聞こえた。イガグリのたくあんよりはだいぶマシだと思い、適当に空いてる席に座る。
「第1回、おかずトレード市場を開催する!」
すると、どこからか聞こえてきたそんな声と盛り上がりよう。
おかずトレードという言葉に、にゃるほどねーと廻は感心する。
(誰かおかずがパイナップルの人いないかなー……)
缶詰のパイナップルが食べたい。せめて、酢豚のパイナップルとか……。
そんなことを考えている廻の目に、黄色が飛び込み「あっ」と声を上げた。
「……なんだ、厚焼き玉子が食いたいのか?」
斜め前の席に座った、同じチームZの伊右衛門送人だ。
厚焼き玉子がパイナップルと同じ黄色なので、つい目が止まってしまった。
「……一つだけだぞ?」
別にそんなつもりじゃなかったけど、くれるならラッキーと、廻は差し出された皿に箸を伸ばす。
「さん……」
「こっちもいただき♪」
「「あ」」
そこを掠めるように盗っていたのは、成早朝日。
その後ろを「待て、コラー」と追いかけるのは我牙丸吟。
どうやら彼も成早におかずを盗られた被害者の一人らしい。
「……もうあげられないぞ」
「俺らの眼をかい潜るとは、なかなかやりますなぁ」
……ひょいっ。
「あぁっ!?」
伊右衛門が皿を引っ込めようとしたが、それより先に、廻は厚焼き玉子を摘まんで口に入れた。
「お、俺のおかず……」
「厚焼き玉子もうんまいね!はい、俺のレバニラちょっとあげる♪」
「お、おぉ……!」
トレードだと皿を差し出す廻に、伊右衛門はちょっと感激した。
「チビ、待て」
「チビ言うなー!」
「潔!隠せ!」
「……いや、俺らのは盗られねーよ」
◆◆◆
就寝は相部屋で布団をひいて、雑魚寝状態だ。
最初はどの場所で寝るか、若干揉めたが、今はそれぞれ定位置が決まっている。
「ん……そういや、蜂楽のヤツは?」
「……さあな」
國神の誰にというわけでもない疑問に答えたのは、たまたま近くにいた千切豹馬だ。
答えはしたが、その声はまるで関心がないというものだった。
「……しょーがねえなぁ。布団、引いといてやるか」
――廻は一人、トレーニングルームでサッカーをしていた。
「よっ、と」
サッカーと言っても、自主練でも"かいぶつ"とのサッカーでもなく、軽いリフティング。
寝る前にボールと遊ぶ気分だったから。
初めてボールに触れたときから、廻はこうしていつもボールと遊んでいた。
そろそろ戻ろうかなと歩いていると、その走る後ろ姿に出会した。
潔だ――。
廻はにっと笑うと、潔の後頭部目掛けて、ボールを蹴る!
「ゔぇ!?」
「潔♪自主練?だったら俺と、一緒にやろ?」
ユニフォームに着替えて、二人の1on1が始まった。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#BESTご飯のお供たち談話
「はあ……今日も俺は納豆だよな……」
「せめて、生卵がついてればいいのにね」
「生卵?」
「卵かけご飯できるっしょ。ベストご飯のお供じゃん?」
「俺は塩鮭だな。あー考えてたら食べたくなってきた……」
「ベストご飯のお供の話?俺は断然ギョーザ!」
「だから成早は俺からギョーザ奪うのか。好きだからって人のを盗るのはよくない」
「へーへー。そういう我牙丸のベストご飯のお供は?」
「俺は猪肉だな。その日狩ったやつ」
その日、狩ったやつ……?
「我牙丸って独特だよな……。あ、じゃあ國神は?」
「ん?」
「ベストご飯のお供」
「俺は高菜漬けだ。おにぎりにしてもうまい」
「なになに?ご飯のお供の話?俺のおすすめはワサビふりかけ!俺、ワサビ好きなんだよね。あっ、千切は?」
「ご飯のお供?明太子。たらこじゃなくて、明太子の方な」
「へーみんな見事にバラバラ♪こーなったら全員に聞いてみようよ、潔!」
「そうだな」
「伊右衛門ー!」
「ん?俺のご飯のお供?コロッケだな。……え、食べない?」
「みんな何の話で盛り上がってると思ったら、ご飯のお供の話ね。ちなみに俺は食べるラー油かな」
「ご飯のお供?からあげに決まってんだろ!嫌いな奴いんのかよ?」
「確かに!からあげもうまいよなー」
「あふっ♪」
「だぁっ成早、蜂楽!なに勝手に人のからあげ食ってんだ!?」
「え、だって差し出されたから」
「うん」
「見せびらかしたんだよ!!お前らのおかず寄越せ!」
「ご飯のお供だって?そりゃあたくあんだろ!」
「「よかったじゃん」」
「よくねーよ!本当は大好きだったんだぜ……"青い監獄"に来るまではさ……」
(……どこのチームか知らねえが、ご飯のお供だと?なんもいらねぇだろうが。米には味があんだよ)
馬鹿舌共が……!
※後の対戦相手