――あれ、なんかなまえちゃん……
――機嫌が悪い?
クラスのなまえと仲のいい女の子たちは、ひそひそ声で話す。朝はそんな風に感じなかったが、今のなまえは頬杖をつき、眉間にシワを寄せむすっとしていた。
珍しい……と、彼女たちは遠巻きに見ていた。
話しかけても怒ったりはしないだろうけど、なんとなくなまえから話しかけるなオーラが出ている気が……する。
「――今日のなまえちゃん、何に不機嫌だったんだろうね」
帰り道、彼女たちの話題はそのことだった。ちなみになまえはいつも廻と登下校をしている。
「蜂楽くんがなにかしたとか?」
「いや、あのなまえが蜂楽に怒らないでしょ」
「たしかに……」
「じゃあ、蜂楽くんがまたイジワルされて怒ってたとか!」
「それなら、イジワルした本人に直接怒ってるんじゃない?」
「うーん、そうだよねー」
結局あの穏やかななまえが何に不機嫌だったかわからず、彼女たちの謎が深まった。
「なまえ、どうしたの?ご機嫌ななめ?なんか怒ってる?」
同じ頃の帰り道。彼女たちが知りたがっていたことを、廻は直球でなまえに尋ねていた。簡単に聞けるのも、二人の仲と何事にも動じない廻の性格があってだ。
「えっ、怒ってないよ?」
「そうなの?じゃあなんでずっとむすっとしてたの?」
廻は純粋な疑問から聞いたが、なまえは自分がそんな顔をしていたのを初めて知ったのか、ガーンとショックを受けた。
「ちがうの……あのね……」
歩いていたなまえの足が止まった。もじもじ言いづらそうにしながら、なまえは廻に理由を話す――。
「え?歯が痛い?」
「……うん」
廻はきょとんとして言って、なまえは沈んだ声で頷いた。
「それって虫歯ってこと?」
「わかんない……ちゃんと毎日磨いてたのに〜」
なまえは右頬を押さえながら言った。朝は大丈夫だったのに、お昼過ぎからズキズキと痛み、そのせいで顔をしかめてしまったらしい。
「もっとひどくなる前に、早く歯医者に行った方がいいよ」
「でも、歯医者こわい……」
廻のもっともな言葉に、なまえはしゅんとしながら返した。別になまえ自身が歯医者でこわい目にあったわけではない。
定期検診で行った際のタイミングが悪かった――
「い、痛い!先生痛いです〜!」
「はい、はーい。もう少しだから我慢してね〜」
あぁあ〜〜!!
隣からギュインギュインという激しい機械音と共に、大の大人の断末魔が響く。しかも、先生は無視して治療を続行。痛かったら手を上げればいいって聞いたのに、あれは嘘だったの……!?
「…………」
青ざめるなまえは、すっかり歯医者が怖くなってしまった。
「でも、今なら痛くないかもよ。こわいならおれも一緒に行ってあげるよ!」
ニコッと廻は笑って言うと、なまえはこくりと頷いた。廻と一緒なら頑張れるかなぁ……。
「虫歯の初期なら治療も痛くないなら大丈夫よ」
「うん、廻もついてきてくれるって」
「廻くんも?じゃあなおさら安心だね」
家に帰ると、なまえは歯が痛いことを母に相談した。通っているデンタルクリニックは午後の診療も行っているので、さっそく廻も一緒について行く。
「ありがとね、廻くん」
「ううん♪なまえのためだもん」
歯医者に着くと「歯医者のニオイって好き」という廻の言葉になまえは驚いた。独特なにおいは消毒薬だという。
母が受け付けをしている中、二人は空いてるソファに座る。
「緊張する〜……」
「大丈夫大丈夫♪呼ばれたら緊張すればいいんだよ!」
「そう……なのかな?」
アドバイスと言えるのか微妙なところだが、廻から言われるとそう思えてきて、なまえはちょっと気が楽になった。
「名字さーん。名字なまえちゃーん」
「は、はいっ」
しばらくして衛生士のお姉さんに呼ばれ、なまえの肩はびくんと跳ねた。
「じゃあ、廻……行ってくるね」
「うん!なまえ、ファイト!」
廻に応援され、なまえは緊張の面持ちで母と共に診察室へ入る。
呼ばれたから緊張してもいいんだよね!?
なまえは思考もカチンコチンだった。
「――虫歯じゃなくて、歯の生え変わりですね」
ユニットで寝そべっていたなまえの口を診察して先生はそう言った。歯の生え変わり……?確かになまえは徐々に歯の生え変わりが始まった時期だ。
「下から生えてくる永久歯の神経が圧迫されて痛かったみたいですね。冷やしておけば大丈夫ですよ。あまりに痛いなら痛み止めを飲んでもいいですし」
先生の説明に、なまえは見てわかるほどにほっと安堵した。
「虫歯じゃなくてよかったね」
そう母も笑顔で呟く。せっかくなのでクリーニングをしてもらい、衛生士のお姉さんに「綺麗に磨けている」と褒められて、なまえは嬉しくなった。
さらに、まだ小学校なので頑張ったご褒美にカードをもらう。
「廻!ただいま」
なまえは出て行った際とは違い、満面の笑みで待合室に戻ってきた。
「あ、なまえ!おかえり!」
廻は読んでいた漫画から顔を上げた。ちびまる子ちゃんを読んで待っていたらしい。
「大丈夫だったよ!はい、これ。一緒に来てくれたお礼」
「おれ、なんもしてないけどもらっちゃっていいの?」
「うん、もちろん!」
「ありがとう!やったーメッシだ♪」
なまえにとっては廻がついて来てくれただけで嬉しかったし、心強かった。廻はもらったメッシのサッカートレーディングカードを嬉しそうに眺める。
(……なるほど。そういうことだったのね!)
衛生士のお姉さんは受け付けからその様子を眺めて、一人納得していた。小学生の女の子にしてはやけに渋いチョイスだと思っていたら、ボーイフレンドにあげるからだったらしい。二人の仲がうらやま……じゃなくて微笑ましい。
――お会計も済んで、帰り道。
「そっか。生え変わりで歯が痛くなるんだ」
「虫歯じゃなくてよかった♪」
「おれも、ここの歯がぐらぐらしてる」
そう言って廻はあぐっと開けて指差す。上の奥歯がぐらぐらしているらしい。
「……あ」
「?どうかした?」
「抜けちゃった」
ポロ、と廻の手のひらに乗るのは奥歯だ。
「廻、屋根に投げなきゃね」
「屋根?なんで?」
「あれ?お母さん、なんでだっけ?」
「ああ、それは……」
丈夫な永久歯が生えてくるように願いが込められた風習だという。
「えーい♪」
廻は家に帰ると、自分の家の屋根に向かって歯を投げた。そのおかげか、数年かけて廻の歯は綺麗に永久歯に生え変わった。
そして、さらに数年後――
「蜂楽には負けるなぁ!俺の笑顔も悪くないっしょ?」
「クサ男(凪)の白い歯なんて、見たコトねぇよ。俺は悔しい時に見せてんだろ!殺す!」
某青い監獄の選手たちによる格付け「こぼれる白い歯!笑顔が素敵なのは?」で、廻はベスト1に選ばれたとか。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#みんなの歯医者事情(小ネタ)
◆潔世一
「歯医者、こわいよ〜!」
「世っちゃん、大丈夫よ。先生はこわいことしないからね」
生まれつきのビビりだった世一は、歯医者(病院も)苦手だった。
「じゃあ、口を大きく開けててくださいね〜」
「は、はい……!」
高校生になった世一はあからさまにビビることはなくなったが、内心ドキドキしている。(口の中を見られるのもちょっと苦手)
◆吉良涼介
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
吉良涼介は定期的に歯医者に通って、美しい白い歯を保っている。
「きゃー!吉良くんが来たわよ!」
「私が担当するわ!」
「あんた、先月担当したじゃない!」
「恨みっこなしのジャンケンにしましょう!」
「「ジャーンケーン……!」」
誰が吉良の担当になるか、毎回争奪戦である。
◆糸師兄弟
「兄ちゃん、歯医者こわくないのすげー!」
「ただ口を開けてるだけでいいんだよ」
内心ちょっとドキドキする時はあるけど、冴は絶対に表に出さない。
「凛くん、大丈夫だよ〜ちょっとお口開けててね」
「〜〜っ」
対して幼い凛はびびっていたが、数十年後の高校生にもなれば――
「じゃあ、口を開けててくださいね〜」
「……」
「(小さい頃はこわがっていたのに、凛くんも大人になったなぁ。もう、高校生だもんなぁ)」
顔色一つ変えず治療を受けていた。
「はい、終わりです。それにしても凛くん。お兄さんの活躍はすごいね!」
「クソ兄貴の話はしないでください」
「…………」
兄弟喧嘩でもしたんだろうか……?ただならぬ凛の様子に、それ以降先生は冴のことを口に出すのは止めた。
◆我牙丸吟と剣城斬鉄
「我牙丸。そんな適当に磨いていたら虫歯になるぞ」
「俺、一度も虫歯になったことないし、歯医者にも行ったことがないぞ」
「なに!?ちょっと歯を見せてくれ。……なんて立派な歯なんだ!!」
我牙丸の驚異的な身体能力(?)が、また一つ判明した。