季節の変わり目や気圧の変化で、体調を崩す人は多い。
今朝のなまえもその一人だ。台風の影響で朝から雨が降っており、頭痛がしそうな気配を感じながら、傘を差して家を出た。
「朝から雨だと眠くなるよねー」
「廻はいつも眠そうだけど」
「いつも以上にってこと♪」
それでも無邪気な廻の笑顔を見ると、どんよりした空気でも、気持ちは晴れやかになる。
「うーん。このどしゃ降りじゃあ今日はサッカーできないかなぁ」
今日は一日中、雨らしい。
◆◆◆
予感していた通り頭がズキズキして、時間が経つほど痛みは増した。(でも、あとは午後の授業だけだし……)と、あと少しの辛抱だとなまえは思っていたら……
「――ねえ、なまえ。もしかして体調悪い?」
ひょいっと突然、廻が顔を覗き込んできたので、なまえはびっくりした。
「顔色悪い気がする……」
さらに廻はぐっと顔を近づけ、至近距離でじっと見つめてくるので、恥ずかしくなってくる。(ここ教室で、みんな見てるから〜)
「気圧の影響か、ちょっと頭が痛いだけだから大丈夫だよ」
「やっぱり!今から保健室に行こう、なまえ」
「あと午後の授業だけで、雨の日の部活は自主練だから休むし、保健室にいくほどじゃ……」
「もー無理はいけません。だよね?保健委員殿!」
「(殿……?)」
廻は保健委員の一人である女子に話を振った。
突然話を振られたにもかかわらず、察した保健委員の彼女は、持ち前のふんわりした笑顔を浮かべ、おっとりと答える。
「うんうん、無理はよくないよー。蜂楽くん、今ちょっと手が離せないから、代わりになまえちゃんを保健室に連れていってもらっていい?」
「承知つかまつった♪ほらほら、なまえ。観念して保健室に行くよ?」
「え、え〜」
手が離せないって、談笑してるだけだよね?示し合わせたような二人のやりとりに、なまえは観念して、大人しく廻に連れられた。
「あらあら、二人ともいらっしゃい。今日はどうしたの?」
――妙齢の保健室のマダムは、二人を親しげに出迎えた。
蜂楽廻と名字なまえ。この二人は大勢いる生徒の中でも、ちょっと印象に残っている。
あれは、5月の球技大会。あの日の保健室での出来事は、まるで少女漫画のワンシーンのような展開だった。
「先生。なまえ、頭痛が痛いみたいで休ませてほしいんだ」
「廻、二重表現になってるね」
くすりと笑ってから、続けて「気圧の変化の頭痛だと思います」となまえが話すと、先生は優しく頷く。
「台風の影響で、頭痛が起きたり古傷が痛む人は多いわ。まずは痛み止めの薬と……念のため体温計で熱があるか測ってみましょう」
ピッと電子体温計でおでこの熱を測る。
「ちょっと微熱もあるわね。薬を飲んでベッドで休むといいわ」
「はい」
最初はちょっと大袈裟じゃないかなと思ったなまえだったが、ベッドに入ると身体の緊張がほどけて、自分は無理をしていたんだと気づいた。
「帰りは蜂楽くんが迎えに来てくれるのかしら」
「ねえ、先生。俺もここにいちゃだめ?」
その言葉に「ちゃんと授業に出なきゃだめだよ」と窘めたのは、なまえだ。
「授業に出てもどうせ寝るだけだもん」
「その前提がまずよくないけど……」
「じゃあなまえは俺がいなくて平気?教室に戻っちゃっても本当に大丈夫?」
そう念を押されて聞かれると、強がりが隠れ、心細くなってしまう。
頬を隠すように布団を引き上げて、なまえは答える。
「……平気、なわけじゃないけど……」
蚊の鳴くような声。寂しいから側にいて……と言うのは、小さな子供みたいで口には出せなかった。
なまえの精一杯を、にっこり笑う廻は全部わかっている。
「うふふ、蜂楽くんは名字さんのことがとっても心配なのね。ちょっと先生、職員室に用事があるから、逆に蜂楽くんがお留守番してくれたら助かるわ」
「ほら、先生もいいって♪」
先生の了解という大義名分を得たなら、なまえから何も言うことはない。
横開きの扉が閉じた音が響き、先生が部屋を出ていったことがわかると、なまえは口を開く。
「……どうして廻は、私のことわかったの?」
体調が悪いこととか、本当は側にいてほしいこととか。
「んー……俺、なまえのことは一番に気づきたいって思ってるからかな」
裏表がない廻だからこそ、直球な言葉はいつだってなまえの心臓を揺らした。
「……私も、廻のこと一番に気づけるようになりたい」
「もう、一番に気づいてくれてるよ――」
優しく囁くような声だった。廻の手が伸びて、痛みを取るように頭を撫でてくれる。
痛いの痛いの飛んでけー♪
小さい子にするようなおまじないをかけられ、なまえはくすくすと笑う。
……あ。本当に、もう痛くないかも。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
〜健康体を脅かす存在〜
「……いてて。なまえ〜今度は俺が痛い」
「廻、大丈夫?頭?」
「ううん、お腹。期限切れの牛乳飲んだからかなー」
「牛乳はまずいよ!」
「今まで飲んでて全然平気だったんだよ?」
「ちなみにどれぐらい期限過ぎてたの……?」
「んと、10日ぐらいだったかな?」
「アウト!」
(雨水飲んでもへっちゃらな廻のお腹を痛くさせるなんて、期限切れの牛乳超危険)