デートはまだ早い

 小学生にとって待ちに待った夏休み。

 廻は夏が好きだ。テンション上がるし、自分の誕生日もある。でも、出された夏休みの宿題の量にはうんざりしていた。


「じゃあ一緒に夏休みの宿題やろう?」
「一緒に?」
「二人でやればきっと早く終わるよ!」
「うん!」


 夏休み前の大荷物を持ちながらのいつもの帰り道。なまえと一緒にやるならちょっと頑張れそうだと廻は思った。


 夏休みも入り――日々最高気温を更新するなか、暑い中でも廻は元気だ。今日もいつもの場所で"かいぶつ"とサッカーをして、楽しそうに笑っている。
 不思議なことに、その存在はなまえの目にもだんだんと見えてくるようになった。
 本当に"かいぶつ"の姿が見えるわけではなく、廻の蹴るボールの方向やドリブルなど、見えない誰かがいて、一緒にサッカーをしている動きなのだ。

「廻ーー!」
「あっなまえ!」
「うちでかき氷食べない!?」
「食べる!!」

 引っ越しの際にどこかへいったと思ったかき氷器が出てきて、廻と一緒に食べたいと探しに来たのだ。

「廻と"かいぶつ"くんってどっちがサッカー上手いの?」
「たぶん、"かいぶつ"。おれに色々教えてくれるし」
「どんなこと?」
「今はなまえとかき氷食べろって」
「それ、廻が食べたいだけじゃない?」
「にゃはは、バレた?でも、サッカーについて色々教えてくれるのはホントだよ」

 そんな会話をしながらなまえの家に着く。廻の家の目と鼻の先だ。

「わぁ、雪みたいだっ」
「はい、二人共。シロップ、好きなのかけてね」
「廻はシロップなににする?」
「んーと……」

 二人は出来上がったかき氷を縁側で座りながら食べる。
 その庭先に咲いてる向日葵は、廻の家にも飾ってあるものと一緒だ。
 つい先日、7歳の誕生日を迎えた廻に、なまえがプレゼントしてくれたからだ。

『たんじょうび、おめでとう廻!うちの庭で咲いたヒマワリ。廻にぴったりな花だと思うんだっ』

 初めて花をプレゼントされたが、すごく嬉しくて。なまえの誕生日にはなまえに似合う花をプレゼントしようと廻はすでに決めている。

「かき氷、おいしいけど頭キーンとなる〜〜っ」
「あははっ。なまえ、舌真っ赤!」
「廻だって、あはっ」

 みーんみーんと蝉が鳴くなか、シロップの色がついた舌をお互い見て笑い合う声が響いた。

「あ、ねえ。廻は自由研究、なににするの?」
「自由研究?そんなのあったっけ?」
「うん、あった」

 きょとんとする廻に、なまえは自由研究がどんな宿題かも説明する。

「え〜なんかめんどくさーい。なに研究すればいいかわかんないもん」

 そう言って大の字になって、空を仰ぐ廻。なまえはスプーンをくわえたまま、うーんと考える。

「サッカーは?好きなサッカー選手についてとか」
「好きな選手かぁ。いっぱいいるし」

 プレースタイル関係なしに、廻はすごいサッカーをする選手は皆好きだ。

「どんなサッカーをする選手か紹介するってどうかな。この選手はドリブルがすごいとかシュートがすごいとか」
「あ、ちょっと面白いかも」

 なまえの提案に廻はやる気が出たのか、がばっと起き上がった。

「なまえはなににするの?」
「わたしはね、水族館にいってどんな生き物がいたかレポートつくる!」
「へー!楽しそう!おれ、イルカ好きだよ」
「あっじゃあ廻も一緒にいこうよ!」
「え、いいの?」
「お父さんとお母さんにお願いしてみる!」

 楽しみにしていた水族館が、廻と一緒ならもっと楽しい。

 なまえはさっそく両親にお願いする。

 蜂楽家と名字家。子供同士の仲が良すぎる故、自然と家族同士の交流もできて、持ちつ持たれつの関係だ。すんなりと話は進み、廻の同行は決定した。


 ――当日。


「廻、なまえちゃんのご両親の言うことをちゃんと聞くんだよ」
「うん、わかった」

 しゃがんで目線を合わせて言い聞かせる優に、こくりと頷く廻。次に優は、隣のなまえに話しかける。

「なまえちゃん、廻誘ってくれてありがとうね」
「廻と一緒にいけてうれしいっ」
「今日のお洋服もすごく可愛いね。ね、廻」
「うんっすごく似合ってる!」

 廻の言葉になまえは嬉しそうに笑う。

「良かったね、なまえ。昨日、あんなに着ていく洋服を選んだかいあったね」
「もうっお母さん!」

 昨日はどの服を着ていくか、全部の服をクローゼットから引っ張り出す勢いで悩んでいた娘だ。親同伴といえ、なまえにとっては初デートと同じなのだと母は思う。
 次に親同士の軽く会話を交わし、いよいよ出発だ。父が運転、母が助手席、なまえと廻が後部座席へ乗り込む。

 向かうのは千葉にある大きな水族館。
 距離的にはそう遠くない。

 移動中、しりとりをする二人だったが、廻がサッカー選手の名前を連呼するのでなまえは禁止した。


「水族館、着いたー!」
「おー!」

 車から降りて、すでにはしゃぐ二人。

「わー!見てっ廻、キレイなお魚ー!」
「すげーいっぱいいる!」

 水族館の中に入れば、さらにテンションを上げ、二人は手を繋いで水槽に向かう。
 そのまま二人で見て回りそうな雰囲気に、離れないようにと父は注意した。デートはまだ早い!

「お父さん、写真撮って!」

 影が薄い父は、当初の目的である娘の自由研究のために魚の写真を撮る係りだ。
 可愛い一人娘が男と手を繋いでる姿を目の当たりにするのは辛いものがある。

「お魚じゃなくて、廻とわたし!」

 無邪気に笑う娘に父は心の中で「何が悲しくて彼氏とのツーショットを撮らねばならんのだ」と呟きながら、水槽の前で仲良くピースサインをする二人を写真に収めた。

「ニモだっニモがいるよ、なまえ!」
「え、どこどこ?」
「ほら、あそこっ」
「わっホントだ!小さくてかわいいニモ〜」

 そんな風に水槽を眺める二人は注目を集めていた。

 特に若い女性客からは「あの子たち可愛い!」「手繋いでる〜」「きょうだい?カップル?」など声が上がっている。

「なまえは廻くんのどこがそんなに好きなんだ?」

 別に廻がどうこうと言うわけでなく、純粋な父としての疑問。

「なまえに聞いてみたら……」

『ねえ、なまえ。なまえは廻くんのどこが好きなの?』
『かわいいのに、サッカーしてるときはかっこいいところ!』

 ……だそうだ。

 それを聞いて「ギャップ萌えか……」と父は呟く。いや、それ以外にも明るい性格や自由奔放な所など、なまえが廻に惹かれた部分は色々あるわけだが。

 母からすると、自分にはないものを持っているから惹かれているのでは、と考えていた。

 活発的な廻とは反対に、なまえはどちらかと言うと大人しいタイプだ。
 外で遊ぶよりは家で本を読む方が好き。
 スポーツは苦手で、父の教育と趣味で得意なのはボードゲーム。

 人見知りではないが、目を惹く容姿に、自分が話しかける前に他人から話しかけられるので、受け身。

 そんななまえは廻と出会って、外に遊びに行くようになったし、自分から行動することも多くなった。

 新しい学校でも友達が出来て上手くやってるらしい。

 ついでにサッカーに興味を持ち、よくテレビの実況を観るようになった。母としては良い影響を受けていると思うので、廻には感謝しているのだ。

「幼稚園では告白してきた男の子たちをバッサバッサと切ってたのにねー」
「え?その話、初めて聞いたよ?」


 次になまえと廻は、大きな水槽でまとまって泳ぐイワシの群れを、口をあんぐりと開けて眺める。

「ああやってまとまって泳ぐことで、強敵から自分たちの身を守ってるんだ」
「一致団結してすごいね、イワシ」
「仲間いっぱいで楽しそう」

 父らしい所を見せようとそう説明したら。なまえと廻、二人は全く違う感想を口にした。


「廻くんはなまえのどこが好きなのかな?」

 水族館内のレストランでお昼を取り、なまえと母がトイレに行ってる隙に、父は単刀直入に聞いた。
 家族ぐるみの付き合いがあっても、こうして廻少年と二人っきりで話すことはなかなかない。

「かわいいくてキラキラしてて、一緒にいるとワクワクするところ!」
「……なるほど」

 なんとも抽象的な答えが返ってきた。やはり画家の子供ということで、感性が独特なのだろうか。

「あと、なまえはおれのことを見てくれて、話を聞いてくれて、信じてくれるから」

 その言葉に「そうか…」と父は静かに頷いた。
 サッカーセンスがずば抜けているせいで、周囲の友達から浮いてしまっているという話はなまえの父の耳にも届いている。
 どんなに優れた能力を持っていても、環境によっては理解されないことがあるが、この子もそうかも知れないなと父は考えた。

「お父さん!娘さんをおれにくださいっ!」
「早すぎだわ!絶対やらん!!べーっだ!」
「べえっ♪」

 まったく、齢7歳の子がどこでそんな言葉を覚えたんだ!

 二人のやりとりに周囲からクスクスと笑い声が起こり、なまえを連れて戻ってきた母は、夫の大人げない態度に呆れた笑みを浮かべた。
 ちなみに、このやりとりは廻が大きくなってからも健在で。

「あ、お父さん!娘さんを俺にください!」
「やだね!プロサッカー選手になってから出直して来ーい!」

 むしろ二人の挨拶がわりになっている。


 水族館もだいぶ見て回り――

「チンアナゴってチンコみたいな変な名前」
「廻はそんなこと言っちゃだめぇ!」

 ※名前の由来は顔がちんという犬に似ているから。

 ちょうどイルカショーが始まる時間だ。
 前の席はショーの影響で水がかかるそうだが「濡れてもいい」「近くで見たい!」と二人は譲らず、前方の席に座り、両親は少し後ろの席に座った。

「きゃー♪」
「にゃははっ♪」

 案の定、二人に水がかかるが、イルカにかけられてむしろ大喜びだ。

「イルカ、ジャンプすごかったねっ!」
「うんっ!おれ、イルカとサッカーしてみたいな」

 どうやってイルカとサッカーするのかは考えてないが、ボールを使ったショーは、イルカがサッカーしてるように廻には見えた。

「二人ともそろそろ帰るよ」
「えー!まだ帰りたくない」

 不満げな二人だが「お土産買いに行こう」という言葉に、二人は素直についていく。


 ◆◆◆


「ふふ……こう見るときょうだいみたいね」
「まだまだまだ、子供だからな」

 帰りの車の中で、母は助手席から静かな後頭部座席を見ると、仲良く互いに頭を凭れながら眠る二人が。
 それぞれの手には、お揃いのイルカのキーホールダーが握られていた。


 ◆◆◆


「なまえ、なに描いてるの?」
「イルカ〜」

 花火や夏祭りなど夏休みを堪能している二人だったが、宿題もしっかりやらなければならない。
 今日はその日で、なまえは自由研究を進めている。
 だが、なまえの絵はイルカに見えない。新種の生き物だ。廻はそれを見てゲラゲラ笑った。なまえはむっとした。

「じゃあ、廻描いてみてよ!」

 色鉛筆を廻に渡すと、廻はぺろりと舌を出しながら得意気に描いていく。

「イルカ!」 
「じょ、上手……!」

 可愛らしいイルカの絵に、なまえはぐうの音も出ない。やはり画家の息子だからか、廻は絵が上手かった。

「ねえ、廻。共同作業にしよう」
「きょーどーさぎょー?」
「廻がわたしの自由研究の絵を描いて、わたしが廻の自由研究をまとめる」
「いいね!さんせーい♪」

 と、二人は手を組む。

「廻、この選手は?」
「ノエル・ノアはドイツのすっげー選手で、ババッてドリブルしてシュンってかわして、すっげーシュート撃つ」
「…………オールラウンダーなトッププレイヤー」

 廻の抽象的な説明をなんとなく解釈して、なまえは紹介文を書く。
 サッカー観戦はするようになったが、廻以外は興味ないのでなまえは選手に詳しくない。

「じゃあ、ベルカンプって選手は?」
「イングランドの選手でトラップがすげーヤツ」
「じゃあ、トラップの神……っと」

 なまえは、これをきっかけにサッカー選手に詳しくなった。
 上手くお互いの得意分野がはまり、自由研究は完成。ドリルやら何やらも終え、あとは毎日の絵日記を書くだけだ。

「なまえー絵日記、見せて!」
「それ、先生にバレて怒られるよ」
「だって、二人でいっぱい遊んだじゃん?他の日はサッカーしてたって書くし」

 確かに廻は夏休みもサッカーしていたので間違いではない。

「丸写しはダメだよ?」
「あーい」

 だが、絵が下手っぴと廻はまた笑うので「もう見せてあげないっ」と怒ったなまえに没取され、結局自力で書くことになった。


「蜂楽……お前、絵日記ほとんど適当に書いただろ」
「毎日サッカーしてましたー」





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#廻のお土産


「ママにお土産、なにがいいかな?」
「廻が選んだものなら優さんきっとなんでも喜ぶよ!」
「あ、このぬいぐるみいいかも」
「え!?」

(すごくかわいくない!水族館にこんなエイリアンみたいな生き物いたかな……?)

「廻、もっとかわいいぬいぐるみとか……」
「ママ、こういうへんてこりんなの見るとそーさくいよくが湧くんだって」
「そ、そうなんだ……」
「うん、これにする。これくださーい」
「(画家さんってすごいなぁ)」


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