絵心から次の選考を告げられるまでの間。
「あー!ネガさん発見!ねえ、一緒に自主練しない?」
「お、俺でよければよろこんで!」
誰かと自主練をしたいと探していた廻は、時光に声をかけた。時光なら一度自分のドリブルを抜かれたし、体力もあり練習相手にはぴったりだ。
「うんうん!ネガさんならそう言ってくれると思った♪」
「そ、そっか……エヘヘ。そ、それはそうと蜂楽くん」
一緒にトレーニングルームへと足を進めながら、時光は言いづらそうに切り出す。
「俺の名前、覚えてる……よね?」
「うん、覚えてるよ」
当然、というようににこっと笑って答えた廻に、逆に時光は困惑する。
(あぁそうだった……。蜂楽くんは空気を読めないんだ!もっと直球に言わないと伝わらない……!)
若干、失礼なことを廻に思いながら、再び時光は口を開く。
「そ、それならいいんだけど……ほら、いつも蜂楽くんからはネガさんって呼ばれてるから……あ、いや、別にそのあだ名に文句言ってるわけじゃないんだよ!?確かに俺はネガティブだし……」
「てか、なんでネガさんはそんなにネガさんなの?」
「なんか直球で聞いてきたね!?」
逆に。廻としては、時光はサッカーも上手いしフィジカルもあるし、なんでいつもネガティブ思考なのか不思議だった。
「ネガティブ思考なのは昔からというか……これも個性だと受け止めてくれたら嬉しいかな」
「うん、わかった。やっぱネガさんはネガさんだね♪」
「あぁ……うん、もうそれでいいよ」
悪気はないんだろうし。そんな無邪気な笑顔で言われてしまえば、まあ、いいかなという気持ちに時光はなった。最初に試合をした際に呼ばれた「八の字眉毛」よりはずっと愛着を感じられる。
むしろ「ネガティブクソ野郎」や「筋肉達磨」、「ネガ筋野郎」に「スタミナ・ネガ」、さらには「筋肉ネガ野郎」などなど。そんな風に呼ばれるよりはずっとマシだ。
ちなみにこれは全部馬狼が呼んできたあだ名だ。
「ば、蜂楽くんはいつもポジディブだよね。羨ましいよ……」
「俺、座右の銘が「楽あれば楽あり♪」だし」
「(え、どういう意味だろう……)」
「あっ、凛ちゃんだ!」
凛の姿を発見した廻は持っていたボールを凛の頭目掛けて蹴った。
時光が止める間もない一瞬の出来事だった。
「――てっ!」
「ちょ!?なにしてんのぉぉ!蜂楽くんッ!?」
さすがの凛も反応できなかったらしい。廻の抜群のコントロールで飛んだボールは、正確に凛の後頭部に直撃した。
そもそも、通路でボールが飛んで来るなど想定外だ。
「凛ちゃんも俺たちと自主練しない?」
「蜂楽くんッ!そんなことより凛くんに謝らないと!メッタ刺しにされるよ!?」
アワアワとする時光をよそに、廻は平然と凛をサッカーに誘っている。その凛は後頭部を押さえながら、ゆらりと振り返った。
「てめぇ……オカッパ……」
――廻はめっちゃ怒られた。ついでに時光も怒られた。(なんで俺までぇ!)
「潔は怒らなかったのになー」
「それ、潔くんだからだよ……」
怒られてもケロリとしている廻に(今後、この人とは距離を置こう)と、げっそりしている時光は心に決めた。
◆◆◆
『三次選考2nd は、サッカー馬鹿のお前らにノルマを課す』
しばらくしてモニター越しに現れた絵心は、彼らにそう告げた。続いて画面に現れた文字は……
"語学学習 まずはENGLISHから始めよ"
「うむ……確かに。これからオシャに世界へ羽ばたくのに、異国の選手たちとのコミュニケーションは大切になる」
「うん、世界選抜の人たちがなに言ってんのかわかんなかったしね……。あぁ、でも、言葉がわかったら悪口言ってるのもわかっちゃうよぅ……それは嫌だなぁ……」
「ッチ。今さらかよ」
蟻生、時光、凛がそれぞれ反応を示すなか、廻は潔に話しかける。
「潔は英語、話せる?」
「いや、全然。つーか、サッカー馬鹿って絵心に言われたくないよな……」
「はは、だよね♪俺も英語は全然」
廻は英語だけでなく、勉強自体がさっぱりだが。
いつからあったのか、オリジナルの"青の監獄"のロゴが入ったペンやノートに、同じくロゴ入りの辞書など用意されていた。
「あ、音声プレイヤーまである!音楽、聞けないかな?」
「うーん……」
「どうかした、蜂楽?」
「勉強やるのに、前髪伸びて邪魔だなって」
廻は前髪を指先で弄りながら答える。パッツンに切り揃えた前髪が、少し眼にかかるぐらいに伸びていた。
「あんま気にしなかったけど、ここに来てから髪って切ってないもんな」
二人の会話を聞いて、他の者たちもそういえば……と気づく。
「これじゃあ集中して勉強できない」
「いや、俺に言われても……」
「蜂楽くんの場合は単に勉強したくないだけじゃ……あぁ!余計なこと言ってごめん!」
「ハサミがあるんだから自分で切りゃあいいだろ」
珍しく凛が皆の会話に口を挟んだ。つい最近、凛も前髪が右眼にかかってきて、切ろうと思ったことがあったからだ。
だが、鏡の前で前髪を上げた顔が兄の冴に似ていたことにより、凛は全部が嫌になって切らずに終わった。
「自分で切ったらパッツンに切れないじゃん?」
「知るかよ」
「その前髪へのこだわり……蜂楽廻。オシャ、だぞ」
「絵心に言えば、なんとかしてくれるんじゃないか?」
潔の提案に「あ、そうか」と、廻はモニターを見上げる。
「おーい、絵心ー!絵〜心〜!」
両手を大きく振り、モニターに向かって大声で呼びかける廻。そんな原始的な方法で?と潔は思ったが、提案しといて自分も絵心と連絡を取り合う方法は知らない。
――プッ。
「あ、出た」
前触れもなく絵心はモニターに現れた。
(うわ、また焼きそば食ってるし!)
カップ焼きそばを口いっぱいに頬張る姿に、潔はじゅるりとよだれが出てきそうになった。納豆からは脱出できたが、たまにはジャンキーなものが食べたい。
「ねえ、絵心。前髪切りたいんだけど、どうしたらいい?」
「…………」
ズズ、と絵心は焼きそばをすすっている。
『脱衣所に専用のハサミや諸々用意してある。自分で切れ。じゃ』
――プツン。
その言葉を最後に、再びモニターは元の画面に戻った。
「えーなんだよ、それー」
「なんとなくそうだろうなってわかっていたけど……」
「セルフカットなんだ……」
「ふん」
絵心の対応に皆は呆れるなか、蟻生はオシャなポーズを取っていた。
「俺が、お前の前髪を完璧に切ってさらにオシャにしてやろう」
毛先の手入れを自分でこまめにするので、簡単に髪を整えるぐらいは得意だという。
「本当!?サンキューオシャさん!」
そうと決まれば、二人はさっそく脱衣所に向かった。確かに絵心が言ったとおり、セルフカット用の道具が揃っている。
散髪ケープを付けて、廻は鏡の前で座っていると……
「ノオォ――!!」
そんな悲痛な声と共に、鏡に映る蟻生は何故か仰け反っていた。
「オシャさん、どうしたの?」
振り返って廻は蟻生に尋ねる。蟻生は、なにやら手を見てショックを受けているようだ。
「なんていうことだ……俺の、オシャなネイルが剥がれている!」
正確には指先……爪を見てだった。蟻生は爪に黒のネイルを塗っている。
「え、どこ?」
「ここだ」
「わかんなくない?ちょっと剥がれてるだけだよ?」
廻が大雑把とかではなく、本当に爪先のネイルがちょこっと剥がれているだけだ。まじまじとよく見ないとわからない。
「ノット!少しの剥がれも俺は許さぬ。指先まで完璧こそオシャなのだ」
よくわからないが、こだわりというなら廻もパッツン前髪にちょっと持っている。
「あ、じゃあ、黒のマジックペンで塗ったら?」
名案だと提案したら「ノットオシャ!」と、頑固として却下された。
「じゃあ、絵心に相談してみる?」
つい先ほど絵心に適当にあしらわれたばかりだが……困ったときはここの責任者であろう絵心だ。
さっそく蟻生は脱衣所を飛び出し、近くのモニターに呼びかける。その後ろを散髪ケープをつけたままの廻が追いかけた。
「聞こえるか、絵心甚八!由々しき事態だ!ここに召喚せよ!」
…………
「あ、出た」
焼きそばは食べ終わったらしい。モニターには不機嫌な顔をした絵心が現れた。
『いちいち呼び出すんじゃねえよオシャレロン毛。俺も暇じゃない』
「オシャレではない、"オシャ"だ。いや、それよりも緊急事態なんだ。俺のネイルが剥がれてしまった。黒のマニキュアをくれないか」
『…………』
しばしの沈黙が続き……
『知るかバーカ。黒のマジックペンでも塗っとけ』
「あっ、おい!」
プツンとモニターは切れた。絵心も俺と同じ意見だったなーと廻は思う。だからと言って別に嬉しくはないが。
「オシャさん、俺が塗ってあげるよ」
「俺、オシャ半ばに死す」
「はいはい、元気だしてー。ネバーギブアップ」
結局、マジックペンで塗るのは断固拒否した蟻生は、自分で剥がれた部分の爪をヤスリで整えることで解決した。
「オシャ復活!指先まで美しい俺……これぞ、オシャ璧!(※完璧)」
「ねえ、潔。このチームって変な奴しかいないよね」
「そうだな……。(蜂楽も大概だと思うけど……)」
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#その頃の世界選抜チーム
「おい、カバソス。お前、あのドリブル小僧の評価なかなかじゃねえか」
「あ、シウバ。うん。オイラと同じように可愛い顔をしてたからね」
「ブハッ、顔かよ!自分の方が可愛いと思ってるくせによ!」
「まあ、それだけじゃないけど。彼のドリブルに可能性を感じたから」
「可能性ねぇ。彼らは良くも悪くも"才能の原石"たちだったね」
「皆さん、次の試合ですよ。報酬は貰ってるんで、きっちり仕事はしましょう」
「へーへー。とっとと終わらせて、早く日本人女性と遊びたいぜ」