夏が終わって

 夜とはいえ、まだまだ蒸し暑く、それでいて長いようで短い夏は終わろうとしていた。

「なまえ!火ぃちょーだい!」
「はいっ」

 夏休み最後の夜を一緒に過ごす二人。
 その時を鮮やかな花火が彩る。

 短期留学から無事に帰ってきたなまえだったが、今年は廻と花火大会に行けなかったのでその代わりだ。

「見て!二刀流♪」
「あははっ廻は小学生から変わらないね」

 手持ち花火を両手に一本ずつ持って楽しむ廻。次は花火を三本合体させて持つとなまえは知っている。

「次は三本持ち!」

 ほら、やっぱり。

「ねずみ花火しようよ!」
「やだ〜絶対追いかけてくるもん」
「逃げるのに反射神経と体力鍛えられて一石二鳥じゃん?」
「それ鍛えられるー?」

 ねずみ花火にチャッカマンで火を点ける廻。
 バチバチと予測できない動きをする花火に、逃げながら二人は笑い合う。

「次は噴出花火♪」
「すごーい!キレイだね!」
「おー!思ったより派手だ!」
「「終わるのはやっ」」

 光の噴水のように火花が噴き出したと思えば、それは一瞬だった。

「人間の一生を再現してるみたいだったね」
「夏の終わりに切なくなるからやめよう廻」

 残りの手持ち花火もなくなり、最後に残ったのは線香花火。

「じゃあ、どっちが長く持つか勝負ね」
「いいよ♪」

 縁側に座って「せーの」二人は同時に火を点けた。
 丸い小さな火の玉が生まれ、細やかな火花が弾ける様子を静かに眺める。

「廻、サッカー楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「よかった」

 なまえは高校のサッカー部はどうかという意味で聞いて、廻はサッカー"は"楽しいという意味で答えた。

 それは二人にとって、今はまだ、ほんの小さなすれ違い。

「練習試合ある日教えてね。応援しにいくから」
「んー……でも、なまえも忙しいっしょ」
「そんなことないよ。何より廻のサッカーしてる姿見たいし」

 アイルランドで観戦したジュニアサッカーは、当然のように日本よりレベルが高かった。
 でも、あの中でも廻ならきっと活躍できると思うし、

「……なまえは俺のサッカー好き?」
「うん、一番好きっ」

 なまえの中のサッカーとは、廻のサッカーだと今も変わらない。
 バチッバチッと線香花火の火花が激しくなって、二人の顔を淡く照らす。

「「あ」」

 ほぼ同時に二つの火の玉はぽとりと地面に落ちて、結果は引き分けだ。

「あーあ、終わちゃった」
「夏休みも終わっちゃうね」
「なんかさびしいね」

 夜空を見上げながら呟くなまえ。隣で廻も同じように見上げて思う。

 さびしいって感情は嫌だな――。


 ◆◆◆


 九月に入ったが、千葉も東京もまだまだ暑い。
 早く涼しくなってほしい、でも来月が来てほしくない、という二つの相反する思いをなまえは抱えていた。

 来月は二学期最大のイベント、球技大会があるからだ。
 教室の真ん中では、体育会系や陽キャが集まって盛り上がっており、その中にはなまえと仲の良いギャルの姿もある。

 とりあえずなまえはバスケに希望を出した。中学の球技大会では、ずっとバスケを選んでそれなりに経験を積んでいるからだ。
 だからといって自信があるわけでもない。

(練習に付き合ってくれて、応援してくれる廻はいないし……)

 確かにパスが成功したときや、チームに得点が入った時は楽しかったけど、それだけだ。
 きっと自分はスポーツはやるより観る派なのだとなまえは思う。

「なまえ!バスケ一緒じゃん!頑張ろうね!」
「本当?嬉しい!頑張る」

 ギャルと一緒なのは心強い。

「凪、おまえ背が高いからバレーな?」
「あいつダイジョブなの?うどの大木って感じだけど」
「あんだけでかけりゃ、こけおどしにはなるっしょ!」

 一学期になまえの後ろの席だった凪は、バレーになったらしい。(色々言われてる……)
 二学期の席替えでは、なまえは凪の斜め前の席になった。
 ものすごくどうでも良さそうな顔をしているのがよく見える。

 じつは勉強ができる隠れた天才の凪だけど、スポーツはどうなんだろう。

「凪くん、スポーツできるの?」
「さあ?疲れるからあんまやったことない」
「……そんな感じする」

 ある意味予想通りの返答だった。そして、練習に参加する気もまったくないらしい。ブレない姿に感心する。
 気乗りはしないけど、なまえは練習には参加するからだ。


「俺、球技大会はさっそくサッカーを選択したんだ」

 ――短期留学の一件以来、玲王はなまえに積極的に話しかけるようになった。

 選択授業では隣の席をキープ。
 なまえは玲王ファンから睨まれないか心配だったが、事情を話せば彼女たちは納得してくれた。
 それに、なまえにはあのフランスボーイに靡かなかったという実績もある。

 何故、玲王がなまえに興味を持ったのか。
 それは、なまえが短期留学に行ってる間に、玲王が見つけた夢と関係している。

 それは、金杯。W杯ワールドカップ優勝。
 
 サッカーという共通点。そして、なまえに短期留学を譲ったことからの、巡り合わせのように玲王は感じていた。

 だから玲王は「俺がサッカー部を改革した暁には、マネージャーをやってほしい」そうなまえを誘った。
 アイルランドにサッカー観戦しに行くぐらいだ。彼氏の影響にしてはガチそうだし。

「マネージャーやったことないし、私には無理だと思う」
 
 なまえがそうあっさり断ったのは、玲王にしては思いがけないものだった。
 自分で言うのもなんだが、自分が誘って断るのなんて彼女ぐらいだろう。きっと。
 これはバッサリ男を振ったという噂話が信憑性を帯びてきたぞ。

(必ず慎みて之れを察せよ――まずは情報収集だ。今は焦らず仲を縮める時期)

 難攻不落の城ほど落としがいがあるというもの。
 初めてできた夢を、両親に反対された時のように――断られると余計玲王は燃えてくるのだ。

「時間被らなかったら俺のプレー観てくれよ」

 それにはなまえは笑顔で頷いた。

「俺も名字さん応援するし!」
「それは遠慮するかな……」

 それにはなまえは苦笑いを浮かべた。


(W杯ワールドカップ優勝か……)

 夏休み明け。さっそくなまえは短期留学の感想を玲王に伝えたところ、その目標を聞かされた際は驚いた。

 何より玲王が本気だったからだ。

 御影コーポレーション御曹司パワーによる『御影レオW優勝計画レオ・ワールドカップ・プラン』を始動しているという。

 プロサッカー選手になるのに必要な、各分野のスペシャリストを招いた通称チームR。
 持つには遅すぎる夢でも、玲王が踏み出した第一歩は、大きすぎる一歩だった。

 サッカーはほぼ初心者だという玲王が(本当はサッカーはもちろん、メジャースポーツはひと通りこなして、人並み外れてうまい)チームRによってどこまで成長するのかは、なまえもちょっと気になる。

 加えて本人の努力もすごい。

 短期間ですでに、なまえを遥かに凌ぐサッカー知識を玲王は頭に入れている。
 アイルランドに向かう途中、遠征帰りのマンシャイン・Cに遭遇したという話をしたら、数々の選手の情報が玲王の口から飛び出した。

 そんな玲王に「サッカー知識ありそうだし」とマネージャーに誘われても、なまえはやれる自信がない。

 そもそもなまえはサッカーとはいえ、マネージャーをやりたいという意欲もなかった。……廻がいたら別だけど。

(あ、そしたら……将来、廻と御影くんが同じ日本代表になる可能性もあるんだ)

 それはすごく、夢がある。


 ◆◆◆


 球技大会当日。なまえが出場するバスケと、玲王が出場するサッカーはちょうど前後の時間枠だ。

「玲王ー!がんばってー!」
「玲王さま〜ファイトー♡」

 グラウンドにやって来ると、すでに女子たちの応援がすごい。サッカーの勝敗はこれからだが、人気は玲王の一強だ。

 相手チームのキックオフから始まる。

 地道にパスを回しながら、ゴールを狙うよくある光景。玲王のチームは積極的にボールを狙いにいかないようだ。
 相手チームはボールを支配したまま、守備陣をかいくぐった。

 ペナルティエリア前、DFの間を狙ってシュート!

 観客は湧くが、シュートコースが絞られていたため、キーパーがすぐさま反応してボールを弾く。

「いくぜ!カウンター!」

 玲王の声がフィールドに響いた。予測したような動きのカウンターアタック。
 センターに走りこんだ玲王がボールを受け取った。
 目の前に現れたDFをドリブルで躱す。驚きに眼をパチパチさせたなまえとは別に、女子たちは歓声を上げた。

 次に再びドリブルで切り込むかと思ったら、味方にパス。その切り返しも、パスの正確さも、素人のそれではない。

 そして、ボールがまた自分のところへ戻って来るとわかっているかのように、玲王は走った。
 守備が薄いゴール前にパスは通る――玲王の元へ。

 ペナルティエリア右側からのシュート!

 ボールは右隅に突き刺さり、ゴールネットが揺れる。
 同時に観客も波打った。

「きゃー!玲王かっこいい!」
「さすが玲王だぜ!」

 大歓声だ。玲王は年相応の少年らしいガッツポーズをしている。

「すごい……」

 唖然としたなまえの呟きは盛り上がる声にかき消された。
 玲王は夏からサッカーを初めてちょうど二ヶ月ぐらい。
 努力とチームRの力を借りても、きっとここまで上達しない。

 才能。

 その一言に尽きる。例えば、廻もサッカーを始めたのはなまえと出会う少し前だというが、そうとは思えない程の実力を身に付けていた。

 才能は、努力で培う上達を短期間で上回る。

 先制点を奪取した玲王のチームは、波に乗り、最終的に3−0で圧勝した。そのうちの2点は玲王だ。

「どうだったよ?俺のプレー」

 得意気に笑う玲王は、なまえからどんな返事が来るかわかっているようだ。

「すごかった!サッカー歴二ヶ月とはとても思えない動き」

 予想通りの言葉をもらって、玲王は歯を見せて嬉しそうに笑う。

「でも、まだまだだ。サッカー選手としては人並みレベルだからな。トップレベルにならねえと」
「確かに……。もっと上手い同世代の選手もいるしね」
「は、誰だよ?」

 もちろん廻のことだが。なまえは笑って「もうすぐバスケの時間だから、私行くね」と、体育館へ向かった。

(マジで誰のこと言ってたんだ?)

 世界のトッププレイヤーについては調べていた玲王だったが、次に高校生プレイヤーのことも熱心に調べることになる。


 ◆◆◆


(あれ、凪くんだ)

 なまえが体育館に向かうと、反対に中から凪がよろよろと出てきた。

「あ〜……。疲れた……。だれかおんぶしてー……」

 そんな独り言が耳に届いて、おんぶはできないが「お疲れさま」となまえは労いの言葉をかける。

「あ、名字さん。おんぶしてくれない?」
「これからバスケに出場しないといけないから無理かな」

 それ以前の問題だが、あえてそこには言及しなかった。
 
「バレー勝敗どうだった?」
「勝ったよ」
「すごいね、おめでとう!」
「それっておめでたいの?」
「……?」

 不思議そうな顔して聞き返した凪に、なまえも不思議そうな顔をした。

「なんでもないよ。じゃあ、俺帰るから」

 のろのろと歩いていく凪の背中を、首を傾げながらなまえは見送る。

(……勝って嬉しくないのかな?)

 負けてくやしくないのはまだわかるけど、勝って嬉しくないとはどういう理由からだろうとなまえは考える。

「あ、お疲れさま。バレー勝ったんだってね」
「そうそう!名字ちゃんにも俺らの勇姿を見せたかったぜ!」

 なまえが声をかけると、キャプテンの彼は意気揚々と詳しく話してくれた。
 最後は"運よく"凪の足に当たったボールがセッターの頭の上に落ちて、トスからキャプテンがビシッと決めたという。

「バレーボールをトラップとかウケるよな!」
「トラップ?」

 なまえが実際に観ていたら、あれは偶然の産物じゃないと気づいただろう。
 ずっと、凪が高度なテクニックでバレーをしていたとも。

 もしかしたら、玲王より先にその才能を見つけていたかは――たらればの話。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#違うよ♪


「お呼びでございますか、玲王坊ちゃま」
「ばぁや。俺と同世代で活躍しているサッカープレイヤーの情報を集めてくれ!範囲は全国だ」
「……かしこまりました、坊ちゃま」

 〜5分後〜

「青森のメッシ西岡……湘南のプレデター皿斑……鹿児島の巨神兵、志熊……」

(うーん、名字が言ってた選手は誰なんだ……?)

「最近注目を浴びてる選手、鹿児島のレッドパンサーこと千切豹馬。美人だな。……ん。日本サッカー界の宝、吉良涼介……?」

(なんだこのキラキラした爽やかイケメンくんは。それでいてサッカー超うめえのかよ)

「まさか、こいつか……!?」


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