「にゃは♪そうそう!あの時もそんな眼してたぁ!」
二人しかいない室内トレーニングフィールドに、廻の笑い声が響いた。
潔との1on1は楽しい。
どのぐらい楽しいかというと、トイレに行きたかったけど、我慢して忘れるほどだ。
――ねえ、なまえ。
「俺は、"青の監獄"に来てよかった。潔に逢えたから」
見つけたかもしれない。一緒にサッカーできる友達。
『えー……3日間にわたる体力テストの集計が終わりましたー』
その時、チャイム音と共に、アナウンスが響いた。
次に部屋に戻るようにという指示に、二人もその場を後にする。
「蜂楽、部屋はこっち……」
「潔……俺ずっとおしっこ我慢してたの思い出した。漏れそう」
「!?早く行ってこーい!ばかたれ!」
「あーい♪」
トイレに行って、スッキリして帰ってくると、ちゃんと外で潔が待っていてくれた。優しいなと廻はちょっと思った。
部屋に戻ると、就寝中だった皆はがっつり起こされたらしい。
「あ!潔!みてみて俺!ランキング300からめっちゃ上がってんだけど!?ほら275位!」
「え!?すげぇじゃん!」
潔と同じようにおーと廻もイガグリの腕についた順位を見る。
ヴィンと壁についたモニターが起動した。
『やあやあお疲れ、才能の原石共』
現れたのは絵心だ。「"青い監獄"の暮らし楽しんでるかーい?」おちゃらけたその言葉は、皆(主に雷市)の顰蹙を買う。
「環境がクソなのは、お前らがサッカー下手クソだから当然だ、バーカ」
(口悪いなぁ)
絵心もなかなかの暴言で皆の不満を一蹴し、"青い監獄"についての説明をし始めた。
ふんふんと聞いているようで聞いていないようで聞いてる廻だったが、
『それではこれより、"青い監獄"一次選考……』
その言葉に大きく反応する。
全5チームによる総当たりリーグ戦。やっとサッカーができるからだ。
「え?じゃあここにいるチームZ、11人が1つのチームってこと?全員FWなのに……?」
疑問をいち早く口にしたのは千切。
その言葉に「あー確かに」と廻も気づく。
(俺、FW以外やったことないけど……)
そして、全員FW希望なのは当然だ。
ポジションの取り合いに、押し付けたりするなか、廻は流れに身をまかせるように静観する。
なんにせよ、自分のやることは変わらない。
"かいぶつ"の声と共に、ワクワクするようなサッカーをするだけだ。
◆◆◆
"青い監獄"で、廻たちの一次選考を行われようとする頃……。
日本フットボール連合が会見を開くということで、なまえは両親と共にリビングのテレビで中継を観ていた。
『……――という風に。優秀な高校生300人を集めまして、日本をW杯優勝に導くためのストライカーを育成しようというのが――』
会見しているのは、会長である不乱蔦宏俊だ。
その隣には、なまえが何度か会ったことがある、帝襟アンリの姿もある。
「全国の300人から選ばれたなんて、廻くんすごいのね」
「でも、その中で生き残るのは大変だぞ。素人にはむちゃくちゃなプロジェクトにも見えるけど」
「……うん」
母と父の言葉に空返事をするなまえ。詳しく知らなかったプロジェクトの実態を明かされて。
前代未聞に踏み込んだ計画に、驚きを隠せない。
『この、"青い監獄プロジェクト"でございます』
"青い監獄"
廻は他の299人と共にそこにいるらしい。
集まった記者からは、疑問視の声や中には批判的な声も飛び交う。
これは『たった一人の世界一のストライカーを生み出すプロジェクト』
てっきり切磋琢磨するようなものかと思いきや、これでは300人による、たった一つの頂点のための蹴落とし合いだ。
廻ももちろん気がかりだが、二人で世界一を目指すと決めた、玲王と凪の二人も気になる。
『いや……まぁ一応、本人たちの意思を尊重しておりますし……親御さんにも書面でサインはいただいておりますので……』
記者たちの質問におどおどと、煮え切らない返答をする不乱蔦をよそに。
「人生が台無し……?」
その隣で大人しく座っていたアンリが、突然席を立った。
『その通りです!!日本サッカーが次に進むためには、このイカれたプロジェクトが必要なんです!!』
強い口調と共に、バンっと机に両手をついたアンリ。会場は静まり返った。
「アンリちゃん……?」
「……見てみたくないんですか?」
ざわつく会場に向けてアンリは言う。
『日本サッカー界に、英雄が誕生する瞬間を』
アンリの熱のこもった演説を、画面の向こうでなまえは聞き入る。
この人は本気なんだと……わかった。
『……でも、その"あと一歩"先に行くために、日本サッカーは今こそ死ぬべきです』
本気で、日本サッカーW杯優勝の夢を、実現させようとしていると。
『W杯優勝という新しい夢を見る勇気はありますか?』
その全てが"青い監獄"にある――。
会見は以上ですと、急に中継は閉じられた。
父や母が会見について話しているが、なまえの耳には届かない。
日本サッカーが世界に勝つ瞬間。なまえだって見てみたい。
でも、それは同時に"廻のゴール"で見たいとも思っている。
それは身勝手な願いでもあり、それを言い替えるとすれば、
きっと、なまえのエゴだ――。
◆◆◆
チームZvsチームXによる、最初の試合が始まった。
これは、0から創るサッカーだという。
0?1にすればいいってこと?難しいことはわからないが――……廻にだって、これはサッカーじゃないとわかる。
(お団子サッカーじゃん)
目の前で繰り広げられるボールの取り合い。誰がボールを持ってるのかさえわからない。
(おぉ!あいつすげー)
そんな時、ボールの取り合いの群衆から、一人すごい勢いで飛び出した。
敵チームの10番。
抜けた先、進行方向をふさぐ潔に突進するようにドリブルする。あ、うまい。思わず廻は見入った。
一見した強引さとは裏腹に、繊細な足さばきからの"足技"。
潔は抜かれ――
「ゴメン、久遠くん!!そっち行った……」
「OK!任せて!」
「大丈夫、2対1だ!」
久遠に続いて今村も続くが、10番は難なく連続また抜き。
そして、完璧なシュートコースで先制点を決めた。
ゴールネットが大きく揺れる。
「いいか、覚えとけ。下手糞どもが。俺にとってはボールは友達でもなんでもなく――……」
10番の周りに歓声と共に集まるチームメイトたち。
「俺を輝かせるためのただの球体下僕だ。ピッチの上じゃあ、俺が王様だ」
敵ながらあっぱれだ。チームメイトから「キング馬狼」と呼ばれているのには笑ってしまうが。
「おい蜂楽!ぼけーっとつったねえで走れ!働け!」
ぎゃあぎゃあ騒いでた雷市の矛先が、そんな廻に向けられた。
「蜂楽!俺たちだけでもパス繋いでこー!!」
「おっけー」
潔となら上手くパスを繋げそう――そう思った矢先。
「よ」
「あ」
廻がトラップする前に、イガグリが横からボールを奪ったのは。
「ちょ!イガグリ!?お前……ポジション!」
「バカかよ、潔!?」
潔の呆れる声を無視して、イガグリは独走。だが、すぐに敵チームにボールを奪られてしまう。
先ほどの馬狼のプレーによって、チームXがまとまり始めた。
連携からパスを受けた馬狼は、自分に集まる彼らを嘲笑うようにヒールパス。
「おっしゃナイスパス!スペースガラ空き!」
「ゴール前フリーもらった!」
「止めろ伊右衛門!!」
ボールは伊右衛門の手を余裕で飛び越え、再びゴールネットを揺らした。
(あーらら……)
その後も次々と1点、2点とゴールを決めていくチームX。
反対にその焦りは、チームZのさらなる個人得点への執着に向かわせた。
「へいパス!」
呼び掛けてみても、誰も廻のことを見やしない。
(俺がしたいのは、こんなサッカーじゃない)
これなら、以前のサッカーと変わらない。
チーム同士でのボールの奪い合い。
DFはぐだぐだで機能していない。
時間だけが刻々と過ぎるなか、ついにチームXは5点目を決める。
「あ――ずっと走らされてるだけだし……あと3分で5点はムリゲーだね……」
最後の3分に。
「でも、1点ならいけるかも」
廻の中でイメージが浮かぶ。
「俺と潔で」
「蜂楽……」
"かいぶつ"となら、可能なプレーが。
「相手も5−0で気ぃ抜いてるし、ノーマークの一回こっきりなら決まるかも……」
って、やり方だけど……
「やる?」
「……やる!」
その瞬間、二人の視線がかち合った。
「俺が相手を引きつける。チームXが油断している今、この一回だけ、縦ポン一発でお前が決めろ」
普段とは違う声色、有無を言わせず口調で廻は潔に言う。
「走れ、潔。ゴール前で逢おう」
「OK、蜂楽」
潔のキックオフから試合は再開。
「♪」
ボールを受け取った廻は、潔が走り出したのを視線で悟られないように確認。
相手チームにボールが奪られないようにフェイントしながら、自分が囮になるように引きつける。
「囲め!」
「コイツらにチームプレイはねぇぞ!」
……まだ。まだだ。タイミングを計る。
「ココだね、潔……」
三人に囲まれながら、廻は蹴った。
前線に走る潔への、狙い通りのロングパス。
「YES!」
足を伸ばし、トラップした潔に思わず廻はそんな声をもらす。
初めての感覚かもしれない。
いつも誰もいなかった自分の理想のプレーの先に、誰かがいてくれたのは。
――決めろ!そう思った廻だったが、潔の前に馬狼が立ちふさがった。
「潔ッ!!後ろ!!」
「パス出せ!」
「!?」
同時に背後から上がってくる二人。
「俺が決める!!」
「俺だ!こっちだ!!」
雷市と國神だ。
時間にして数秒。迷いを見せた潔は、馬狼がボールを奪いに来る寸前――パスを出した。
「ナイボー潔……!」
フリーの雷市の方ではなく、國神に。
「ムリだろ、あんな長距離射程」
廻を抑えていた相手チームの一人が呟いた。
その直後、見開く廻の眼に映るのは、國神の左足からの強烈なミドルシュート。
GKは反応できず、まっすぐゴールへと突き刺さった。
試合終了のホイッスルが鳴る。
結果的には、5−1でチームZの完敗。
雷市に散々責められた潔は、胸ぐらを突き放されて、尻餅をつく。皆がフィールドを立ち去るなか、潔は茫然自失のように座り込んだままだ。
それを静かに見つめる9番の背番号と――8番の背番号。
何故、潔が迷い、國神にパスを出したのか。
廻にはわからない。わからないけど……きっと意味のないことではないと思う。
(次は決めてくれよ。……潔世一)
そう心の中で呟いて、潔を残し、廻はその場を立ち去った。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#試合開始30分前
「潔……」
「?どうした、蜂楽」
「俺、身体が縮んだかもしんない!」
「縮んだ……?」
「ほら、ユニフォームがブカブカ」
「蜂楽……。それ、俺のだ」
「ちなみに下は俺のだ……」
上、國神の。下、伊右衛門の。
「じゃあ俺のはどこ?」
「蜂楽くんのユニフォームはこれじゃないかな」
「サンキュー久遠ちゃん♪」
「試合前にこんなんで大丈夫かよ、コイツ……。おい、蜂楽。俺の足だけは引っ張んじゃねーぞ」
「あ、前後ろ逆に着ちゃった」
「聞けよ!つーか、ワザとやってんだろ!?」