動き出す

 最近の白宝高校は話題が豊富だ。

 まずは、あの御影玲王に気に入られた男がいるという噂。それは玲王の隣にいる、スマホを片時も離さずゲームをしている凪のこと。

 じつは凪、サッカーの才能溢れる天才らしい。玲王がその才能を見つけたという。

 もう一つは、玲王がサッカー部に正式に入部し「あ!マネージャーなら募集してるね!」と何気ない発言から、学年問わず女子たちの志願が殺到したとか。

「あれ、なんだっけ。最近流行ってる恋愛リアリティバラエティー。あれみたいだった」

 凪いわく、マネージャー争奪戦ではなく、御曹司争奪戦に見えたという。

 つまり……

「なんか、揉めに揉めたって聞いたけど……」
「おっかなかったなー」
「やっぱ真面目にマネージャーできんのは名字さんしかいねえ」
「……その流れでお願いされるのは嫌だな」

 白羽の矢が立った気分で。

「それに名字さん、部活入ってないよな?」
「私、千葉から通ってるんだけど、部活があると帰りがさらに遅くなっちゃうから、父が心配みたいで……。だから高校は帰宅部にしたの」
「名字さん、箱入り娘なんだ」
「それなら問題解決だぜ」

 玲王はニッと得意気に笑う。

「帰りはうちの車で家まで送ってあげるよ。ばぁやの運転だ。安心してくれ」
「車!?遠いし頼めないよっ」

 なまえは慌ててブンブンと首を横に振った。さすが御曹司。提案が庶民の思考を上回ってくる。そして、ばぁや。本当に漫画のような世界だ。

「凪だって送り迎えしてるし、一人や二人一緒だって!」

 そうなの?という風になまえは凪を見る。
「強制的に迎えに来られるよ」
 どうやら不可抗力らしい。

「何故か自転車のときもあったし……」

『よぉ、凪。後ろ乗ってけ』
『……え、なんで自転車』
『レオ・グレート号だ』
『名前聞いてないし、ただのママチャリじゃん』

 ――想像したらちょっと微笑ましい。高校生男子が仲良く二人乗りをしている姿。

「まあ、風気持ちよかったけど」
「御影くんも自転車乗るんだね」
「あの時は気分だな、気分!」

 ちょっと玲王の庶民的な?一面を知ったと思いつつ、車で家まで送ってもらえるのは確かに魅力的だとなまえは考える。
 電車は乗り換えがあるし、混雑してると座れないし……。
 いや、御曹司の車で送られるのも、それはそれでまずい気がする。色々と。


(――今までは即決で断られていたからな)

 初めて考える素振りを見せたなまえに、脈ありだとニィと口角を上げる玲王。

(うわぁ……)

 その企んでる玲王の顔を見て、若干引いてる凪。
(名字さん、逃げてー)
 念を送ってみる。だが、玲王の強引さは凪自身が一番よく知っている。

 究極にめんどくさがり屋の自分が、いつの間にか一緒にサッカーをやっているからだ。

「最終的な答えは、今度の練習試合を観てからくれよ」
「もう練習試合するの?」
「ああ、急遽申し込みがあったんだ」


 全国出場常連の強豪校、青森駄々田高校から――!


 ◆◆◆


「ねえ、玲王。なんで名字さんにこだわってんの」
「総合的にマネージャーに最適な人材だから」

 凪の質問に玲王は簡潔に答え、その理由も並べる。

 サッカーの知識があり、チームの士気も上げられ、かつ女子からの好感度も高く荒れなさそう……という理由。あの感じだとたぶん、仕事もできる。
 極めつけは、一流のサッカーノウハウが頭に詰め込まれた自分と、対等にサッカー談義ができる信頼感だ。

「てっきり狙ってんのかと思った」
「さすがに彼氏持ちにやましい感情持たねえっての」

 たとえなまえにアプローチしても、あっさりフラれる未来が玲王には見えている。……ちょっとくやしいけど。

 そして、その彼氏がポイントだ。

 ずっとそいつのサッカーを観戦してきたからか、観察眼も備わっている。
 サッカーは戦略も必要。きっと自分とは違う見方ができる、その思考も玲王は欲しいと思った。

 欲しいと思ったら手に入れろ――幼少期から父親に叩き込まれている性だ。

(彼氏の名前、蜂楽廻だっけ……。今度偵察にでも行ってみるか)

 まあ、それはおいおいで。まずは名字なまえだ。
 海老で鯛を釣るという諺があるが、ならば鯛なら何が釣れるのか?

「凪、今日も放課後迎えに行くからな!いい子にして待ってんだぞ」
「うへぇーグレてやるー」


 この場合の鯛は、凪誠士郎である。


 ◆◆◆


 そして、練習試合当日。

 大々的に公表してないのもあり、ギャラリーはなまえとばぁやのみだ。

「この試合は玲王坊ちゃまのお父様の差し金なんですよ」
「え、そうなんですか」

 隣のばぁやに話しかけられ、なまえは見上げて答えた。玲王より……いや、凪よりも背が高いかもしれない。
 なまえは今日がばぁやと初対面だ。
 玲王の執事だと聞いたが、ボディガード兼ではないかと思う。
 きっちり着こなした黒いスーツの上からでも、筋骨隆々の身体がばっちりわかるからだ。(強そう……)

 顔はカギ鼻のせいか魔女っぽく。ふたつに結いあげたお団子の髪型が可愛い。

「あ、でも、差し金ってことは……」
「ええ……」

 気づいたなまえに、ばぁやは詳しく話す。
 玲王の父は息子を後継者とし、引かれたレールを歩ませたいのだという。
 そのため、玲王の夢を反対しているのだと。
 ましてや、一握りの選ばれた人間しかなれない夢など――。

「ですから、お坊ちゃまはこの試合に勝って、自分の可能性を示さなければなりません」
「…………」

 玲王は、W杯ワールドカップ優勝は初めて見つけた夢で、"宝物"だと言ってた。

「負けられない試合、ですね……」
「そうですね。でも、きっと玲王お坊ちゃんにとっては……」

 この試合も、全国出場も全国優勝でさえ――

「通過点の一つでしょうね」


 青森駄々田高校サッカー部の面々がコートに現れ、その場がざわめく。
 全員体格がよく、強豪校という自信を全身から発していた。

 事前になまえもどんなチームか調べたが、全員高校生離れしたフィジカルの持ち主であり、ストライカーのキャプテン・舐岡を中心とした、パワータイプのプレースタイルだ。

 対して白宝高校サッカー部は、少し前まで弱小チームで、ぱっと見はフィジカルは負けている。というか、すでに相手チームのオーラに飲まれている。

 玲王と凪以外。

「全力でブチ潰しにいってやるよ「本物の"天才"」くん!!」
「やってみろバーカ。つか"天才"は俺じゃねぇ――……」


 ――俺たちだ。


「それでは練習試合!白宝高校vs青森駄々田高校……」

 一悶着あったが、青森駄々田からのキックオフで試合が始まる。
 なまえは真剣に試合の行方を、その眼で追った。

 早々に白宝は仕掛ける。青森駄々田のゴリ押しプレー対策に、三角形トライアングル陣形。
 三点にポジショニングして、ドリブルコースをカバーし合う作戦だ。

「ハッ、なるほど……弱小校なりに数で勝負ってワケかい。だが、そんなんで崩れるほど……」
「!?」
「青森駄々田は甘くねぇ!!」

 眼には眼を、と言わんばかりに。さらにそこを切り崩す三角形崩し三角形トライブレイク・トライアングル――。

「っていう、アンタへのパス。いっただきぃ」

 試合が一気に動き出したのは、玲王による舐岡へのパスカットから。
 策が看破されることなど想定内……いや、それ込みの戦略だと、無駄のない玲王の動きを見てわかる。

 合理的なテクニカル!

「し……死んでも潰せぇ!!青森駄々田のメンツに懸けてぇ!!」

 思いもよらない玲王の激上手うまテクニックに、青森駄々田が焦る。

 球技大会での試合より、格段に技術が上がってる――なまえの眼にもそう映ったが、きっとあの時からもうその実力はあったのだ。

 今、真剣勝負で、玲王の本領が惜しみなく発揮している。

 そして、その玲王と連動するように右サイドから駆け上がる存在。

「YES BOSS」
「いい子だ」

 凪と玲王、二人の視線がかち合った。
 三人に囲まれた玲王は、妨害をものともせず、ボールを蹴る。

「いけ天才」

 針の穴を通すような狙撃手スナイパーパスは、凪の元へ――……

「!」
「させるか、素人チームが!!」

 凪の背後から現れたのは舐岡だ。

「とんでもねぇトコ抜け出したのは認めてやる……だがストライカーの嗅覚は俺も同じ……!!」

 鋼の肉体との接触に、凪の身体がぐらつき、体勢を崩した。

「読んでたよ、この位置は!」

 さらに舐岡は、審判から見えない位置に手で凪の背中を押す。

「体勢崩しちまえばシュートは撃てねぇだろ!つーかゴールに背中向きじゃ完全終了ォ!!」

 ボールが二人の元に落ちてくる。

「せっかくの天才くんのキラーパスも、俺の肉弾戦の前じゃジ・エンドォ!!」

 その瞬間、凪は爪先で軽く跳んだ。――後ろに足を曲げて。


「……!蠍足スコーピオントラップ!!」

 コート外でなまえは思わず叫んだ。まるでボールの方が吸い寄せられるような、踵でのトラップ。

 こんなトラップ見たことない……!

 いや、正確には実際にだ。中学時代になまえが考えた「どんなボールもトラップする選手」のテクニックを、現実に再現できる選手がいたなんて!

 今のは偶然ではないと証明するように、凪は宙で身体を捻り……

反転蹴弾ルーレットボレー……!?」

 ――ゴールネットが大きく揺れる。
 一体、何が起きたのか。一瞬ピッチ上は静まり返り、直後、白宝チームから歓声が沸き起こった。

 玲王は凪の背中に飛び上がる。

「…………」

 なまえは言葉がでない。玲王は凪を天才だと言っていたが、ここまでとは思わなかった。
 玲王だって十分、天才の域だ。

「……サッカーって、面白いんだ」

 やっと出た言葉がまさかのその言葉だった。
 なまえのサッカーは廻で概念を塗り替えられ、ずっと"廻ありき"のサッカーが好きだったから。

 廻と同じような天才を眼にし、その衝撃はなまえの中のサッカー観をぶち壊した。

(廻……いたよ……!すごいサッカーをする選手……!!)

 二人が廻にとっての"かいぶつ"になるかはわからないけど、ワクワクするようなサッカーはできるかもしれない。

 少なくともなまえはワクワクしてる。

 敵にしろ味方にしろ、同じような才能を持つ三人が同じピッチに立ったら、どんなすごい試合になるのか。

 それは新たな可能性と、化学変化だ。

 青森駄々田高校との練習試合は、玲王と凪の連携によって、白宝高校の勝利で終わった。


「す……すごい。まさか、こんな選手が隠れていたなんて……!」

 試合終了と共に、興奮を隠しきれない声が聞こえて、なまえはそちらを振り返る。

 ギャラリーはいなかったはずだが、いつの間にかスーツを着た女性がそこで観戦していた。
 綺麗な人だな、となまえが思っていると――

「?」

 女性と眼がはたりと合った。かつかつとヒールを鳴らしながら彼女は、なまえの元へ向かって来る。

「もしかして、白宝高校サッカー部のマネージャーさん?」
「あ、いえ、そういうわけでも……」
「もし、あの二人の名前と学年、知ってたら教えてもらえませんか!?」

 そう彼女が指差したのは、玲王と凪だ。
 突然のことでなまえが戸惑っていると、隣からばぁやが助け船を出した。

「あ、いきなりすみません!私、怪しい者じゃなくて……こういう者です」

 彼女は名刺を二人に差し出す。

(日本フットボール連合……え!?)

 てっきり記者か何かかと思ったが、日本サッカー界を統括している総本山の職員だ……なまえは驚いた。


「……御影玲王くんと、凪誠士郎くん。どちらも高校二年生ね。教えてくれてありがとう!」

 なまえから情報を聞くと、彼女は笑顔でお礼を言ってすぐさま踵を返してしまう。
 そして、何やら電話をかけ始めている。

「……なんだったんでしょう?」

 名刺を見ながら不思議そうになまえは呟いた。
 名刺の名前は、帝襟アンリさん。
 ばぁやが答えるように口を開く。

「もしかしたら、青森駄々田高校の練習試合を視察に来て、二人は見つけられたのかも知れませんね……」


 ◆◆◆


「んじゃあ、なまえ。答えを聞かせてくれ。ちなみにギャラリーは女子厳禁にする予定だ(ファンが押し寄せて大変だから)凪の試合を観たければ方法はただ一つ!マネージャーになることだ!」

 ――と、試合終了後。玲王に嬉々としてなまえは言われた。

「俺で釣ってるし、いきなり名前呼びしてるし……」

 凪の半分死んだ眼が呆れて玲王を見ている。

「……そうだね」

 確かに凪のプレーもそうだけど、玲王のプレーも、二人の連携ももっと観てみたいと思う。
 それに、サッカーにももっと関わってみたいとも。

「ちょっと興味はでてきたかも」
「サインはここな!」
「ええっなんで入部届け持ってるの!?」
「(すげー用意周到……)」

 凪は思う。(レオ、悪徳セールスみたいだ)玲王ファンが黄色い声を上げそうな笑顔と共に、ペンをなまえに差し出す姿を見て。

「サッカー好きで、知識もあるなら、やらなきゃもったいねえって」
「……凪くんも落ちるわけだね」

 なまえは入部届けに名前を書く。検討したいというぐらいの意味合いだったが、玲王の熱意に負けた。

「オーケー。これからよろしくなっマネージャー!」

 ニカッと笑って手を差し出す玲王に、なまえも笑い返しながら、

「じゃあ……。よろしく、キャプテン」

 その手を握った。

「あ、俺のことはBOSSかレオでいいから」
「ねえマネージャー、喉乾いた」
「……二人とも自由だね」

 ちょっとやっていけるか不安になったけど、やるからには精一杯頑張りたい。
 マネージャーとはチームのサポート役。
 学ぶべきことは多いだろうし、きっと将来にも役に立つはず。

 両親は新しいことを始めるなまえを応援するだろう。帰りが遅くなっても、車で送ってもらえるなら父も安心だ。

 問題は――

(廻になんて言おう……)

 同じ高校になったらマネージャーやってほしいって言われてたのに、別の高校でやるってなったらやっぱり嫌かな……。

(でも、すごい選手がいたってことは早く話したい!)

 凪みたいな天才が眠っていたのだ。

 小学校でも中学校でも高校でも、今まで出会えなかったかもしれない。
 けど、廻をワクワクさせるサッカーをする選手も、"かいぶつ"も、どこかでサッカーをやっていて、きっとこれから出会える――って。


「廻、ごめん!私、そんなつもりじゃなくて……」
「いいよもう。なまえはそいつのサッカーが好きなんでしょ」


 ――そう考えた自分が、なんて無神経だったんだろうとなまえは心底後悔する。

(私、ひどいことを……)

 凪のことやマネージャーのことを話したら、なまえが思っている以上の反応を廻は見せた。

 刺々しい口調と共に拒絶するように、ソファに座っていた廻はなまえに背を向ける。廻がこんな風になまえに対して怒ることは、初めてだった。

 二人の間に空いた距離感はそのまま心の距離感だ。

 なまえはショックを受けるが、それ以上に廻を傷つけてしまったんだと、自責の念に苛まれる。
 廻がサッカー部で上手くいっていないのは知っていたのに。他の選手を褒めるような言い方をしたら、気分が悪くなるのは当然だ。

「……他の選手をすごいと思っても。私が廻のサッカーが一番好きなのは変わらないよ」
「…………」

 初めて出会って、サッカーをしている姿に心が踊った記憶は色褪せることはない。
 凪や玲王だけでなく、プロでNo.1ストライカーと言われるノエル・ノアのサッカーにだって、それを塗り替えることはできないだろう。
 
 なまえにとって廻は特別だ。

「……廻」

 上手く言葉にできず、伝えられなくて。もどかしい気持ちは行動となり、なまえは後ろからその背中に抱きつく。
 抱き締めるように腕を前に回せば、廻の手がなまえの手をそっと上から握る。
 完全に拒絶されてないと知り、なまえは心から安堵した。

 手から背中から伝わる、廻の体温が心地よい。
「私……」
 なまえは額を背中につけて、固い決意で口を開く。

「マネージャー断る。廻を傷つけてまでやりたいことじゃないから」
「……っそれは違う!」

 慌てた声が返ってきて、ぎゅっと手を握り締められる。

「……そうじゃないんだ。俺、なまえの自由は奪いたくない」

 廻は自由を奪われるのが嫌だ。
 自分が嫌なのに、それをなまえに強要することはしたくない。

 ましてや、自分勝手な嫉妬で――。

 廻はなまえの腕をほどき、振り返る。まっすぐとなまえと向き合った。

「……ごめん。これ、単なる俺の焼きもち。なまえが他のヤツのサッカー褒めたのが、自分でもびっくりするぐらい嫌だった」

 それがサッカーに関したことじゃなければ。なまえじゃなければ――廻はここまでの気持ちにならなかっただろう。

「謝るのは私の方だよ。私が無神経だったから……」
「ううん、なまえは悪くない。マネージャーもいいと思うよ。なまえがもっとサッカー好きになってくれるのは嬉しいし」

 本当は嫌な気持ちはあるけど、なまえがやりたいことは何でも応援したい。
 熱がないなまえが、自分からやりたいと思うことは滅多にないと……昔から知っているから。

「でも、気をつけなきゃだめだよ?男はみんな狼なんだから」

 笑って廻が言えば、なまえもほっとしたように頬を緩ませ、頷いた。


 嫉妬より、恐怖の方が上回っていたかもしれない。

 自分を理解してくれているなまえまで離れていってしまったら……。
 廻はどうすればいいのかわからない。

 ――"かいぶつ"が廻に囁く。

 "自分のサッカーをしろ"
 "踊り続けろ"

(俺のサッカーってなんだ……?)

 廻は自分のサッカーを、"かいぶつ"を、ずっと探している。


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