初めて着る制服――今日は中学校の入学式だ。セーラー服を着た自分は、ちょっとお姉さんに見える。
身嗜みの最終チェックをして、
「行ってきます!」
なまえは元気に家を出た。そして、向かう先は学校ではなく、まずは……
「――廻。廻、起きて。朝だよ」
「う……うにゃ……」
入学式の日でも廻は変わらずお寝坊さんで、なまえは優しく起こしてあげる。
「……なまえ……?」
「おはよう、廻」
「おはよー…………」
寝惚け眼でじーとなまえを見つめる廻。
「ど、どうかした……?」
何か変かな?制服似合ってない?
無言で見つめられると不安になってくる。
直後、廻はまだ眠そうな顔でふにゃっと笑った。
「なまえ、セーラー服。似合っててすげえ可愛い」
廻の言葉にほっとすると同時に、朝から心が浮き立ってしまう。
廻も早く準備してね、となまえは部屋を後にした。
(よかったっ、制服姿褒められた)
「おやー?その顔はさっそく廻に可愛いって褒められた顔だね」
「え、あ……う……」
にやけた顔を母親である優に見られ、恥ずかしい。
「本当に可愛いよ、なまえちゃん。よく似合ってる」
「……ありがとう、優さん」
照れくさそうになまえが微笑んでいると、廻がバタバタとやって来た。
「なまえ、3分でご飯食べるから待ってて!」
「早めに迎えに来たからゆっくりで大丈夫だよ」
慌ただしい様子の廻にくすりと笑って、ゆっくり待った。
「どお、なまえ。似合う?」
「うんっすごく似合う!かっこいい」
廻はサッカーのユニフォーム姿が一番似合っててかっこいいかなとなまえは思っていたが、学ラン姿もよく似合っていてかっこいい。
意外に廻はなんでも着こなせるポテンシャルを持っている。
「廻と一緒のクラスになれるといいな」
「なんだかんだ小学校の頃は同じクラスが多かったし、大丈夫だって!」
ちなみに小学校で廻となまえが別々のクラスになったのは三年生の一年だけ。
その後はこの二人は一緒にした方が色々と都合がいいという先生の合理的な判断で、ずっと同じクラスだった。
「もし、別々のクラスになったら、俺、毎日なまえのクラスに遊びに行くよ!」
……それはそれで嬉しいかも。
「新入生挨拶も緊張する〜……」
「みんなじゃがいもだと思えば余裕っしょ♪」
「それ、小学校の学芸会の時も廻に言われたけど、全然じゃがいもに見えなかったよ?」
成績や諸々の選考から「この子なら大丈夫だろう」と、新入生代表挨拶に選ばれたなまえ。引き受けたものの、大勢の前で話すというのはやっぱり緊張する。
「じゃあ、サッカーボール♪」
そうお気楽に笑う廻は、なまえが知る限り緊張したところを見たことがない。サッカーの試合前に、皆が緊張の面持ちでコーチの話を聞いている中も一人ぼーっとしてたり。注意されてもそんな感じだ。
後から「なに考えてたの?」と、なまえが聞いたら「なまえ、太陽の色って赤じゃなくて白色なんだね」そう真面目な声で返ってきて不思議に思ったことがあった。
「桜、すげ〜!」
「いつも早く散っちゃうのに、ぎりぎり持ってよかった!」
二人は桜咲く並木通りを歩く。満開は通り越しているが、花びらがひらひらと風に舞って綺麗だ。
「なまえ、頭に桜の花びらくっついてる」
腕を伸ばし、廻はなまえの頭に付いた花びらを取ってあげる。
「なんか毎年、廻に取ってもらってる気がする」
思い出して笑うなまえに「んーでも、俺わかる気がする」と、廻はなまえについた桜の花びらを見ながら言う。
「俺が桜の花びらならなまえにくっつきたいもん」
思わぬ廻からの言葉に、なまえの心臓は揺さぶられた。
廻のことだからきっと他意のない、そのままの言葉の意味で。どう反応していいかわからないでいると、当の本人は無邪気に「おー!」と向こうに手を振っている。
小学校の時の友達を見つけたらしい。
(……困る)
困るけど、嬉しくて、楽しい。
廻といると本当に退屈する暇がない。
きっと中学生活も楽しい日常が待っていて、新しい環境でも廻がいれば、不安はないとなまえは思っていた。
公立の中学校なので、知ってる顔もちらほら見かけながら、二人は受け付けに向かった。
ここで二人のクラス分けがわかる、運命の時間だ。
「なまえ、クラスどこだった?」
「1組。廻は?」
「なまえ、1組かぁ……」
「……別々のクラスだった?」
悲しそうな表情にてっきりクラスが別れたのかと思ったら。
「同じ1組だよーん」
廻はぱっと笑顔になって紙を見せる。そこには1年1組としっかり書かれていた。
「もーそういうのなしっ」
「にゃはは!俺たち同じクラスでよかったね♪」
「うんっ!」
そこは素直に頷く。二人は1年1組の教室に入ると、見知った顔もいれば知らない顔もそれなりに。
「なまえちゃん!」
「あ、」
――ちゃんだ!小学校の時に仲良かった女の子の姿に、なまえは嬉しそうにそちらに向かった。
廻はその光景を微笑ましく見ながら、黒板に書かれた自分の席に着く。
「ねえねえ、君」
隣の席の、初めて見る顔の男子がこそっと廻に話しかけてきた。
「君と一緒に入ってきた子。めちゃくちゃ可愛かったけど、どういう関係?彼女?」
「なまえは……」
6歳からの付き合いの幼馴染みで、将来お嫁さんになってもらう約束をしていて、俺の大切な子で――……
「皆さん、おはようございます!」
廻がなまえとの適切な関係を説明できる言葉を探していると、担任が入ってきた。
そこで必然的に会話は終わり、先生の自己紹介と入学式の進行の話に、生徒たちは全員耳を傾ける。
そして、担任の誘導によってぞろぞろと列を作って体育館へ。
体育館にはすでに父兄が集まっていて、そこには廻の母親の優も、なまえの母親と父親の姿もある。(なまえ父は娘が新入生代表の挨拶という勇姿を目にするため、わざわざ休みをとった)
開式の言葉や校長の話、一年担任の紹介……。長く、廻にとってはつまらない話が続き、立ったままうつらうつらする。
たぶん、廻が本気になれば立ったまま寝れる。
『つづいて……。新入生代表挨拶――名字なまえさん』
「はい」
……んあ。その名前に廻の意識が浮上した。
名前を呼ばれ、ゆっくりと舞台に上がっていくなまえの姿を目にすると、廻は一人口元に笑みを浮かべる。
顔が緊張してるなぁ。でも、真剣ななまえの眼、好きなんだよね。
「暖かな風に誘われ、桜の蕾も開き始め――」
小さく深呼吸をして。吐き出した息と共に、凛とした声が乗った。
形式的な季語の含む挨拶から始まり、その後は自分の言葉で、新入生としての心構えや抱負などを話す。
文言に悩むなまえに「ネットにある例文そのまま使えばいいじゃん」廻は言ったが「だめでしょ、それは」と、一蹴された。
その後、頭を悩ませながら真剣に考えていたなまえの言葉だ。
綺麗だと思う。言葉も、話す姿も。
「――ありがとうございました」
最後は礼で締めて、なまえは舞台を後にする。その場に起こる拍手に、廻も一緒になって送った。
その後は在校生の歓迎の言葉や職員紹介、校歌斉唄と続き、最後に閉式の言葉で締められるが、その間の記憶は廻にはない。
「お前、立ったまま寝るなんてすげえな……」
「え?俺寝てた?」
と、見知らぬ男子生徒の言葉にそう返す始末だ。
入学式が終われば、生徒たちは再び教室に戻っていく。
「ねえ、廻。私、大丈夫だったかな?」
なまえが不安そうな顔で廻に聞きに来た。
「ばっちり♪かっこよかったよ、なまえ」
にこっと笑って廻が言えば、ほっとした笑顔でなまえは自分の席に向かった。
その笑顔に見惚れた周囲の男子たちから「どういう関係なんだ!」「彼女か!?彼女なのか!?」と、廻は質問攻めだ。
(そっか、なまえは俺の――……)
担任が入ってきて、短い話の後に生徒たちの自己紹介が始まる。
「蜂楽廻。好きなものはサッカー。将来の夢はサッカー選手で、世界の舞台にすげえ選手たちとワクワクするサッカーをすること。よろすく♪」
廻が自分を語るにはサッカーしかない。最後の軽い挨拶はウケるかスベるかのどちらかだが、廻なら前者になる。
対してなまえは、シンプルかつ当たり障りのない自己紹介をした。それでも大体目を惹く容姿から、興味を持たれてあれこれ聞かれるので問題ない。
今後の説明と配布物の説明で終わり、今日はこれで下校となった。
明日から、中学校生活のスタートだ。
「廻、一緒に写真撮ろ!」
「いいね♪」
桜の木の前でスマホのカメラをインカメにして腕を伸ばす。
桜の花びらが舞うなか、笑い合う二人の姿が切り取られた。
数週間もすれば、クラス内で友人関係が出来上がってくる。
なまえも同小学校の子たちだけでなく、新しい友達が出来た。
「なまえって、いつから蜂楽くんと付き合ってるの?」
「あ、私もそれ知りたい!」
「小学校からずっと仲良しだよね」
休み時間に恋バナは年頃の女子中学生ならあるあるだ。
「……え?」
その質問にきょとんと不思議そうな顔をしたなまえ。予想外の反応に、彼女たちも不思議そうな顔をした。
「付き合ってるんでしょ?」
「う、う〜ん?」
「えっ、付き合ってないの?」
「なくはなくはない……?」
「「どっち?」」
改めて聞かれて、なまえは悩んでしまった。
廻との出会いは6歳の時に、引っ越してきた際だ。
その日に「おれのお嫁さんになって」という廻の言葉に、なまえは了承した。
(これって、付き合ってるってことになる……?)
あの日以来、なまえがずっと廻が好きなのは確かだ。
(廻だって、お嫁さんにしたいって言うぐらいなんだから、私のこと好きなんだよね……?)
「………………」
「……どした?」
「……私、好きって言われたことないかもしれない」
「……まじで?」
「でも、私も好きって言ったことないかもしれない……」
「嘘でしょ……!?」
「あんなにラブラブで!?」
――衝撃だが、それは二人の事実だった。
心の中でお互い「好き」と何度も思っているのに、口に出したことはない。
誰かに相手のことを「好きなの?」と聞かれて「好き」と素直に答えてるのに、それを本人に伝えたことはない。
可愛いは何度も言い合ってるのに。お互い相手の方が可愛いと主張して、喧嘩になるぐらい。
それは、二人が一般的な恋というものを知る前に、幼いうちに恋をしてしまったからに過ぎなかった。
近すぎる距離に、言葉に出さずともきっと気持ちが伝わっていた。
でも、聞かれてすぐに関係性を答えられなかったということは、それは曖昧な関係では?
という、なまえの中で初めて不安が生まれた。
「……どうやら」
「私たち、パンドラの箱を開けちゃったみたいだね……」
「なまえちゃん、大丈夫……?」
彼女たち三人は、困惑するなまえを心配そうに見る。
「でも、早めに気づいてよかったんじゃない?」
「そうそう、この際だからはっきり聞いちゃえばいいよ!」
「はっきり……?」
「私のこと好きかって。なまえ、蜂楽くんに好きって言われたくない?」
その言葉に、自然となまえは頭の中で想像する。
「い、言われたい……。すごく、言われたい……」
恋する乙女の顔で素直に答えるなまえに、三人は可愛いなぁと思う。
「でも、本当に言われたら、私死んじゃうかもしれない……」
「……。いや、人間そんなことで死なないから」
最後はノロケ話のように終わった。
三人の良き友達によって、なまえに課せられた恋のミッション。
廻に「好き」と伝える。そして、「好き」と言ってもらう――……
「……あのね、廻」
「なーに?」
二人だけの帰り道。いつだって廻は、なまえの呼び掛けに笑顔で答える。
その無邪気な笑顔も、今のなまえにとっては魔性の笑顔だ。
「……廻はサッカー部に入るんだよね」
「もちのろんだよ♪なまえも運動部にするんだっけ?もう決まった?」
「えっと、水泳部か陸上部かで迷ってるかな」
インドア派だったなまえだったが、廻の影響で何か運動をしてみたいと思ったのだ。
しかし、肝心の運動神経は悪いので、球技はすこぶる相性が悪い。団体技は気を遣うので個人技。消去法でその二つになった。
いや、こんな話はどうでもよくて。
「…………」
"私、廻のことが好き"
ずっと思っていたことを口に出して言うだけなのに、声に出せない。
「なまえ、どうかした?」
「ううん……なんでもないよ!」
ドキドキして胸が苦しくて、どうしようもなくなってしまった。
まるで、片思いを拗らせている少女だ――。
「まだ言ってない!?」
「う、うん……」
「聞いてもないの?」
「……うん」
「なんで!?二人で遊びに行ったりしてるんでしょ!?」
「もう4月後半だよ!?」
「耳が痛いです……」
入学式から新しい環境にも慣れた始めた頃、なまえは三人の友人たちに詰め寄られていた。
なまえの言い分としては、今まで伝えてこなかった気持ちを伝えるのは勇気がいる、関係も変わってしまう可能性だってある。……と、もっともなことを並べておいて実際は。
「恥ずかしくて……恥ずかしくて……言えない……」
小学生かよ、とさすがの彼女たちも呆れた。うちら、ついこの間まで小学生だったけど。
「じゃあこのまま曖昧な関係でいくの?」
「それは……嫌だけど」
「そもそもどうしてあんなに二人は仲いいの?」
そう質問した彼女となまえは、小学校からの付き合いだが、もうその頃にはラブラブと言えるほどだったので、ずっと不思議に思っていた。
なまえは廻との出会いから話す。
思えばこれは一目惚れになるのだろうか。でも、あの時「おれのお嫁さんになってよ」そう廻に言ってもらった言葉が、なんだかすごく嬉しくて、好きって思った記憶かある。
「いわゆる幼馴染みってわけか」
さすがにお嫁さんのくだりの話は、彼女たちにもしなかった。恥ずかしいというのもあるけど、幼い時の約束を信じていることを話して、笑われたら……と、なまえは怖かった。
中学生にもなれば、それがいかに脆い約束なんだと、なまえ自身理解していたから。
――5月の学校行事には、全員強制参加の大型イベントがある。
新入生の親睦も込めての球技大会だ。
体育祭はまだしも、球技が苦手ななまえにとっては、憂鬱以外の感情はない。
せめて、何故個人技がないのかとなまえは落胆するが、この大会の目的が親睦や他者との協調性を育てるものなので仕方がない。
黒板に書かれた女子の種目は、バスケットボール、バレーボール、ソフトボール、ドッジボール……。
消去法でドッジボールかなぁとなまえは考える。
早々にボールに当たってしまえば、外野に回れるので、滅多に出番は来ないだろう。
うん、ドッジボール一択!そう決めたなまえだったが、選考のあみだクジで見事に外れた。そして、よりによって数合わせからバスケットボールになった。
バスケは女子からも人気なスポーツだし、このクラスにもバスケ部に入部している子達が何人かいる。
「やるからには優勝目指して頑張ろうね!」
盛り上がるバスケ参加者たちに、なまえは頭を抱えた。
(ありゃ。なまえ、大丈夫かな)
そんななまえの様子を気にかける廻が選んだ種目は、もちろんサッカーだ。
素人も参加する球技大会のサッカーなど廻にとってはお遊びだが、それ以外にやりたいスポーツもない。
――放課後。
「なまえ、大丈夫?」
帰り道に廻はなまえに尋ねると「練習しないとまずい……」そうすでに疲れた声が返ってきた。
そんななまえに、廻はにっこり笑いかける。
「じゃあ、俺も一緒に練習に付き合うよ!」
「いいの?」
「うん♪ま、俺もバスケそんな得意じゃないけど」
と言っても、サッカーほどじゃないという意味だ。元々の運動神経がいいのか、廻は他のスポーツもそつなくこなせる。(ただルールはよく知らない)
「とりあえずパスで回せればいいかなって」
「ノーコンだもんね、なまえ」
「……。そうだよ、だから練習するのっ」
にゃははっと声を上げて笑う廻に、なまえはむすっと言い返した。
「女子もサッカーあればよかったのにね。そしたら俺、もっと教えられるのに」
「廻の教え方、感覚的過ぎるから……」
天然感覚でプレーしているせいなのか、廻の言語力がないのか、両方なのか……。たぶん教えてくれても、素人の自分には理解できないだろうなとなまえは思った。
「えーでも、俺の言いたいこととか、なまえすぐにわかってくれるじゃん?」
「それは長年一緒にいるし」
「じゃあ、俺が今なに考えてるかはわかる?」
「んー……あそこにもふもふした犬がいる!」
「惜しい!正解は「あそこにふてぶてしい猫がいる」でした!」
「ふてぶてしい猫……?え、どこどこ?」
「ほら、あそこだよん!」
――球技大会も迫り、今の関係でいいかなんてなまえは思ってしまう。
一緒に並んで帰って、他愛ない会話をして、笑いあって。
「あはは、本当になんか人間っぽい顔してるね。ボスって感じ」
「にゃはっじゃあこいつの名前はボスだ!」
「廻、引っかかれるよ?ボス、不機嫌そうな顔してるし」
「大丈夫、だいじょ……あいた!」
「猫パンチしたっ」
そんな日常が幸せで、これ以上求めたらよくない気がする。
そう思うのは、きっと、失うのが怖いからだ。
◆◆◆
いよいよ球技大会当日。なまえの練習の成果を生かせるかはさておき。
「男子サッカーと女子バスケット……、若干被っちゃたね」
黒板を見ながらなまえは残念そうに言う。グラウンドと体育館に分かれている競技だから、仕方がないか。
「最後まで廻のサッカー見れないのは残念だけど、途中まで応援するね」
笑顔を向けるなまえに、ニッと笑って廻は言う。
「前半、ゴール決めるから見てて」
その宣言通り、廻は先制点を奪った。
経験も少ない者たちの中で、廻のドリブルを止められる者はいない。
さすがに前線はディフェンスが厚かったが、同じサッカー部の少年がサイドから上がってくるのを見越して……
(ゴール決めてなまえにかっこいいところ見せろって?……だよね♪"かいぶつ")
パスをすると見せかけての、フェイント。廻はディフェンスの裏を抜けた。
駆け上がり、ゴールキーパーとの一対一。
開始早々で決めさせるかよ――意気込むキーパーを嘲笑うかのように、再び廻はフェイントした。
「BON!」
廻のテクニックがあれば、中学生レベルのゴールキーパーからゴールを奪うのは容易い。
動いたキーパーと、反対方向にボールが決まった。
「蜂楽くん、サッカー上手いんだね!」
「うんっ!廻はすごいの……!」
ほぼ一人でゴールを決めたような神がかりなプレー。久しぶりの廻のゴールに、なまえは高揚し、心が弾む。
親指と小指を立てたハンドサインをする廻に、なまえは大きく手を振り返した。
いつもよりのびのびとサッカーしているような廻の姿に、どうしてかと考えるなまえは、自由な球技大会だからかと気づく。
日本サッカーの精神は「ONE TEAM」だ。
その精神は部活動でも変わらず、パス技術が高い廻は「パスでボールを繋げ」と、監督や周りから要求される。
言われた通りに廻はパスをするが、そのレベルにチームが追い付いていないため、誰も応えることができない。
そして、パス技術が高いからこそ、相手が取れるように出せただろうと廻は監督に注意される。
見ているなまえはもどかしい気持ちになるが、だからと言ってどうすればいいのかわからない。
ただ今のプレーを見て、廻の本質はやっぱり"FW"なんだと確信した。
ゴールを決められ、決めるべく人間。
純粋に、廻のゴールがもっと見たい――。
「なまえちゃん、そろそろ時間だよ。行こ」
もっと自由にサッカーをしている廻の姿を見ていたいけど……後ろ髪を引かれる思いで、なまえはグラウンドを後にした。
"廻と一緒だと勇気が出る"
小さい頃からそう感じてきたが、それは先ほどの廻のプレーを見ても、同じように勇気づけられた。
(よし……!)
正直練習したとはいえ、短い期間に素人に毛が生えた程度の成長だが、やり過ごすのではなく、精一杯ベストを尽くそうと思った。
「名字さん、気合い入ってるね」
「あ、うん!せめて足を引っ張らないように頑張るねっ」
「なんか意外かも。最初は球技大会に乗り気じゃなかったように見えたけど、ちゃんと練習にも参加してくれたし」
……う、バレてた。なまえはその言葉に肯定するように苦笑いした。
「じつはバスケだけでなく、スポーツ全般苦手で……。でも、やるからには頑張りたいよね」
控えめながらも最後はしっかり口にしたなまえに、バスケ部であり、リーダーでもある彼女は見直す。
彼女となまえは、同じクラスだが仲のいいグループではないのであまり話したことがない。周りからちやほやされてる姿もあり、自分とは真逆のゆるふわ女子だと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
「よっしゃー!目指すは優勝だよ!まずは一勝!」
「よ、よっしゃー!」
とりあえず威勢だけは張っておこうと、なまえも元気よく声を出した。
他のメンバーも気合いの入った声を上げ、試合が始まった。
士気が上がったせいか、なまえたちチームが優勢で進む。
ボールを受け取ると、内心慌てながらも。
(ディフェンスが二人ついているから……)
なまえは的確に投げることができ、味方にパスを繋いだ。
練習の成果あった!となまえは心の中で喜ぶが、何より廻のアドバイスが大きいと思い出す。
『自分が出したい所をちゃんと理解する。これ、パスの極意なり♪』
(教え方は下手なのに、アドバイスは的確で上手なんだよね、廻)
リーダーの彼女がシュートを打ち、先制を決める。さすが現役バスケ部。
チームはさらにテンションを上げるが、向こうもバスケ部が数名いるらしく、実力は拮抗した。
2分間の休憩に、皆で作戦を立てる。
「向こうは名字さんを素人だと思ってマークが甘いから、名字さんを起点にパスを繋げていこう!」
「頑張ります……!」
「大丈夫!なまえちゃん、練習の成果が出てちゃんとパスできてるよ!」
そして、最終Q。
試合が熱戦する中、作戦通りになまえにボールがパスされる。うっかりやらかしそうなトラベリングに気をつけながら、味方にパスをしようとして――
「……っ!」
方向転換からの、相手がボールを奪いにきたことによる接触事故。
衝突し、そのままコートに倒れたなまえは、それよりも足首に強い痛みを感じてうずくまる。
ホイッスルが鳴って、教師が慌ててなまえに駆け寄った。
「名字さん!大丈夫!?」
「……はい。足首、捻ったのかも……」
なんとか答えるなまえに、保健室へ――とその時。
「俺が彼女を保健室に運びます!」
颯爽とそこに現れたのは、なまえの見知らぬ男子だ。
――彼は隣のクラスのバスケ部に所属している男子であった。バスケ部の期待の新人として、正統派のルックスもあり、男女問わず人気を集めている。
「え……」
驚く間もなく、なまえはひょいと抱き上げられた。きゃあと周囲から黄色い悲鳴が飛び交う。
「……!」
見知らぬ男子にお姫さまだっこされ、周囲の注目を集めている――。
「あ、ああの大丈夫ですから、降ろしてください……!」
恥ずかしさでパニックになりそうだ。なまえはそう彼に言うが「捻挫を甘くみたらだめだよ」と、当然却下された。
(保健室まで間がもたない……!!)
二人の絵になるルックスは、さらにすれ違う生徒たちの視線を集め、なまえは保健室まで無を努めて耐えた。
◆◆◆
(ぎりぎり、なまえの試合見れるかなー)
自身の試合が終わり、廻は体育館へと走る。
中を覗くと、試合は行っておらず、妙に室内はざわついていた。廻の頭に?が浮かぶ。
「少女漫画みたいだったねー」
「あの人、隣のクラスのバスケ部の期待の新人って言われてるイケメンくんだよね?」
きゃっきゃと浮き立っている女子たちは、同じクラスの子たちだ。
「ねえ、何があったの?試合は?」
「あ、蜂楽くん……」
彼女たちは廻の顔を見て、気まずそうに顔を見合わした。それもそのはず。
怪我をしたなまえは、イケメンにお姫さまだっこされて、保健室に向かったから。
「えっと、なまえちゃんが怪我をして……」
「怪我!?それ大丈夫なの!?」
「ね、捻挫みたいなんだけど、保健室に……あっ」
「蜂楽くん!?……行っちゃった……」
彼女たちが言い終わる前に、廻は急ぎ保健室に向かう。
その途中、とある会話を耳にし、廻の心配そうな顔は……
「あの子、1年生の可愛いって評判な子だよな」
「なんでお姫さまだっこされてたんだろ?」
「怪我したんじゃん。だっこしてたヤツが噂の仲良しな彼氏かなぁ。イケメンだったよなー」
「やっぱ顔面偏差同じレベルがくっつくんかね」
(は?お姫様だっこ?なにそれ)
つーか、なまえの彼氏は俺なんだけど!
……不機嫌な表情に変わっていく。
◆◆◆
「――これで大丈夫だよ。ただの捻挫みたいだけど、2、3日は安静に、今日はもうお帰り」
なまえは包帯がしっかり巻かれていた自身の足首を見た。応急処置で冷やされるとだいぶ痛みも引いて、今は楽になった。
妙齢の保健室のマダムは、生徒たちに慕われている優しい笑顔で「担任にはあたしから言っとくから、お大事にね」そう続けてなまえに言った。
「先生、ありがとうございました」
治療のお礼を言うと、今度は見守っていてくれていた彼の方を向いて、なまえは口を開く。
「保健室まで連れて来てくれてありがとう」
「名字さんが大したことなくてよかったよ」
「私の名前、知ってるんだね」
なまえは彼のことを知らないが。
「まあ、ちょっとした有名人だし……」
照れくさそうにはにかんだ彼に、ほとんどの女子ならきゅんっとくるだろうが、すでに意中な存在がいるなまえは「有名人?」と首を傾げて終わった。
「あらあら、てっきり彼氏くんだと思ってたけど違かったのね」
穏やかに笑う妙齢マダム。まさか!となまえが答える前に、ガラガラっと勢いよくドアが開かれた。
「なまえの彼氏は俺だし!」
「廻!?」
突然の廻の登場に、驚きながらもその口から出てきた言葉に固まる。
胸がきゅんとときめ――ときめいている場合じゃない。
「廻……?」
――廻の眼がイッている。凄味がある眼力は連れて来てくれた彼に向いていて、なまえは宥めるように声をかけた。
一触即発の雰囲気を感じて。
「心配して来てくれ……」
「アンタがどこの誰だか知んないけど」
「……っ」
廻は座っているなまえの膝下に手を通し、
「誰が相手でも、俺、ぜってーなまえ渡さないから」
べっと舌を出して見下ろして。
廻は見せつけるようになまえをお姫様だっこして言った。
は……と言われた彼の方は唖然とする。
(なんだあのおかっぱ頭……!眼ぇこええし!)
いきなり登場からの一方的な宣言。
やばいやつと廻を認定した彼は、その後なまえには近づかなくなる。
妙齢マダムだけが「若いっていいわねえ」と、にこにこ笑っていた。
「……廻。私、ゆっくりなら歩けるから降ろ」「やだ」
「……」
なまえの言葉を遮って、廻から子供のような言葉が返ってきた。
「……ほら、人の目も気になるし、重いから……」
「俺だってなまえをお姫様だっこぐらいできるし、あいつにはさせて俺は嫌なの?」
「そういうことじゃなくて……。というかどこに行くの?」
なまえの言葉に「教室」と、廻は答える。
帰るのに着替えはそのままでも、鞄はもって帰らなければならない。
教室なら近いからいっかと、なまえは大人しくされるままでいることにした。
さっき見知らぬ彼にされた時は平然としていた心臓が、今はドキドキと高鳴っている。
確かに廻はずっとサッカーをしていて、体力があるのは知っているけど、想像してた以上に男の子ってたくましいんだな、と新しい廻の一面になまえは気づいた。
帰り道はなまえは廻のリュックを背負い、自身の鞄は肩に、そのなまえを廻は背負って歩く。
町中でそれはさすがに目立って恥ずかしいからと拒否したが、
「その足で歩けないでしょ」
「歩ける」
「歩けないよ」
「歩けるよ!」
「歩けない!」
そんな押し問答が続いて、結局なまえが折れた。
「……廻、重くない?このまま家まで大丈夫?」
「大丈夫だってば。よゆーよゆー」
心配そうなその問いに、廻はあっけらかんと笑って答える。
なまえは廻の首に回した腕を、ぎゅっと抱きつくように力を込めた。
さらに距離が近づき、廻の跳ねた髪が頬に当たってくすぐったい。
「どしたの?」
声変わりし始めた廻の声が、いつもよりずっと近くで耳に届く。
「そういえば、廻。サッカーの試合はどうだったの?」
「もちろん勝ったよ♪2−0」
もう一点は味方からのパスで廻が決めたという。
「廻のゴール、見たかったな」
「かっこよかった?」
「すっごくかっこよかった!私……廻が楽しそうにサッカーしてる姿、好きだよ」
自然と自分の口から出た「好き」という言葉に、なまえは気づいた。
無理に言おうとしなくても、溢れた想いは伝えずにはいられないんだ――。
「私、廻のことが好き」
素直な思いを、なまえは言葉にした。
「知ってるよ」
廻から返ってきた言葉に、なまえはきょとんとしたあと、くすりと笑った。
……よかった。言葉にできなかった思いは、ちゃんと伝わってた。
「あのね、ずっとちゃんと言葉に出して伝えてなかったなって気づいたの」
「あ、確かにそうかも」
「……廻は言ってくれないの?」
顔が見えないその横顔に尋ねる。
「ちゃんと顔見て言いたいから、今は言ってあげなーい」
顔が見えなくてもその声に、廻が楽しそうなのはわかった。なまえはえぇ〜と不満げな声を出しながらも同じように笑った。
なまえからの「好き」という言葉に、廻が心から嬉しそうな顔をしたのを、残念なことになまえは知らない。
「――廻、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして♪なまえ、お大事にね」
「うん。また、明日」
そう玄関を開けようとしたところを、
「あ、なまえ」
廻は引き留める。
「俺も、なまえのこと好きだよ」
まっすぐと見つめられ――
「すっげー好き。大好きっ」
続けざまに満面な笑顔で言われて、なまえの思考はキャパオーバーだ。
「なまえも俺の顔見て、さっきの言葉言って?」
可愛い笑顔で廻はなまえにお願いする。……やっぱり、それは魔性の笑顔だ。
さっきは自然と言えたのに、意識してしまうと恥ずかしくてどうしようもない。
そして、死んでしまいそうなほどに嬉しい。
廻の期待する眼差しに顔を赤くさせ、なまえは口を開く――。