廻と五十嵐栗夢と二子一揮

 久遠発案の"次俺9"もだいぶ形になってきた。

「蜂楽のドリブル技術、教えてほしいんだけど……」
「いいよ♪じゃ、廻先生のスペシャルレッスンの始まり始まり!まずはボールと一つになります」
「!?どうやってボールと一つになるんでしょうか、先生……(すでについていけねー)」

 チーム全員の特訓はそれはそれで楽しいが、廻はやっぱり潔との自主練が楽しいなと思っていた。
 何故かと聞かれたら、廻はワクワクするからと答えるだろう。

(あれ、潔。ここにもいなーい)

 今日も潔と自主練しようと思ったら、肝心のその姿が見当たらない。もしかしたらすれ違ったのかも知れないが、まっいっかと廻は諦めた。

 トレーニングルームではボールの蹴る音が響き、先客がいるらしい。

「おう!蜂楽も自主練か?」
「なーんだ、イガグリか」
「なんだってなんだよ!?」
「まあまあ。ここで会ったのも何かの縁だし、俺と1on1でもやる?」

 その言い種には腑に落ちないものの、イガグリは「おう、やるぜ!」と、廻の誘いを受けた。

「よーし、蜂楽。俺に勝ったらたくあんをやろう」
「じゃあ、俺に勝ったらイガグリの伸びてきた髪の毛剃ってあげる」
「嬉しくねーよ!そこはおかず交換だろ!」

 そんな感じで始まった、廻とイガグリの1on1。

 初日に顔面蹴られた恨みを晴らしてやるぜ!
 そうイガグリは気合いを入れて、廻からボールを奪おうとするが、一向に奪えない。

「ほらほらこっち!」
「うおー!」

 廻からしてみると技術的なものというより、イガグリの動きはわかりやすい。
 むしろなまえの方が、選手にはない素人の動きで翻弄されたかも知れない。

 ――つまり。

「俺の勝ち、だね♪」
「チクショー!」

 くやしがるイガグリに、にゃははっと廻は笑った。
 ちなみに戦利品のたくあんは、イガグリが悲しそうだったので、廻は断った。


 ◆◆◆


 伍号棟での第3試合、チームZにとっては二戦目だ。

 相手はチームY。

(バスでの前髪パッツンがいるチームか……)

 そのチームには、廻とバスで隣同士に座っていた大川響鬼がいた。寝ていた廻は大川とは初顔合わせだが。

 そして、もう一人。

(チームZ……。この試合、勝つのは僕らです)

 廻が"青の監獄ブルーロック"で迷った際に、道を尋ねた二子一揮の姿も。

 チームZからのキックオフで、"次俺9"の最初の一人目は廻だ。

 この作戦は一人持ち時間を10分とし、自分の武器で攻めて、味方はサポートに徹するというもの。

「いくよ♪」

 國神からボールを受け、廻のターンが始まる。

『ドリブルで切り込む』

 己の武器を生かした、廻のやりたいサッカーだ。

(どんどんいっちゃいます!)

 ボールが吸い付くようなドリブルで、廻は敵チームのDFを置き去りにする。
 プレスを跳んで避けて、廻はボールと共に駆け上がった。

「これ以上、抜かせんな!」
「常に2対1作れ!」

 廻の前を塞ぐのは二人。

「2人でいいの?抜いちゃうよ?」

 すぐさま廻は切り返したが、伸びた足に気づき、咄嗟にボールを浮かす。

「3人でした」

 ……あ、道教えてくれた人!

「どうも。キミのドリブルは研究済みです。蜂楽くん」
「やるねぇ、前髪くん」

 絶妙なタイミングに現れたのは、二子だ。

(二枚のDFに、方向転換したところを狙って前髪くんが奪いにきたってわけか。上手く誘導されたね)

 廻はボールをキープしたまま、身体を捻り、蹴った。

「一旦戻すの巻!」
「お、おう」

 廻からのパスを受けとるイガグリ。

「蜂楽から目ぇ離すな!」
「おう!」

(ありゃ。俺、思いっきりマークされてるのね)

 統率された動きは、チームZを研究して、作戦を練ってきたのだとわかる。

「蜂楽、もっかい!いける!」
「ほい」
「今度はサイドから来るぞ!」
スペース固めろ!」

 イガグリからボールを返してもらった。
 だったらここは……

(だよね!"かいぶつ"♪)

 廻は怯むどころか、笑いながらドリブルをして向かってくるので、むしろ敵チームが「なんじゃこいつ」とちょっと困惑する。

「勝負だ!前髪くんっ」
「楽しそうな人ですね、キミは」


 ――でも、ここから先は行かせません。


「おい!10分!」
「ほーい」

 時間きっちりに雷市は声をかけ、廻はボールを國神にパスする。

 次は國神のターンだ。

「サイド上がれ!」

 國神の武器、左足のミドルシュートを生かした戦法。
 廻は久遠と目配せして、前線に上がる。

「練習通り!」

 雷市が國神にパスをしたタイミング。
 二人は國神のシュートコースを開け、一人ずつ敵チームを抑える。

「今いけるよ!」
「撃て!」

 狙いを定め、國神は左足でミドルシュートを撃った。

「!!?」

 まさかのシュートブロック。塞がれると思っていなかったそれに、皆が眼を見開く。

「おら、クリアぁ!!」

 唖然としながらもクリアボールをトラップしたのは、――潔だ。

「蜂楽もっかい!ビルドアップやり直し!」
「ほい!」

 潔からのパスを胸トラップし、廻はボールを転がしながら徐々にスピードに乗る。
 一度ドリブルのリズムに乗ってしまえば、テクニカルな廻からボールを奪うのは至難の技だ。

「左右から挟め!」
(もうちょい……!)

 十分に引きつけてから、廻はボールを蹴った。

「ナイスパス蜂楽!次は決める……」

 國神はトラップすると、すぐさまシュートモーションに移る。

 ……だが。

「だぁクソ!!またかよ!?」

 再び敵チームはボールカットした。

「浮いた!セカンドボール!」
「あ……」

 皆がボールを見上げるなか、落ちた先は――……

(前髪くん……?)

 柔らかくボールを脚でトラップした二子。

「そう、この瞬間タイミングを待ってた……」

 二子からのロングパス。その先に駆け上がる大川の姿。

「やっと来たか、二子!」
「よろしくです、大川くん」

 ――カウンターアタックだ。

 潔と成早が慌てて大川を追いかけるが、すでにGKの伊右衛門と一対一だ。

「あー……それ狙ってたんだ。なかなかのクレバーだね、前髪くん」
「言ったでしょう。研究済みですって」

 それは、キミのドリブルだけじゃないんですよ――。長い前髪の下で、廻は二子と眼が合った気がした。

 その後もチームZ は"次俺9"を続行したが、相手ボールのまま攻めあぐねて、チームYの先制点のまま前半終了。

 ――ハーフタイム。

(蜂楽、立ったまま寝てんの……?)

 自分の番だったのに、一度もボールに触れられなかったと騒ぐ雷市をよそに。

 廻は立ったまま、すぴーと寝ている。

 寄りかかってはいるものの、よく寝れるなと、呆れるようなすごいと思うような――そんな眼で潔は廻を見た。

 廻としては、スタート時に自分のターンと、その後もずっとパスやら動き回っていた疲労の回復である。
 基本睡魔が訪れたら、無駄な抵抗はしないで、すぐに廻は寝落ちする。

「おーい、蜂楽。ハーフタイム終わるぞ」

 今度は椅子に座って身体を預けて寝てる廻を、潔はゆさぶって起こした。

 後半戦、チームYボールで試合開始。

 前半試合と変わらず、チームYは自陣でボールを回し、守りに入った。
 1点を先取したので、それも一つの戦法だ。
 ただ廻は、つまんないなーと思う。今の廻のポジションは、最終ラインの右CBだ。

 廻はDF固定の千切に向かって口を開く。

「ねー千切はずっとDFでつまんなくないの?」
「べつに……楽しむためにここに来たわけじゃねーし」
「ふぅん。でも、楽しそうでいいなぁって顔してたよ」

 廻は思ったことを素直に口にしただけだが、千切は驚いたように眼を見開いた。
 その千切の反応に、廻は不思議に思いながら「あ」と声をもらす。
 
(今村が仕掛けた)

 そして避けられた。残念ながら今村のプレスは不発に終わったが、その一瞬の隙に我牙丸がボールを奪った。

「10分経った。俺の番」
「しゃあ!久々のマイボール!」
「切り替えろ!我牙丸陣形フォーメーションだ!」

 陣形フォーメーションが代わり、廻はセンターハーフにポジショニングする。

「頼むぞ、潔!」
「おう!」

 我牙丸の作戦の起点はサイドの潔だ。

 練習通りの、潔のアーリークロス。少し遠いかと思われたが、我牙丸は武器のバネを生かし、飛び出し……

 ゴールに向かって、ヘディング!

「あぁ惜しい!」
「いける!いける!コーナー!!」

 ボールは寸前で弾かれて、コーナーキックに入る。
 キッカーは事前の話し合いにて、パス精度が高いという理由で廻が蹴ることになっていた。

「ゴール前、人数かけろ!なんでもいいからゴールにねじ込め!」

 廻はいつになく集中する。GK、DF、味方の動きを把握し、その瞬間、ボールを蹴った。
 狙いは身体能力が高い我牙丸の頭上。そのすぐ後ろには雷市も控えている。

「潔!?」

 廻の眼に、一人塊から抜け出した潔の姿が映った。

「だぁクソ!!」
「ナイスGK!」
こぼれ球セカンドボール!!いけカウンター!!」

 まるで、ボールがGKに弾かれるのを予知していたように。

(……いや。カウンターを警戒して……?)

 二子の前に潔が割って入り、胸トラップで先にオフザボール。

 潔はボールと共に駆け上がる。

 GKが雷市の妨害により、戻れてない。

 ――チャンスだ。
 廻が固唾を呑むなか、潔のシュート!

「!?」
「あ゙」

 追いついた二子が脚を出して、軌道を変えた。
 ボールはゴールコースから外れたが……

「!!?」

 どこからか飛び出した我牙丸が、脚を伸ばし、ボールをネットに押し込んだ。

 1点奪取。チームZから大きな歓声が上がる。

 我牙丸は勢い余ってゴールポストに激突して痛そうだったが、これで同点だ。
 我牙丸に皆が集まるなか、廻は潔の元に行く。

「ナイスプレー、潔!」
「……蜂楽。ありがとう。とりあえず、これで同点だ」
「追いつかれちゃいましたね」
「!」

 潔に声をかけたのは二子だ。廻と潔、二人は同時に振り返る。

「今のカウンターで大川くんが2点目決めて、ほとんど試合を終わらせられると思ったのに……」

 少しの沈黙のあと、潔が二子に言い返す。

「もう自由にはさせない……お前を止めて……俺たちは勝つ!!」

 潔の力強い言葉に、同意するようにニっと笑う廻。

「キミって、僕と同じ眼を持ってる」

 ……同じ眼?廻は首を傾げる。二子の眼は見えないからだ。

「……でも、僕には勝てない。試合ゲームを支配するのは僕です」

 親指と人指し指でわっかを作り、そこから覗く二子は、すべてお見通しというようだった。

(潔と前髪くん、バチバチじゃん)

 後半15分。

「おっしゃ!!このまま一気に攻めるよ!攻めるよ!」

 やっと来た自身のターンに、意気込む成早。

 その際、後方左サイドのポジションになった廻だったが、ほぼ敵チームのマークだけで終わった。

 戦況が動いたのは、後半の35分に差し掛かった頃だ――。

「追い込め!3人で!」
「ほいさ!」
「パスコース無ぇだろ!!」

 國神と雷市との三人で廻は、オンザボールの選手を囲んだ。
 あまりディフェンスは得意ではないが、じりじりと追い込む。

 彼は、誰もいない場所にパスを出した。

「!?」

 いや、そこには大川の姿。その眼が強い意思を見せたと思ったら、それは一瞬だった。

(およ!?)

 チームY全員が、一斉に駆け上がる。

 全員参加の総攻撃フルカウンターだと気づいたときには、チームZは遅れを取っていた。

 試合終了1分前の、大仕掛け。

「マジかよ……止めろ!!」
「戻れ!!戻れぇ!!」

 焦って慌てて追いかける。その中には廻の姿もあるが、全員総勢でのパスワーク。

 飛び交うボールに追いつけない。

「ヤバい……ヤバいって!!誰か止めろ!!」
「最終ライン止めろぉぉぉ!!」

 今村と久遠の叫ぶ中、最終ラインで千切は迎え打つ。

「千切ぃ!挟むぞ!!」
「っ……!」

 最後まで喰らいつくように追いかけてきた雷市が千切に叫んだ。だが、次の瞬間、ボールは二人の間をむなしくすり抜ける。

 二子へのパスだ――。

 パスを受け取った二子は、伊右衛門と1対1で対峙。
 そして二子は、シュートを撃つ素振りをして、パスを出した。

 そこには大川――誰もが終わったと思った瞬間だった。

 だが、ボールは大川には届かなかった。

 いつの間にかそこにいた潔が、パスを阻止した。
 その光景を眼にした瞬間、廻は駆け上がる。そして國神も。
 唖然としていたその場は、潔のロングパスではっとする。

 ――カウンター!

「ヤバい……!!カウンター返されっぞ!!戻れ!拾え!」

 大川が叫び、今度はチームYが慌てて自陣に戻る。それより早く。

「ナイス潔!」

 落ちてくるボールを、國神が胸トラップした。

「ファウルしてもいい!止めるぞ!!」

 強引に止めにきたチームY。フィジカルに自信がある國神はボールキープするが、身動きが取れなくなる。

「ク……ソが、この先任せた!」
「承知つかまつった!」

 國神からのパスを、廻はぴょんと跳ねて脚で軽快にトラップ。

「止めろ!!」
「おらぁ!」

 二人止めにかかってくるが、廻は冷静にボールを左右に運ぶ。その足元の器用さに翻弄された隙を突くように――ボールと共に、廻はすっと横をすり抜けた。

 あと一人。ここはスピードは落とさず、くるりとターンで軽やかに躱す。
 廻には感じていた。駆け上がってくるその存在を――。

 んべっと舌を出して。

「後はお願い、致しやす」

 ボールを強く蹴った。高めのクロスだ。
 そこに我牙丸がヘディングしようとしたが、掠める。

「うんにゃ、俺の狙いは――……」

 自陣からここまで走り抜けてきた、

「その向こうの11番だ」

 ――潔。彼の中の"かいぶつ"が、色濃く見える。

「決めろ……」


 潔世一エゴイスト


 廻の言葉に応えるように、潔はシュートし、ボールはゴールネットを大きく揺らす。

『2−1でチームZの勝利!!』

 チームZの歓声が、コート上に響き渡った。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#シンパシーとテレパシー


 〜チームY、データ・モニタールーム〜

「次の僕たちの対戦相手は、こちらのチームZですが……」
「あ……オカッパ頭」
「おや、大川くんはこちらの蜂楽くんをご存じなのですか?」
「いや、最初のバスで隣の席だったってだけで。珍しい髪型だから覚えてた」
「(キミの髪型も今時珍しいモヒカンなので、シンパシーを感じたのでしょうか……)」

 〜〜〜

「くしゅんっ」
「おい蜂楽、風邪ひいたんじゃねーだろうなぁ?」
「うーん、このくしゃみは誰かが噂をしてるのくしゃみ……、は!」

 きっとなまえが俺のことを恋しがってるんだ!

「蜂楽……?今度はなにしてるんだ?」
「俺は元気だよって、テレパシー送ってる」


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