廻と凪誠士郎と御影玲王

 チームV、モニタールーム。
 流れる映像は、最後の対戦となるチームZの試合のものだ。

(あいつ、潔世一っつったのか。なんかムカつくんだよな)

 潔から宣戦布告をされたのは、つい先ほどのこと。
(…………ん?)
 チームZの過去戦のVTRを観ていた玲王は、あることに気づいた。

「あーーー!!」
「っ?どうしたの玲王」
「玲王、いきなり大声を出すな……。びっくりして心臓が鼻から飛び出すぞ」
「鼻じゃなくて口ね、斬鉄」

 斬鉄の言葉に、鼻からってなんか痛そうで嫌だなぁと凪は思う。

「こいつぅ!こいつだよ、凪!!」
「どいつ?」

 驚く面々を前にして、玲王はバンバンッとモニターを叩いた。「壊れるからやめなさい」斬鉄が注意するも、玲王はそれどころじゃない。

 モニターに映し出されているのは、パッツン前髪が特徴のチームZ、8番の選手だ。

「蜂楽廻!なまえの彼氏の!」
「……あー!」
「なまえ……?どちらさま?」

 玲王と凪。二人が、廻を認識した瞬間だった。

 玲王の言葉に凪は思い出す。蜂楽廻。そうそうそんな名前だった。
 サッカーをやっていて、この"青い監獄ブルーロック"へ同じように呼ばれたとなまえが言っていたけど、チームZの選手だったのか。

「ははーん!これではっきりしたぜ!」

 映し出される廻のプレーを見て、パスが得意なのかなぁと凪は思う。でも、ここってストライカーが集められたんじゃなかったっけ?

「なまえは可愛い系男子がタイプだったんだな!通りで俺に惚れねえわけよ」

 ……。え、そこ?

 プレーとは関係ない言葉が玲王の口から出てきた。玲王は長年の疑問が解けたかのようにスッキリしている。
 なまえが玲王に惚れないのと、好みのタイプは関係なくね?と凪は思う。

「なまえって、どなたサマだ!?」
「俺と凪が所属していたサッカー部の敏腕マネージャーだよ。で、このチームZの蜂楽廻とは彼氏彼女の関係」

 さっきから気になっている斬鉄の質問にちゃんと答える玲王。
 斬鉄はちゃっと伊達眼鏡を上げる。

「……なるほど。フッ、わかったぞ。そこに玲王が横恋慕してドロドロのぬまぬまってわけか」
「ドロドロ〜ぬまぬま〜」
「してねえよバカ斬鉄!なんで馬鹿のくせに横恋慕は言えてんだよ。こら凪も乗っかんな!」

 玲王は「どろぬま〜」と、ふざける二人を無視し、モニターを改めて見ることにした。

 蜂楽廻のプレーを真剣に観察する。

 流れるようなドリブルに、的確なパスは状況の転機や、ゴールに繋がることが多い。
 ただ、本人自身は点を取ってはいない。

(なまえは天才みたいな口振りだったけど……大したことなくね?)

 たしかにテクニックはあるが、それだけ。
 "青の監獄"ここで必要となるストライカーとしての"エゴ"さも感じられない。

 あの正確な分析力と精密な眼を持つ彼女が、恋は盲目にでもなっているんだろうか。

 ……まあいいや。

「なんにせよ、俺たちの無敗記録は更新だ。……俄然やる気が出てきたぜ」

 試合をすれば、その実力は明確にわかること。
 早々に終わらせてやると思っていたチームZとの試合が、玲王は楽しみになった。


 ◆◆◆


 白宝高校サッカー部、決勝第××戦にて敗退――。

 スマホの画面に映るその見出しに、なまえはため息と共に机へ突っ伏す。
 今日のなまえは、いつも真面目に受ける授業も上の空だった。

「なまえー?大丈夫?」
「全国大会、終わってしまった……」
「……こりゃ燃え尽き症候群だわ」
「でも、地区予選ベスト8から全国大会までいったんだからすごいよ!」

 昼休み、周りはなまえに励ましの声をかける。
(玲王、がっかりするかな……)
 玲王と凪。二人がいたなら、優勝できたのだろうか。ついついそんな風に考えてしまう。

 今のチームもここまで努力を欠かさなかったし、以前より格段と実力は上がった。
 勝利を目指して、思いも一つになっていた。
 たが、その積み重ねた努力は、たった一人の"天才"を前にして脆くも砕けた。

 松風黒王高校との試合は、吉良がゲームの中心になり、白宝高校の完敗。
 才能というものを見せつけられた試合だった。

(あんなにすごい吉良くんが落ちるなんて、"青い監獄ブルーロック"の基準ってなんなんだろう……)

 詳しいことは公にされておらず、謎に包まれているプロジェクトだ。


 ――それは、選手の保護者でも同様らしい。


「そっか、優さんにも連絡がないんだね」
「何かあったら運営から連絡くれるみたいだから、便りがないのは元気な証しみたい」

 その日の放課後。サッカー部は休みと、なまえは優に誘われて蜂楽家に遊びに来ていた。

「優さんさびしいね」
「んー……まあ、なまえちゃんほどじゃないかな」
「えぇ〜」

 賑やかな廻がいなくて優は一人だが、いつかは親離れをするわけだしと、今は絵の方に集中しているらしい。

「廻もなまえちゃんが待っていてくれるから、頑張れるところがあると思うよ」
「……そうだと嬉しいな」
「戻って来るときは、一番になまえちゃんへ会いに行くだろうね」

 自宅に帰って来るのをそっちのけで、なまえへ会いに行く姿が眼に見えている。
 廻のことで何かあったらなまえに教えると優は言った。

 家に帰ったなまえは、自室のベッドに座って、仰向けに倒れる。枕元にあるイルカのぬいぐるみに手を伸ばし、顔の前に持ってきて見つめた。
 それは今年の夏休みに、二人で海辺の花火を観に行った際、廻が取ってくれたぬいぐるみだ。

「めぐる。廻は今ごろどうしてるかな?」

 イルカの『めぐる』に聞いてみる。
 廻に「俺だと思って大切にして」と言われたので、なまえはぬいぐるみにひらがなで『めぐる』という名前をこっそりつけた。

 今度はめぐるを抱き締めて、眼を閉じて想像してみる。

 自然と脳裏に浮かぶのは、元気にサッカーをしている廻の姿。
 ……根拠はないけど、廻は大丈夫そうな気がしてきた。昔から本番や逆境に強いし。

 そういえば……

「廻、一緒にサッカーができる友達はできたかな」

 もしできた際は、いつか紹介してほしいなと思う。きっと、その友達は廻と同じようにすごい人に違いない。

 そんなことを考えていると、なまえのスマホが鳴った。

 ――……え。

 ディスプレイに写し出された名前に、眼を見開き驚く。

 "やっほーなまえ元気?"

 まさかの凪からだった。

 異性との連絡を控えている以上に、めんどくさがり屋の凪とのやりとりは必要最低限で、凪の方から連絡が来ることも滅多にない。
 いや、なまえはそれで驚いているのではなく。

 "青い監獄ブルーロック"は外部と連絡が取れないはず。その凪から連絡が来たということは……

(まさか……凪脱落しちゃったの!?)

 なまえの中であの凪が脱落するなんて、それこそめんどくさくなったとしか考えられない。だとすると、玲王とは別々なのだろうか。

 "3点決めたからスマホ返してもらったんだ"

 3点……?なまえが急いで文字を打ち込んでいる間に、凪から再びメッセージが来て、削除してから新たに文字を打つ。

 "凪は元気?玲王もいっしょ?"
 "あっ私は元気だよ!"

 "うん、元気"
 "レオも一緒だよ。試合に負けて落ちこんでるけど"

 ……試合に負けた?あの無敗の玲王と凪のコンビが敗れたってこと?
 驚きながら考えるなまえだったが、次のメッセージを眼にして、心臓が跳ねた。

 "なまえの彼氏のばちらくん"
 "試合したけどすごいやつだったよ"

「…………!」

 思わぬ凪からの廻の情報。三人が試合したなんて、この眼にしたかったとなまえは思いながら……
 続いて1点取られたという文字は、廻がゴールを決めたということで。
 感情が胸に込み上げてきて、涙が滲んでくるほど嬉しい。

(廻、やっぱり頑張ってるんだぁ……!)

 急いで文字を打ちこむ。

 "教えてくれてありがとう凪"

 送信ボタンを押した。再び凪から送られてきたメッセージは……――


 ねえ、なまえ。次会ったときは、俺、変わっているかも知れない。

 試合後。凪の指は、ゲームではなくなまえにメッセージを送っていた。
 玲王とは違う、客観的に自分を知っている誰かに、今、話をしたかった。
 もともと人間関係を作って来なかったこともあり、適任者はマネージャーでもあるなまえしかいない。

『凪は?しばらくサッカーやってみてどう?』
『俺には楽しさがわかんね。今日だってあっさり勝ったし、玲王は喜んでるけど』
『まだ予選だし、どんどん強いチームと当たると思う。そしたら楽しく感じるかもよ』
『強いチームねえ……。それはそれで、めんどくさそー』

 あのときは、絶対にサッカーに熱くなる日も、楽しいと思える日なんて来ることもないと思っていた。

 "俺、ここに来てサッカーの面白さに気づいたかも"

 ――もっと知りたいんだ。
 
 再びメッセージを送る。じっと返信を待っていると、ぽんっとメッセージが画面に浮かぶ。

 "存分にサッカー楽しんできて!"

 なんてことのないメッセージだったけど、凪の口元は柔らかくほころぶ。

「凪ー?飯食いに行くぞ」
「腹が減っては戦はできぬ。……どう合ってる?」
「言葉は間違えてねえけど、合ってねえ。……試合は終わっただろうが」

 じゃあまた、という意味を込めて愛用のスタンプを押すと、凪は玲王と斬鉄を追いかけて食堂へ向かった。


 遡ること、90分と少し前。それはなによりも熱い試合だった――……


「勝つぞ、チームZ!!!」
「ウォオオ!!!」

 最終戦。チームVに勝たなければすべて終わるという状況に、いつも以上にチームZは気合いが入っていた。

「ねぇ、潔」
「!」

 ぽん、と潔の肩に手を置いた廻。そのままその肩に腕を乗せて話す。

「負けたらもう逢えなくなって、一緒にサッカー出来なくなるのかな?」
「蜂楽……」

 試合前、気合いを入れる皆の中で、廻はそんなことを考えていた。
 潔だけでなく、このチームメイトもバラバラになるだろう。

「そんなの寂しいから、俺、頑張る」

 初めて強く見せた、廻なりの勝ちへのエゴ。

「おう。勝つぞ」

 潔はそれに「勝つ」という言葉で答えた。

 ――ラストゲームまでの秒数が0になり、チームV、玲王からのKICK OFFで始まる。

(……お。ドリブルうまっ)

 チームVの得点の起点は、チームの司令塔でもある玲王だ。
 "御影"という名字をどこかで聞いたことがあるような気がするも、あの御影コーポレーションの御曹司だとは廻はまったく気づかない。

(潔と一緒にコイツをマークする!)

 フィジカルは乏しいので、接触的なディフェンスは得意ではないが……
(作戦どおり横パス、メガネ!)
 廻にだって、どのようにパスコースを防げばいいかわかる。

 DFの位置によって、斬鉄から凪へとパスを誘導し……

「イガグリ!!」
「しゃあ!!」

 凪へのボールをイガグリがパスカット!

「うらあ!!拾え、潔!!」
「おし!蜂楽!」

 潔からの速攻パスを受けると、廻はそのまま前線へとドリブルで駆け抜ける。

「ういっす、いっちゃいます」

 この戦法は廻の技術にかかっている。
 左右に翻弄し、一人躱した。走りながら、廻は前方の我牙丸を確認。
 廻を追いかけるチームVの選手は、驚愕する。

 そこから蹴るか……!?

 ドリブルで切り込んでくるかと思えば、廻はその場から前方へと高くボールを蹴り上げた。

 我牙丸への超ロングパスだ。

「いっちゃえ、我牙丸」

 チームVの面々は「届かねえだろ」「取れねえだろ」そうこぼれ玉を狙うが、それは蜂楽×我牙丸だからできる秒殺カウンター。

(やっぱ跳頭激ダイビングヘッド!!!)

 我牙丸は超人的な瞬発力と運動能力で、ボールに向かって跳んだ。
 得意のヘディングシュートは惜しくもゴールポールに当たり、ボールは弾かれる。

「おっしぃ」

 國神に手を差し出され、起き上がる我牙丸を見ながら廻は呟く。うん。次だ、次!
 廻と同様に、次こそは決めるというチームZ優勢の空気で……

「凄え!!面白ぇ!!」

 そんな玲王の楽しげな声がピッチに響いた。

「おい、凪!今のやるぞ!」
「えーめんどくさーい」

 今のやる……?どういうことだと首を傾げる廻の眼に、ボールを蹴り上げる玲王の姿が映る。

(!?縦回転トップスピン……!)

 あんなの取れるか――誰もが思うなか。
(え、マジ……?)
 凪は空中で、ボールの高速回転をものともせずにトラップした。

 そこから間髪入れずにシュート!

 ゴールネットに突き刺さるボール。伊右衛門は動けなかった。いや、伊右衛門だけでなく、凪の左右にいた雷市とイガグリも動くことができなかった。
 ゴールを決めた凪は、喜ぶわけでもなく、淡々と独り言のように呟く。

「簡単じゃん。なんでこんなの外すかなぁ」

 ピキ――その言葉に、周囲が凍りついたのを廻も肌に感じた。

「玲王。あとはもうサボっていい?」
「まだダメだ。あと5点取ったらな」
「えー4点でいい?」

 "かいぶつ"のような想像を越えたプレー。

「あと5点……めんどくさいなー」
(なんだアイツ……ワクワクしてきた……♪)

 次の瞬間には、童話に出てくるチェシャ猫のように廻はにんまり笑っていた。

 ――試合再開。

「いけ!國神!」

 潔からパスを受けた國神は、鍛え上げられたフィジカルで、ボールをキープする。
 ドリブルで駆け上がり、そのまま射程圏内まで持ち込むつもりだった。

「アンタまだ射程圏外っしょ?」
「!?」

 途中で入れたシュートフェイントを玲王に見破られ、ボールを奪われてしまう。
「研究済みだよ、國神きんにくん」
 國神とは別の巧みなボールキープで、ドリブルする玲王。

「もいっちょ、いくぞ凪!」
「止めろ、雷市!イガグリ!」
「俺がつく!雷市は前で待て!」
「ああ!2回も同じ奪られ方すっかよ!」

 なんとしても玲王から凪へのパスは阻止だ。イガグリが凪につき、ボールを浮かせるようなトラップにミスだと思った直後……

 凪はジャンプと共に身体を回転させ、シュート!

「!!?」

 予期せぬ体勢から蹴られたボールは、勢いよく雷市の横を突っ切る。
 伊右衛門は跳ぶも、高威力のボールはそのままゴールへと吸い込まれた。

「マジ……か!?」
「な……なんだよ、アレぇ……半端ないって……!」

 2−0の点差に得点表示が変わる。

「クソ……ヤバいよ……2−0だよ!?もう計画プラン通りじゃムリだよ!?」
「落ち着け!まだ試合始まったばっかだろ!」

 前半で2点も奪取されたと思うか、まだ前半で点を取り返せると思うか……

(マジあんな体勢から撃てるってやば!)

 廻はというと、どちらでもなく、ただそのプレーに心を躍らせていた。

 試合は再開し――

「こっちにはまだ……武器が残ってる……!」

 次のチームZの攻撃パターンは、千切だ。潔はサイド裏の千切にパスを出す。

 千切のトップスピードは「千切のパンツを人質に取る」という方法で鬼ごっこをして、廻は身をもって体感している。(そして怒られた)

 赤い髪を靡かせて走る千切はかっこいい。そう思う廻の眼が、凝視した。
(!?メガネはやっ!)
 加速する千切を、猛追する斬鉄の姿だ。

 追いつくどころか、一歩前へ。千切に手を向け牽制しつつ、足を伸ばしパスカットした。

「ナーイス、斬鉄!」

 奪ったボールは、当然のように玲王の元へ。

玲王アイツには俺がつく!凪にパスくるぞ!」
「クソ!もうこれ以上点とられたら終わりだろ!?」
「俺も行く!」
「凪へのパスをさせるな!」

 向かったのは成早だけでなく、凪にマークが集中する。――それを見てから。

「だったら行け、斬鉄。お前の"領域テリトリー"っしょ」
「あ……ヤバい戻れ成早!」

 凪ではなく、斬鉄にパスを出した玲王。潔が叫び、成早が慌てて引き返すも、もう遅い。
 自由自在フリーになった斬鉄。玲王が言っていた"領域テリトリー"の意味。

「うん……これが俺の"領域テリトリー"」

 誰もいないスペースは、斬鉄の得意なゴール右の鋭角ミドルシュートを撃たせた。

 3−0。

 1点を取ることが難しいサッカーでのこの点差は、絶望的だった。

「ゴメン、玲王……"領域テリトリー"ってどーゆー意味?」
「ハハ!ダテメガネかけても賢くなれねーっつーの!」
「バカ斬鉄」

 そんな和やかな三人の会話が耳に届かぬほど、全員なにも言わず、茫然自失で立ち尽くす。

「まだ……いける……まだ……南無阿弥……ダブアップ……」

 諦めない心が武器のイガグリでさえ、へなっとその場で膝を折る。
 ――そのチームメイトの様子を、ピッチの隅からただ眺めるのは久遠だ。

(……あのチームVに勝てるわけないんだ)

 ましてや、俺抜きの10人で。

 勝機を失い、青ざめた顔。戦意喪失したチームZに待っているのは、敗北しかない。

(俺は一人で勝ち上がってやる)

 久遠は口元に笑みを浮かべていた。

 俺はお前らとは違う。本気でサッカーやって、本気で夢を叶えるって……


「いいね!いいね!楽しくなってきた♪」


 その場にそぐわない声は、久遠の思考を止めた。
 薄く閉じていた眼を見開く。

(……は……。なんでこの絶望的な状況で笑ってんだよ、)

 ――蜂楽!!

 廻はボールに足を乗せ、ただひとり、高揚した笑顔を浮かべていた。

「……蜂楽?何言ってんだお前……?」
「え?だってめちゃめちゃ凄くない?あの3人!上がる上がるぅ♪」

 唖然とする潔に平然と答える廻。その言葉や声は虚勢ではなく、本心からだった。
 だって今までのサッカー人生で、あんな凄いヤツらと戦ったことがない!

「……は?いや……もう3−0だぞ……?このままやったって勝ち目なんか……」
「え、潔。ビビってんの?」

 廻の一瞬にして凄みのある声と表情に、潔はぴたりと口を閉じた。
 元の雰囲気に戻り、廻は軽くリフティングしながら続ける。

「完璧に守ったて防ぎきれない……アイツらのゴールはそれだけスーパースペシャルってことだよ」

 ボールを落とし、再びその足を乗せたかと思えば……

「だったら簡単じゃん♪こっちも同じ様に……」

 突如、廻はボールを蹴った。


 ――……


「いいね!いいね!楽しくなってきた♪」
「!」

 沈んだ空気に響く声。その声に、凪は振り返る。

「……?」

 蜂楽廻。廻がなまえの彼氏だからと言って、凪は特別視をしていなかった。
 他の選手たちと同じように「サッカーが好きなんだろうなぁ」と思っていたぐらいだ。

 それが今、強烈な存在感を発している。
 一人だけ「諦めていない」からだろうか。

「何アイツ……?」
「わっかんね」

 斬鉄の言葉に、玲王は廻を見つめて答える。
 正直、肩透かしだ。対戦をしてみても、玲王の中で廻の評価は上がらなかった。

(凪の足元にも及ばねぇんじゃねーの)

 これから何をしようと、勝敗を覆すことは……

「スーパースペシャルになればいい!」


 ――その言葉と同時に、廻はボールを蹴った。


「おい……アイツ!」
「バッ――!?勝手に始めんな!」
「ちょ……」

 突如、自分の足元にボールを蹴られ、戸惑う潔。
「潔!ヘイパス!」
 廻は構わず走りだす。

「え、でも、俺たちの作戦は研究されてる……!!」
「だから、それを越えるんだよ!ホラ早く!奪られちゃうよ!」

 凪が潔からボールを奪いにすぐそこまで迫っていた。「くっ…」奪られるわけにはいかない。潔は廻にボールを返す。

「武器とか!方程式とか!MAX使っても無理ってことはさ!コイツらからゴールを奪う時間ときは、自分の限界を越えてるってコトでしょ?」
「……」

 なんとも単純な理論。だが、忘れていたことを思い出させるように、潔ははっとした。

「俺の中の"かいぶつ"が言ってる……『絶体絶命ってやつはビビる局面とこじゃない!ワクワクする舞台とこ!!』」

 楽しげに廻は駆け上がる。内から沸き起こる衝動のままに。"かいぶつ"がそこに存在するのが見える。

「面白えじゃん」

 向かってくる廻を、見据える玲王。

 廻vs玲王の1on1だ。

 ……いいぜ、直に実力を測ってやる。なまえが『天才』だと言っていたことは、盲目じゃないかどうか――!

「来いよ、蜂楽廻!」
「あいよ、ブチ抜く!」

 廻の脚がリズミカルに左右に動く。

(うお……やっべ……)

 ――超速シザース!!!

 眼で追うのは無意味。(左か……)ここは相手の心理を読むのみ。(と、見せかけて右だろ?逃がすかよ!)

 玲王は廻の進行方向を塞いだが、廻の足がピタッと止まった。「!」

 マジか……。

 フェイントスピン……回転突破ルーレット!?
 気づいたときには、廻は玲王の横をくるりと一回転し駆け抜けていた。

 やるじゃん……。自分を抜いたその背中を見送り、次いで玲王は叫ぶ。

「斬鉄!」
「させるかパッツン前髪!」

 続いて、廻vs斬鉄の1on1。

「速メガネ……スピードじゃ負けるね!」
「……」

 速メガネ……!なにそのあだ名かっこいい。

「だったら正面突破じゃん?」
「!」

 かっこいいあだ名で呼ばれて喜んでいる場合じゃないと、斬鉄は立ち止まった廻を警戒する。

(浮かせた……ループで抜く気か?追い比べよーいドンなら、俺に分があるぞ)

 浮かせたボールを、廻は足の甲に乗せ……

(外側アウトサイドでトラップ……!?左か……!)
 
 右!!?

「しゅん」
「!!?」

 ――空中内転演舞エラシコ!?
 突然の切り返しに、斬鉄は反応できない。

「お!できた♪じゃんじゃんイメージ湧いてくるぅ!」
「すまん!ヤべぇ奴行った!」

 斬鉄の眼に映るのは、最終ラインまで突破しようとする廻の姿。
 阻止しようと敵DFが慌てて集まる。

「ゴールまで……あと3人ポッキリ!」
「1on1じゃ止まんねぇぞ!3人で一気に潰せ!」

 玲王の言葉に、三人は揃って廻の前に立ち塞がった。

「いいねいいね!どーせ俺たちは……世界一のストライカーになるために"青い監獄ここにいるんだ!」

 廻はそのまま三人に突っ込むような勢いだ。

チームVおまえらぐらい倒せなきゃ!それまでの人間ストライカーってことだね!」

 世界一のストライカーという本質をわかっているからこそ、出た言葉。
 その視線の先は、DFでもゴールでもなく――そのさらに向こう。

「おい!もうやめろ!」
「パス出せパス!」

 雷市とイガグリは叫ぶが、集中MAXの廻の耳には届かない。

「あと3」

 ボールと一体になっている今の廻を止めるのは、至難の技。

「2……」

 三人を二本の脚と己の才能テクニックだけで翻弄する廻の、視界が開ける。
 
「1……」

 最後の一人も突破して、あとはGKだけ。
 すでにそこは廻の"領域テリトリー"だ。

0ボン

 シュートポーズから一転。廻は軸足の後ろに足を回し、ボールを蹴った。

「てめ、フザけ……」

 意図的にずらされたタイミング。ボールはGKの上を緩やかに弧を描き、ぼすんと小さくネットを揺らす。

「うぉおお!!!蜂楽ぁあ!!!」
「ラボーナ!?」

 静かなゴールとは反対に、チームZの皆から歓声が起こった。


「観た?俺のスーパースペシャルゴール♪」


 廻は彼らに向かって指を差す。


「ホラ、楽しくなってきたっしょ?」


 焚きつけるような口調で言った相手は、このピッチ上にいる"全員"にだ。


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