ホワイトデーまで待ちきれない

 2月の一大イベントといえば、バレンタインデーだ。
 去年はなまえからチョコチップクッキーをもらっておいしかったなぁ、と廻は思い出す。

「廻は毎年、なまえちゃんからもらって幸せ者だね」

 毎年のごとく優からそう言われるが、廻自身も俺って幸せ者だなぁっと思っていた。
 今年はなまえから何をもらえるか、考えるだけで心は弾む。去年のクッキーもだけど、ケーキ系もどれもおいしい。
 何より、なまえが自分のために思いを込めて作ってくれたということが嬉しい。

 それに、今年は……

「♪」
「こらー蜂楽ー!一人でディフェンス突破するなー!」

 冬の冷たい北風に吹かれようとも、サッカーのコーチに怒られようとも、廻はご機嫌に2月を過ごしていた。


 ◆◆◆


「ねえねえ、バレンタインどうする?」
「私、本命チョコあげようかなー」

 同じ頃――クラスの女子の浮き立つ声を聞きながら、なまえも今年のバレンタインについて悩んでいた。

(今年はどんなお菓子を作ろうかなぁ)

 定番のお菓子はほぼ作ってきたから、だんだんとレパートリーがなくなってきた。
 デコレーションとか凝ってみようかな……そう考えていると、仲のいい友達から声をかけられる。

「なまえちゃんは蜂楽くんに手作りするの?」
「うん。毎年作ってるから、今年はなにを作ろうか考えてて……」
「毎年手作りってすごいね!」
「あたしも手作り挑戦してみようかなぁ」
「じゃあ、家で一緒にお菓子作りしない?」

 なまえのその提案に、彼女たちから一斉に賛成!と元気よく声が上がった。
 みんなで何を作ろうか話し合って、ネットでも検索してレシピを見ていると、一つの写真がなまえの目に飛び込む。

(あ、これいいかも)

 デコレーションも可愛くできるし、初めて作るお菓子だ。

「私、これ作りたい!」
「わ、デコレーション可愛い!」
「いいね!」

 今年のバレンタインに作るお菓子は決まった。
(廻、今年も喜んでくれるかな?)
 きっと廻なら喜んでくれるだろうけど。そう考えるなまえの頬は、自然にゆるんでしまう。


 ◆◆◆


 バレンタインデー当日。

 義理でも欲しいとそわそわする男子たちが多いなか……

「英主くん!バレンタインのチョコ受け取って!」
「ん、サンキュー」

 彼、英主えいすつばさはこの中学サッカー部のエースで、ルックスの良さもあり、朝から女子生徒からチョコを受け取っていた。それも義理ではなく、ほぼ本命チョコである。

「いーよなー、お前はそんなにチョコもらえて」
「俺もサッカー部、入ろっかな〜」

 そんな友人の会話を聞いて、彼はこう思う。
 ――バーカ、サッカー部だからモテんじゃねえよ。俺だからモテんだよ!
 反感を買うのはわかりきっているので、口には出さないが。

「じゃあ、俺、部活行くわ」

 あくまでも爽やかな笑顔を向け、英主は部室に向かう。
 今日はサッカー部を見学する女子も多いだろう。部活後もチョコを渡されると予測できる。

 バレンタインのチョコの量は、モテ男の勲章だ。

 英主は鼻歌混じりにサッカー部の部室のドアを開けた。「あっ」目に入ったぱっつん前髪に、ずんずんとそちらに向かって歩いていく。

「おい、蜂楽。今日はちゃんと俺にパス出すんだぞ」

 一学年下の後輩、蜂楽廻。ポジションは自分と同じFWだ。ずば抜けたサッカーテクニックに、一年生ながらレギュラー入りした奴だが、蓋を開けてみれば協調性のない問題児だった。
 この間の練習試合でも、一人でDFを突破するという暴走をして、コーチに怒られていた。運よくゴールを決めたからよかったものの……。

「あーい」

 そんな蜂楽は眠そうな眼を向け、わかってんのかわかっていないのか、気の抜けた返事をした。

(相変わらずぼけーとして、変な奴なんだよなぁ)

 以前、何故パスを出さなかったと聞いた時も……

『だって、"かいぶつ"ならここでパス出さない』

 冗談ではなく本気で言っていた。"かいぶつ"がなんなのかわからないし、やべぇ奴だと認識した英主は、あまり関わりたくないと考えている。

 とにかく、今日は女の子たちが見ているので、期待に応えてかっこいい姿を見せなければ!


「蜂楽ー!こっちパス!」
「うぃっす」


 ……――まずまずの活躍だったぜ。


 部活が終わって、部室を出る。予想通り女の子たちが集まってきた。

「英主先輩、かっこよかったです!」
「バレンタインのチョコもらってください!」

 にこやかにチョコを受け取っていると、その向こうで美少女と噂の名字なまえが駆け寄って来るのが目に入る。

(ははーん。彼女も俺に本命チョコをね!)

 ここは丁重に受け取るしかない。なんなら付き合ってあげてもいいかも?なんてったって可愛いし!そんなことを英主は思いながら、サッカー部らしい爽やかな笑み浮かべて――……

 何故か彼女は、そのまま自分を通り過ぎていった。……あれ?

「廻!」
「おーなまえ!」
「一緒に帰ろ」
「うん♪」

 なまえは蜂楽と仲良さげに話して、二人は肩を並べて帰っていく。

 ………………なぬぅ!?蜂楽!?

 モテ男、英主翼。この時、生まれて初めて敗北感を味わった。


 ◆◆◆


「なまえ、俺が部活終わるの待ってたの?」
「うん、廻にバレンタインのお菓子を渡したいと思って……はいっ、ハッピーバレンタイン!」
「やったー!ありがと!」

 受け取る廻は、今年はなんだろう?と、ワクワクしながらラッピングのリボンをほどく。

「チョコドーナッツだ!」
「可愛くデコレーションしてみたんだ」
「うんっすげー可愛い!」

 チョコがかけられ、カラフルにデコレーションされたドーナッツだ。
 どうやったらドーナッツをこんなにカラフルで可愛くできるのか、不思議ですごいと廻は眺める。

「なまえって魔法使いみたいだ」
「魔法使い?」
「食べていい?」
「もちろん!どうぞ」

 部活終わりでお腹が空いた。廻は嬉しそうにドーナッツを取り出す。

「そんなドーナッツの食べ方初めて見た」

 人差し指にドーナッツの輪をひっかけ、もぐもぐと食べる廻に、なまえはくすくす笑う。
 廻いわく「ドーナッツの穴が開いてるのは、こうやって食べるからっしょ?」だ。

「うまっ!なまえ、これ、ちょーうまいよ!!」
「よかったぁ」

 甘さも自分好みのアリも驚く甘さで、二つ目もペロリと、廻はドーナッツを平らげた。

「ごちそーさまでした!あーおいしかった!」

 満足げにペロリと唇を舐めて、次いでなにか思い出したように、廻は口を開く。

「ねーねー、なまえ。ホワイトデーのお返しなんだけど」
「うん」
「当日まで待ちきれないから、今あげてもいい?」
「え、今?」
「もうなにをあげるか、去年から決めてたんだ♪」

 廻はそこで立ち止まり、真っ正面からなまえと向き合う。不思議そうにこちらを見るその眼を見つめながら……――顔を傾かせ、その柔らかそうな頬に、軽く押しつけるように唇で触れた。
 唇から伝わるなまえの頬の感触に、女の子らしい甘い香りが鼻を擽る。

 顔を近づけるだけでドキドキした。

 それをごまかすように、廻はニカッと歯を見せて笑う。反対になまえの表情はあわあわして、バッと両手で顔を隠した。

「廻〜〜っ」
「去年のお礼のちゅーのお返しだよん♪」
「……一年越しはずるい……」
「へへ♪」


 恥ずかしがって顔を隠すその手を、廻は掴んで、手を繋いで歩き始める。


「ホワイトデー当日もちゃんとお菓子用意するから楽しみにしてて」
「……うんっ!」
「なにがいいかなー?ドーナッツもらったから……ドーナッツの穴とか!」
「ドーナッツの穴??」


 繋いだ手をぶらぶらさせながら考える、バレンタインデーの二人の帰り道。





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あでぃしょなる⚽たいむ!
#優さんの哲学談義


「ねえ、優。ドーナッツの穴ってなにかな?」
「ドーナッツの穴?廻、哲学に目覚めたの?」
「哲学?」
「哲学はね、絵画表現にも通じるんだよ。まずドーナッツの穴は「有」か「無」の定義から〜〜」
「なに言ってんか、全然わかんないんだけど……」


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