桜はキミが好き

 今年は例年より早く春が訪れるという。
 廻は夏が一番好きだが、春もポカポカして好きだ。秋も気候がちょうど良いし、冬も寒いけど嫌いじゃない。

 そして、どの季節も一緒に過ごして、一緒に楽しみたい恋人がいる。


「なまえ。来週、桜が見頃なんだって。お花見行かない?」
「行きたい!どこに行こっか」


 ――中学を卒業して、高校生になる前の春休み。今日はミスドでドーナッツとカフェオレで、二人はまったりしていた。

 廻の提案で、お互い千葉の桜の名所をスマホで検索する。

 こうして調べてみると、千葉でも多くの桜の名所があると知った。そして、意外と近くにあるとも。
 なかでも千葉公園は大きな池があり、ボートに乗って、下から見上げる写真が載っていた。

 ……なまえと二人でボート乗って、お花見って最高じゃん。

「なまえ、千葉公園に行こう!」

 断言するように、廻は笑顔でなまえに言った。


 お花見の当日。その日も天気がよく、長袖だと少し暑いぐらいだ。
 すでに廻は袖を捲りあげて、顔に似合わずしっかりした腕を露にしている。

「お弁当作ってきてくれた?」

 わくわく聞く廻。「廻の好きな食べ物ばっかり入れてきた」にっこりなまえが答えると、やったー!と大喜びだ。

 大袈裟なぐらいに喜んでくれて、作った料理には「おいしいおいしい♪」といつも満面な笑顔で廻は食べてくれるので、なまえは料理をするのは嫌いじゃない。
 むしろ、廻の喜んでる姿を想像しながら料理をすると楽しい。

「俺、花より団子だなー」

 正確には花よりなまえのお弁当。

「今日はお花見がメインなのに。ちょうど満開みたいだよ」

 廻の様子にくすくすと笑いながらなまえは言った。
 千葉公園はJR千葉駅から徒歩10分と立地もいいが、二人の家からは千葉都市モノレールですぐ行けてしまう。

「すごい、一面咲いてるー!」
「上から見ても絶景だね♪」

 モノレールの窓から覗くと、ぱっと明るく桜が咲き乱れている光景が、二人の目に映った。
 そのまま千葉公園前で降りて、歩いて行く。

 桜もすごいが人もすごい。

 人を避けながら、見事な咲きっぷりの桜を見上げ、わぁと感嘆な声をもらしていると――何かが廻にぶつかった。

「おっと」
「こら勝人!急に走ったら迷子になるでしょ!すみませんっ」
「俺もよそ見して歩いてたからごめんね。怪我してない?」
「うん!」

 小さな男の子に、廻はしゃがんで優しく問いかける。男の子は平気というようにこくりと元気に頷いた。

「ほら、勝人も謝って」
「ぶつかってごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げて謝る男の子に小さいのにしっかりしてるなぁと思いながら、二人も手を振って親子と別れた。

「ふへーすげえ人だけど、お弁当食べられる場所あるかな?」
「池沿いは埋まってるけど、公園は広いみたいだし、奥行ってみよう」

 向こうを指差し歩き始めるなまえに「待って」と、廻はその手を掴んだ。

「一人で行ったら迷子になっちゃうよ」
「廻くんが?」
「なまえちゃんが」

 二人しておどけた口調で言い合って、くすくす笑う。いつものように手を繋いで桜の下を歩いて行った。
 空いてるスペースを発見して、レジャーシートをひく。その上で二人はうーんとリラックスした。

「おっ弁当♪おっ弁当♪」

 待ちに待ったお弁当タイムに、うきうきする廻。
「じゃーんっ」
 なまえは蓋を開けた。

「召し上がれ♪」
「すっげーうまそー!どれから食べようかこれ迷う!」

 彩りもバランスよく、廻の目にはおかずがキラキラと輝いて見える。

「タコさんウィンナーかわいー♪」

 いただきまーすと、廻はぽいっと口の中に入れて味わった。

「カニさんウィンナーもあるんだよ」
「にゃはっすげえ!」

 なまえはカニさんウィンナーの方を食べる。主食はおにぎり。ちなみにしなしなにならないよう海苔は別にしてあり、なまえの丁寧さがわかる。

 おにぎりの具もちゃんと廻の好きなもの。

(結婚しよ)

 おにぎりをもぐもぐと食べながら、どこかで聞いたことあるセリフで廻は改めて決意した。

「おいしい?」
「うんまいっ♡」

 廻はなまえに、心だけでなく胃袋も掴まれている。


 ◆◆◆


「桜って雪みたいだよね」

 お弁当を食べ終わり。しばらく青空の下でのんびり桜を見ながら、廻はぽつりと言った。桜はピンク色のイメージだけど、実際に見ると花は白く感じる。

「でも……、よく見ると、薄ピンクかかってるんだよ」

 なまえは廻の頭についた花びらを取り、見つめながら言った。毎年、それをしてたのは自分だったのになぁ――廻はふっと微笑んだ。


 ◆◆◆


 千葉公園は池の他にも、遊具や運動場もある大きな公園だ。
 ボートに乗りに行こうと歩いていると、なまえの足元にサッカーボールが飛んで来て「わっ」慌てて足で止めた。
「ナイストラップ♪」廻は笑う。

「え、どうしよう。廻が蹴って!」
「この距離ならいけるっしょ」

 ボールを返してくれるのを待ってる少年に、なまえは戸惑って言うも「大丈夫!変なとこ飛んだら俺がフォローしてあげるから」と、廻はなまえに蹴るように促す。

 じゃあ……と、なまえは足を後ろに引いた。

「えいっ!」
「ナイッシュー!」

 思いっきり蹴ると、ボールは少年の方に転がっていき、なまえはほっとする。

「お姉さんっありがとう!」
「どういたしましてー」

 なまえは少年に手を振ると「ね?大丈夫だったでしょ」廻が片手のひらを向けてきたので、そのままハイタッチ。

 なまえにとってはちょっとしたハプニングが起きて、ボート乗り場に着く。

 カラフルなボートが並び、二人は黄色のボートになった。廻が先に乗り込み、その手を支えになまえも乗り込む。

「あれ?こう?」
「廻、逆だね」

 手漕ぎボートは後ろ向きに漕ぐので、オールは手前に引くように漕ぐ。

「あら、こっちね」
「廻、漕ぎ方は合ってるけど進んでないよ〜」
「マジっすか」

 その場で旋回してる。なまえはおかしくて声を上げて笑った。まだ二人のボートは出発すらできていない。

「私、漕ぐ?」
「待って、コツわかったから!」

 なまえの冗談なのか本気なのか、微妙な言葉に焦りながら、廻は力いっぱい漕ぐ。
「ほらほら、進んだっしょ」
 やっとゆっくりとボートは動き出した。

「すごいすごい!」

 そこから本当に廻はコツを掴んだのか、オールを漕ぐ度にちゃんとボートは進む。

「でも、すごい曲がっちゃってる」
「え〜曲がってる?」
「たぶん、利き腕の方に力が入ってるんだよ」
「にゃるほどね」

 なかなか初めてのボート漕ぎは難しいが、なまえのアドバイスと、なんとか試行錯誤をし、廻の漕ぎ方もよくなっていった。

「どう?俺のオールテクニック!」
「上達早くてすごい!」
「でも、俺たち全然桜見てないね」
「そういえば……」

 気づいてお互い笑いを溢した。休憩〜と廻は漕ぐのを止めれば、ボートはその場に漂う。
 ちょうど垂れ桜が綺麗に見える位置だ。

「あ、ちっちゃい亀が泳いでる!」
「どこどこ!?」
「きゃあっ廻ゆっくり動いてッ」

 ボートがぐらりと動いてなまえは慌てる。
 結構な転覆の危機だったのに「めんごめんご♪」と廻は悪気なく謝った。

「よく見ると魚も泳いでんだね」

 池には鯉と亀が泳いでいる。のんびりその様子や風景を眺めて、再び廻は漕いでいく。
 ボートの使用時間は30分なので、大きな池をぐるっと一周して戻ろうかとなった。

「写真?」
「ムービー」
「照れるぜ♪」

 そう口で言いつつも廻は笑顔だ。
 なまえは記憶にだけでなく、かっこいい廻の姿を思い出に残した。

「今度、私もボート漕いでみたい」
「紅葉も綺麗みたいだし、また秋に来よっか」

 その時は漕いでるなまえを俺がムービーで撮ってあげると廻が言うと、なまえは恥ずかしいから……と、はにかむように笑った。

 ……あ。

 ちょうどなまえの前髪辺りに、風に飛ばされた桜の花びらがくっつく。
 取ってあげたいけど、ボートを下りてからかな。
 やっぱり、そっちの方がしっくりくると――廻はなまえに微笑んだ。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#ボートの上での移動は危険です


「腕、筋肉痛になった!」
「廻が筋肉痛なんて珍しいね」
「う〜ん、漕ぐとき腕の力がいるし、揺には無理じゃない?」
「じゃあ秋までに鍛えておく」
「にゃはっ、それ楽しみにしてる」

 〜秋の千葉公園〜

「わぁ、紅葉綺麗だねー」
「なまえ、漕ぐの上手くない!?なんで!?」
「ネットで漕ぎ方のコツを調べたら、こうやって腕じゃなくて上半身使って漕ぐんだって」
「俺もその方法試したい!なまえ、漕ぐの交代ー!」
「きゃあ!廻、揺れてる!移動するの危ない!転覆するー!」


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