花火の音も聞こえない

 廻がドリブル旅の快挙を成し遂げて、数日後のある日。

 ほぼ毎年、二人は地元の花火大会を観にいっているが、今年はちょっと足を伸ばして、海沿いの花火大会を観に行こうという話になった。

「ねえ。廻も浴衣、着てみない?」

 カフェで甘いフラペチーノを飲んで、涼みながら。
 廻は夏祭りにはいつも甚平で、すごく似合っているが、たまには浴衣姿も見てみたいとなまえは思っていた。

「浴衣かぁ」
「廻の浴衣姿、見たいな♪」
「俺、浴衣持ってないし」
「じゃあ一緒に買いに行こ!」
「そもそも着方わかんないし」
「ネットの動画を見れば大丈夫」

 珍しくグイグイななまえと、乗り気でない廻。
 甚平だと楽チンだけど、浴衣は帯が苦しそうと、渋る廻の頭に「ピコン」と妙案が閃いた。

「じゃあ、なまえが着せてくれるならいいよ」
「私?自分の浴衣は着れるようになったけど、人の着せ方はわからないから……」
「ネットの動画見ればわかるんじゃない?」
「……確かに」

 それは自分が先ほど発言したことだ。

「さっきまであんなに俺の浴衣姿見たいって感じだったのに」
「う……」

 そして、いつの間にか立場が逆転している。

「そうと決まれば、今から浴衣を買いにレッツゴー!」

 え、まだ決まってない!と、なまえが抗議する前に、廻は席を立った。

「善は急げ、てね♪」


 ――訪れたのは百貨店。夏の時期なので、催事場で浴衣販売が大きく展開されている。

「ううむ、なんか地味なのばっかだね」

 メンズ浴衣も色々な色や柄はあるにはあるが、基本渋い色味のものばかりだ。
 派手好き……というわけではないが、独特の感性を持つ廻には物足りないらしい。

「廻はね、柄物でも着こなせちゃうけど……あ、この紺とかいいんじゃないかな」

 なまえは紺の浴衣と黄色の角帯のセットを手に取った。

「黄色の帯だと廻っぽくない?」
「おぉ、結構いいかもね」
「きっと似合うと思うな」
「じゃ、これに決めた!」

 決まる時はあっさりだ。せっかくなので、レディース用の浴衣も二人は見てみる。

「なまえなら……そっちの方が似合いそう!」
「こっち?」
「あ、可愛い!」
「……買おっかな」

 廻の言葉が決定打になって、なまえも購入した。
 大きな紙袋を持って、二人はほくほく顔で百貨店を後にする。

「なまえ、毎年浴衣買ってない?」
「毎年でもないけど……、モダン柄で、廻の浴衣とも合うかなって」

 廻も可愛いって言ってくれたし……。

「あとは当日、なまえが着せてくれるだけだね♪」
「それ、お父さんじゃだめ?浴衣着れるし」
「いやいや、気まずいっしょ!?」

「なまえじゃなきゃやーだー」駄々をこねる廻に、なまえは「はいはい」と頷いた。
 家に帰ると、さっそくネットや動画を見て、着付け方法を記憶する。

 そして当日。

 先に浴衣を着たなまえは、蜂楽家の廻の部屋に訪れていた。

「すっぽんぽんになればいい?」
「すっぽんぽんにならないで!」

 さっそくTシャツを脱ごうとする廻を慌てて止める。廻の裸族っぷりには、さすがのなまえも困っている。
 昔は違ったと思うけど、いつから裸族になったのか。

「じゃあパンツだけになればいいの?」
「そこに肌着を着て、そこから浴衣ね」
「えー暑くない?」
「浴衣のマナーだから我慢して。じゃあ私、後ろ向いてるから着替え終わったら教えてね」
「別に俺は見られててもいいよ?」
「もーいいから早く着替えてっ」

 なまえに急かされ「あいあーい」と、廻は素直にしたがった。
 なまえの反応が可愛くて、ついついからかうような言動を取ってしまう。

「終わったよん」

 手に浴衣を持って待機していたなまえは、その言葉に振り返る。

「はい、腕通して」
「ん」

 言われたとおり、廻は後ろから袖に腕を通した。羽織る形になり、そこから着せていくなまえに、廻はされるがまま。

(なんかお殿様になった気分)

 実際にはわからないけど、昔のえらい人はこんな風に着せてもらったんじゃないかと、想像した。
 そして、膝をついて腰紐を結ぶなまえに、危うい体勢だなぁと廻は思う。

「ねえ、なまえ……」
「ん?」

 顔を上げて、上目遣いでこちらを見るなまえに、それはますます、ますます……。

「どうかした?」
「んーん。なんでもなーい」
「?」

 ダメダメ、俺、静まれ!慌てて廻は邪な想像を振り払った。

「なまえ、帯くるしー」
「そんな強く結んでないでしょ」
「俺の腹横筋が苦しいって言ってる」
「……ええ?」

 なまえは聞き流して、一般的な男性の帯結びの貝の口に結ぶ。

「できた!」
「おぉ!」
「うん、廻かっこいい!浴衣も似合うね!」
「甚平とどっちが似合う?」
「それは…………甚平かな」
「ほらー!」
「比べたならの話」

 準備して出掛けようと促すなまえに、廻はその手を掴んで引き寄せ……向き合うと。

 そのおでこに軽く唇を押しつけた。

「着付けのお礼ね」

 お礼と言うのはもちろん建前。
 今日のなまえは、涼しげにおでこを出していたので、ちょうどそこにキスしたいと思っていた。


 ◆◆◆


 電車を乗り継ぎ、花火大会の最寄り駅へと向かう。

「あっ海が見えてきたよ、なまえ!」
「本当だ!花火が上がるのはあっちの方向かな?」

 まだ早い時間に、二人は近くの商業施設で時間を潰すことにした。
 店内にあるゲーセンを覗くと、二人の目に飛び込んだのは、可愛いイルカのぬいぐるみのUFOキャッチャー。

「なまえ、やるの?」
「ちょっと取れそうな角度じゃない?取れたら廻にプレゼントしてあげるね」

 なまえは200円を投入した。制限時間内ならアームを自由に動かせるというタイプのもの。

 だがそれが、逆に仇となる。

「なまえ!もうちょっと右だよ!あ、今度はいきすぎ!そこは手前でもっと奥!」
「廻〜ちょっと静かにして〜」

 廻が横からうるさくて、集中できない。

 あーだこーだ二人でしているうちに、時間切れ。変な風にぬいぐるみを掴み、さらに変なところにぽとりと落ちた。

「あーあ。残念だったね」
「廻が静かにしてくれてたら取れたのにな」
「じゃあ今度は俺が挑戦する!」
「変なとこに落ちちゃったよ?」
「店員さんにお願いすれば大丈夫♪すみませーん」


 ――ゲーセンを後にした二人。

 コンビニで夕飯を買ってから、花火を見る場所取りに向かう。

 なまえが嬉しそうにだっこしているのは、イルカのぬいぐるみだ。

 あの後、廻が取ってくれて「はい、なまえにあげる!俺だと思って大切にして♪」と、逆にプレゼントされたもの。

「あの辺、空いてるところにする?」

 お菓子を落とすゲームでゲットした、棒つき飴を持ちながら廻は言った。
 芝生の上にシートをひく。夕闇にわかりにくいが、海が真っ正面に見える位置だ。

 火照った肌に海風が気持ちいい。

 のんびりしながら、二人は夕飯として買ってきたおにぎりやお総菜を食べることにする。

「なまえ、たこ焼き食べる?」
「うん、食べたい」

 廻はパックに入ったたこ焼きを差し出して、なまえは口を開けた。

 …………

「ぶはっ!」
「今の違う、違う〜!」

 吹き出してから声を上げて笑う廻。

 いつも廻は「あーん」と食べさせてくるから、条件反射で口を開けて待ってしまった。
 恥ずかしすぎると顔を両手で覆うなまえ。

 廻に……餌付けされてる……!

「ごめんごめん。外だから嫌がるかなってしなかったけど、これからはちゃんとあーんしてあげるね♪」

 いつもは外関係なくしてくるのに!

「自分で食べる!」
「はいはい、遠慮しない♪あ〜〜ん」
「んんっ……」

 強引に食べさせられた。廻は満足そうに笑っている。

「もうなまえは俺なしじゃ生きていけないねー」
「……それとこれとは違くない?」

 そう言いつつも、なまえは強く言い返せない。
 いつの間にかそれが当たり前になっていた。
 それは、廻が側にいることだってそう。

「でも、俺も……――」


 ぐいっと、廻は顔を近づける。


「なまえなしの人生なんて考えられないから、おあいこ」


 空に打ち上げ花火が花開く。

 海に映って美しい光景なのに、なまえの眼には映らない。

 花火の光を反射する廻の瞳は、切なくなるほどとても綺麗だった。





--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#仕返しあーん


「廻、お返しに食べさせてあげるね」
「お返しあーんってやつ?」
「はい、あーん♡」
「あーん……!?ちょっ……辛っ、ナニコレ!?」
「期間限定の激辛からあげくん。夏って辛いもの食べたくならない?」
「いや、辛さの度が過ぎてるから!からーい!」
「廻が子供舌なだけだよ〜」

(もうなまえってば、照れ隠しが過激なんだから〜)


- 50 -
*前次#

←back
top←