二人だけのスターマイン

 新しく買った浴衣に袖を通す。
 一目惚れした、水色の地に明るい向日葵柄の浴衣。

 今までずっと母に浴衣を着付けてもらっていたが……
「こう?」
「そう、上手上手」
 中学生だし、なまえは母に教えられながら、一人で浴衣を着付けてみた。

 胸元がはだけぬよう、しっかりチェックもしてもらい、着方はばっちりだ。

「廻くんと一緒でも、帰りはあまり遅くならないようにね」

 お父さん心配するから、と父を理由にして話す母に、なまえは「うん、大丈夫」と小さく笑って答える。

「じゃあ、行ってきます」

 赤い緒の下駄を履いて、なまえは家を出た。

「おーい!なまえー!」
「廻ーお待たせ!」

 自身の自宅前で待っていた廻に、小学生のときのようになまえは駆け寄ろうとして――

 あ……!

 自宅を出て、まさか数分の出来事。
 慣れない下駄に、つんのめるように転ける。

「なまえ!?」
「……っ!」

 だが、廻の目の前で、なまえが怪我をすることなどありえない。

「……大丈夫?」

 何故なら、廻が必ず助けるから。
 その反射神経と運動神経で、素早く投げ出された体を受け止めた。

「あ、ありがとう……大丈夫」

 抱き締められる形に恥ずかしくなって、なまえは顔を赤くさせながら離れた。

「なにもないところで転けるなんて、今日のなまえはドジっ子ちゃん?」
「慣れない下駄で走ったから……」
「じゃあ、今日のなまえは走っちゃだめね」

 笑いながらも有無を言わさぬ口調に、素直になまえは「はい……」と答えた。

「じゃあ、行こっか。みんなとは現地集合だっけ?」
「うん。駅前だって」

 クラスメイトに誘われた花火大会。
 待ち合わせ場所は、ここから電車で数駅の最寄り駅だ。

「ほい」
「?」

 そう手のひらを差し出す廻。

「なまえがまた転けないようにね」
「……もう転けないよ」

 不本意に言いながらも、なまえはその手を取って、二人は歩き出した。
 駅までの道を、カランコロンと二人の履く下駄の音が響く。

 遠くからは、ヒグラシの鳴き声も。

 夕方でもまだまだ暑い夏の日。二人の重ねた手のひらも、じんわり汗をかいていく。

「廻、体温高いから冬はいいけど、夏は暑い」
「あーっそういうこと言っちゃう?」
「ちょっ廻、手ブンブンさせないでっ」

 拗ねたように繋いだ手を大きく振る廻に、なまえは困りつつも笑った。


 休日もあって、電車に乗ってる人のほとんどの行き先は花火大会だ。
 車内では浴衣姿の女性が多く、華やかに感じる。

 中でも一番目立っているのは……

「廻、その甚平どこで買ったの?」

 なまえは廻だと思った。

「いいっしょ?」
「うん、いい。廻しか着こなせないね」

 黄色と黒の不思議な幾何学模様の甚平。
 そして前髪をぴょこんと結んで、今日の廻はやんちゃっぽい雰囲気で可愛い。
 いや、なまえならどんな廻も可愛い、もしくはかっこいいと思う。

「なまえは向日葵柄の浴衣だって思ったら、髪飾りも向日葵なんだね」
「うん、合わせてみたの」

 今日のなまえの髪型は、後ろに髪をアップし、そこに向日葵の造花のような髪飾りをつけていた。
 廻によく見えるように、首を捻る。

「…………廻?」
「あ、うん、いいね、すごく」
「?よかった」

 廻がワンテンポ反応が遅れて、ドギマギしてる理由。
 浴衣の衿からすらりと伸びた、なまえの白いうなじが色っぽくて、眼を奪われてしまったから。

「……俺、吸血鬼の気持ちがわかった」
「……はい?」

 いや、吸血鬼は首筋?そう考えると今度はちらりと見える首筋に眼がいってしまう。だめだ、ドキドキする。

「あー……今日の俺、なまえ直視できないかも」
「?さっきからどうしたの?廻ー?」

 なまえから逸らすように、窓の外に視線を移す。夏の空は夕焼けに染まっている。差し込む西陽に、たぶん赤くなってる顔がバレなくてよかったと、廻は思った。

(……なまえってば。年々大人っぽくなってるから、俺困っちゃうよ)


 ◆◆◆


「おーし、全員集合したな!」
「人すごいから無事に合流できてよかったね」
「蜂楽!?その甚平どこで買ったん!?」
「いいっしょ?」
「(廻、同じこと聞かれてる)」
「じゃあみんな行こう!」

 男女六人での集まり。リーダーっぽい男子が先頭をきって、人の流れに乗って花火大会会場へ向かう。

 ちなみにカップルは廻となまえのみ。

 他の四人は、この機会にあわよくば……と、考えていたりいなかったり。

 花火大会会場までの道では、屋台もずらりと出店している。
 どの屋台も列ができていて、分かれて買おうという話になった。

「なまえちゃん、たこ焼き買いに行こう!」
「うんっ」

 そう仲のいい彼女に声をかけられ、なまえは一緒にたこ焼きを買いに行く。
 たこ焼きは何店か出店してるので、どれにしようかと迷う二人。

「色んなところのたこ焼き買って、食べ比べもいいよね……」

 ……――あれ?

 つい先ほどまで、隣を歩いていた彼女の姿がない。
 辺りをキョロキョロと見渡すが、それらしき姿も見当たらない。
 ……この人混みではぐれた?
 とりあえずなまえは、道から逸れて、スマホを取り出す。

「ねえ、そこの可愛い彼女。俺とデートしない?」

 その直後、背後からそんな軽い口調で声をかけられた。
 なまえは背を向けたまま口を開く。

「いいよ」

 答えてから振り返る。笑顔のなまえは、声ですぐにわかっていた。

 そこに立っているのは……

「もーなまえったら、ナンパにほいほいついていったらいけません」
「だってナンパの相手は廻でしょ?廻以外の人にはついていかないよ」
「んー俺なら……いっか!」

 あっさり自己完結して、笑う廻。

「てか一人でどうしたの。本当になまえ、ナンパされちゃうよ」

 危ないよという廻に、なまえはたった今、一緒にいた子とはぐれてしまったと説明する。

「にゃるほど。迷子のなまえちゃんってわけね」
「迷子じゃなくて、はぐれたの」
「それって迷子じゃん?」
「違うってば。迷子じゃなくて……」
「はいはい♪迷子はみんなそうやって否定するんだよ?」
「もうっ!本当に迷子じゃなくて〜〜」
「なまえ、わたあめ食べる?」
「…………食べる」

 わたあめでごまかされた。腑に落ちないものの、差し出されたそれをなまえは一口食べる。……甘くておいしい。

「そう言う廻は?」
「ん?一人でいるなまえの姿を見かけたから、これはナンパのチャンスだなって思って♪」

 ……廻が言うと冗談なのか本気なのか、普通にわからない。
 なまえは短いため息を吐いたあと、スマホを操作する。

「とりあえず、みんなと合流しないと……」
「……しなくていいんじゃない」
「え?」
「二人で観ようよ、花火」
「で、でも……」

 廻の言葉に戸惑う。今日はみんなで来てるのに。

「さっきデートしない?って言ったら「いいよ」ってなまえ言ったじゃん?」
「あ、あれは……」
「ほら、楽しいよ!俺とのデート♪」

 ――知ってるよ。

 心の中で自然とそう答えていた。
 少し考えて、結局なまえは、廻との花火デートを取った。

「連絡だけ入れさせて?みんなに心配かけちゃうから」

 なんて説明しようと困りつつも、なまえは謝罪を含んだメッセージを打って送る。

 ……これでよし。

「なまえ、なにか食べた?」
「ううん、まだなにも」
「じゃあまずは腹ごしらえだね!」

 屋台で食べ歩きをしてから、花火が見やすいスポットを探す。
 なまえの手を引いて、人混みの合間をスルスルとかき分けて行く廻。
 まるでドリブルで、DFを一人また一人と抜いていくようだ。

「この辺り、良さげじゃない?」
「うん、よく見えそう!」

 ――開始を告げる、一発目の花火が打ち上がり、周囲から歓声が沸き起こった。

 ひゅるるる……どんっ。

 大きな音を辺りに響かせ、次々と夜空に花火が咲く。
 赤、黄色、青……最後に火花がキラキラと空から降るように。

「綺麗だね〜!」
「すげー!今の大きかった!」
「あっ廻!ハート型!」
「今度は星だ!」

 花火に照らされながら、二人は空を見上げる。

「……ねえ、廻。なんで二人で観たいって言ったの?」
「深い意味はないよ」

 花火に照らされる廻の横顔を見ながら、なまえは聞いた。
 可愛らしい顔立ちの廻だけど、横顔だと整った骨格がよくわかる。
 男の子っぽいなと思うし、綺麗な横顔ともなまえはずっと思っていた。

 見つめていたら、廻の顔が横に向いて、二人の視線が重なる。

「なまえと二人で一緒にいたくなったから。それだけ♪」

 花火より眩しい笑顔で廻は言った。本当に深い意味はなさそうな理由に、なまえは少しだけ面食らう。

「なまえはやっぱりみんなと一緒に観たかった?」

 その問いになまえは繋いだままだった手をぎゅっと握り締めた。

「廻と二人で嬉しい……」

 皆と一緒だったら、こんな風に近い距離で、一緒に観れなかったから。

「よかった」

 廻はそう呟いたあと――。繋いでいた手を一旦放し、なまえの指に、自身の指を絡めるように握り直した。


 二人の高鳴る鼓動は、打ち上がる花火の音が隠した。

 
 ◆◆◆


「……廻、大丈夫?無理しないでこっちに体預けても平気だよ」
「いやいや、全然よゆーよゆー♪」

 花火大会からの帰りの電車は、当然行きより混雑っぷりが凄まじい。
 ぎゅうぎゅうの満員電車の中。背中から重圧を感じながら、廻は笑顔で言った。

(これ、ヤバイかも……)

 言ったが、内心焦っていた。

 押されることに対してではなく、真っ正面でなまえとの距離が近すぎて。
 その時、ぐらりと電車が大きく揺れて――ドンッ。

 廻はなまえが背にするドアに、曲げた腕をついた。
 ちょうどなまえの頭の上近くに。
 ぐっと縮まった、二人の顔と体。

 外から見れば壁ドンだ。

 これによってなまえとくっついてしまい、ますます廻の中は大変なことになる。
 思春期ド真ん中。好きな女の子(しかも浴衣姿)とくっついて、変にならない男子はいない。

(マジ、ヤベェかも……)

 数駅だしと思っていたが、今は早く駅に着いて!と廻は切に願う。

 それは廻だけではなく――

(ど、どうしよう……!廻の顔が近すぎる……!早く駅に着いてぇ!)

 いっぱいいっぱいのなまえもであった。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#水着問題


「ありがとな!蜂楽!」
「え、なにが?」
「花火大会でお前と名字さんが別行動してくれたおかげで、なんとなく二人で分かれる雰囲気になってさ」
「俺たち、告白したらオッケーもらえたんだ!」
「へぇ!よかったじゃん!」
「今度はグループデートで海に行かね!?」
「そうそう水着姿が見れる!」

(なまえの水着姿……)

「見たい!」
「だよな!」
「じゃあ行こうぜ!」

(なまえの水着姿は見たいけど……。でも、野郎どもに見せるのは嫌だ!)

「……そうだ、その手があった!」
「どうした蜂楽?」
「どの手があった?」

 〜〜〜

「なまえ!他の人の前だけパーカー着て、俺の前だけ脱げばいいんだよ!」
「……廻、なんの話?脱ぐ?」


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