七夕に願いを

 7月7日。七夕の日に、廻となまえは初めて喧嘩をした。理由は子供らしい些細なことだった。


「みんな、短冊は取ったかな?短冊には将来の夢を書いてみましょう!」

 二人が通う学校では、七夕集会として校庭に飾る大きな笹に短冊を飾る。
 先生の言葉に元気よく返事をして、児童たちはペンを手にし、思い思いに長方形の紙に文字を書いていく。

 将来の夢。

 廻はもちろん『サッカーせんしゅ』と書いた。
 サッカーを始めて、テレビでメッシやロウナウド、ノエル・ノアのすごいサッカーを見てから、廻の夢はプロのサッカー選手一直線だ。

 対して、なまえの夢は……

(どうしよう……)

 ペンを持ったまま、悩む。将来の夢がなかったなまえだったが、廻と出会って「お嫁さん」になった。
 だが、小学校に上がって、色々と経験を積んで成長してくると、羞恥心が生まれてしまう。

 お嫁さん。ましてや『廻のお嫁さん』なんて、みんなに見られるかも知れないに、恥ずかしくて絶対に書けない。

 悩んだ末、なまえは『織姫と彦星が会えますように』と書いた。

 年に一度、会うのを許された二人なのに、雨だと天の川を渡れなくて会えないと、幼稚園の絵本で知ったからだ。

 梅雨と重なる7月7日は雨が多かった。


「あれ、なまえの夢はおれのお嫁さんじゃなかったの?」

 ──と。廻がなまえの短冊を見たことにより、二人の仲は喧嘩に発展する。

「えぇと、そうだけど、みんなに見られたらはずかしいから書けなくて……」
「はずかしいって、なんで?」
「なんでって言われても……」
「おれのお嫁さんになるのがはずかしいってこと?」
「違うよ!」

 そこから互いにヒートアップし、うんざりしたなまえが「もうっ、廻なんて知らない!」と、啖呵を切った。

 プイッと顔を逸らし、廻に背を向けて。

 廻にしてみれば、なまえが勝手に怒ったような気分だ。
 いつも一緒に登校して、一緒に帰っていた二人だったが、この日、別々に帰ることになる。

(……なまえってば、ごーじょーなんだから)

 独りの帰り道、とぼとぼと歩く廻の鼻先にぽつりと滴が落ちた。……雨だ。

 午後にかけてにわか雨が降るでしょう――という朝の天気予報は当たっていた。

 今は雨が降ってないからと手ぶらで家を出ようとした廻に、無理やり傘を渡した優の判断は正解だった。
 どんどん雨足が強くなっていくにつれて、廻の心も沈んでいく。
 この雨じゃ、サッカーもできない。
 それ以前に珍しくサッカーをしたい気分でもなかった。

「ただいま……」
「おかえり……?」

 明らかに元気がない息子に、優の言葉の最後には疑問符がついた。

「どうしたの?なまえちゃんとケンカでもした?」
「ちがうもん。なまえが急におこったんだ!」

 何気なく言った言葉は、どうやら図星だったらしい。仲が良すぎる二人に珍しいなぁと思いつつ、子供が喧嘩の一つや二つをすることは不思議なことではない。
 優はテーブルの上で不貞腐れてる廻に、穏やかに声をかける。

「なまえちゃんはなんで怒ったの?」
「七夕の短冊に──……」

 廻から詳しく話を聞くと、きっかけは子供らしい些細なことだった。
 短冊に将来の夢は「自分のお嫁さん」と書いて欲しかった廻と、他の人に見られたら恥ずかしいと書けなかったなまえ。
 
 どっちの言い分もわかるし、どちらが悪いというわけでもない。ただ、お互い意地を張ってしまったように感じる。

「ねえ、ママ。おれ、悪くないよね?」
「そうだね。でも、なまえちゃんの気持ちもわかってあげなきゃ」
「えーわかんないよ……」

 恥ずかしいという感情は、まだちょっと我が子には早いらしい。

「今日は七夕だっけ。織姫と彦星は離れ離れになって年に一度しか会えないけど、廻はこのままずっとなまえちゃんとケンカしたままでいいの?」
「それはやだ!」

 即答した廻に、優の口元はくすりと綻ぶ。

「じゃあ、早く仲直りしておいで」

 優に背中を押され、廻は「うん!」そう元気よく頷くと、傘を持って飛び出すように家を出た。


 ◆◆◆


 ──織姫と彦星もこんな風にケンカしたこと、あるのかな?

 どんよりした灰色の雲からは雨粒が絶え間なく落ちている。窓越しに見上げたなまえははあ……とため息を吐いた。

(廻、おこってるかな……。きらわれたらどうしよう……)

 自分の気持ちをわかってくれない廻に苛立って、つい意地を張ってしまったことをなまえは後悔していた。

(明日、あやまって……仲直りできるかな……)

 なまえの心は廻への謝罪でいっぱいになっていると、隣にやって来たのは母だった。なまえ母は同じように窓越しに空を見上げる。

「天気予報通り雨が降ってきたのね。でも、せっかく楽しみに七夕の飾り付けを作ったんだし、飾ってみたら?玄関に飾る分には濡れないだろうし」
「……うん」

 娘が喜びそうなことを率先としてする父は、小さな笹を用意していた。
 なまえは事前に作っていた飾りと、それとは別に折り紙を取り出す。

 短冊のように長方形に切って、握ったペンで書いた文字は──。


 ◆◆◆


 廻がなまえの家にやって来ると、ちょうどなまえは玄関の前に置いてある笹に短冊を飾っていた。廻はゆっくりと近づき、声をかけた。

「なまえ、ごめん。おれ、なまえの気持ちをわかってあげられなくて……」
「廻?」
 
 なまえは驚いた顔で廻を見返したが、すぐに廻と同じような顔で答える。

「わたしもごめんね。わたしも廻の気持ちをわかろうとしなかったから……」

 なまえも謝り、しばらくして二人は微笑み合う。

「じゃあ、仲直りだね!」
「うん!」

 なまえはこくりと満面な笑みで頷いたあと「さっそく叶っちゃった」そう笹に飾ったばかりの短冊を廻に見せた。

 そこに書かれている文字は『廻と仲直りができますように』

 ──二人はそのまま一緒に飾り付けをした。空に向かって願いを込めながら、短冊を笹の葉に結びつける。

『ずっと仲良しでいられますように』

 短冊に書いたのは、願い事のような二人の小さな約束だ。
 気づけば雨は止んでいて、今年は織姫と彦星は一年に一度の再会を果たせるかも知れない。


 小学生だった二人は、高校生になった。


 二人が遊びに来た商業施設では、七夕イベントが開催されていて、大きな笹と自由に短冊に願い事を書くスペースが設けられている。
 違う日には千葉のゆるキャラ、チーバくんも遊びに来るらしい。それも浴衣姿の。

 浴衣姿のチーバくんに会いたかった〜と、二人は笑い合い「短冊書いていこうよ!」廻はなまえを誘った。

 好きな色の短冊を手に取り(もちろん廻は黄色)簡易スペースで小さい子に混じって願い事を書いていく。

「なまえっていつも短冊には『織姫と彦星が会えますように』って書くよね」
「二人は一年に一度しか会えないから、雨が降らないようにって」

 雨が降っても「かささぎ」という鳥の群れが、翼を広げて橋を作ってくれるので二人は会うことができるという話もあるが。
 他にも、七夕に降る雨は催涙雨と言って、一年ぶりに会えて嬉しくて流した涙という説や、会えなくて泣いている涙など色々な説があった。

 なんにせよ、一年に一度しか会えない恋人の大切な日に、お願い事をするのは昔からちょっと違和感を覚えるなまえだった。織姫と彦星も、他人の願い事を叶えるより、二人の時間を大切にしたいんじゃないだろうか。

「そういえば、小学校以来、俺たち喧嘩してないからあの願い事叶ったのかもね」
「あ、確かにそうだね」

 初めて二人が喧嘩したのは七夕の日だ。すぐに仲直りして『ずっと仲良しでいられますように』という短冊を飾った。それ以来、二人は喧嘩らしい喧嘩はしていない。

「もし、なまえと一年に一度しか会えなくなったら……」
「……うん」

 短冊に文字を書く廻の横顔を見ながら、なまえはペンを持つ手を止めて、話の続きを待った。

「そんなの嫌だから、ドリブルしながら天の川渡って会いに行く!」

 宣言するように言った廻の言葉に、なまえは一拍置いて吹き出した。天の川をドリブルなんて、廻らしいといえば廻らしいけど。

「もーなんで笑うの!俺、結構本気で言ったよ?」
「あはは、ごめん。でも、なんでドリブルなの?」
「ドリブルでならなんか行けそうな気がする!」

 確かにサッカーの試合で、廻のドリブルは最強だ。

「だから、なまえ。待っててよ」
「わかった。待ってる」

 顔を見合わせ微笑み合って、二人は書き終えた短冊を空いてる笹の葉へと結びつけた。

「廻はなんて書いたの?」

 毎回、廻のお願い事はその時の気分で違う。笹の葉にしっかり結びつけた廻は満足げに答える。

「んー、『これからもなまえと仲良くします』って。叶えてくれたことに対してのお返事♪」
「……それ、いいかも。私もお礼書く!」


 "ずっと仲良しでいられますように"


 幼い二人の小さな願いは、未来へと続いていく。


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