夏の残暑も終わり、ぐっと涼しくなってきた。
秋も深まり、紅葉が見頃の時期。
『ねえ、なまえ。山行こうよ、山!』
『山?』
『いざ、紅葉狩りじゃー!』
『あはっ廻、紅葉狩りの意味違って言ってない?』
少し前のそんな会話から。
「廻、朝早く起きられてえらいね。昨日はしっかり眠れた?」
「わくわくしてあんまり眠れなかったかも」
二人は千葉にある山へ紅葉狩りと、電車に揺られていた。
千葉県は山の標高が平均45mと、日本一低い都道府県である。初心者でも登りやすい低山がたくさんあり、手軽なハイキングにはうってつけだ。
早朝のまだ人が少ない電車の中、流れる景色はだんだんと都会の風景から、自然が多くなっていく。
「――あっ、廻。駅弁買っていかない?おいしそう!」
「いいねいいね!買っていこう♪」
乗り換え駅では、おいしそうな駅弁が売られていた。お昼は最寄りのコンビニで適当に買って食べる予定だったが、ちょっと贅沢して二人は駅弁を購入した。食欲の秋である。
再び電車に乗り込むと、先ほどより登山客の姿は増えているようだ。
「なまえ、アメちゃんいる?」
「ほしい!」
お菓子をつまみながら、さらに電車に運ばれること終点まで。
再び別のローカル線に乗り換え……
「廻、乗り換えはこっち……」
「あっ!待って」
乗り換えホームに向かおうとしたところ、突然立ち止まった廻。
そこにはガチャガチャが置かれており、廻が見ているのは、プロサッカー選手のキーホルダー型フィギュアだ。
「ノエル・ノアだ!欲しー!」
どうやら回すらしい。なまえは腕時計を見る。一本逃すと次の電車は1時間後、という都会では考えられない運行。ゆっくりはしていられない。
「電車1時間に一本で、あと3分で発車しちゃうからね」
「りょーかい♪……あれ、お金入れたのに回らない……」
「レバーが固まったの?」
「あ、お金は返却された。なんで?」
「うーん、間に合わなくなるから諦めていこう?」
「待って!叩けばきっとコイツ直る!」
「廻〜!」
――そして。案の定、二人は乗り遅れた。
走るも虚しく。電車を見送りがっかりするなまえの隣で、乗り遅れた原因の廻は、ウキウキとカプセルを開けようとしている。
廻のマイペースっぷりには慣れているので、なまえは怒ることもなく「まあいっか」という精神だ。
ホームのベンチに座り、のんびり次の電車を待つことにしよう。
「やった!ノエル・ノア当たった!」
「わ、すごい!よかったね!」
「ぶはっ」
一緒に喜ぶも束の間、いきなり廻は吹き出した。不思議そうにしていると、廻に渡され、同じようになまえも吹き出した。そして、声を上げて笑う。
「ノエル・ノア、もっとかっこいいのに!」
「これ、低クオリティ過ぎでしょ!」
ノエル・ノアの顔は子供のラクガキのように描かれており、パチもんにしか見えない。
カプセルに入っていた紙の見本写真とも似ても似つかず、ひどいと二人は笑った。
ひとしきり笑ったあと、これはこれで廻は気に入ったらしく、リュックに付ける。
「うん、なかなかいいかも」
「なまえも回せばよかったね。クリス・プリンスもいるよ」
「この写真みたいにかっこよければいいけどなぁ」
◆◆◆
「おー着いたー!」
予定時刻より遅れるも、最寄り駅に着いた二人。そのまま登山客に混じって山道へと向かう。
「紅葉、綺麗だねー!」
「秋っすな〜」
澄みきった秋空に、黄色や赤と色づいた葉のコントラストは自然の絵画だ。
バリバリと落ち葉を踏む音を響かせ、二人はハイキングコースを歩いていく。
「あ、いい感じの紅葉の葉っぱ!」
「私もいい感じのイチョウの葉っぱを拾ったよ」
「じゃあ交換しよう♪」
秋の景観を楽しみながら、途中にこれまたいい感じのどんぐりを拾ったり、のんびり歩く。
お昼は見晴らしのいい山麓で。
帰りの時間もあるので、散策もそこそこに、二人は早めに来た道を戻った。
◆◆◆
「…………はっ!」
――帰りの電車に揺られていたなまえは、聞き慣れない駅名のアナウンスに目を覚ました。
肩に重さを感じるのは、もたれている廻だ。
降りる駅についたら起こすから廻は寝ていいよと言っておいて、いつの間にか自分も寝てしまったらしい。
……あれ?
「廻、大変!!」
慌てて立ち上がったなまえに、がくっと頭が落ちて廻も起きた。
「なまえ……?」
「どうしよう……乗り過ごしちゃった!」
寝ぼけ眼の廻を引っ張り、慌てて電車を降りると、愕然とする。
ここ、どこ――。
なにもない田舎の駅。駅員はおろか、二人以外誰もいない。辺りの景色に建物は見当たらず、どこまでも続く田園風景。
年季の入った柱にかけられた時刻表を見て、なまえの顔が青ざめる。
「え、上りの電車もうないの……?」
さすが田舎の駅。すでに終電が終わっている!
「ごめん、廻……!私も寝ちゃったから……」
「なまえが謝ることないっしょ。どうにかなるって!線路伝って歩いていけば、家に帰れるし♪」
「歩いてだと二日ぐらいかかるかな……」
「……それはよくないね」
お泊まりなんてしたら、俺、なまえのお父さんに怒られちゃうと言う廻。なまえはそっち?と思わずくすりと笑ってしまった。こんな田舎ではお泊まりどころか野宿になるかもしれない。
ここは堅実的な方法と、なまえはスマホで帰路を調べる。
「遠回りだけど、こっちの駅にいけば電車があるみたい」
「じゃあ、元気にレッツゴー!」
一人だったら沈んだ気持ちのままだったが、前向きな廻と一緒だと心強い。
スマホの地図を頼りに、のどかな道を歩いていく。
「本当になにもないとこだね」
「自販機ひとつもないみたい」
イワシ雲の隙間の青空が、赤みを帯びてきた。周囲に街灯はなく、日が落ちる前に駅にたどり着きたいもの。
「なまえ、足痛くない?大丈夫?疲れたら俺がおんぶしてあげるから!」
「大丈夫だよ。ありがとう」
廻の気遣いに、なまえはにっこり答える。ハイキングから駅までの長距離移動と運動量は多いけど、ちゃんとそれ用の運動靴も履いているし。明日は筋肉痛かも知れないけど。
「ねえねえ、なまえ。この辺タヌキがいるみたいだよ!」
「タヌキ?」
「ほら!」
廻が指差したのは『タヌキの飛び出し注意』と書かれた看板。
「タヌキ見てみたいね!」
「出てこないかな?おーい」
茂みに向かって呼びかける廻。なんとなくタヌキを探してみながら二人は歩いた。
「なんかこっち行ったらショートカットできそうじゃない?」
「たぶん私有地なんじゃないかな」
「あ」
ショートカットは無理みたいだが、視界に入ったそれに、廻はあることを思いついた。
「なまえ!あそこのトラックのおっちゃんに駅まで送ってもらえないか聞いてみるよ!」
「え!?」
なまえがなにかを言う前に、廻は「そこで待ってて!」と、あっという間に駆けて行ってしまう。その廻のフットワークの軽さは、小さい頃から変わらない。
そしておじさんに、なにやら身振り手振りで交渉をしている。廻のコミュ力の高さはすごい。
やがて廻は、なまえに向かって両手を上に大きく丸を作った。
どうやら、交渉は成立らしい。
(本当に廻って、頼もしいな)
笑ってなまえも駆け寄る。おじさんはこの辺りの農家の人のようだ。キャップを被り、浅黒い顔に人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「おっちゃんが駅まで送ってくれるって♪」
なまえはお礼の言葉と共に頭を下げる。
「あの、ありがとうございます」
「ええってええって。この辺りは暗くなると街灯もなくて真っ暗で危ねえからな。二人とも後ろに乗んな」
後ろ……?
おじさんが指差しているのはトラックの荷台だ。え、荷台に人って乗っていいの?戸惑うなまえとは別に、廻は「楽しそう〜!」と乗り込み、なまえに手を差し出した。
「大丈夫大丈夫。この辺りはお巡りさんは来ねえから!」
豪快に笑うおじさん。そういう問題……?と思いつつ、なまえもわくわくしてしまう。
「トトロでこういうシーンあった気がする」
「あ、あったあった!」
トラックの荷台に乗るなんてなかなか体験できない。(基本的に違反である)
発進すると一回ガタンッと大きく揺れて、びっくりして二人は顔を見合わせてから笑い合った。
「開放感がすごい!」
「すっげー快適♪」
田舎道を走るトラック。風を受けてちょっと寒いが、新鮮で楽しい。
「俺、将来オープンカーに乗ろうかなぁ」
「廻が運転するの?」
「うん」
「想像できない……危ないよ!」
「えー?危なくないよ!」
ゴーカートの運転は上手かったっしょと主張する廻に、ゴーカートとは違うよと笑うなまえ。
「筆記試験もあるんだよ?」
「え、筆記試験もあるの?」
「交通ルールをちゃんと覚えないと」
筆記試験と聞いた途端に自信をなくす廻に、なまえはおかしそうに肩を揺らす。
「じゃあなまえ、一緒に受けよう?そんで俺にルール教えて!」
「あははっ、いいよ」
そんな会話をしていると、駅まであっという間だった。
「おっちゃん!ありがとー!」
二人でおじさんに手を振る。運転席からおじさんは手を上げ、トラックは走り去る。
二人は駅へと入り、電車に乗り込んだ。
「今度は俺起きてるから、なまえは寝ていいよ」
「心配だから私も起きてる」
「ちょっとなまえってば、さっきから俺のこと信頼してなくない?」
「廻のことはちゃんと信頼してるけど、睡魔には弱いでしょ」
「ま、そだね」
「ほら〜!」
笑い合って言い合いながら、帰りの電車に揺られる。
トラブルが起ころうとも、結果は楽しい一日になるのが、この二人。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#疑惑の二人
「おーし、着いたぜ」
「本当に助かりました!ありがとうございます」
「おっちゃん、送ってくれたお礼にこれあげる♪」
「ん?紅葉とイチョウの葉にどんぐり?」
「紅葉狩りで俺たちが拾ったやつ」
「はっはっは!こりゃあいい。ありがとな」
「じゃーねー!」
◆◆◆
「紅葉の葉っぱにどんぐりか。今時、あんな無邪気な若者がいるもんだなぁ」
……いやいや、待てよ。近頃の若者は本当にあんな無邪気なものなのか?
「もしや俺は、タヌキに化かされたんじゃ……!」