眠れる森の王子さま

 季節は、芸術の秋。

 この時期に、毎年小学校で行われるのは学芸会だ。
 合唱、合奏や、最近ではダンスなども行う。
 なまえと廻のクラスでは、演劇をすることになった。


「じゃあ、お姫さま役はなまえちゃんに決定だね」

 立候補する間でもなく、満場一致で主役の座を手に入れたなまえ。
 本人は受け身なのでなんでもいいと考えていたが、姫役となれば話は別だ。

 王子という相手役がいるからだ。

 劇とはいえ、なまえには王子役は廻以外に考えられなかったので、廻が王子役なら姫役をやりたいと言った。

 対して廻は……

「おれ、王子役なんてむり。だって主役でしょ。セリフ覚えられないもん」

 あっけらかんと言って、クラスがざわめく。
 誰もが憧れる主役を「セリフが覚えられない」という理由で蹴ったぞ、こいつ。

「木の役でいいよ」という廻に「じゃあわたしも木の役で」となまえまで続くので、どうなってんだこの二人は、とクラスメイトたちは頭を抱えた。ちなみに木の役などない。

「はーい!役が決まらないなら最終的にはくじ引きになるからねー」

 ざわつくクラスを見守っていた先生が告げた。いっそのこと、くじ引きの方が丸く収まるかもしれない。

「はいはーい!じゃあ、こういうのはどう?」

 一人の女子が元気よく手を上げ、提案をする。
 それは、今回の劇の演目が「眠れる森のお姫さま」なので、お姫さまと王子の立場を逆にするというものだ。

 お姫さまは序盤に魔女の呪いによって眠ってしまうので、主役でもセリフが少ない。
 セリフを覚えられないという廻にもぴったりだろう。

「それに!今は社会でも女の人の立場が強くなってるでしょ!戦うヒロインも多いし、王子を助けるお姫さまってかっこいいと思うの!」

 そう言った女子は、おませな女の子だった。

「おーなんかおもしろそう!」
「うんうん、いいかも!」

 クラスからも次々と賛成の声が上がる。

「たしかに、しっかり者のなまえちゃんの方が蜂楽くんを助けてそうだもんね」

 その言葉に「助けられてるのはわたしの方が多いけどな……」と、なまえは思う。

「名字さんと蜂楽くんはどう?」

 先生の問いかけに「わたしは大丈夫です」「セリフ少ないならおれも〜」と、二人も了承して、主役の配役が決まった。

 次に、他の役や小道具係などを決めていく。

「……ね、廻」
「ん?」
「お芝居の練習、いっしょにしようね」
「うん!」

 こっそり話しかけてきたなまえの言葉に、廻は笑顔で頷いた。
 サッカー以外の練習はあまり好きじゃないけど、なまえとなら楽しくやれそうな気がする。


「……――へぇ、お姫さまのなまえちゃんと、王子さまの廻ね。で、演目が「眠れる森の王子さま」ってわけか」
「うん。おれ、後半は寝てていいんだって」
「いや、廻。それは演技でだと思うよ」

 サッカー大好きな天真爛漫な息子に、王子のイメージはピンと来ないが、お姫さま役のなまえちゃんは似合っていて可愛いんだろうな、と優は想像した。

「楽しみだね」
「うんっ!なまえと練習すんだー!」

 口の周りにソースをつけて答える廻。
 きっと、自由奔放な王子が誕生するだろう。


 ◆◆◆


「はーい、皆さーん。先生が徹夜して書き換えた台本ですよー」

 担任の先生はうっすらと目の下のクマをのぞかせながら、児童たちに台本を配った。
 さっそく受け取った台本を、児童たちは開いて眺める。
 廻も眼を通して、あ、これぐらいの量なら覚えられそうと思った。……が。

「ねーなまえ」
「どうかした、廻?」
「今、練習したりセリフ覚えたりするじゃん?」
「うん」
「おれ、本番まで覚えてられるかなぁ?」

 ……きっとそれは、覚えたとは言わない。

「廻、本番でも言えるようになるのが覚えたってことだよ……」

 相手役の王子が廻で、楽しみにしていたなまえだったが、ちょっと心配が横切った。

 ――とりあえず、練習あるのみ!

 さっそく放課後「廻の家に行くから待ってて」と約束を取りつけ、なまえは廻の部屋にやって来ていた。

「王子さまが悪い魔女の呪いで眠りについてしまったなんて……!かならず、わたしがたすけてみせます!」
「おーなんてりりしい姫じゃ。王子のことをどうかお願いするなり〜」
「っちょっと廻。勝手に語尾かえないの!笑っちゃうでしょ」
「にゃはっ♪」

 劇中で二人が共演するのは、ラストのシーンのみなので、それ以外の二人の出番を重点に練習する。
 練習はあまり進まなかったが、廻のアドリブになまえはくすくす笑って、これはこれで二人は楽しそうだ。

「なまえとは最後のシーンでしか会わないんだ」
「最後、眠ってしまった王子さまをお姫さまがキスで起こして、ハッピーエンドのシーンだね」

 そのとき、一言二言、言葉を交わすぐらい。

「キスシーンってホントにやんの?」
「本当にはしないよっ、フリだよ?」

 何気ない廻の質問に、なまえは驚きながら答える。

「なーんだ。残念♪」

 にっこり笑って言った廻に、なまえは頬を赤く染めた。さっきまで平気だったのに、意識してしまうと途端に恥ずかしくなってしまう。

「それとも、本当にしちゃう?」
「か、からかわないでよ、廻……!」
「にゃはは、なまえ、顔真っ赤だね♪リンゴ飴みたいでかわいい♡」
「〜〜っ今日の練習はおしまいっ」
「えーもう帰っちゃうの?」

 胸がドキドキして、それどころではなくなってしまった。
 熱い頬を両手で隠しながら、家へと帰るなまえ。

(本番、気をつけないと……!)

 フリとはいえ、それっぽく顔を近づけるからだ。


 ……――日々、劇の練習に励むなか、本番の日は刻々と近づいている。

 そして、学芸会当日。

「なまえちゃん、お姫さまの衣装にあってるね!かわいー!」
「ほんもののお姫さまって感じ!」
「えへへ、ありがとう」

 衣装は学校側が用意したものだ。一般的なお姫さまの衣装だが、王子を救うのに戦うため、腰には小道具係が作った剣を下げている。
 王子の衣装に着替えた廻は……その姿を探していると「なまえー!」廻の方からトタトタとやってきた。

「なまえ、ほんもののお姫さまみたいだね!」
「廻も王子さまの格好すごくにあってるよ!」

 廻はかわいいとかっこいいを兼ね揃えていて、アイドルみたいだとなまえは思った。

「なまえ、緊張してる?」

 どことなくこわばっているその笑顔に、廻が気づいて聞くと、不安げな顔でなまえは頷く。

「ちゃんと上手く演じられるかな……」
「あんなに練習したんだから大丈夫だよ!」

 廻はなまえの両手を暖めるように握って、とびっきりの笑顔を贈った。

「おれのこと、助けにくるの待ってるね!」

 ――お姫さま♪廻の言葉に、なまえの顔に自然な笑みが零れた。

「うんっ、廻……わたし、がんばる!」


 廻の笑顔と言葉は、勇気になる。
 そろそろ、開幕の時間だ。
 なまえは自分の出番を静かに待った。


『では、これより演目「眠れる森の王子」が始まります――』

「廻くん。なかなか王子姿が様になってるんじゃないですか?」
「アイドルにいてもおかしくない雰囲気ね」
「あはは……そんな風に息子を褒められるのは照れますね」

 観客席には、なまえの父と母に、廻の母、優の姿もあった。

 三人も見守るなか、劇は進む。

「なんだか、急に眠くなってきた……」

 悪い魔女の呪いで、眠りに落ちた廻王子。
 退場と反対に、現れたのはなまえ姫だ。

「あの姫役、うちの娘なんです」
「はあ……?」

 隣の知らない人にドヤ顔で話しかける父に母は呆れて、優も苦笑いを浮かべた。
 確かに姫の衣装も似合っていて、自慢したくなる気持ちもわからないでもないが。

 なまえ姫は茨と戦い、ついに城の中で眠る王子の元へたどり着く。
 
『お姫さまは王子さまにキスをして、呪いをときます』

 ――眠る廻に、なまえはキスをする仕草をする。
 そこで、なまえはあることに気づいた。

(……え、えー!まさか廻、本当に寝てる……!?)

 すやすやと気持ちよそうに寝息を立てている。
 完璧に廻は寝ていた。この状況で眠れるなんてすごい……と感心するなまえだったが、はっと慌てて口を開く。

「……廻……!廻、起きて!……」

 小声でなまえは呼びかけるが、もちろん廻は起きない。

『王子さまは目が覚めて……?』

 王子さまが起きず進まない劇に、観客席からも不思議そうなざわつきが起き始めた。

「どうしたんだ?」
「なまえ、困っているみたいだけど……」

 何かトラブルでも……と、首を傾げるなまえの両親に、優は口を開く。

「あれ……うちの息子、寝てますね」

 片手で顔を覆った。「寝ててもいい役なんだって♪」と、無邪気に言っていたが、まさか本当に寝るとは……!

「廻ー!本番中だよ!お願い起きて……!」
「……ヘイ、なまえ、パス〜……」

 パスじゃなくて!
 困ったあげく、なまえは廻をゆすり起こした。

「ふぁ……おはよ、なまえ」

 マイペースな王子に、観客席からはクスクスと笑い声が起こる。
 おねむな王子が目覚めて、なにはともあれ、劇の幕は閉じた。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#いつでも自然体


 〜映像で劇を振り返り中〜


「おれ、出てきた!」
「わたしもー!」
「なまえちゃんはお姫さま役にあってたね!」
「ありがとう」
「うんうん。なまえがいばらとたたかうところかっこいいね!」
「えへへ……廻も王子さまっぽくてよかったよ」
「おれ、けっこーはくしんの演技だったでしょ?」
「「寝てただけじゃん」」

 クラス全員につっこまれる廻だった。

(むしろ素……?)


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