約束の延長線

 "白宝高校に超新星ダブルエース現る!!"

 全国高校サッカー選手権大会予選が始まるや否や。白宝高校サッカー部は、たちまちネットのスポーツニュースに取り上げられた。

(3−0……凪のハットトリックで圧勝)

 次の見出しはきっとそう載るだろう。

 勝利に喜ぶチームの様子を、なまえも笑顔で眺める。
 今回も引き込まれるような試合だった。
 玲王のゲームメイクもそうだが、凪の常識に囚われない自由なトラップは、想像を越える。

「行くぞ凪!2人で世界一へ!!」

 熱い玲王の言葉に、凪は相変わらず覇気のない表情だが、それでもなまえには二人が眩しく見えた。


「白宝サッカー部がこんな強かったなんて、ダークホースだったね。くやしいよ」

 そう話しかけて来たのは、相手チームのマネージャーだ。
 他校のマネージャーと交流できるのは、情報交換もできるし、楽しいとなまえは思っていたが……一つ困ったことがあった。

「名字ちゃんは御影くんとお付きあいなんかは……」
「してません」
「じゃあ、紹介とか……」

 なまえと玲王がつき合ってないとわかると、次に仲を取り持つようなお願いをされる。
 学校の子たちだけだったのが、他校の女子まで及んで、恐るべし玲王のモテっぷり。
 玲王は玲王で、相談したら「適当に断っといてくれ。敏腕マネージャー♪」そう調子よく言われた。
 これは本当にマネージャーの仕事なのか?と、最近なまえはちょっと疑問に思っている。

「ごめんなさい。お断りしてるんです」

 なるべく角が立たないよう、今日もなまえは門前払いをする。

「大変だね、マネージャーって」

 いつの間にかそこで見ていた凪が、他人事のように言った。他人事でもないが。なかには凪の場合もあって、なまえが代わりに丁重に断っているからだ。

「玲王のことなんだし、ばぁやにまかせたら?」
「なんでもばぁやさんに頼むのも……」

 確かに自分が断るより効果てきめんだろうけど。

「なまえはさ、マネージャーやってて楽しい?」
「うん、楽しいかな」

 不躾な質問にも聞こえるが、なまえは特に気にせず答えて、続ける。

「サッカーのこと前より詳しくなったし、凪と玲王のサッカーを観るのも楽しいよ。凪は?しばらくサッカーやってみてどう?」
「俺には楽しさがわかんね。今日だってあっさり勝ったし、玲王は喜んでるけど」
「まだ予選だし、どんどん強いチームと当たると思う。そしたら楽しく感じるかもよ」
「強いチームねえ……。それはそれで、めんどくさそー」

 ――凪がサッカーが楽しいと思って、熱くなれる日が来るのか。

 わからないけど、今はこのままでいいのかも知れないとなまえは考えた。
 今、凪が熱くなったところで、それを向けられる相手がいるのかという問題。
 現時点で、凪のレベルはすでに全国トップクラスだ。
 周りとのレベルの差は、溝になり、やがて孤独へと繋がる。

 ――廻のように。

 サッカーが好きで熱を持つほどに、その孤独を自覚してしまう。

「……でも、凪には玲王がいるから大丈夫だね」
「玲王?まあ、最近は玲王と一緒にいるのはめんどくさくないけど……」

 凪を見つけたのが、玲王でよかったと――今までの二人を見てきてなまえは思う。

「……ねえ、凪の中には、"かいぶつ"っている?」
「かいぶつ……?なにそれ」

 ぽつりと聞いたなまえの言葉に、興味を持ったように凪は視線を向けて答えた。

「サッカーをするときに出てくる、友達みたいなもの……?イメージっていうのかな。凪って自由なプレーをするから、どんな風に考えてプレーしてるのかなって」

 もちろんサッカーを知らないで始めたからもあるだろうけど。
 同じように自由なサッカーをする廻は、"かいぶつ"の声によってだと、廻自身が言っていた。

「いや、特になにも……。考えたことなかったな。オカルト話?」
「サッカーの話。すごいやつはみんな、心の中で"かいぶつ"を飼ってるんだって」
「へぇー面白いね。誰が言ったの?」
「サッカーの天才」
「……ふぅん。まあ、その"かいぶつ"っていうのが俺の中にいるなら会ってみたいかも。どうやって会えんの?」
「今度聞いてみるね」

 不思議そうな顔をしたけど、肯定的に話を聞いてくれた凪に、なまえは嬉しかった。

「試合の勝利後ってのに、相変わらず二人はテンション低いよなー」
「今の話、玲王にも聞いてみたら?」
「玲王も天才だけど、いるような感じはしないような……」

 なんだろう、人間性的に?玲王のプレーは合理的だし。

「なんの話?」
「玲王は"かいぶつ"を飼ってるのか、なまえが知りたいってさ」
「(知りたいとは言ってないけど……まあいいか)」
「かいぶつ?なんじゃそりゃ。……ああ、ペットの話ね!ペットは飼ってねーけど、馬主だから愛馬はいるぜ」


 普段は忘れがちだけど、ナチュラルに玲王は御曹司だったと二人は思い出した。


 ◆◆◆


 "白宝高校またも、強豪校破る!!"
 "無敗街道激進中!!"

 順調に予選を勝ち進んでいく白宝サッカー部。
 眼を引く見た目に、なまえは時々取材陣からのインタビューを受けるが、写真撮影も含め、一切断った
 そもそもマネージャーは裏方だ。前に出る必要性もない。


「おい、ラスト1周!!」
「だ――もーヤダ、はい疲れた歩けませーん」

 居残りでの玲王との走り込みに、芝生の上にどてっと倒れる凪。

「足折れた、細胞死んだ。心臓止まった」
「……なら、お前ゾンビだろ」
「ナギ・オブ・ザ・デット」

 二人のやりとりに、後片付けをしているなまえはくすりと笑ってしまった。
 帰りは玲王の送迎車で千葉まで送ってもらうので、必然的に二人が居残る場合、なまえも残る。

「そこの敏腕マネージャーさん。向こう行くならついでにおんぶして」
「カゴ抱えてるから無理かな」
「いや、それ以前の問題だろ」

 ちなみに玲王も凪も普段はなまえのことを名前で呼んでいるが「敏腕マネージャー」と呼べば、なんでもやってくれると思ってる節がある。

「ったく……しょーがねぇなぁ」

 口ではそう言いながら、玲王は凪をおんぶする。玲王は凪に甘い。たぶん、なまえが廻に甘いのと同じぐらいの甘さ。


 体操服から制服に着替えたなまえは、今日一日の最後の仕事と、本日の練習内容をスコアブックに記入していた。
 単純な記録だけでなく(ここで凪がポジショニングしてたのが……)気づいた点もメモしていく。

 状況を図にして書いていると、ここに廻がいたらとついつい考えてしまう。
 自身でシュートもできて、パステクニックも抜群な廻なら、さらに多彩な攻撃方法が生まれ、白宝チームは超攻撃型特化チームに変貌するだろう。

(予選は勝ち進んでるみたいだけど、忙しくてなかなか廻の試合観にいけないな……)

「なまえ、それ書き終わったら帰ろうぜ」
「あ、ちょうど今終わったとこ」

 玲王に呼ばれて、なまえは急いでペンをペンケースにしまった。
 小学生の頃のホワイトデーに、廻からプレゼントされた、みつばちとクローバーのペンケース。
 今もずっと大事に使っている。


「本日もお疲れさまでした。玲王お坊ちゃまに、誠士郎さまとなまえさま」

 ばぁやの運転する送迎車に乗り込んだ三人。
 三人でものんびり座れる座席に(背の高い凪でもゆったり)ノンアルスパークリングワインのサービスつきだ。
 他愛ない会話をしながら、先に近くの寮の凪が降りる。

「あ、そうだ。玲王、この間の試合のノートできたから渡すね」
「お、サンキュー」

 それは予選の試合内容をまとめたノートだ。
 千葉に着くまで、玲王となまえの二人の会話は、サッカーや部の今後についてが大半である。
 あとは一緒に勉強をしたり、なまえは玲王から経済や株など教えてもらったり。
 最近は大学受験の相談にも乗っていてくれて、なまえにとって玲王は頼れる友人だ。

「今回も大学のレポート並だな」

 パラパラとめくって、すげえという意味を込めて玲王は微笑む。
 玲王がなまえに試合のまとめをお願いしたのは、分析力を高く評価したからだ。

 中でも自分の分析を読むのは新鮮で、新しい発見もある。
 ずっと御影コーポレーションの御曹司として、価値や優劣をつけられてきたからこそ。
 サッカーをしている"御影玲王"という人間を、彼女の純粋なビジョンを通して見れるのが、玲王は楽しかった。

「しかし、こんなにこと細かく書くって、どんだけ録画見直してんだ?」

 きっと相当な労力をかけてくれてるだろう。そこまで真剣にやってくれて、嬉しい反面、少し申し訳なくも思う。
 手を抜けない性格なら、上手く抜く方法を教えねえとな、そう玲王は考えた。

「……玲王は信頼してるから教えるけど」

 ……お?

 玲王が純粋な疑問を尋ねると、予想外の言葉がなまえから返ってきた。

「私、生まれつき瞬間記憶能力があって、一度観た試合は忘れないから、こと細かく書けるんだと思う」

 …………

「……は、え?初めて知ったんだけど」
「今初めて言ったし。あまり人には知られたくないから内緒ね」

 あまりにも淡々としたカミングアウトに、玲王の優秀な頭脳は一瞬停止した。

「……カメラアイってやつか」
「そうとも言うみたいだね」

 他人事のように答えるなまえに、何かがおかしい。
 努力では絶対に手に入らない、生まれもったものを持っているのに、ひけらかすどころか……

「それって、天才じゃん」
「?天才って、玲王や凪のことでしょう」

 さも当然のように答えたなまえに、玲王はさらに驚愕した。身近に種類の違う天才が二人もいた。それもどちらも、

(おいおい、この子も凪と同じように無自覚かよ……!?)

 どうやら自分は、眠れる天才をまた一人見つけてしまったらしい。

「いやいや、なまえも十分天才だから!凡人がいくら努力したって、手に入らないものを持ってんだぜ?」

 金で買えないモノの価値は、玲王が一番よく知っている。

「……小さい頃はこの記憶力が嫌だったの。人とは違うんだって知って、嫌な光景とか見たら忘れられないし……」

 すごいことかも知れないけど、自分では特別とは思えなかった。

「……だったってことは、今は違うってことか」
「うん。こうして役に立てられるしね」

 なまえは本心というように、笑顔で答えた。

(それに、なにより……)

 今まで観てきた廻のサッカーを、すべて覚えていられることができるから。

 なまえの脳裏にすべて鮮明に残っている。

 廻はなまえのサッカーの概念を壊しただけでなく、世界も変えた。
 新しい景色をこの眼で見るのが怖くて、消極的だった自分の手を、廻は引いてくれた。一緒に過ごした日々の記憶一つ一つが、なまえの宝物だ。

「この学校で知ってんのって、俺だけ?」
「凪も知ってるよ」
「……いつの間にかよ」

 気づかれたという方が正しい。何気ない会話の中で「なまえって記憶力異常にいいよね」と凪に見抜かれた。
 玲王もだが、凪も人並み以上に洞察力が優れている。

 ちなみにその際の凪の反応は「勉強しなくていいね」という廻と同じものだった。(そもそも凪だって、勉強しなくても成績は学年トップなのに)
 なまえ的にはただ記憶しているだけで身についていないから、理解するという意味で勉強はしているのだが……

『おぼえてんのにべんきょーすんの?なまえって変わってるね』

 そう廻におかしそうに言われたことを思い出す。
 廻に変わってるって言われるのは、ちょっと納得できないけど、当時はそんな無邪気な反応に救われたのは確かだ。

「……もったいねえな」
「?」

 ぽつりと小さく呟いた玲王。なまえは聞き取れなかったが「いや、なんでもねえ」と、玲王は笑顔を浮かべて口を閉じる。

(……俺だったらもっとその能力を、有効活用するけど)

 玲王はそう思ったが、その合理さを、彼女に求めるのは的はずれな気がした。


 ◆◆◆


 全国高校サッカー選手権大会予選も、終盤に差し掛かっていた。

 そして今日。

 千葉県大会決勝――波風高校と嵐工業高校の試合観戦に、なまえは来ていた。
 この試合に勝利したチームが、全国へと駒を進める。

(頑張って、廻……!)

 チームというよりは、廻の応援に近い。

「あ……」

 観戦席に座ろうとして、目が合った女性は、顔見知りであった。
 青森駄々田との最初の練習試合の際、観戦に来ていた、
 
「あら、あなたは白王高校の……」

 日本フットボール協会職員の――帝襟アンリだ。

「確かマネージャー……ではなかったのよね」
「こんにちは。今は色々あってマネージャーをやってます」
 
 続けてなまえは、自己紹介した。

「なまえちゃんか。偵察?白宝高校は順調に勝ち進んでるけど、熱心なのね」
「今日は応援です。私、千葉が地元なんです」
「そっか。どっちの高校の応援?」
「波風高校を……」

 立ち話をしていると「よかったら隣座って、色々話聞かせてもらえると嬉しいな」そうアンリに促され、なまえは「じゃあ、失礼します」と、隣に座る。
 近くには定点カメラが設置されており、アンリの方は視察に来ているのだとすぐにわかった。

「注目の選手とかいる?」
「……私個人の意見でもいいですか?」
「もちろん」
「なら、8番の選手ですね」

 試合が始まり、観戦しながら。アンリの質問に、なまえは8番の背番号を見ながら答えた。

「すごくテクニカルな選手なんです。ドリブルとパステクニックが飛び抜けていて、想像を越えるような自由にプレーするところが魅力的なのと……」

 なまえは論理的に廻のプレーを伝える。
 説明は論理的だが、アンリは話すその横顔に、なんとなく気づいた。

「もしかしてなまえちゃん。その選手と付き合ってる、とか?」
「え!?」

 それは、恋をしている顔だ。

 わかりやすく驚くなまえ。恥ずかしそうにどぎまぎしている姿に、可愛いなとアンリは思う。
 8番の彼を見つめる視線でバレバレだった。

「……はい、そうです」

 やがて素直になまえは肯定した。

「あの、でも、客観的に観てもすごい選手なのは本当ですっ」
「ふふ、そうね。……観ているとわかるわ」

 両チームとも、ここまで勝ち上がってきた千葉の強豪校だ。
 その中でも、一旦ボールを持てば、流れるようなドリブルをする廻は、眼を引く。

 ……だが、波風高校は攻めあぐねて、前半戦は、嵐工業高校の先制点で終わった。

(廻……)

「なんかちょっと惜しい感じね……」

 一連の廻のプレーを観て、不思議そうに呟くアンリに「……チームとのサッカーが相違してるみたいなんです」なまえは静かに口を開く。

「相違……?」

 アンリは首を傾げた。ハーフタイムが終わり、後半戦が始まる。
 残り45分。波風高校は1点でも取って同点で抑えれば、延長戦に持ち込める。
 
 チームに合わせてプレーすることは、廻なら簡単にできるだろう。
 でも、自分の理想のプレーを譲れないんだとなまえは思う。

『ノエル・ノアってそんなにすごいストライカーなの?』
『なまえも観たらわかるよ!"かいぶつ"みたいなプレーするんだ!』

 "いつか、おれ、こんなサッカーがしたいんだ"

 ――幼い頃、そう笑いながら言っていた廻だ。

「っ廻……!」

 ずっと、その"楽しい"を求めて、廻はサッカーをしてきた。

「何やってんだ、蜂楽!ボール持ちすぎ!」
「周りのことちゃんと見ろ!」
「自分勝手なプレーすんな!」


 誰にも理解されなくても、一人ぼっちでも――。


 強引なディフェンスによって倒れた廻。怪我は大丈夫なのか、なまえはハラハラして見守る。
 やがて体を起こす廻は、なにもない宙を見上げた。
 まるで、そこに見えない誰かが、手を差し出しているように。


 千葉県大会決勝。
 結果、波風高校は0−1で敗退した。


「残念だったわね……」

 試合が終了し、観客たちがそろって席を立つ中、アンリは隣に座っているなまえにそっと声をかけた。
 その表情はくやしさよりも、悲しみの方が強いように見える。

「……アンリさん……私、なんて声をかけたらいいんでしょうか」

 その純粋に投げかけられた質問には、8番の彼に寄り添いたいという思いを感じた。

「……難しい質問ね」

 敗北した彼らを、本当に救う言葉なんてないのだから。アンリはそれを、間近で観てきてよく知っている。

 彼らを真に救うのは、次の勝利しかない。

 だからこそ。自分の夢でもある、この"プロジェクト"を立ち上げた。

 その勝利を掴むために――!

(……って。試合を観てたからか、つい熱く考え込んじゃったわ……。一つのことに集中すると周りが見えなくなるって、絵心さんに怒られたばっかなのに)

 それより、今は目の前の純真な少女だ。

「それは、私よりなまえちゃんの方がわかると思う」

 二人は6歳からの幼なじみだと聞いた。
 見ず知らずの自分の言葉なんかより、大切な人の言葉の方がずっと響くだろう。

「ところで……、なまえちゃんは将来はどうしたいか決まっているかしら?」
「いえ、まだこれといって……とりあえず大学に進学しようと考えてます」
「じゃあもし、将来サッカー業界に興味が出たら連絡して。銭ゲバ狸みたいな腐った大人たちが占領する業界を世代交代したいから!」

 ぜ、銭ゲバ狸……?アンリから飛び出した辛辣な言葉に、なまえは驚いた。

「白宝高校って優秀な進学校でしょ?サッカーに理解あるなまえちゃんなら大歓迎!8番の彼も逸材なのは変わりないから、私は推薦するつもりで……」
「推薦?」
「あっ、今のはなんでもないの。忘れて!」


 ――まだ極秘だったわ!慌てるアンリを、なまえは不思議そうに見た。


 ◆◆◆


(……もう寒いな)

 夕方になれば、ぐっと気温は冷え込む。
 全国高校サッカー選手権予選大会も終わると、季節は冬に向かっているのだと気づいた。

 白宝サッカー部は予選突破し、全国への切符を手に入れたけど……。

(廻……大丈夫かな)

 決勝戦を敗退したあとも、廻は元気に振る舞っていたが、無理をしているとなまえには感じた。
 心配かけたくないと、自分に気遣っていることも。
 それでも、そばにいて、少しでも励ますことができたなら……。

 甘いものが好きな廻にお菓子を焼いて、なまえは蜂楽家に訪れた。

「廻、サッカーの練習に出かけてまだ帰ってきてないんだ」

 その優の言葉に、なまえはお菓子だけ預けて、いつもの公園に行ってみるとその足で向かう。
 いつものサッカーコートがある公園で、自主練をしていると思ったものの……

(あれ、廻いない……)

 夕焼けに照らされた公園には、誰もいない。

 どこに行ったんだろうと廻が行きそうな場所をなまえは考える。
 別に廻の家で帰りを待っていてもよかった。
 でも、何故かこの時は、自分から探しに行って迎えに行かなきゃだめだ――そうなまえは思った。

 もし、逆の立場なら、廻はそうしてくれる。

 いつだってそうだ。落ち込んだ時は励ましてくれて、いつも笑顔で助けてくれた。

 だから――

(……廻?)


 今度は、自分の番だ。


「……廻!」

 廻は橋の下の河川敷にいた。顔を伏せ、座り込む廻の姿が眼に入った瞬間、なまえは慌てて駆け寄る。

 怪我か、具合が悪いのかと思ったから。
 そうではないと、すぐに気づく。

「ねえ、なまえ……」

 廻にいつものように名前を呼ばれたのに、いつもと違う。

「俺って……変かな……?」


 そう小さな声で吐露した言葉に、なまえの胸はきしりと傷んだ。


「廻は変じゃないよ……!」

 すぐに否定するように言った。違う。そんな風に思わないで。変じゃない。絶対。廻は誰よりもすごい人なんだよ。みんな気づいてないだけで。

「変じゃない……っ廻は天才なんだよ……」

 どうしたらみんなにわかってもらえるだろう。自分になにができるのだろう。なまえはずっと考えていて、結局わからなかった。

 ――まっすぐと真剣なその眼から、一筋の涙が静かに流れるのが、廻の眼に映った。

「……なんでなまえが泣いてるの」

 言われて初めて気づいたように、慌ててなまえは手の甲で拭うも、堰を切ったようにポロポロと涙が零れていった。

「ご、ごめん……っわたしが泣いてもしょうがないのに……」
「……俺のために泣かないでって、意味だったんだけどね」

 廻は立ち上がって、腕を伸ばし――

「伝えるのって難しいや」

 なまえをぎゅっと抱き締める。慰めたくて抱き締めたのに、……逆だった。
 その存在が、ぬくもりが、折れそうで冷えた心を暖めてくれる。

 どうしようもない孤独を……愛しいという感情で埋めてくれる。

「でも、なまえの思いはちゃんと伝わったから……。その言葉で今の俺、救われた」

 その言葉を信じないで、他に信じるものは廻にはない。

(前になまえは、俺のことを勇気をくれるって言ってたけど……)

 廻だって、なまえから勇気をもらっている。
 こんな風に泣いてほしくない。笑っていてほしい。そのなまえへの思いが「負けない」に繋がる。

「……本当に?無理してない?」

 顔を上げて心配そうに聞くなまえに、優しく微笑んでから、廻は答える。

「本当だよ。無理もしてない。なまえがそばにいてくれたら、俺たぶん大丈夫」

 ……あ、そうか。だから、俺――

「将来、なまえにお嫁さんになってほしいって思ったんだ」

 一目見て、直感だった。

「……今も、そう思っててくれてたんだね」

 お嫁さんにしたいなんて、いつか忘れてもおかしくない子供の約束だ。

「この間も俺「なまえのことはお嫁さんにするって決めてるから」って、言ったでしょ」

 この間……?思い出そうとするなまえに廻が言う。「ほら、なまえが持ってきてくれたシュークリームを一緒に食べた……」なまえは思い出した。

 廻が途中で寝ちゃって、何を言いかけたか聞き返すのを忘れてたけど、それを言おうとしていたんだと知る。

 思わずなまえは、小さく笑ってしまう。

「廻、それけっこう前の話だし、途中で寝ちゃって全部聞けてないよ」
「そうだっけ?」

 すっとぼけてから、廻は少しだけ不安げになまえに尋ねる。

「なまえは違うの?今でも、なまえは俺のお嫁さんになりたいって……思ってくれてる?」
「ずっと、思ってるよ」

 ……そっか。答えてから、なまえも気づいた。

(将来やりたいことや、なりたいものが見つからないって思ってたけど……だってそうだよね)

 一番の夢は、もう持ってたんだから。

 これから先も、ずっと廻のそばにいたい。ずっと一緒にいたい。

 私も廻の夢を、一緒に追いかけたい。

 幼い約束にすがってる気がして、そんなの非現実だって、叶わないことが怖くてずっと蓋をしてきた。


『大人になったら、なまえちゃん、おれのお嫁さんになってよ!』


 あの日から、それがなまえの夢だった。


「ねえ、廻」

(私、ちゃんと廻のお嫁さんになれるように頑張るね)

 廻と並んで歩けるように。しっかり支えられるように――。

「サッカーしよ!私から獲ってみて!」

 廻から離れたと思えば、そばにあったボールにたんっと足を乗せるなまえ。
 唐突の予想外の行動に、廻はぽかーんとした。
 そして、ふっと吹き出すように笑みが零れる。

「……なまえから誘うなんて珍しいね。いいよ」

 ディフェンスやキーパーの代わりに立ってもらったことはあっても、なまえと1on1をやるのは初めてだ。

「……!?」

 もちろん手加減しているが、なまえの違和感に廻はすぐに気づいた。

「ありゃ。なまえ、こんなサッカーできたっけ?」
「廻を驚かせようと思って練習したの!」

 サッカー部の部員たちの練習メニューに組み込まれている、リアル・バーチャル・サッカーゲームを、なまえもやらせてもらったのだ。
 さすが御影コーポレーションのバーチャル技術研究所の開発。

「なまえ、すごいよ……!」

 適切なレベルモードで誰でも上達できる仕組みと、玲王の的確アドバイスであのなまえでも少し上達した。

「素人の動きだぁ!」
「あっ!?」

 ひょいっとあっさりボールを獲られた。……廻にとってはまだまだなのはわかっていたけど!

「他に言い方あるでしょー!」
「褒めてる褒めてる♪サッカーできなかったなまえが、素人と呼べるほど上達したってコト」
「素人以下だったてことね。もう絶対奪る!」
「なまえとなら何時間でもつき合っていーよ。ほら、奪ってみて♪」


 ぎこちなくて、素人の動きのなまえとの1on1。つまらないどころか、これが楽しい。

 きっと、"一緒に"サッカーをしているからだ。

「……ありがとう、なまえ。俺、もう少し信じてみるよ」

 信じたい。

 こんな風に、一緒にサッカーができる友達が、いつかできるって――……。


 ◆◆◆


「アンリちゃん。コイツ、招集決定ね」
「……はい!」


 ――そして、廻に「日本フットボール連合」からの手紙が届く。
 それは、世界一のストライカーを誕生させる、"青の監獄"ブルーロックへの招待状だ。


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