『廻くん、すごい!ボールとダンスしてるみたい……!』
――初めてもらったあの言葉は、本当に嬉しかったんだ。
あの頃の廻は、なによりもサッカーが大好きで、ドリブルが大好きで、陽が落ちるまでサッカーをしていた。
その頃の記憶を――感情を――すべてが決まる8秒前に全身で思い出す。
追い求める"かいぶつ"に出会えて、一緒にサッカーをするのが楽しくて、いつしか忘れてしまっていた声を。
"俺にとって、これより楽しいコトなんて、この世界には存在しない!!!"
それは…………
『試合終了!!SCORE 5−4 TEAM REDの勝利!!!』
(俺は、ひとりで戦ったんだ……)
この試合で忘れていた自身のエゴを取り戻した廻は、"かいぶつ"に手を振った。
勝ったチームREDは潔を引き抜き、絵心から勝敗の分け目を生んだ「"運"のカラクリ」について話を聞く。
『さて。これにてお前らの二次選考は終了だ』
チームが5人になったことで、彼らは次の切符を掴んだ。
『さぁ、次は三次選考。予告どおり、世界トッププレイヤーとの強化合宿だ。まずは手始めに24時間後……世界選抜との、5vs5決戦といこうか』
モニターに映し出されているのは、スペインの名門クラブ「レ・アール」の貴公子、ルナ。イングランドリーグ得点王、アダム・ブレイク。ベビーフェイスで世界屈指のFK、そばかすのカバソス。スラム出身のハングリー重戦車、ダダ・シウバ。
そして、フランスリーグの超新星、ジュリアン・ロキ。
サッカー情報オタクらしい時光の口から出た名前は、廻もよく知る有名選手たちだった。
試合は翌日の朝だ。
早く寝て明日に備えた方がいいのに、その夜、廻は珍しく寝付きが悪かった。
「…………」
今日の試合のことが頭を駆け巡る。そして、脳裏に浮かぶのは懐かしくなってしまった顔だ。
(あの時、俺は……)
サッカーより楽しいことなんてないって、それ以外いらないって本気で思った。
たとえ、なまえとの日々を捨てたって――。
"かいぶつ"がずっと一緒にサッカーをしてくれたように、ずっと側で支えてくれたのはなまえだ。
気持ちが冷めたわけじゃない。なまえのことは昔も今も大好きだ。
ただ、廻は自分の本質に気づいてしまった。
いつだったか、今村に「彼女とサッカー、どっちかしか取れないってなったらどっち取る?」と聞かれたことがあった。
もしも、サッカーとなまえ、どちらかとしか取れないとしたら――……
あのときはなにも考えず廻は両方と答えたが、今はその答えは違っている。考えると胸がズキズキ痛むが、もう自分はその生き方しかできないと知ってしまった。
(ごめん、なまえ……。俺はきっと、サッカーを取る)
それでもなまえは、許してくれるんだろうな。
◆◆◆
「新生、蜂楽廻。デビューでござる!」
"青い監獄"三次選考、5vs5の「世界選抜戦」が始まった。
ルールは二次選考同様の5点先取だ。
自身のエゴを取り戻した廻は、吹っ切れたキレキレのテクニックをパブロ・カバソスに見せつける。
そこに"かいぶつ"の姿は見えない。
でも、今の廻は世界のストライカーとだって一人で戦える。
「およ、いい回転」
"グッドスピン"。その単語はわかった。
「NO NO」
そこで廻は踏み込み、カバソスの反対に切り返す。
「ワンモアタッチの巻♪」
「え……すご!カバソスの逆とった!」
「ナイス蜂楽!ワンツーで一気だ!」
「バカ仰い――……」
ペロリと舌を出す廻の視線に潔は入らない。そのままドリブルで突っ切る。
「俺の想定内で収まる人間にパスなんか出すかい!!」
これが廻の新しいサッカー、超エゴイスティックドリブルスタイルだ。
その廻に適用しようとする潔。その潔を食おうとする凛。
――GOAL!!
そんな三人による瞬間的な化学反応で、BLUE LOCKチームは世界選抜相手に先制点を奪取した。
「いいぞ、潔・蜂楽。もっと俺の餌として動け」
「なんだよ、凛ちゃん。潔がいると動きのギアが段違じゃん♪」
以前の凛なら自分の思考通りに動かそうとするが、こちらの出方を見てからのプレーだった。ある意味、信頼してんじゃんと廻は思う。
「さぁ、どこまで届くか♪」
世界で活躍する選手との試合は、廻にとっても未知な世界だ。
ワクワクの半分のビビる気持ちは、今の自分と世界との距離がこの試合で明白になるから。
「勝つっつってんだろ」
「……だね♪」
たとえ世界のスーパーストライカーでも、負ける気はない。
すぐさま向こうからのキックオフで、試合はリスタートする。まだ一点だ。
迎え撃つ……が。
「!?」
「蜂楽!」
え……、いつ抜かれた!?
世界選抜チームにとってはほんの遊びでも、彼らにとっては歴然の差の実力を叩きつけられた。
神童ロキの神速、カバソスの針の穴を通すような精密なキック。負け知らずのシウバのヘディング。肉弾戦で圧倒するブレイク。貴公子と呼ばれるルナの華麗なるテクニック――。
個人がゴールを決め、あっという間に点を突き放された。一人、必死に食らいついていた凛ですら、敵わない。
1−5……為す術もない敗北だった。
試合が終了し、力が抜けたように廻はその場にへたり込む。
(……あの時、そばかすベイビーなんて言ったんだろう……。確かリズムがダイナミックとか、プレーがなんちゃらって……あーわっかんね)
『Your rhythm is dynamic but it lacks a pattern There's not enough direction in the play』
今は世界の凄さを肌に感じて、その距離を実感するのが精一杯だった。
――一日も終わろうとする中、ベッドの上でそれぞれが今日の試合について口にする。
「マジで、手も足も出なかったな……」
「ああ、"青い監獄"へ来て、強くなったと思っていたが、身の程知って目が覚めた気分だ」
「絵心は俺たちにそれを感じさせたかったのかな?それに……査定って何を評価されるんだろう?」
「……でも、なんでかな。こんな清々しい負けは初めてだ俺……」
風呂上がりの髪をタオルで乾かしながら、そうぽつりと切り出したのは廻だ。
「TVの向こう側の人間だと思ってた奴らと戦えて、今は「世界一」が現実に感じられるからかな」
「あーなんか理解るぞ、それ。世界一のストライカーってのが、ファンタジーじゃなくなった感じ」
「うんうん!遠いけど、確かにあるみたいな!」
廻の言葉に蟻生と時光が同意するように続き、潔も彼らの言葉に「うん」と頷いた。
遠いけど確かにある、かぁ……。
廻の夢は『世界の舞台で、メッシやロナウド、ノエル・ノアとワクワクするようなサッカーをする』だ。
その夢が、今日の試合の先に繋がっていると確かに見えた。
(今日は半分しかワクワクできなかったから、次は全部をワクワクにする!)
なによりも楽しいサッカーをしているのに、試合を楽しまないなんて損だ。廻なりの決意を胸に、眠りに落ちた。
その夜はなまえの夢を見た。
本当は、話したいことがたくさんあったんだ――