「廻と一緒に映画を観るの久しぶりだね」
「俺、映画館に行くのも久しぶりかも」
二人がやって来たのは最寄りの映画館で、中に入ると日曜ということもあって、賑わっている。
「なまえ、なにか食べる?」
「んー……あ、期間限定味のチェロスがいい!」
「いいねいいね♪飲み物はアイスティーでいい?」
「うん」
「じゃあ、買ってくるから待ってて」
にこっと笑ってから行ってしまう廻を、なまえは置かれているチラシを眺めながら待った。
ホラー映画は苦手だし、恋愛ものはラブシーンがあったら気まずい。B級映画ものは当たり外れが大きいけど、
『飛んで跳ねて、映画至上一番身体能力が高いゾンビ登場!』
こういういかにもなテーマの映画、廻好きそう。
「はい、どうぞ」
ちょうどその廻が戻ってきた。
「ありがとう。廻は飲み物なににしたの?」
「飲んで当ててみて?」
カップを差し出されたので、そのままストローをくわえて一口飲んでみる。
「…ん!桃のフラペチーノ?おいしい」
「正解♪」
次に廻も飲んで「うまっ」と満足げに言った。おいしいがかなりの甘さで、それプラスにチェロスだ。
廻の激甘党は今に始まったことではなく、周りからは「子供舌」と言われている。
「なんか面白そうな映画あった?」
「このゾンビ映画、廻好きそうだなって」
「うはっ、面白そう!」
「じゃあ今度これも観に行こ」
「なまえ、ホラー映画ダメじゃなかった?」
「これ絶対ホラー映画じゃないよー!グロくもなさそうだし」
煽り文からしてコメディーだ。
そんな会話をしていると、もう入場できるらしい。
日曜の午前なので、親子連れが多い中を二人は歩く。
わかっていたことだが、会場に入るとさらに親子連れだらけだ。
そもそも今から観る映画が「クレヨンしんちゃん」である。
元々好きな映画の一つにクレヨンしんちゃんの作品を挙げてる廻だが、今回のテーマはサッカーだ。これは観るっきゃない。
廻はなまえを誘い、もちろんなまえは二つ返事をした。
最初は夜の部にしようとなったが、数量限定の入場特典が欲しいとなって、ならば午前の部となり……
「見事にファミリーばかりねー」
「高校生は私たちだけだったりして」
現在に至る。
親子連れの中で気まずいなとなまえは最初思ったが、全然気にしない廻が隣にいると、気にならなくなってくるから不思議だ。
目当ての特典を無事にもらい、座席に座ると、二人はさっそく開けてみる。
「あ、私のしんちゃんだー♪」
ランダムで出てきたのは、しんちゃんとサッカーボールの組み合わせのミニフィギュア。これは可愛い。
「お、当たりだね!俺、風間くん」
「廻、交換する?私、結構風間くん好きだよ」
いいの?やったーと喜ぶ廻とミニフィギュアを交換する。
しんちゃんとはまた違ったサッカーボールと共にポーズをしている風間くん。
これはこれで可愛い。帰ったら机に飾ろうとなまえは鞄にしまう。
長い予告が終わり、本編が始まる。
しんちゃんたちの愉快な話に、つい笑い声が出てしまうが、逆に子供が多いので気にしてなくていい雰囲気だ。
「あはは♪」
子供たちと笑いのツボが同じ廻に、なまえはツボに入ってしまう。可愛い。高校生になっても廻は可愛いのだ。
そして、映画は今回のゲストキャラのサッカー選手が登場する。
イケメンに描かれたそのキャラは、実際の選手がモデルで、声優も同様だ。
「……――あのね、なまえ」
それを教えようと廻はぐっとなまえの耳に口を近づけ、小声で話しかけた。
「あ、ごめん」
その瞬間、息を呑んでびくっと肩を震わせたなまえに、廻は慌てて謝った。(驚かせちゃったかな?)
「…ううん、なに?…」
「…あのキャラ、実際のサッカー選手がモデルで声優もなんだよ…」
「…あ、確かに声がそんな雰囲気かも…」
中盤に差し掛かり物語はスペクタクルに展開し、二人はスクリーンに熱中した。そこからエンディングまではあっという間だ。
エンドロールが流れ、曲は人気ロックバンド。
そして映画は終わり、ゆっくりと劇場が明かるくなっていく。
二人は泣いていた。
「感動した……クレヨンしんちゃん侮ってたぁ」
「いや、全米が泣くでしょこれ。全俺が泣いた」
これは大人に刺さる映画だ。その証拠に子供たちは「楽しかったー!」と笑顔を浮かべているが、親は泣いている。
二人は余韻に浸りながら、ゆっくりと映画館を後にした。
お昼を食べて、適当にお店を見て回る。
帰りの電車の中では「あの曲もよかったね」と、映画のエンディング曲の話になった。
「だよね♪俺もあの曲好き」
あ、サブスクに先行配信されてるかもと廻はスマホを操作する。
そして、次に鞄から取り出したのはワイヤレスイヤホン。
「廻、ワイヤレスイヤホンも使ってたんだね」
いつもヘッドホンをしてる所しか見たことがない。
「んー…高校の入学祝いに優がプレゼントしてくれたんだけど、落としそうだし、家で使おうと思って鞄に入れっぱなしだったの今思い出した」
あ、まだ充電残ってそう♪
廻はイヤホンを自分の耳に差し込むと、
「もうちょっとこっち向いて」
もう片方のイヤホンをなまえの耳に差し込む。
何気ないその行動に――
その際に髪をよける廻の指先が耳を掠めて、なまえの胸はすぐに高鳴ってしまう。
廻はスマホをタップした。
「さっきの曲、これっしょ」
「そうそう、これ!」
片方ずつの耳で同じ曲を聞きながら、二人は電車に揺られる。
サビで盛り上がるのがいいんだよねと話し、ちょうどその部分に差し掛かる時だった。
「「あ」」
二人同時に声を上げた。――イヤホンがピーと鳴って充電が切れたのだ。
一拍置いて二人は吹き出し、電車の中なのでクスクスと声を押し殺して笑う。
「いやいや、このタイミングで切れますか」
「廻〜一番いいところだったのに」
笑いながら廻はワイヤレスイヤホンを再びしまいながら「じゃあ、俺ん家で聞く?」と、自然に聞いた。
「うん」と、それになまえも自然に頷く。
普通のカップルなら部屋に誘い込む上手いセリフだが、幼馴染みの二人にとって、互いの部屋を行き来するのはごく自然なことだ。
だが、今の廻には下心があった。
(なまえとイチャイチャしたいし♪)
なまえの映画館での反応と先ほどの反応から「もしやなまえは耳が敏感かしら?」と廻は目敏く気づいた。
盲点というような新しい発見に、廻はワクワクしてしまう。
だって、絶対可愛い反応見れるに決まってんじゃん。
「?なんか廻、楽しそうだね」
「あ、わかる?」
ご機嫌に廻は笑い、電車は駅に着いて二人は降りた。
帰り道を歩く際は、廻がなまえの手を捕まえ、指を絡めて恋人繋ぎをして歩く。
「――ねえねえ、なまえ」
部屋に着いて、曲を聞くのもそこそこに、廻は後ろからなまえを抱き締めた。
「俺、なまえの弱いとこ、見つけたかも♪」
「……弱いとこ?」
弧を描いた廻の唇は、なまえの耳を優しく食む。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#フラグは立っていた
「……どうしよう、まだドキドキしてる」
(顔だって熱いし、耳にだって熱残ってるし……。耳が弱いって、あんなことされたら誰だってびくってなるし!)
「……あ、そういえば、風間くんも耳弱いんだっけ」
映画でも、しんちゃんに耳に息を吹き掛けられて――
「は!!」
これって伏線回収!?
(しんちゃんと風間くんのフィギュア交換が伏線!!)