「お前ら喜べ!俺たちのマネージャーだ!!」
「「うおおおお!!」」
――なまえが正式にサッカー部のマネージャーになって、早くも一週間経った。
廻との一件は、なまえの中で尾を引き、悩ましい一週間でもあった。
表面上は、それ以降も二人の関係に変わりはない。
ただ、なまえは事の発端になった凪や玲王のことは一切口にせず、部活のことも、聞かれない限り話さない。廻もそんなに聞いてこないけど。
それでも、マネージャーをやってみて、気づいたこととよかったこともあった。
「廻、サッカーシューズ貸して!」
「サッカーシューズ?」
「うん、スパイクのお手入れ方法教えてもらったから綺麗にしてあげる」
「マジ?やったー!」
こんな風に、自分が廻にできることがあったこと。
「マネージャーってそんなこともやんの?」
「基本は個人でやってるよ。どうせなら色々学びたいと思ったから、ついでに教えてもらったの」
ちょうど玲王が凪のスパイクの手入れをしようとした時にだ。
ちなみにマネージャーをやって、なまえが一番驚いたことは、玲王の凪へのお世話っぷりである。
なまえから返ってきた言葉に、廻は「そっか」と、嬉しそうに笑う。自分だけが特別な気がして。
「じゃあ、今度からなまえにやってもーらお!」
「いいよ。でも、廻はよく使うから、自分でもこまめにお手入れしなきゃだめだよ」
上機嫌な廻の調子のいい言葉に、笑って答えるなまえ。喜んでもらえたならよかった。
◆◆◆
強豪、青森駄々田高校との練習試合に勝利した、新生白宝高校サッカー部。
次のステップは、全国高校サッカー選手権の予選突破だ。
地区予選ベスト8で満足していた白宝サッカー部の、快進撃はここから始まることとなる――。
「おーし。次はシュート練習!」
「「YES!BOSS !」」
玲王の指示に、部員たちは元気よく返事をした。
現在、玲王がキャプテン兼コーチを務め、総称としてBOSSと呼ばれている。
一応監督もいるが、玲王がサッカー部に入部してからは形だけの存在になった。
玲王に言わせれば「意識もレベルも低すぎて話にならねえ」だからだ。
監督だけでなく、部全体がそうだった――
「練習終わったらラーメン食いにいこうぜー!」
「うぃーす!」
「ラーメンのあとカラオケいこうぜー!」
「午後七時以降のカラオケは校則で禁止たがらダメだぞー」
そんな会話とだらだらな練習風景を見た時は、玲王はあまりのレベルの低さに絶望しかけた。
それも玲王の意識改革によって変わり、今日も部員たちは熱心に練習に励む。
「(全国行けば、アイドルとパーティー!!)」
「(優勝したら女優とデ●ズニー!!)」
「(高級焼き肉食べ放題……!!)」
「(マネージャーの名字さん、今日もかわいいなぁ……)」
頭の中は煩悩にまみれているが。
(さーて、そろそろ凪を引っ張り出すか)
玲王はベンチでゲームをしているであろう凪を迎えに行く。
そこには凪だけでなく、マネージャーのなまえの姿もあった。
「だんだんコツ、わかってきた」
「おー今回は長生きしてんね」
ゲームをしているのは凪ではなく、なまえらしい。
サボっているような光景だが、玲王が二人を咎める事はない。
何故なら、まずは凪。
テクニック、シュート力、その他もろもろ。サッカーに必要な能力はほぼゲームで言うところSSS+の凪に、地道な練習は必要ない。
部活は強制参加させてはいるが、実際はほとんど自由(ゲーム)時間で、残りの時間に玲王との連携の練習や、体力作りぐらいであった。
次になまえ。すでにやるべき仕事は終わっているからだ。
玲王の見る目を裏付けるように、マネージャーの仕事を、なまえは真面目にかつ完璧にこなした。
おかげで部の改革に細かいことまでやっていた玲王の負担も減り、助かっている。文句のつけ所がない。
ただ一つ、不満があるとすれば、部活に割り切り過ぎなところ。
「もし、彼氏がいる高校と試合になったら、なまえはどっち応援すんの?」
という深い意味はなく、何気ない質問を凪がなまえに投げかけたところ、間髪を入れずになまえは「彼氏かな」と答えた。
いや、そこは「両方応援する」じゃダメなのか。せめて悩むフリをしてほしかった……と、玲王は思った。
「俺にもゲームやらして」
そんな二人に、玲王は気さくに声をかけた。玲王は玲王で、そこまでストイックに泥臭く練習するタイプではない。
声をかけたが、二人の反応はしょっぱかった。
「どーせ玲王はすぐ上達して、すぐ飽きるよ」
「私でもできるから、玲王には物足りないかも」
二人とも俺のコトわかってんな、と玲王は思ったが、ちょっと寂しかった。
「あ、ゲームオーバーになっちゃった。ありがとう、凪」
「ほーい」
残念そうに言うなまえは、凪にスマホを返す。いつもやってるゲームが気になったらしい。
この二人。いつの間にか玲王そっちのけで仲良くなっている。
玲王の見解はこうだ。
人間関係を築くことがめんどくさい凪にとって、なまえは必要以上に距離を詰めようとしないし、関心(サッカー以外)も持たない。
何故なら、彼女は異性に対して慎重だから。
それは徹底しており、以前「部活の備品買いに行くのに付き合ってくれ」と、玲王がメッセージを送った際。
"二人で?"
と、なまえから返ってきた。いや、これアレじゃん。二人でだったら絶対に断られるやつじゃん。
玲王は仕方なく「ばぁやと三人で」と送った。
程なくしてなまえから了承の返事が返ってきたが、それぐらい気にしなくてもよくね?と玲王は正直思った。
そんななまえにとって「人間関係でさえめんどくさいのに彼女なんてもっと無理」という凪は、絶対に何も起こらないという安心感がある。
お互いにめんどくさい関係にならないというのが分かるので、適切な距離感の良好な関係を築けたというわけだ。
俺にもそれぐらいフレンドリーに接して欲しいという気持ちと、少し異性として意識して欲しいという、相反する感情を玲王は抱いていた。
別になまえとどうこうなりたいというワケではないが、こちらに眼中がないとわかると、少しぐらい振り向かせたくなるのが男の悪い性だ。
だから、玲王は聞いてみた。
「なまえはさ。俺のこと、どう思う?」
直球で意識させる言葉。なまえは考える素振りを見せてから口を開く。
「社交的で人たらしで、合理的だけど、熱い部分もあって……全体的に漫画の主人公みたい。あ、あと、凪のお世話とか、気遣いがすごいなって尊敬してる」
「…………」
人間性を答えられた。違う。そうじゃない。色々とつっこみたい所はあるけど、とりあえずその尊敬は嬉しくねえ。
なまえのズレた回答を前に、玲王は撃沈した。
(難攻不落過ぎるだろ……。よく落とせたな、蜂楽廻。いや、付き合ってるヤツがいるからこうなのか?)
それ以来、玲王はなまえに淡い期待をするのは止めて、友好的な関係を築くことに専念する。
それは凪にも言えることで、ちょうど夏休み間近。玲王は二人に一つの提案をした。
「夏休み、合宿しようぜ!」
仲を深めるには、同じ釜の飯を食べる――というのは古いが、純粋に玲王は青春らしいことをしたいと思ったからだ。
「ごめん、玲王。夏休みは忙しくて……。(今年は廻とたくさん遊びたいし)」
「俺も夏休み忙しいから……。(めんどくさーい)」
「凪ダウト!「めんどくさーい」の心の声ばっちり聞こえたからな!なまえは夏休みは彼氏といちゃつくつもりだろ。お父さん泣くぞ」
「なんで俺の心の声わかったの?玲王、エスパー?」
「本当にありそうなこと言わないで……」
二人の反応はまたもやしょっぱかった。さすがに少しは乗ってくれてもいいんじゃないかと玲王は思う。
「はいはい、どーせ断られると思ったよ。二人抜きで合宿するからいいよ、もう!」
「「(あ、拗ねた……)」」
珍しく機嫌を悪くしたことを隠さない玲王に、なまえと凪は顔を見合わせる。
「一日ぐらいだったら……」
「じゃあ、俺も……」
「それ、もっと悲しいだろ!?」
◆◆◆
そして、夏休み。去年はなまえが海外に短期入学に行く際に、廻が送り出してくれたが、今年は逆の立場になる――。
「大阪までドリブルで行く!?」
「うん♪調べたらね、国道一号線って東京から大阪まで続いてるんだって!」
話したいことあるからそっち行っていい?
そうなまえの部屋に遊びに来て、廻はにこにこして言った。
反対に、なまえの表情は困惑しきっている。
「ちょ……ちょっと待って廻」
「?うん」
廻の
水平思考は、なまえの
論理的思考を大きく上回ってくるので、なまえは順に思考を整理しなければならない。
まずは、明日から廻の母の優は個展で一週間留守にする。それはなまえも聞いていて、留守の間、廻のことを頼まれていた。
今年は大阪で「廻物展」という個展を開くという。
観に行きたいと思った廻は、千葉から大阪までのルートを調べた。
結果「国道一号は日本橋が起点で、終点が大阪」ということを知り「国道一号を歩いていけば、大阪まで一本道でいける」→「いいこと思いついた♪ドリブルで行こう!」と、なったらしい。
(……廻らしいな)
そこでドリブルで行こうという発想。
なまえなら、金銭面も踏まえて高速バスという選択肢をする。大体の人がそうだろうけど。そもそも……
(一週間でたどり着ける距離じゃ……)
廻の頭の中では、きっと平坦でまっすぐな道が描かれている。
実際は山あり谷ありだし、どんなに廻が頑張っても、たどり着いた頃には優の個展は終わっているだろう。
無邪気な廻に、どう話そうかなまえは悩んだ。わくわくしているところに、水を差すのと一緒だ。
「……一週間でドリブルして大阪まで行くのはちょっと難しいんじゃないかな。ほら、寝泊まりとか色々問題もあるし」
「ダイジョーブ!俺、頑張るし♪寝袋持ってくし!」
寝袋……!?
再び廻の発言に衝撃を受けるなまえ。
野宿ってこと!?危ないよ、廻……!
いくら男子高校生とはいえ。世の中、善人だけではない。
「ねえ、廻……」
別の方法にしない?――という言葉は、なまえの口から出てこなかった。
「優、びっくりするだろうな〜」
すでに廻が行く気満々なのもそうだけど……
「なまえにお土産買ってくるね♪なにがいい?たこ焼き?あ、でも夏だからすぐ悪くなっちゃうか」
何より楽しそうだから。最近、部活が楽しくない廻が、楽しそうにしてるだけでなまえは嬉しくなる。
去年の夏休み、なまえは海外へ短期留学という挑戦をした。
ドリブル旅だって、廻の挑戦かも知れない。
それに、ここは海外ではなく日本。きっと、どうにだってなる。
「……廻、一つ約束して」
「約束?」
「一日一回は連絡してほしいな。やっぱり、心配だから」
「それぐらい、がってん承知の助だよ♪」
本当は他にも言いたいことはあった。
知らない人にはついていったらだめだよ、とか。
知らない人から貰った食べ物は食べちゃだめだよ、とか。
知らない人の家には行ったらだめだよ、とか。
そこでなまえは自分に呆れる。――廻は小学生かと。
だが、なまえがそう思うのもしかたがない。
何より、この旅で廻は、ある意味全部するのだから――。
翌朝。
「まずは国道一号のスタート地点、日本橋へレッツゴー♪」
「忘れ物ない?」
「うん、準備万端!最悪、ボールさえあればオッケー!」
オッケーではないと思うけどな……苦笑いするなまえをよそに、廻はポンとボールを蹴った。
「俺のドリブルで、いざ大阪へ!」
廻は元気に出発し、なまえもスタート地点の日本橋まで見送りについていく。
廻の夏休み、ドリブル旅の始まりだ。
千葉から電車を乗り継ぎ、東京に入り、日本橋駅に着いた。
「あ、廻こっち!」
そこからビル郡を歩き、二人は足元に注目する。
この「日本国道路元標」と書かれた銅板のレプリカこそが「国道一号」の起点を示すモニュメントだ。
「へえーっ!ここが国道が始まるところなんだ!いいねいいね!楽しくなってきた♪」
「廻、写真撮ってあげる!」
記念すべきスタート地点。廻をスマホで写真を撮るなまえのこめかみから、一筋の汗が流れる。
夏真っ盛り、すでに気温は相当高い。
「じゃあ、なまえ。俺、行ってくるね!」
でも、廻のテンションも負けじと高く、その笑顔が眩しい。
「廻、交通事故とか、気をつけてね」
「うん!ちゃんと気をつけるし、ちゃんと俺、なまえのところへ帰ってくるから」
廻のその言葉に、なまえの心臓はきゅんと跳ねた。たぶん、深い意味はないんだろうけど。
背を向け、ボールを地面に置く廻に、なまえは腕を伸ばす。
その手に持っているのは、こっそり鞄から取り出した半分凍ったペットボトル。
「にゃ!?冷たッ!」
後ろから頬にぴとっとくっつけた。
驚く廻になまえはくすくす笑う。
「こら〜なまえ〜イタズラめっ」
「あははっ、はい、これ。熱中症にも気をつけてね」
「え、なんて?」
「熱中症にも気をつけて」
「もう一回、ゆっくり言ってみて」
「……?ねっちゅうしょう、に……――」
なまえが最後まで言う前に、廻の顔が近づき、……唇を掠める。
呆然とするなまえ。ぺろりと自身の唇を舐める廻。暑いのに、なまえの身体はさらに熱くなる。
「め、めぐる〜〜!」
「んー?人ならいないよ」
「そういう問題じゃなくてっ」
「だって、なまえが「ね、ちゅうしよう」って言ったから♪」
「……うぅ……」
「意趣返し成功♡」笑う廻に「やられた」と、なまえは小さく笑った。
「いってきまーす!」
ご機嫌に旅立った廻の背中を、なまえは見送る。
「いってらっしゃい」
人が忙しなく行き交う大都会の高層ビル街。
廻は、スーツ姿のビジネスマンの横を流れるようにドリブルで抜き去る。
その廻の背中は――ドリブルが大好きで、陽が落ちるまでサッカーをしていた幼い頃の姿と重なった。
その姿が見えなくなるまで、なまえはその背中を見守る。
◆◆◆
夜、お風呂から上がったなまえに、廻からメッセージが届いた。
多摩川を越えて、川崎市に入ったらしい。
東京から神奈川県と順調に進んでいる。
"明日には大阪着いちゃうかも?"
そのメッセージには「いや、全然着かないよ、廻」と、なまえは心の中で答える。
まだまだ道中は長い。静岡、愛知、三重、滋賀、京都を経由して、やっと大阪だ。
もはや、どこまで廻が行けるかの旅だとなまえは思っている。
――一方、廻は。公園のベンチで寝袋を枕代わりに仰向けになって、なまえからの返信を待っていた。
(早いペースになまえもびっくりしてるだろうな〜)
なんて、呑気に思っている。
(明日も……がんばろ……ぐぅ)
やがて廻は横向きになり、そのまま丸まって、深い眠りに落ちた。
◆◆◆
廻がドリブル旅に出て、二日目。
なまえは地元の千葉にある、某有名テーマパークに遊びに来ていた。
高校入学して、最初に仲良くなった三人の彼女たちに誘われたからだ。
テーマパークは楽しい。学年が上がってクラスは別になってしまった子とも、久しぶりにゆっくりおしゃべりができるのも楽しい。
……けど。
「どうかしたの、なまえ。さっきからちょっとそわそわしてる?」
「あ、ごめん」
「悩みごと?話、聞くよ」
「えぇと……じつは……」
なまえが事情を話すと「ええー!」と驚き声がその場に響いた。
アトラクションに並んでる最中だったため、周りからの視線が集まる。
彼女たちは慌て口を閉じ「すみません」と頭を下げた。
「千葉から大阪までドリブル旅!?」
「正確には東京から大阪」
「変わらないよ!」
「彼氏、なにもん!?」
何者と聞かれたら……何者になるんだろう。
サッカーが大好きな少年なのは間違いない。
驚く三人の彼女たちは「昨日は野宿だったから、ちょっと心配で……」と、なまえの言葉に三人はますます驚いた。
「……あ!」
「噂をすれば、その彼氏くんから?」
なまえは彼女たちが見守る中、スマホの画面をタップする。
「……!!」
「どしたの、なまえ!?」
「廻が……!」
廻から送られてきたのは一枚の写真だった。
「廻が……っ!知らない男の人と一緒に写真撮ってるー!」
彼女たちはスマホ画面を覗き込んだ。
きゅるんとした可愛い笑顔の男の子は、以前なまえに写真で見せてもらった彼氏くんだ。
そして、自撮りしたようなその隣には、見た目は平凡な男と確かに一緒に写っている。
事件!?ケーサツ呼ぶ!?慌てる二人とは別に。もう一人の彼女は、眼鏡をくいっと上げて、画面を見つめる。
「この人、お笑い芸人の『なにくそンズ』だって」
彼女が指差す画面を見ると、メッセージが送られて来ていた。
"なにくそンズの人!"
ぽんっ。新たなメッセージが画面に現れる。
"名古屋まで送ってもらう途中"
え、名古屋まで?どういうこと?なまえは急いでメッセージを打つ。
"ちょうど仕事で名古屋まで行くところだったんだって"
答えのようで、答えになってない返信が来た。
「まあ、でも、その人『なにくそンズ』のツッコミの方だよね。悪い人じゃないと思うから大丈夫じゃない?」
「なにくそンズ……?」
なまえが首を傾げると「私も知らなーい」と、ぽやんとしたかわいい系女子も同じように首を傾げる。
「ちょい待って!」
ギャル系女子がスマホで素早く検索した。
なにくそンズは、白スーツに金ピカ蝶ネクタイというベタなスタイルの、売れないお笑いコンビだ。
廻と一緒に映っていたのは、ツッコミ担当の花鹿一八の方。
一年前、相方のボケ担当がツイッターでやらかして炎上。謝罪関係もするも、言い訳がましくてさらに炎上。
それがきっかけもあり、解散したらしい。
ギャルは検索情報を読み上げ、なまえたちはへぇー……と特に興味もなく頷いた。
「謝罪会見のニュースは知ってたけど、解散しちゃったんだ」
「相方の炎上でだからちょっと可哀想かも」
「廻、けっこうお笑い好きだから知ってたのかなー」
「って、なんでうちらデ●ズニーまで来てなにくそンズのこと詳しくなってんの!?」
ギャルの言葉に「あ……」と、全員気づいて笑い合った。
その後は、ちょうどお昼時に名古屋に着いたらしく「味噌カツごちそうしてもらった!」と、廻からおいしそうな味噌カツの写真が送られてきた。
「私たちもお腹すいたし、お昼にしようよ!」
「なまえも対抗して写真送ればいいじゃん!」
「対抗?」
「じゃあこのレストラン行かない?」
四人はパーク内にあるレストランへと入った。
「――ごちそうさまでした♪」
おいしかったー!廻がご飯を食べ終わると、ちょうどなまえからメッセージが届く。
「お、例の可愛いカノジョからか?」
「うん」
「いいよなー!おれも現役だった頃はもうちょいモテて……」
「……映えで負けた」
「ばえ?」
廻は花鹿にスマホの画面を見せる。
なまえから送られてきたお昼の写真。
人気キャラをイメージした、カラフルで可愛いランチプレートだ。
確かにこれぞインスタ映えの写真である。
地味な味噌カツでは太刀打ちできない。だが、しかし!
「こっちは味で勝ってる!」
「だよね!」
揚げたてカツに甘辛い味噌ダレ。ご飯との相性ばつぐんだ。味では負けないと二人は意気投合した。
◆◆◆
その後、なまえと廻は写真を送り合い、映え対決みたいになったが、最後はお互い引き分けだねとなった。
なまえはパーク内のメルヘンな写真で、廻は自然豊かな癒される写真。
ジャンルが違いすぎるし、どっちの写真もそれぞれ良さがある。
"知らない人から生チョコみるくプリンもらったよ"
というメッセージには「知らない人!?」と、二度見したけど、車にひかれそうになった子どもを、助けたお礼でもらったという。
ドリブルだけでなく、廻はなにやらすごいことをしている。
(廻にお土産なににしようかな♪)
パレードも見終わり、なまえたちはショップを見て回っていた。
「玲王さまにもなにか買ってくの?」
「え、玲王?買わないよ」
「なまえって、彼氏以外本当に興味ないよね〜」
「えっ買ってた方がいいのかな!?」
玲王というよりは、部活のみんなに。とりあえずなまえは、みんなで食べられる定番のお菓子を買った。
◆◆◆
今日も廻は野宿かと思いきや、知らないメガネ少年の旅館に泊めてもらえることになったという。
「もう、廻。知らない人の車に乗って、知らない人からもらったプリン食べて、知らない人の家に行ったらダメでしょ」
『いやいや、最初の人は知ってる人だし、プリンは助けたお礼だし、旅館はプリンのお礼だし!』
廻の言い訳になまえはクスクス笑う。
旅館なら充電もばっちりできるので、廻はなまえに電話した。
こうして電話越しで会話をするのは新鮮だ。
声を発する瞬間の息遣い。会話が途切れて、次に切り出すタイミングなど……
『ねえ、なまえ』
「廻」
ちょっとドキドキする。同時に声が重なり、一拍置いて、二人は吹き出す。
『なまえからどーぞ』
「廻から言って」
『んー……なに話そうか忘れちゃった』
「なにそれー」
他愛ない会話をして、明日も廻のドリブル旅は続くので、早めに切り上げることにした。
『じゃあ……おやすみ、なまえ』
「廻、明日も頑張ってね。……おやすみなさい」
少しだけ、電話を切るのがさびしくなりながら、なまえはゆっくりスマホをタップした。
ベッドの上に仰向けになって、スマホを胸に置く。
(明日も廻が元気で、無事に旅ができまように……)
眼を閉じ、なまえはそう願った。
◆◆◆
翌日、廻は愛知から三重に入った。
野を越え山を越え、くたくたになった廻の今日の寝床は、目の前に現れた神社だ。
そうと決まればお参りと、お賽銭を入れ……
パンパン!柏手を打つ音が、静かな境内に響く。
(え〜と、ノエル・ノアとロナウドとメッシとサッカーできますように♪あ、あとベンゼマとムバッペと……)
どんどん増える。十円でお願いするには、少し多すぎる内容。
廻はもう十円、賽銭箱に投入した。
(なまえがずっと幸せでいられ……――)
……神様。なまえを幸せにするのは俺がしたいから、やっぱり今のなしで!
(なまえがいつまでも元気で健康でいられますよーに)
◆◆◆
四日目にして、ついに廻は大阪まであともう少しのところまで来たという。
途中ヒッチハイクで軽トラに乗せてもらい、京都のはしっこまで来て、残すは峠越え。
一方のなまえは、もうすぐ全国高校サッカー選手権の予選が控えているので、東京都の出場サッカー部を洗いざらいにしていた。
凪と玲王の最強ペアがいるとはいえ、そこで胡座をかく玲王ではない。
対戦校を調べ上げ、戦略を練り、1%でも勝利への確率を上げるのが、御影流帝王学らしい。
玲王自身も調べてそうだが「なまえの見解が知りたい」と言われ、家のパソコンで調べていた。
(直接偵察とか行った方がいいのかな……)
漫画の中のマネージャーだと、カメラ片手に他校に偵察に行っているイメージがある。
あれって許可いるのかな?実際に行って怒られない?
色々と疑問が浮かんでいると、スマホが鳴った。廻からだ。
自然と頬を緩ませながら、スマホを操作する。
メッセージではなく、写真が送られて来ていた。
「どんぐり……?」
何故……。思わず口に出して、首を傾げる。
そこに映っているのは、どんぐりのアップのみ。え、なぞなぞ?しばし考えて、あっとわかった。
よく見ると、どんぐりはツルツルでピカピカで形もすごくいい。
きっと、廻はいい感じのどんぐりを見つけたと教えてくれたんだ。
「……可愛い」
小学生みたいで可愛い……!なまえはベッドにダイブすると、足をバタバタさせて、悶えた。
少しして、もう一枚、写真が送られてきた。
「すごい……きれい!」
それは青空にかかる、大きな虹の写真。
しかも、ただの虹ではなく。巨大な虹の中に、小さな虹がかかっているダブルレインボーだ。
「虹、すごくきれいだね」
送信。
そして、廻からの連絡が途絶えた。
――廻のドリブル旅、五日目。
昨日の夜は、ついに廻からの連絡はなかった。
今朝、なまえはメッセージを送った。
数分起きに確認するが、返信も、既読にすらまだなっていない。
「どうしよう……廻になにかあったのかもしれない……」
「廻少年のことだから、スマホの充電が切れたんじゃないの?」
なまえ父はのんびりそう言ったが、その可能性はなまえだって考えていた。でも、何かあってからでは遅い。
「やっぱり警察に相談した方が……」
「もう少し待ってみてから、まずは優さんに連絡してみたら?」
「そう、だね……」
おろおろしている娘に、なまえ母も落ち着いた口調で言った。
娘はどちらかというと冷静な方だと思っていたが、廻くんのことに関しては冷静ではいられなくなるらしい。
不安を膨らませながらなまえは待っていると、スマホの着信が鳴った。
慌てて画面を見ると、廻からではなく、優からだ。
廻に何かあった知らせではないかと、恐る恐る電話に出る――
『あ、なまえ?』
「め、廻……?」
聞こえてきたのは、優の声ではなく、廻の声だった。
その声になまえはほっと胸を撫で下ろす。
「よかったぁ、廻……!廻にもしものことがあったらって……」
『ごめんごめん。スマホの充電切れちった』
悪気なく謝る廻に「ほら、父さんの言った通りだろ?」という、ドヤ顔の父の顔がなまえの脳裏に浮かんだ。
『優と会えたから、スマホ借りてなまえに連絡したんだ』
「すごいね、廻!本当に国道一号線通って、ドリブルで大阪までたどり着いちゃった!」
『へへへっ。ちょっとショートカットもしたけどね。そっちには優と一緒に戻るから。また、連絡する』
電話を切ると、はあぁとなまえは安堵のため息を吐いた。
とにかく、廻が無事でよかった……。
優と一緒にということは、廻が帰って来るのは明々後日。
早く会いたいな……なまえは廻の帰りを心待にする。
◆◆◆
廻と優が大阪から帰宅し、その日になまえは、大阪のお土産の有名な肉まんをごちそうになっていた。
「あははは!」
「なまえ、笑いすぎー!」
優から廻が個展にやって来た話を聞いて、なまえは声を上げて笑っていた。
笑いすぎて涙が出た。指先で目尻を拭う。
日焼けして浅黒い肌の廻は、むぅとなまえを見ている。
「だって、個展会場でドリブルって、どう見ても不審者だよ!」
「私もびっくりしたよ。目が点になるって、こういうことなんだなって」
笑う二人に、廻はますますむすっとした。
頭はボサボサ、服もところどころ破けていて、泥だらけの格好は当然警備員に止められた。
それを強行突破したという廻。
「だってチケット見せたもん!」というのが廻の主張だ。
そしてつかまえようとするから逃げて、その際ドリブルで逃亡。
会場は大パニックだったとか。
「もうっなまえにお土産あげないからね!」
「欲しい!ね、廻ちょうだい?」
「どうしよっかなー♪」
「じゃあ交換こしよ。私も廻にお土産買ってきたの」
「する!」
――ちょろいなぁ、わが息子ながら。
子犬がじゃれあうような二人に、優は優しく微笑んだ。
--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#二人のトーク画面
「へへへっ。ちょっとショートカットもしたけどね。そっちには優と一緒に戻るから。また、連絡する」
『あ、待って廻。その……心配してすごい電話かけちゃったから驚かないでね』
「うん?わかった」
〜廻のスマホ、充電中〜
廻
廻
廻
廻
なまえ
なまえ
なまえ
なまえ
なまえ
なまえ
なまえ
「わーお……もしや、これが鬼電ってやつ?優、俺って愛されてるね」
「廻は幸せもんだねー」