白宝高校

 なまえが通うことに決めた進学校は東京にある名門、白宝高校だ。
 県を跨ぐが、実家から通える範囲で一番の超進学校。
 どうせなら上を狙おうと決めて、普通の受験生が勉強に入るには遅い勉強期間だったが、危なげなく合格した。

 中学はセーラーだったが、白宝高校の制服はブレザーだ。白を基調とし、襟には千鳥格子模様が入っている洒落たデザイン。その超進学校の制服はそれだけでブランド力が高いらしい。

 中学とは違い、鏡の中の自分の顔は少し緊張している。

「変な男にはくれぐれも気を付けるんだよ。いつも側にいた廻くんはいないんだから」
「わかってるよ」

 そう朝からなまえに、心配そうに忠告する父。
 廻と一緒の高校に行くのに反対してたのにどの口がと思うが、あれは試すものだったと、なまえは後から母に聞かされて知った。

『本気でなまえが廻くんと一緒の高校に通いたいなら、お父さんは賛成するつもりだったのよ』

 結局、なまえは進学校に通うと決めたが、それはそれで娘の将来を案じる両親は了承した。
 そして、難問校に見事合格したなまえに誇りに思う。

「行ってきます!」

 なまえは自宅を出る。今まではそのまま廻を迎えに行って、寝坊していたら起こしていたが、今日からそれもない。

(廻、ちゃんと起きられるかな……)

 千葉から東京という通学に、なまえは廻より早く家を出なければならないから。
 朝はいつも一緒に登校していたのに、なまえの隣はぽっかり空いていて寂しい。

 駅に着き、予定通りの電車に乗り込んだ。

 東京駅行きは混雑しており、ドア横に立つ。イヤホンを自分の耳に挿して、スマホをタップして音楽を流した。

『なまえが楽しくなるように、俺セレクション♪』

 通勤時に暇だからと、廻におすすめのプレイリストを作ってと頼んだもの。

 〜♪

 ジャンル問わず流れてくるバラエティに富んだ選曲に「廻らしいな」と、なまえの口角は自然と上がってしまう。

(……あ。この曲、私も好き)


 ◆◆◆


 入学式。中学の入学式では新入生挨拶をしたなまえだったが、高校では聞き手側だ。

「新入生挨拶、御影玲王」

 そう呼ばれた男子生徒は堂々とした足取りで舞台に上がっていく。

「御影って、あの噂の……」
「御影コーポレーションの御曹司の……」

 そんな女子生徒のひそひそ声が耳に届いて、あの有名な……となまえは改めて彼を見る。
 確かに育ちが良さそうな顔をしているし、並べられた祝辞も、かつて自分が考えたものよりずっと立派なもの。

 そんなすごい人と同じ高校なんだ……。

 そういえば、白宝高校は進学校と同時に、名門校なので裕福な家庭の子達も多く通っているとなまえは思い出した。
 そして、入学式が終わり、新クラスにやってきてそれを身を持って実感することになる――。

「どこの中学から来たの?」
「青山にある……」

 どこの中学校に通っていたから始まり、地元、外見、持ち物のセンス……あらゆるマウント合戦。
 なまえは話には聞いていたけど、実際にマウントを目にするのは初めてでぽかんとする。

「神奈川か〜。横浜以外はよくわかんないけど、きっと自然豊かなんだろうね。うちは渋谷区だから、明治神宮くらいしか緑がなくてさ〜」

 これは後ろの席の男子生徒が、学校名が通じず「神奈川」と答えての返答だ。千葉県と答えたらどんな返答が返ってくるんだろうとなまえは考える。(良い所だけどな、千葉県)

「ねえねえ!君はどこの中学?」

 頭の中で千葉の良い所を挙げていると、さっそく隣の席の男子に声をかけられた。なまえが学校名を言うと、案の定彼は知らないという顔をする。
 私立や付属から来た生徒たちが多い中、なまえは公立。肩身が狭い。

「ええと、千葉県の……」
「千葉県!ランドやシーがある!」

 うん、そうだよね。千葉県と言ったら誰もがその有名過ぎるテーマパークを思い浮かべる。
 
「親睦を込めて一緒に行っちゃう?」
「なになに!」
「あたしも行きたーい」
「じゃあ、みんなで行こう!」

 なまえがうんともすんとも答える前に、気づけば人が集まり盛り上がっている。

「……うるさいなぁ……」

 なまえの後ろの席の男子が思わず小声をもらしたが、その声がにぎやか組に届くことはない。
 さっそくLINEグループを立ち上げて、交換しようと盛り上がっているからだ。

 なまえも流されるまま交換する。

 いたる所で出来上がってるグループだが、なまえは知らぬまにこのグループになったらしい。

「名字さん、千葉県なんだー!あたし、港区なんだけど、わかる?」
「うん、わかるよ」

 斜め前の席のギャル。聞かれたから答えたけど、観察するような目がちょっと怖い。

(私、やっていけるのかな……)

 笑顔で自慢話を聞きながら、なまえは内心思う。いくらトップクラスの進学校とはいえ、高校選びを間違えたかも知れない……。


(高校選びミスった。めんどくせー……)

 ――ちょうどなまえの後ろの席で。

 机にうつ伏せになっている男子生徒こと、凪誠士郎も同じようなことを思っていた。

「はい、おしゃべりはそこまで!みんな席に着いて!担任の一色高史です。まずは合格おめでとう!」

 ちなみにこの男子。なまえが中学生の時に考えた、最強のサッカー選手の一人「どんなボールもトラップする」に当てはまる人物なのだが。

「きみたちならきっとこの高校生活で、本気で熱くなれる夢が見つかるだろう!熱くなれる日が、必ずやってくる!」

(そんな夢より……楽して生きたい。はぁ〜あ、めんどくさい)

 この面倒くさがり屋の万年寝太郎がそうだと、なまえが知って驚愕するのは一年後――。


(……私でも、熱くなれる夢。見つけられるのかな)


 ◆◆◆


 はあ……疲れた。精神的に。
 帰宅時間には少し早い時間帯に、すかすかの電車の座席でなまえはぐったりしていた。

 担任の挨拶とクラスの自己紹介。中学同様、初日は簡単に終わる。
 帰る準備をするなまえは、複数の女子生徒に声をかけられた。

「あ、名字さんも一緒に玲王くん見に行く?」

 玲王くん……?あ、御影くんのことか。なまえは特別興味がなかったが、せっかく誘われたのだからと、二つ返事をする。

「玲王くーん!」
「私ともLINE交換して!」

(アイドル……?)

 すでに御影玲王はたくさんの女の子に囲まれていた。
 なまえたちクラス同様、他のクラスからの女子も集まり、その真ん中で彼はアイドルさながらの笑顔を振り撒いている。

「御影くんってすごい人気なんだ……」
「そりゃあそうよ!あの御影コーポレーション御曹司だけでなく、容姿端麗!文武両道!これはなんとしてもお近づきにならないと……!」

 なまえの唖然とした呟きに答えた彼女。その眼を見て、ぎょっとした。
 眼の中が野心でメラメラと燃えている。
 見渡すとほとんどの女子たちも似たような眼をしていた。

 これは、御影くん争奪戦だ――。

 巻き込まれたら大変と、なまえは適当に用事があると言ってその場を後にし、下校した。

 スマホを開くと、すでにLINEグループにはトークが交わされており、何名か男子から個別トークも届いていた。それらをスルーして、なまえはトーク画面を開く。

 "今帰り。廻は初日どうだった?"

 メッセージを入力して、送信した。すぐさま既読になって、少し待っていると、画面にぽんっとメッセージが出る。

 "なまえが起こしてくれなかったから、俺遅刻しかけた!"

 むすっとしているスタンプも同時に送られてきて、電車の中なのになまえは吹き出しそうになった。すぐさま返信する。

 "だからあんなに言ったのに"

 続いてやれやれというようなスタンプを送る。「これから早くに家出るからもう起こせないからね」とちゃんと伝えてあるからだ。

 "今どこ?"

 まったく違うメッセージが来た。電車の中ということと、ちょうど今停まった駅名も送る。
 そこで廻からの返信も止まった。
 既読スルー?この後、会える?ってメッセージ送ろうと思ったのに、送りづらい。

(廻に会いたいな……)

 あの屈折のない、明るい笑顔が恋しい。
 このままだと廻に依存しそうだという思いもあって、離れたのに。

(しっかりしないと、私……)


 最寄り駅に着いて、見慣れた千葉の景色を目にすると、ほっとする。

 改札を通り抜けようとしたところ、急に止まった前の男性にぶつかりそうになった。
 なかなかスマートウォッチが反応しないようだ。
 それはクラスメイトたちが最新型だと自慢していたウォッチだが、最新でも反応は悪いらしい。

 なまえはため息と共に別の改札を通った。


「――あっなまえ、お帰り!」
「……廻?」

 その持ち前の天真爛漫な笑顔は、なまえの疲れも鬱憤した気持ちも吹き飛ばす。

「どうしたのっ?」
「もちろん迎えに来たんだよ♪」

 びっくりした?という言葉に、びっくりしたとなまえは笑顔で返しながら、続いて廻のその格好を眺めた。
 初めて目にする新しい制服姿。中学では学ランだったが、波風高校もブレザーだ。

 なまえは笑った。

「廻、初日で着崩しすぎじゃない?」

 袖はジャケットごと肘まで捲りあげ、ついでにズボンも捲りあげている。当然ネクタイも締めていない。

「だって、ネクタイとか苦しいし〜」

 そのネクタイは適当にポケットに突っ込んだらしく、だらしなく顔を覗かせている。シワになっちゃうよとなまえは引っ張り出した。

「廻がネクタイ締めているとこ見たい。ちょっとしてみせて」
「じゃあ、なまえが締めて!」
「私、ネクタイの締め方わかんない」

 こうするんだよーとなまえからネクタイを受け取ると、廻はしゅるしゅると締めてみせる。

「うん、かっこいい!廻、学ランよりブレザーの方が似合うかも」
「ホント?へへっ」

 照れくさそうに笑ってから、廻もなまえの姿を眺めた。

「うむぅ……なまえはセーラ服もブレザーもどっちも甲乙付けがたいですなぁ」
「なんか照れるね」
「お嬢様って感じで似合ってる♪」
「ありがとう」

 続けて「白だから汚さないように気をつけないと」と言うなまえに、廻は笑って口を開く。

「ねえなまえ、ラーメン食べいかない?」
「汚さないようにって言ったそばから!」
「にゃはは!小腹空いちゃって、何か食べいこ♪」

 お気楽に笑う廻に、なまえも楽しくなって「うん!」と大きく頷いた。
 とりあえずラーメンは却下で、近くのファーストフード店に入る。

「廻は初日どうだったの?遅刻した以外」

 ポテトをつまみながら、なまえは廻に聞いた。廻はあぐっとハンバーガーを食べている。

「遅刻はしてないよ、ぎりぎり。んーまだわかんないかなぁ。なまえは?」
「私は……、やっていけるか心配」
「え、そーなの?」
「住む世界が違うっていうか……。あの、御影コーポレーションの御曹司が通ってるぐらいだし」
「みかげこーぽれーしょん?」
「手広く事業をやってる会社。最近だと宇宙事業にも出資したってニュースでやってたかな」

 なまえの説明に、ああと廻もわかったらしい。

「ふぅん。難しいことはわかんないけど、嫌ならうちの学校に転校してくればいいじゃん?」

 廻は笑って簡単に言ったが、現実問題そう簡単ではない。白宝高校に通うのに、多額の学費だってかかっている。

「あはは、そうだね。本当にだめだったら考えてみる」

 でも、今はそれぐらいの気軽さがなまえには心地よかった。

 その後は担任の先生はどんな人だったかの話になり、次に廻は「部活は何かすんの?」となまえに聞く。

「高校は帰宅部かな。部活あると帰りが遅くなっちゃうからお父さんが心配みたいで……」
「にゃは、なまえのお父さんらしいね。でも、俺も賛成。東京危ないじゃん?治安悪いんでしょ」
「治安は東京も千葉もそんなに変わらないと思うけど」

 隣同士だし。でも、都内住みの人たちからしたら都外というだけで、田舎から来たぐらいの扱いだったなとなまえは思い出す。

「廻は私が業務とかじゃなくて、男の子と個別にLINEしてたら嫌?」

 同時に、個別にメッセージが来てたのを思い出してなまえは聞いてみた。

「うん、やだ。だって絶対そいつなまえのこと狙ってんもん」
「……そうかな?」
「絶対そうだってば」

 全員が全員そうじゃないとは思うけど。余計なトラブルを避けるためにも、なまえは全員断ることに決めた。

「私も……廻が個別に女の子とやりとりしてたらちょっと嫌かな」
「やんないけどね。そもそも俺モテないし」
「何言ってるの。廻、すごくモテるんだよ!」

 何気なく発言したら、なまえが力を込めて真剣に反論してきたので廻はびっくりした。
 廻に実感がないのは、すでになまえという完璧彼女がいて(さらにあのラブラブっぷりを見せつけられ)今までアプローチをする強者女子がいなかったからだ。

「そーかなぁ?」
「そうだよ!」

 潜在的には可愛い系男子好きな女子から廻は人気があった。

「どっちにしろ、俺、なまえ以外の女の子には興味ないから安心して♪」
「……うん」

 私も同じだよ――とは、照れくさくて言えなかったけど、代わりになまえは嬉しそうに微笑む。


 二人別々の高校生活は、今日から始まったばかりだ。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#後ろの席の凪くん

(前の席の人とは挨拶したし、後ろの席の人にも挨拶した方がいいかな?)

「あの……」
「……」

(窓の外ぼーっと見てる。興味がない時の廻みたい)

「……ん?」
「あ、前の席の名字なまえです。よろしくね」
「俺は凪誠士郎。……どうも」

(半分死んだ目をしてる……)

「きみ、背高いね!どこの中学校出身?ぼく付属」
「……暇中」
「暇中?聞いたことないなあ?どこ?」
「神奈川」

(――引っ越す前の町も好きだったけど、千葉に引っ越せてよかったな。廻に会えたし♪)


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