後ろの席の眠れる天才

 リムジンって初めて見た。

 白宝高校の校門前に停まったのは、ピカピカに輝く長い車体。
 その運転席から出てきたのは二メートルはありそうな長身と、魔女のような風貌の老女。
 着ているのは黒い執事服で、彼女がドアを開けると、車内から長い足が現れた。

「ありがとう、ばぁや!」
「行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」

 坊ちゃまと呼ばれた男子は、この学校で知らぬ者がいない――御影玲王だ。
 
「おはよー!玲王くん!」
「おはよー」
「あ!玲王さま!」

 朝からその場に黄色い悲鳴が飛び交う。
 漫画の世界みたい……。なまえはその光景を唖然と眺めながら登校していた。
 最初は違う世界に飛び込んでしまったと不安もあったけど、ある意味毎日新鮮である。

「なまえ、おはよー!」
「おはよう」

 明るく挨拶したのは、なまえの斜め前の席のギャルだ。
 一緒に他愛ない話をしながらクラスに入ると、なまえは他の女子たちとも挨拶を交わす。

 数日経って、なまえは彼女たちから受け入れられていた。

 一番大きな理由は、なまえには意中の彼氏がいるということ。
 それを理由に、男子と業務以外の個別のやりとりはできないとバッサリ切ったなまえは、内閣もびっくりの女子たちの支持率を上げた。

 彼氏一筋という姿勢は、これから起こるであろう恋愛市場に参加しないという表明。
 驚異だと思っていた美少女が自分たちにとって無害となれば、仲良くなるしかない。

「ねえ、なまえちゃんはどうしたら玲王さまとお近づきになれると思う?」
「ううん?」

 友達ができたのは嬉しいけど、恋愛相談をされるのは困った。恋愛経験が豊富というわけではないし、彼氏と長続きができる秘訣は?と聞かれてもさっぱりだ。

 好きだからずっと一緒にいたというだけで、そんな風に今まで意識したことがなかった。


「じゃあ用紙を配るので、後ろに回すように」

 それとは別に、なまえにはもう一つ困ったことがあった。

 それは、後ろの席の凪誠士郎くん。

 授業中、配布された用紙を後ろに配る際、必ず凪は寝ている。

「凪くん、起きてー。これ後ろに回してー」
「……ん。ふぁい」

 起こせば起きてくれるからいいけど……。毎回こんな感じだ。

「……zzz」

 そして後ろに回すと、再び夢の中へ。
 授業中でもお構いなしに眠る自由な姿は、誰かを彷彿させる。

(……廻はちゃんと起きてるかなぁ)

 この時間なら寝てるかな。長年のつき合いからそう予想して、なまえは人知れずくすりと笑った。


 その廻はというと――……


「……すぴー……」

 なまえの予感通り、そして凪より若干締まりのない顔で廻は寝ていた。

「こら蜂楽!入学して間もないのに堂々と寝るんじゃない!」
「っいて!……俺の頭じゃなくて足元にパスしろ〜!」
「………………」
「……ありゃ?」


 思いっきり寝ぼけていた。


 ◆◆◆


 放課後。入学式を過ぎ、友人関係ができあがってくると、次にクラスはどの部活に入るか?と話が盛り上がる。

 なまえも文系部から運動部まで幅広く勧誘されたが「父親が心配性で、帰宅が遅くなるとちょっと……」そう断った。
 高校生にもなって嘘のようだが、事実だ。

 白宝高校はどこかの部活に必ず入らないといけないという校則はない。
 意識高い精鋭揃いのこの進学校でも、帰宅部はなまえ以外にももちろんいる。

 例えば、なまえの後ろの席の凪もその一人。

 授業が終われば一番に席を立ち、スマホ片手にさっさと帰ってしまう。
 凪はクラスでも頭一つ飛び出た高身長。
 そのスポーツ向けの体格に、あらゆる運動部から熱い勧誘を受けているが、凪自身は興味がないらしい。
 すたこらさっさと逃げる姿を、なまえも何度か見かけていた。

「な!来いよ!やろう!バスケ!」
「…………」

(――あ、今日も勧誘されてる)

 昇降口で待ちぶせされていた模様。
 特に、彼らバスケ部は熱心だった。

「主将〜、こいつは変人なんですよ、変人。おれ、同クラなんすけど、だれともつるまないし、いっつもひとりでゲームばっかしてんですよ」

 同じクラスメイトのその男子は、以前なまえにバスケ部のマネージャーをやらないか誘った男子でもある。もちろんなまえは断ったが。

「なんだ?オタクってやつか?おいおいそんなんじゃモテねーぞー!モテるには筋トレだよ!見ろ、おれのこの鍛え上げられた上腕二頭筋を!」

 バスケ部キャプテンは腕を曲げ、よく見る筋肉ポーズを取った。
 立派な筋肉……の前に(まだ4月なのにノースリーブは寒そう)という感想が一番に出るなまえだ。

 それより、そこでポーズを取られるとちょっと通りにくい。

「だいじょうぶ、おれがしっかり鍛えてやるから、がんばればすぐにいい体に……って、話してる最中にゲーム始めるんじゃねーよ!」
(マイペース……!)

 ちなみに凪は、筋肉キャプテンがポーズを取った時にはすでにスマホをいじっていた。

「もうあきらめましょー。変わり者にチームプレーとかむりっすよ」
「う〜む……。あ、こら、逃げるな!」

 筋肉キャプテンが後輩に目を向けてるうちに逃げようとする凪だったが、その自慢の筋肉がついた腕に阻止される。

(もうしつこい……)

 うんざりする凪。そこで「通りたいんだけど彼らが邪魔で通れない」というなまえと目が合った。

 救世主はっけーん。

「そうだ。名字さんと一緒に帰る約束してたんだった」

 あからさまな棒読みだ。もちろんなまえは凪と帰る約束などしていない。

「というわけで、はいさいならで〜す」
「っ?」
「あっおい!」

 凪はなまえの背中を押して、強引に突破。
 たまたまその場に居合わせたなまえは逃げる口実に使われた。……まあ、いいけど。


「凪くん、私の名前覚えてたんだね」
「だって初日に自己紹介したでしょ?」
「うん、そうでした」

 あまりにも凪が他の生徒たちとコミュニケーションを取らないので、てっきり他人に興味がないものかと。

「スポーツはまったく興味がないの?」
「体動かすのめんどくさいし」
「……なるほど」

 気だるい雰囲気の凪に納得した。省エネというか、普段の姿からもやる気を感じられないからだ。
 生まれもった体格に少しもったいないなと思うけど、本人がやりたいと思わないなら意味がない。

「いつもなんのゲームしてるの?」
「バトルロイヤルシューティングゲーム」
「へえー」
「名字さん、ゲームキョーミないでしょ」
「そんなことないよ。アプリのサッカー選手育成ゲームはずっとやってるし」
「ふぅん、なんか意外」

 そんな他愛ない会話をしながら、成り行きから途中まで二人は一緒に帰る。

「俺、寮でこっちだから」
「じゃあ、また明日」
「うぃーす」

 初めて凪とこんなに喋ったなまえは「いつもタイミング悪く寝てる男の子」から「ゲーム好きの無気力な男の子」に情報が更新された。

 一方の凪は……

(久しぶりに会話らしい会話したなぁ)

 人間関係を築くのもめんどくさい凪にしてみれば、貴重な体験だ。
 これをきっかけに、二人は仲の良い友達に……とは特にならず。

「凪くん、起きてー。これ後ろに回してー」
「……ん。ふぁい」

 なまえが振り返ると、相変わらず凪は寝ている。


 ◆◆◆


「おはよー。ねえ昨日の配信でさー」
「数字の宿題見せてー」
「やっべ、ジャージ忘れたかも」
「そっか!この方程式を使うんだぁ。なまえ〜教えてくれてありがと!」

 朝の教室が騒がしいのは白宝高校も変わらない。
 なまえは昨日の宿題でつまずいたという、数学の問題の解き方を手解きしてあげていた。

「なまえってガリ勉タイプじゃないのに頭良いよね〜」
「勉強は嫌いじゃないのもあるかも」


 早いもので春が過ぎて、季節は初夏。


 やがて、高校生になって初めての夏が来る。
 夏休みに、短期のホームステイ留学をしたいとなまえは考えていた。勉強もそうだが、色んな経験を積みたいと思ったからだ。
 ちょうど白宝高校では定員数はあるものの、その制度がある。

 そんなことを考えていると、授業が始まり、なまえは真面目に教師の話に耳を傾けた。


「ねえ、凪くん起こしたほうがいいんじゃない?」

 次の授業は化学教室に移動で、なまえに一緒に行こうと誘った女子三人の一人が、その後ろの席を見ながら言った。
 なまえが振り返ると、凪はまたもやすやすや寝ている。

(あれ?いつ見ても寝てるような……)

 不思議に思いながらも「起こしてあげよっか」と彼女と顔を見合わせたところ、

「ぎゃー!ダメ!」

 ギャルが悲鳴を上げて阻止した。

「凪誠士郎としゃべったら呪われるんだって!声を聞くだけでも不幸が訪れるんだよ!あたしの友だち、凪に話しかけた翌日に彼氏にフラれたんだから!」

 続けざまに彼女は「だからなまえは絶対に話しかけちゃダメだよ!彼氏と別れるよ!」なまえを心配するように言った。

 もしそれが本当なら、なまえはもう手遅れだ。
 近い席上、すでに何度か言葉を交わしている。
 ちなみに入学当初に凪と会話しながら途中まで帰った日もあったが、廻との関係は今のところ良好だ。
 
「凪誠士郎には悪のエネルギーが集まってるらしいよ!悪魔の子だよ!」
「それは、タチの悪いうわさじゃないかな……」
「うそ!やだそれは困る!」

 なまえはやんわり否定したが、起こそうとした世話焼き女子は凪の席から飛びのいた。

「え?わたしは凪くんと話すと幸せになれるって聞いたよ〜?凪くんと話した子がイケメンと両想いになれたって♡歩くパワースポットだってウワサだけど」
「いやそれどっち!?全然ちがうんだけど!」

 ぽやんとした可愛い系女子に、ギャルはすかさずつっこんだ。

「「…………」」

 三人は凪をじっくり観察する。

「どっちも根拠のないうわさだよ。授業も始まっちゃうし起こして……」
「あーもう!ダメだってぇ!」

 話すと呪われる悪魔の子か、歩くパワースポットか。悩んでた彼女たちだったが「呪われる説」が勝った。

 再び凪を起こそうとしたなまえは決死に止められ、そのまま化学教室まで連行される。

 結局凪はぽつんとひとり、教室に残された。


「うそでしょ……」
「凪くんって、もしかして……」
「午前中ずっと寝てるってどんだけ!?」
「というかワンチャン死んでない?」


 いや、生きてはいる。死んだように穏やかに眠ってはいるが。

 それほどまでに四人は驚いていた。

 授業が終わり、教室に戻ったら――凪はまったく同じ姿勢で寝ているのだから。

 この時、なまえは気づいた。いつもタイミングが悪く寝ているところを見ているんじゃなくて、凪はずっと寝ているのだと。

(すごい逸材……)

 なんの逸材かなまえにも分からないけど。
 あの廻だって、こんなには寝ない。

「万年寝太郎かよ……!」

 ギャルのつっこみは的確だった。

 今までも周りから変人扱いされている凪だったが「万年寝太郎」というあだ名がつき、ますます変人扱いされることに。

(変人っていうか、不思議ちゃん?)

 この場合は不思議くん?なまえは微動だにしない凪を見て思った。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#俺の噂をしている・再


「くしゅんっ!」
「お、蜂楽もアレルギー持ち?季節の変わり目はきついよなー」
「いや、これは誰かが俺の噂をしてるんだ」
「あ、そっちね……」
「きっとなまえかな」
「え、誰?」
「俺のカノジョ♪」
「彼女いるとか羨ましいぜ。別クラスとか?」
「ううん、別の高校。なんだっけ?白…宝高校?に通……」
「蜂楽くんッ!!頼むっ合コンセッティングしてくれ!!」
「合コン??」


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