ディス・イズ・ラブレター!

 ――うーん、なんか今日はいいこと起こりそう♪

 今朝はなまえが起こしに来る前に、廻はいい気分で目が覚めた。

 腕を上に伸ばして気持ちよく伸びをする。

 夢にジーコが出てきたら、サッカーの試合でだいたい勝つというジンクスが廻にはあるが、今朝の夢はそのジーコが出てきた。残念ながら今日は試合はないが。

 ベッドから降りると、ちょうどドアがノックされる。――なまえだ。

「廻ー入るよー」
「おはよう、なまえ」

 ドアの向こうから顔を出したなまえは、すでに起きている廻の姿に、眼を丸くしている。

「珍しい、廻が起こす前に起きてるなんて……。今日、雨降る?」
「こんな快晴に雨は降らないよ♪」

 冗談のように言ったなまえの言葉に、廻はカーテンを開けながら笑って答えた。
 眩しい朝の光が差し込むと共に、とびっきりの青空にますます気分も上がる。


「すっきり起きれたからかな?なんか今日は、いいこと起こる予感がするんだよね」
「私も今日、朝の占いで1位だったからいいことあるかも。ラッキーカラーは黄色で、ナンバーは8なんだって」
「それ俺じゃん!8は俺の誕生日で背番号だし!なまえ、今日はずっと俺と一緒にいるといいよ♪」

 廻の言葉に「同じクラスだし、ほとんど毎日一緒にいるようなものだけど」と、なまえは笑った。
 通学路を歩きながら、楽しげに会話をする二人はやがて学校に着く。

 ……そこで。いいことなのか、いつもと違うことが廻に起こった。

「およ?」

 下駄箱を開けて、中に入っている上履きを取り出そうとしたら、ひらりと何かが床に落ちた。……手紙だ。
 手紙?廻は拾い上げて、表と裏を見てみるが、宛名どころか差出人も書いていない。

「ねーなまえー」
「んー?」
「なんかね、手紙が落ちてきた」
「手紙?」

 廻に「これ」と差し出された手紙を同じようになまえは眺めて――はっとする。

「廻、これラブレターだよ!」
「ラブレター?」

 誰に?……俺に!?

「えっ、マジ?」

 自分がラブレターをもらうなんて夢にも思わず信じられないが、可愛らしい封筒に封を綴じるハートのシールは間違いなくラブレターだと、なまえは確信を持って言った。

「んじゃ、開けて読んでみる」
「え、今ここで!?」

 なまえが驚く間もなく、廻は封を開けて目を通す。

 ……………

 隣で、なまえはドキドキして廻の反応を待った。他人のラブレターの内容を盗み見ることはできないが、他人ごとにもできない。
 ちゃんと自分は廻の彼女だと、今は胸を張って言える。

「……これ、ラブレターだ」

 読み終えたらしい廻は、驚きの口調でなまえに言った。……やっぱり!

「今日の放課後、屋上で待ってるって」
「そ、そうなんだ……」

 屋上で告白の返事を聞くということだろう。送り主は本気なんだとわかった。

「ちゃんとお断りしないとだし、俺行ってくるね」

 なんてことないようにさらりと言った廻に、なまえは無意識にほっとする。
 廻のことは信頼しているので心配することはないけど、ちょっと胸はそわそわしていた。

「初めてラブレターもらったなー。あっ、なまえはラブレターもらったことある?」
「ラブレターって言っていいのかわからないけど、幼稚園のときに手紙とかはもらったことあるかな」
「うんうん、なまえって初恋キラーっぽいもんね!」
「初恋キラーって……」

 それを言うなら廻の方じゃないかとなまえは思う。現に手紙をもらってもピンっと来なかったなまえの初恋を、あっさり奪ったのは廻だ。

 クラスに到着して席につけば、やがて予鈴が鳴って、いつも通りの授業が始まる。

「この発音は舌の位置を〜〜」

 中学校に上がり、ちょっと難易度が上がった英語の授業。廻は途中からうとうとして、ついに眠りに落ちた。いや、どの授業でも廻は居眠りの常習犯だが。
 小学校のときは成績は問題視されなかったが、英語で曜日も言えるかどうか危うい廻を、なまえはちょっと心配する。


 ◆◆◆


「じゃあ……廻、行ってらっしゃい」
「うん!行ってきまーす」

 ――そして、放課後。

 手紙に書かれていた通り、廻はなまえに見送られ、屋上へと向かった。部活をサボることになるが、今日はこちらが優先だ。

 手紙には「好きです」という文字がしっかりと書かれていた。

 好意を持たれるのは嬉しくないわけではないが、自分はなまえが好きだし、なまえとは結婚を前提にお付き合いしている。(と、廻は思っている)
 気持ちには応えられないと、ちゃんと断ることが名も知らぬ彼女に自分ができることだ。

 階段を上がり、自由に解放されている屋上への扉を開ける。
 心地よい風を肌に感じ、澄みきった青空が廻を迎えた。

 その空の下、一人の女子生徒がいた。

 風になびく長い髪を押さえながら、人の気配に女子生徒は振り向いた。
 廻の知らない子だった。女子はなまえと仲の良い子たちぐらいしかわからないけど、たぶん同じクラスではない。

 何故か彼女は驚いたような顔をしている。

「この手紙出したのって……」
「あ!?」

 廻が手に持っていた手紙を見せると、彼女の口から驚きの声が飛び出した。

「なんでその手紙を……!?」
「なんでって、俺の下駄箱に入ってて……」
「入れる場所間違えたぁ!!」

 ……。え、間違え?

 きゃー恥ずかしい!そう頭を抱えて空に向かって彼女は叫んだと思えば、次に突進するかのごとく、廻に向かって走ってきた。

「!?」

 サッカーなら反応できる廻も、これには反応できない。
「返してえ!」呆然とする廻の手から、彼女は素早く手紙を奪った。
 そのまま屋上を後にするように、バタン!大きく音を立てて扉は閉まる。

 …………。

 その場に一人残された廻の口からは、一言。


「うそーん」


 ――なんだコレ。そういえば、手紙には宛名も送り主の名前も書いてなかったし(書き忘れ?)入れる下駄箱を間違えるなんて、なんというかそそっかしい子だなぁと思いながら、廻も屋上を後にした。

 なんにせよ、断るつもりだったからよかったけど、なんとなく消化不良の思いが残って、うーんと唸る。

 例えるなら、告白してもないのにフられた気分。


「あっ、廻。どうだった……?」

 教室に戻ると、待っていたなまえがそわそわしながら聞いてきた。

「間違いだったんだって」
「え?間違い?」
「うん。入れる下駄箱の間違い」

 両手を頭の後ろで組み、あっけらかんと廻は言ったが、その場に微妙な空気が流れた。

「そ、それは……」

 なまえはなんて答えればいいのかわからない。よかったね?もちょっと違う気がするし……。

「ねえ、なまえが俺にラブレター書いてよ」
「私?」

 今までラブレターという存在は無縁で興味がなかったが、なまえからのラブレターなら欲しい。
 誕生日とかに手紙はもらったことがあるが、ラブレターはもちろんなかった。

「とびっきりの俺への思いを文字にして♪」
「待って、ハードル上げないで〜」

 なまえは困ったように答えたが、書いてくれるらしい。
 いいことは今日ではなく、明日起こるようだ――廻は明日をわくわくと楽しみにする。


 対してなまえは、家に帰って頭を悩ませた。


 机の引き出しから何かの際に使った可愛らしい便箋を取りだし、ペンを持ったまま思考する。
 ただでさえ廻への思いを言語化するのは難しいのに、文字にするのも難解だ。

 うーんと考えるなまえの頭に、ぴこんと閃く。

(どうせなら……)

 握ったペンはスラスラと動いた。


 ◆◆◆


「なまえ、俺へのラブレター書いてきてくれた?」
「ちゃんと書いたよ。はい!ってここで読むの!?」
「♪」

 朝、学校に向かう途中で手紙を受け取った廻は、さっそく封を開ける。

「…………」

 手紙を目にした瞬間の廻の顔を見て、なまえはくすりと笑った。

「なんで英語なの!?読めないんだけど!」
「廻が少しでも英語に馴染めるようになればな、って思って」

 なまえは笑顔で答える。これ、ラブレターじゃなくてテストじゃない?と廻は拗ねた。期待していたものと違う。

「簡単なものだから、辞書で調べてちゃんと読んでね。あ、先生や優さんに聞くのはだめだよ」
「えー……うーん」

 しかめっ面で、廻は手紙を眺める。これは教科書ではなく、なまえからの愛(?)のメッセージだ。そう考えると、頑張って調べようと気はしてくる。

(あれ……?)

 さっぱりわからない文字の羅列を見る廻の目が、その言葉に止まった。

 "i can only see you"

(iは"私"で、youは"あなた"だよね)

 廻にもわかる単語があった。なまえが言う通り文面は難しくなく、真面目に英語の授業を受けていればわかるレベルだ。

(んーこの単語は……)

 see……シー?

「わかった!一緒に海に行こう!」
「え?」

 突然の廻の解答に、なまえはぽかんとする。廻は続けて自信満々に話す。

「このシーって海っしょ?あ、それか一緒にデ●ズニーシーに行こう?」
「あはは、どっちも違うよ。海のシーのスペルは"sea"ね」
「そうだっけー?」

 さすが廻。なまえの予想外の解答だった。

 廻が読み解くのは時間がかかると思われたが、偶然にも英語の授業で同じような例文が出て、廻は意味を理解した。

(あーあ、簡単にわかっちゃった)

 いつになく真剣に英語の授業を受けている廻の横顔を、眉を下げた笑みを浮かべてなまえは見つめる。
 ちなみに教室内では「あの寝坊助の蜂楽が起きて真面目に授業を受けているぞ」と、ちょっとした動揺が走っていた。

 i can only see you――あなたしか見えない。

(俺しか見えない)

 そう意味がわかった瞬間、廻の眼に映る世界は輝いた。
 なまえはいつだって、嬉しい言葉をくれる。
 自分でも気づかなかった、欲しかった言葉を――。


「なまえ、返事は俺も英語で書くね!」

 出された宿題そっちのけで、英和辞典を片手に廻はなまえの手紙を読み説き、返事を綴る。

 翌日、なまえは廻から手紙をもらった。


「今すぐ読まないの?」
「家に帰ってゆっくり読みたいから」
「そっか♪」


 今日一日、それまでの楽しみだ。


 ◆◆◆


 帰宅すると、さっそく部屋のベッドの端に腰掛け、なまえは手紙を開く。
 そこに書かれていたのは『なまえへ』と続くたった一つの言葉。



 英語は英語でも、大きくカタカナで。

(廻らしい手紙だぁ)

 くすくす笑うなまえはベッドに上半身を倒し、手紙の文字を眺めた。

 ラブユーオンリー――love you only ――あなただけを愛してる。

 言葉の意味を噛み締めると、胸いっぱいに嬉しさが込み上げてくる。
 英語の宿題なら赤点でも、なまえにとっては花丸100点のラブレターだ。





--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#その後のあの子


「そういえば、廻の下駄箱に間違えてラブレターを入れちゃった子」
「ああ、あのそそっかしい女の子ね」
「隣のクラスの子だったんだけど、直接告白したらうまくいったんだって!間違えたきっかけで勇気が出たから廻に感謝してたよ」
「へぇーよかったね!俺なんもしてないけど、結果オーライってやつだ」
「迷惑かけたお詫びにって、お菓子くれたの」
「やったー!でも、なんで大量のプロテインバー?」
「廻がサッカー部なのを知ったからじゃないかな?」
「……にゃるほど?」


- 12 -
*前次#

←back
top←