100年後の未来

 部屋の窓から夏の夜空を見上げて、なまえはスピーカーに耳を澄ます。
 電話の向こうで、廻の笑い声が聞こえた。

『よかったけど、よくお父さん許してくれたね』
「うん、特別に門限延長してもらって、12時までになった」
『りょーかい♪ 12時ね!なまえ、あれみたい。なんかそんなお姫さまいなかったっけ?』
「シンデレラ?」
『そうそう、シンデレラガール!』
「じゃあ、ガラスの靴落としたら、廻拾ってね」
『俺だったらそのままなまえのこと追いかけるなー』
「それ、お話がそこで終わっちゃう」

 なまえはくすくすと笑った。足の速さに体力から考えても、廻にすぐに追いつかれてしまうだろう。
 王子としては、ガラスの靴を片手に、姫を探す手間は省けるが。

「じゃあ、また明日」
『ん、また明日♪なまえ、おやすみ』
「おやすみ、廻」

 数秒後、なまえは電話を切った。

 今晩でも星は綺麗に見えるけど、明日はもっと綺麗な夜空が見られるんだろうな――わくわくしながら、なまえは窓を閉める。

 明日は、100年に一度の流星群が訪れる日だという。

 廻と天体観測をしたいと、父に夜間の外出許可をもらったので、二人で見晴らしの良い高台の公園に行って見る予定だ。
 二人が初日の出を見に行った公園でもある。

 明日を待ち遠しく思いながら、なまえはベッドに入って眼を閉じる――。


 翌日は、前日の天気予報通りの快晴だ。

『今晩は100年に一度の流星群が訪れますが、絶好の観測ができそうです』

 朝のニュースでも今夜の流星群についての話題で、スタジオに来ていた専門家が詳しく話をしていた。

 出かけるのは夜で、廻が迎えに来てくれるらしい。朝食を食べながら、夜まで今日はなにをしようかなとなまえは考えた。
 白宝高校は進学校なので、課題はたくさん出るが、すでになまえは終わらせてある。

(廻の高校は夏休みの課題は出ないのかな……)

 去年は短期留学の準備などで忙しかったから、聞いていなかったけど……。

 なまえが考えている、そのとき。

 テーブルに置いてあったスマホが鳴った。画面を見ると……ちょうどその廻から。

 "宿題手伝ってー"

 ディスプレイにぽんっと出た文字に笑ってしまった。
 しょうがないなぁと思いながら、メッセージ画面を開いて「いいよ」と打ち込む。
 なまえが廻の宿題を手伝うのは、いつものこと。

「こらこら、なまえ。食べながらスマホに触るのは行儀悪いぞ」
「んー……廻に返信するだけだから」

 父の注意を受け流しながら、なまえは送信ボタンを押す。
 少しして、ピロリンと「ありがとう!」の文字を確認すると、なまえは食事に専念した。


 ◆◆◆


「俺だけ宿題出されてひどくない?」
「授業中、いつも寝てるからじゃない?」
「寝たいときに寝てるだけで、いつも寝てるわけじゃないのに〜」
「じゃあ、起きてるときはノートのすみに絵を描いてるか、紙飛行機を作ってるからじゃない?」
「なんでなまえ、知ってんの?」

 知っているもなにも、小学校から中学校まで廻の授業態度は変わらない。
 男子にありがちな騒ぐことはしないが、寝ている、絵を描いている、紙飛行機を作ってこっそり飛ばしているかのどれかだ。あ、あとボーとしているも追加。

 紙飛行機では、廻と一緒になまえも怒られたこともあった。
 廻が紙飛行機をなまえに飛ばして、なまえが取ろうとした際に先生にバレて。
 今では小学生の頃のいい思い出だが、高校生になっても廻は変わらないらしい。

「とりあえず始めよう!出かけるまでに終わらせないと」
「この量、夜までに終わるかな?」
「……廻次第だね」


 大量に出された。


 ◆◆◆


「ちゃんと12時までに帰ってくるんだぞ」
「まかせてよ、お父さん♪」
「まだお父さんじゃない!」
「じゃあ娘さんを俺にください!」
「やだね!プロサッカー選手になってから出直して来ーい」

 なまえ父と廻のこのやりとりは、いつものこと。

 なんとか廻の宿題を……一度に終わらすことはできなかったが、大方終わらせることはできた。
 一度家に帰って準備をしてきたなまえは、母からの「夜道に気をつけてね」という言葉に「うんっ」と笑顔で答えて、靴を履く。

「行ってきます!」

 両親に見送られながら、廻と共に出発した。
 暗い空の下、二人が歩いて向かうのは、昔は山だった場所にある公園。
 地元民によるちょっとした夜景スポットでも有名だ。きっと、星空も美しく見えるだろう。

「なに持ってきたの?」

 なまえの大荷物を見て、廻は不思議そうに尋ねた。

「レジャーシートと天体望遠鏡!」
「すげー!なまえ、天体望遠鏡持ってたんだ!」
「小さい頃ね――」

 それは廻と出会う前。クリスマスプレゼントにお願いして、買ってもらったものだとなまえは話す。

「幼稚園で、うさぎが月で餅つきしてるって話を聞いて、月を見たかったの」
「にゃはっ、なまえ可愛い♪それで、月にうさぎはいた?」
「ううん、いなかった」

 なまえはそのときのことを思い出し、笑って言う。

 そのあと、幼稚園のませた女の子から「月にうさぎはいない」と教えられて、ショックを受けた幼い自分。
 それ以来、天体望遠鏡は覗いていなかったから、今日は久しぶりに物置から引っ張り出してきた。

「そっかぁ。でも、今日は見つかるかもよ?」

 月のうさぎ♪

「……うんっ」

 廻と一緒なら、本当に見つけられそうな気がしてしまう。

「宇宙人はいるって言うし、月にうさぎもいたっていいよね!」
「そうそう♪あ、UFOも見られるかも!」
「一度は見てみたいなー」

 暗い夜道をそんな話で盛り上がりながら、二人は歩いた。
 荷物は廻が持ってくれたから、なまえは身軽だ。

 なだらかな坂道を上がっていくと、高台の公園に到着。

「廻!夜景がきれいだよ!」
「おぉっ、すっげー!」

 振り返ると、千葉の夜景が広がっている。
 俺となまえんちはあっちかなぁ、と廻は指差す。方角はあっているが、さすがに見えない。

「けっこー人いるんだね」
「初日の出のときよりは少ないみたいだけど、みんな流星群見にきたんだね」

 夏休みで、家族連れが多いようだ。
 流星群の流れる方角で、空いている芝生に廻はレジャーシートを引く。
 なまえはバックの中から、天体望遠鏡を取り出した。

 簡易的な組み立て式の天体望遠鏡で、性能はそこそこだが、月ぐらいはばっちり見える。
 残念ながら今夜は満月ではなく、ちょうど半分、下弦の月だ。

「廻、見てみて」
「先にいいの?」
「うん。月に合わせたから覗けば見えるよ」

 天体望遠鏡を覗くのは初めてと言う、廻の反応がなまえは楽しみだった。
 廻は少し腰を屈めて、覗く。

「月が目の前にある!」

 率直な廻の感想に、なまえは笑った。

「なまえ……」
「どうしたの、廻?うさぎいた?」
「月って、ホットケーキみたいだね」

 おいしそうな感想だった。廻と変わって、なまえも天体望遠鏡を覗く。

「もう、廻がホットケーキって言うから、ホットケーキにしか見えなくなっちゃった」
「本当はうさぎは月でホットケーキを焼いてるかもね♪」

 廻の言葉に、月のうさぎが餅つきをしている姿ではなく、ホットケーキを焼いている姿がなまえの脳裏に浮かんだ。

 ……うん、うさぎが月でホットケーキを焼いていてもいいかもしれない。
 だって、まだ誰も月で餅つきをしているところを見たことはないんだから。

「ねえ、なまえ。未来は月でサッカーできるかな?」
「うーん。重力が違うけど……風はないからボールは安定するかもね」

 なまえが考えて答えると、廻があっと声をもらす。

「流れ星」
「え、どこどこ?」

 なまえが急いで廻が指差す方を見たときには、もう遅い。ぽつぽつと星が瞬く夜空が広がっている。
 スマホで時間を確認すると、ちょうど10時をまわったところだ。

「この時間からピークって言ってたから、どんどん流れるかも」
「じゃあ、見逃さないように、しっかり空を見上げてないとね♪」

 廻となまえ。レジャーシートに仰向けに寝っ転がり、二人は空を見上げる。
 虫の鳴き声と心地よい風は、夏の終わりを感じさせた。

「……廻、起きてる?寝ちゃだめだよ」
「……一瞬、寝てた」
「え、本当に?」
「うそうそ♪ちゃんと起きてるよ」

 社会科見学でプラネタリウムに行った際に、ばっちり寝ていた廻をなまえは思い出す。
 きっと、この空の下では廻も寝る暇はないだろう――。

「あ!」

 二人同時、声を上げた。光がさっと一瞬、暗闇に流れた。

「なまえ、今度は見えた?」
「うん、ばっちり」
「よかった♪」

 あ、また――。それが始まりの合図のように、短い感覚で星が流れる。

 夜空に、銀色の雨が降るように。

「きれい……」

 ひとつ、またひとつ。一瞬の輝きが夜空を彩る。こんなにたくさんの流れ星を見るのは、二人は生まれて初めてだ。

「流星群ってすごいね!こんなにたくさん流れ星を見られるんだ」
「これだけ流れるなら、願い事も叶うんじゃない?」
「廻はなに祈る?サッカーのこと?」
「それはこの間、どっかの神社でお参りしてきたから……」

 どっかの神社?なまえが不思議そうに尋ねると、ドリブル旅で一夜をお世話になった神社のことだと廻は言った。

「次もこの流星群を、なまえと一緒に見れますように……かな」
「あは、廻。次、この流星群が地球で見られるのは100年後だよ」

 きっと来年と勘違いしているのだろうと、なまえは思って笑ったが……

「知ってるよ。100年後も、なまえと一緒に見たいってこと」

 真面目な声が耳に届いた。思わず隣の廻を見る。
 その横顔は、暗くてよくわからないけど、廻もこっちを向いたのはわかった。

「……生きてるかなぁ」
「今って医療の発達で、人間の寿命って延びてるんでしょ?なら、可能性あるある♪」

 そう笑って、簡単に言ってのけてしまう廻。
 廻の言葉を言い換えれば、二人は100年後も一緒にいるということ。

「……私も見たいな。廻と一緒に、100年後の流星群」

 その頃にはもう、二人はおじいちゃんとおばあちゃんだけど。
 そんな日まで、ずっと一緒にいられたら、すごく素敵なことだ。
 きっと、結ばれて物語が終わってしまったシンデレラも羨む。

「じゃあ、約束ね」

 廻は小指を、なまえの小指に絡める。

 流れ星にお願いするよりも、もっと確かな約束を。

 二人は、煌めく夜空の下で結んだ。





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機種によって冒頭の蜂楽くんの台詞『りょーかい♪12時ね!』の数字の部分がうまく表示されない不具合があります。
原因不明のため、正しく表示されない方は脳内補正して読んでいただければ幸いです。


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