廻と久遠渉

 キックオフして早々だった。

 前半の勢いとは打って変わって、元を辿れば久遠の凡ミスによって2失点してしまう。

 ――そして、後半15分経過。

「あと30分で1点リード……やっぱもう1点取りにいった方がいいだろ!」
「ああ、攻めるぞ」
「そうこなくちゃ♪」

 次のフォーメーションは、潔を中心にサイドは廻と國神だ。
 潔が繋ぎ役ジョイントで、廻と國神で崩す、トライアングル戦法。
 潔からパスをもらった國神を見て。いつでも自分にボールが来てもいいように、廻は動く。

「!?」

 そのとき、廻の動きを邪魔するようにマークがついた。
「ちょ、ちょ」
 さらにパスコースを塞ぐように、もう一人。
 その様子を眼にして、國神は急遽潔にボールを戻す。

「ああもうジャマ!」

 廻は左右に動いて引き離そうとするが、相手もしつこくついてくる。
 そうこうしているうちに、チームWがゴールを決めた。

 3−3で並ぶ点数。

 前半とは違う敵チームの動きに、廻にだって違和感を覚えた。
 そして、それは敵チームだけでなく……

「久遠……お前……」

 膝をつく久遠に、潔は静かに問う。

「裏切ってんのか……?チームZ おれたちのこと……」
「そうでーす」
「!?」

 答えたのは、久遠ではなく――敵チームである計助だった。

「バレたからもういいでしょ、久遠ちゃん?お前らの作戦も武器も弱点も全部筒抜けでしたー」

 唖然とする彼らに、計助は真相を明かすように続ける。

「昨日の夜、ミーティング中に1人抜け出して来て、食堂にいる俺たちにこの裏切りを持ちかけてきたのは久遠コイツだぜ?」

 あ、と廻は昨日のことを思い出す。あのときは長風呂だと思っていたけど、遅かった本当の理由は……

「つーことで、この試合いただきます!と、"俺たち"は言ってる!」

 その場に重い沈黙が訪れた。

「嘘だろ……久遠……?」

 潔の問いかけに、久遠は答えない。

「てめぇフザけんな!!殺すぞォ!!!」

 久遠の胸ぐらを怒りのまま掴んだ雷市。今にも手を出しそうな勢いに、イエローカードを言い渡されてしまう。

「バカかよ!!出来るかよ……こんな状況で試合なんか……!!」
「おい久遠……何言ってんださっきから……!!」
「裏切るって……なんのためにそんなこと……!?」
「負けたらお前も俺たちも終わりなんだぞ!?わさと負けてなんになるんだよ!?」
「バカはお前らだよ……負けて帰るのはお前らだけだ。俺は1人で生き残る」

 やっと口を開いた久遠の言葉に、どういうこと?と首を傾げる廻。
「最多得点者狙いか……」
 その隣で千切が小さく呟いた。

 それは、もう一つのルールだ。

 負けたチームでも、そのチームの最多得点者が次の選考セレクションに上がれるという――。

「ここからは、12人対10人でやろう」

 試合が再開し、久遠が敵にパスしたことで、裏切りは決定的になった。
 戸惑うチームZを嘲笑うように、チームWはたやすく点を決める。4−3。逆転された。

 裏切ってでも勝つ――それが「俺の"執念エゴ"」だと、久遠は言う。

「おつかれ!チームZ!」


「だぁぁ!!マジで許さん!!久遠殺す!!」
「落ち着け、雷市。レッドカードくらうぞ!!」

 そして、後半30分経過。

「裏切ってたのね、久遠ちゃん」

 ショックというよりは、がっかりという気持ちで廻は言った。ハットトリックを決めてすごいと思ったのに、あれは実力ではなかったということだ。

(通りでGKがまったく反応しなかったワケね……)

 久遠だけ、ディフェンスやマークが甘かったのもそうだ。
 逆転された今、点を取り返さないといけないが、12対10という圧倒的不利な状況の上。

「マジしつこいんだけど!」

 そんなに俺のドリブルが驚異なの?
 というぐらいマークが張りつき、廻はずっと自由に動けていない。
 その間も鰐間兄弟のコンビネーションプレーが炸裂し、易々とゴール前まで通してしまう。

「伊右衛門!!」

 潔が叫んだと同時に、伊右衛門が飛び出した。
 危機一髪、伊右衛門の指先がボールに触れて弾く。
 
「ウルァ!!」
「ナイス伊右衛門!!」
こぼれ球セカンドボール拾え!!1点でいいから取れチームZおまえら!!」

 体勢を整えながら、伊右衛門は皆に向かって叫んだ。
 あと1点取って追いつけば、引き分けで最終戦にギリ望みは繋がる、と。

「死んでも1点取れ!!ゴールは死んでも俺が守る!!」

(やっぱ守護神っしょ。伊右衛門は)

 力強く叫んだ伊右衛門に、廻は確信して笑う。

 あと1点……!

 誰もがその1点を渇望するも、時間は刻々と過ぎて、残り3分のA・T。

「ヤバいってあと3分しかない!!ボール回して!!ボール!!」
「潔!!こっち戻せ!奪られる!奪られる!」

 焦りの声が飛び交う中、潔はその言葉を無視して飛び出した。

「潔……」

 考えがあっての行動というよりは、無我夢中のように廻の眼には映る。
 他の者には暴走のように見えただろう。
 淳壱のスライディングによって、ボールをカットされて潔は倒れた。

「俺が決める!!俺が!!」

 それでも潔は諦めず、すぐさま立ち上がり、ボールを奪りに走り出す。

「潔に合わせてプレスしろ!!時間無い!!ボール奪い返せぇ!!」

 伊右衛門の言葉に、全員その通りに動く。
 ほら、また。潔はチームの中心にいるのだ。

「拾え!奪られたら終わるぞ!」
「クリアしろ!クリア――!!」
「残した潔!!パス出せ!!」

 敵からも味方からも様々な必死な声が飛び交う中、ラインぎりぎりに潔はボールをクリアした。

「攻めろ!!ラストワンプレー!!」
「同点にするんだ!!それで次戦繋げられる!!」

 ボールを持ったまま思案する潔に、國神が叫ぶ。

「もう1人じゃどうにもなんねえぞ!?パスしろ潔!!」
「潔!!後ろ、敵来てる!」

 イガグリの言葉を受けてか、その瞬間、潔はボールを力いっぱい蹴った。

「は!?どこに出してる!?」
「あぁ!?味方、誰もいないよそんなとこ!?」

 そのボールは國神や雷市や今村を大きく飛び越え、逆サイドのスペースに落ちた。
 そこに、悠々と走っていく久遠を含めたチームW。

 何故、そんな場所に潔がボールを出したのか。廻だけでなく、すぐに皆は気づくことになる――。

(あれは……千切!?)

 猛スピードで駆け上がるその存在。

 今まで目立たず過ごしていた千切が、初めて見せる姿。
 あっという間に久遠と距離を詰め、さらに追い抜かし、ボールを蹴る。
 誰よりもトップスピードに乗ってドリブルを魅せる千切に、廻はぞくりとした。

(楽しそうじゃん、千切ん!)

 表情まではわからないが、赤い髪を靡かせ、敵選手を置き去りにする千切の姿はそう思わせた。
 独走する千切は、自分のパスに自分で追いつくという離れワザも見せて、ゴールネットにボールを押し込んだ。

 4−4に並んだ瞬間、終了のホイッスルが響いた。

「これで、生き残った」

 千切に集まるチームZの姿を見ながら、廻は呟く。
 勝負としては同点は喜ばしいことではないが、今は生き残ることがまず大事だ。

「首の皮、一枚つながったね」

 そして、次の試合はきっと、もっと楽しいものになる――そう予感した廻の眼に、鰐間兄弟たちに足蹴にされる久遠の存在が映る。

「……なんで久遠は裏切ったんだろうね」
「知るか。自分のことしか考えてねえんだろ」
「でも、それは皆も同じようなもんじゃん?」
「アァ!?」

 廻の言葉に噛みつく雷市。久遠は潔と國神が止めに入っている隙に、逃げるように走り去ってしまった。


 ――試合でかいた汗をシャワーで流し、皆でぞろぞろと食堂に向かう。
 そんな中、廻は千切に話しかけた。

「ねーねー、千切ん。今度鬼ごっこしてよ!」
「鬼ごっこ?サッカーでってこと?気が向いたらな」
「いんや普通の鬼ごっこ♪」
「普通の鬼ごっこかよ」

 そんな会話をしていると、何やら伊右衛門が立ち止まり、しっ…とジェスチャーをする。
 食堂には先客がいて、そこには久遠の姿もあった。
(アイツら……チームV?)
 熱心に取り引きをしようとしているが、あっさり断られているように見える。

「頑張んなきゃ勝てないなんて、弱い奴ってめんどくさいね」

 その言葉を言い放ったのは、何故か紫髪におんぶされている気だるそうな少年だ。

「あ、おい。潔……?」

 イガグリの声も聞こえないように、潔はずんずんと食堂に入っていく。

「……おい。待てよ」
「……なんだ、お前?」

 立ち去ろうとする二人に、潔は声をかけた。

「サッカー、なめんな!」

 そう一言。宣誓布告のように言った潔に、廻は楽しくなってしまう。

「だから、誰だよてめぇ」
「チームZ、潔世一」


 ――お前らに勝つ人間だ!!


 ◆◆◆ 


 潔が楽しい宣戦布告をした夜。

 軽い練習も終えてお風呂を上がった廻だったが、例のごとく着替えを忘れて、相部屋に戻ると……そこに久遠がいた。

 自分の布団の上にある包帯と消毒液を見つめていて、廻の存在に気づくと顔を上げる。

「……また着替えを忘れたのか」

 全裸で登場した廻に、毒気を抜かれた声で久遠は言った。

「うん。久遠が教えてくれなかったからね〜」
「……普通、着替えは忘れないだろ」

 けろりと答える廻に久遠は呆れる。廻に着替えを忘れていないか声をかけるのは、ほぼ久遠の役割だった。

「それ、たぶん置いたの潔だよ」

 廻はパンツをはきながら、久遠に言った。潔がさっき持っていたのを見かけたから。

 潔が……と小さく呟く声が耳に届く。

「俺は……このやり方が間違っているとは思ってない」
「……それって、正しいとも思ってないってこと?」
「他人を信じるヤツが馬鹿を見るんだ……!」

 そう言葉を吐き捨てて、久遠は口を閉じてしまった。

「どうかした?」
「久遠の奴なんてほっとけ」

 皆も戻ってきて、廻は黙々とスウェットを着る。
 どういった意味だったんだろうと考えて……止めた。
 考えたところで、本当のところは久遠にしか分からないし、それなら考えるだけ無駄だと思ったからだ。

 でも、一人膝を抱えて座る久遠は、自業自得とはいえ、さびしそうだなと廻は見つめる。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#まだイキリきれていないよっちゃん


〜潔、チームVの三人に宣誓布告をしたその後〜

「……おい、待てよ。サッカー、なめんな!」
「イガグリ!マジ似てるー!」
「はいはーい!次、成早いきまーす!……チームZ、潔世一。お前らに勝つ人間だ!!」
「成早もサイコー!」
「おい!笑いすぎだろ今村!二人ともその俺のモノマネやめろ!やめてください!」
「あの時の潔、ビシッと決めてかっこよかったよ♪」
「ああ。正々堂々とした、いい宣誓布告だった」
「俺もスカッとしたぞ、潔。あいつらいけすかねえ」
「我牙丸まで……。褒められるのはまぁありがたいけど……」
「なに照れてんだ潔!いいか?アイツらに勝つのはお前じゃなくて俺なんだよ!!」
「いや、そこはチームZ(GKの俺含めて)みんなだろ……」
「……ああ。なんで俺、あんなこと言っちゃたんだろ……」
「潔……。お前、スイッチ入んとちょっとイキんのな?」


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