蜂楽廻に勉強を教えるのは、至難の技である――。
「こんにちはー」
「なまえちゃん、いつも廻の勉強に付き合ってくれてありがとね。廻、今シャワー浴びてるから部屋で待ってて」
「はーい」
優に挨拶して、なまえは廻の部屋に向かう。
慣れ親しんだ独特の感性のインテリアとサッカー関連のグッズがたくさん置かれた部屋。
鞄から教科書、ノート、筆記用具を取り出した。
今日こそ廻にちゃんと勉強をしてもらわないと。
いつもあのマイペースな廻のノリに巻き込まれ、グダグダになるので、なまえは心を鬼にする決意をする。
テストが控えており、赤点を取ったら追試が待っているからだ。
そうでなくても成績は低浮上だし、高校受験など心配している。
(どうしたらもっと廻に勉強してもらえるか……)
そもそも自分の教え方が合っているのかとなまえは考える。
自分は勉強が好きだし、人並み以上に出来るので、真逆の立場を理解できてない所はある。
勉強が出来ると教え上手はイコールではない。
もっと楽しく教えられたら、廻も飽きずに勉強出来るのかな……。
「あ〜スッキリした!」
「廻、おかえ……きゃあ!!?」
今まで悩んでいたことも、もやもやも、すっぽんぽんの廻によってすべて吹っ飛んだ。
「ちょっ廻!!服!服着てーー!!」
「えー?」
「なんで全裸でいるの!?」
「人間、生まれたときは裸だよ♪なまえも一緒にやる?」
「やらないから!早く服着て!」
「あーい」
自由過ぎる……!なまえは先ほどまで真剣に悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなり、それよりも動揺と心拍数で大変なことになっている。
ちょっと見ちゃった……!
ちょっとでもなまえにとっては大問題だ。
この場合、どうすればいいのか誰か教えてほしい。
「〜〜♪」
なまえの後ろで、廻は好きな歌である「夢いっぱい」の鼻唄を歌いながら服を着ている。
こっちの心情なんてこれっぽちも気にしてない様子が恨めしい。
「ほい。服着たよ」
その声にゆっくりと振り返って、なまえはじと目で見上げた。
廻はニコッと笑ったが、世の中には可愛さ余って憎さ100倍という言葉があるのだ。
「……廻には羞恥心ってものがないの?」
「羞恥心?あの歌ってるバカ三人?」
三人も裸族の廻には言われたくはないだろう。そして、たぶん。あの三人は廻よりも頭がいい。
「はあ………」
「大丈夫?なんか疲れてる?」
重いため息を吐くと、廻は労ってくれるらしい。いや、廻のせいなのだが。
「……廻、髪の毛濡れてるよ」
「これぐらいすぐ乾くっしょ」
「ノートと教科書が濡れるでしょ」
なまえのやる気は削がれたが、本来の目的は忘れていない。
「ドライヤー持ってきてくれたら乾かしてあげる」
「マジ!?持ってくる!」
廻は嬉しそうに部屋を飛び出していった。
――まるで大型犬。
「にゃは♪これ最高。なんか殿様になった気分」
なまえにドライヤーをかけられ、髪を乾かされてる姿はそれだ。
なまえはベッドに腰かけ、その下で胡座をかいてる廻。表情は見えないが、ご機嫌なのは分かる。
「殿、ご気分はいかがですか?」
「うむ、天にも昇る気分じゃ」
「あはは、大袈裟だね」
廻の髪に指を通しながら乾かす。
癖毛のように髪の毛は跳ねているが、髪質は柔らかくてサラサラとして触り心地がいい。
「気持ちいい……」
廻も頭を撫でるようななまえの指が心地よくて、うっとりと目を閉じる。
「――はい、乾いた」
「ありがと、なまえ」
「じゃあ、勉強しよっか」
「なんか俺、今なら勉強できる気がする!」
机に向かう廻に、やる気が出てくれて良かったとなまえも喜んだ。
じつはこの展開、ちょっぴり狙っていた。
◆◆◆
「飽きた〜〜」
そう言って机にうつ伏せになる廻。
ドーピング効果が切れたか。だが、あの廻が数時間やる気を保っただけでも快挙である。
「廻〜最後の教科だからあとちょっと頑張ろう?」
「無理。社会覚えられなーい」
「覚えるんじゃなくて理解すればいいんだよ」
「理解できなーい。俺、社会とは一生分かり合えないもん」
だめだこりゃ。なまえは肩を落とす。
「糖分欲し〜眠い〜膝枕して〜」と駄々をこねる廻は、オモチャ屋で「オモチャ買ってー!」と、泣き叫ぶ5歳児と対して変わらない。
でも、せっかくここまで勉強したのだからとなまえも諦めず、何か手はないか考える。
「……ねえ、廻。テストで赤点回避できたらご褒美あげる」
「え、ご褒美……?」
うつ伏せ状態から廻がこちらに顔を向けた。よし、食いついた。
「ご褒美ってなに?」
「それは……もらってからのお楽しみっ♪」
ご褒美、ご褒美……そんな風に含みを持たれて言われてしまうと、もわわんとアレやコレやと想像してしまう。
なまえから自分より可愛いと思われていた廻だって(不本意だよ)立派な思春期ド真ん中の中学生であり、健全男子だ。
勉強に集中できない理由だって、好きな子が至近距離で教える姿についつい目で追ってしまう……というのもあるのだ。
睫毛が長いなとか、集中してる目がいいなとか、唇柔らかそうだなとか。
教科書を見るよりよっぽど楽しいから仕方がない。
なまえに言ったら今後一緒に勉強してくれないだろうから、この話は内緒。
「俺、頑張る」
今までにない、勉強に対しての真剣さを見せた廻。ご褒美作戦は大成功のようだ。
後になまえは、この言葉を知ることとなる。
『天才はエサがあれば本気を出す』
勉強に対しては凡人の廻ではあるが、この場合のエサは自分だと、なまえは気づいていない。
◆◆◆
来る運命の日――場所は再び廻の部屋。
「じゃーーん!」
「すごい廻!やればできる子!」
得意気に見せるテスト用紙には、今までで一番良い点数だった。これにて無事に赤点回避。
「へへ♪俺、頑張ったでしょ」
「うんっすごく頑張った」
「じゃ……ご褒美ちょーだい♡」
苦手な勉強を頑張ってやったのも、なまえからのご褒美が欲しいためだけだ。
ベッドに隣同士に座っていたなまえが、こちらに体を向けた。
苦しくなるような胸の高鳴りがする。
このドキドキはサッカーでもならなくて、させるのはなまえだけだ。
なまえの手が廻に伸びる――。
「…………へ」
「よく出来ましたっ!」
花が咲くような笑顔と共に、廻の頭は小さな手に撫でられた。
「……ご褒美ってこれ?」
「うん。褒めてあげてる。廻、頭撫でられるの好きでしょ?」
「嫌いじゃないけど……」
髪を乾かしている時に、気持ち良さそうにしてたから……と言うなまえ。確かに気持ち良かったけど……納得いかない。
「俺の想像してたご褒美と違うー!」
「えぇ……?」
オレオレ詐欺だー!と抗議する廻。
オレオレ詐欺ではない。勝手に想像して期待していた廻が悪いのだが。
「じゃあ、どんなご褒美がいいの?」
今回、廻が頑張ったのは事実なので、内容によってはあげないこともないと考えるなまえは――甘かった。
「……え……」
「俺の欲しいご褒美はこういうコト」
気づいたらベッドに仰向けになり、廻が覆い被さっていた。
押し倒されている――。
「め……廻……?」
「もらっていい?」
ペロリと舌舐めずりして。廻のことはちゃんと異性として意識しているが、こうも突然男を出されると戸惑ってしまう。
ゆっくりと近づいてくる顔に、なまえの心拍数は最高潮に達する。
廻の唇が、ずっと触れたかったそこに触れようとする前に――ペラリとした感触が阻止した。
「この程度の点数で……甘いよ廻!」
「…………厳しすぎない?」
テスト用紙でガードされた。上手いディフェンスにさすがの廻も崩せない。
「っもう。なまえの恥ずかしがり屋さん直してくれないと、俺手ぇ出せないよ」
「だ、だって、心の準備とか、……中学生でまだ早いし……」
「えー早いかなぁ。チュー」
…………。え、チュー?
そこでなまえは勘違いしてた?と気づき、そのなまえの様子に「あら?」とまた廻も気づく。(にゃるほど……)
「ねえ、なまえ。なにすると思ったの?」
「〜〜〜っ知らない!」
「ぅわっ」
なまえは思いっきり枕を廻の顔面にぶつけた。押し倒してきて、あんな顔をする廻がすべて悪い――。
だが、これしきの可愛い攻撃でへこたれる廻でもない。
枕を掴んで、ひょっこり顔を出す。
「ってことはチューはいいってこと?」
「ダメ。今日はもうレッドカードっ」
退場!と言うなまえに、廻は「あーい」と大人しく、
「な〜んて、隙あり!」
「っ」
引き下がらない。捕まえるようになまえを抱き締めた。
そして、強引さとは裏腹に優しい手つきで、その前髪をそっとかき上げる。
(あ……)
なまえのおでこに唇が押し付けられて、離れていく。
「今日はこれで我慢してあげる。俺に勉強教えてくれた、なまえへのご褒美♪」
ずるい……となまえは小さな声で呟く。
でも、心の中では「好き」という言葉が溢れてしまう。
再び真っ赤になった顔を、隠すようにその胸に押し付けた。
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あでぃしょなる⚽たいむ!
#眠れる国の王子
(顔を埋めたのはいいけど、どのタイミングで上げればいいんだろう……)
(なまえ、抱き締めてたら眠くなってきちゃった………)
「…………………」
「…………………」
「……………zzz」
「……廻?」
(寝てるし!!本当自由過ぎるんだから……。てか、よくこの体勢で寝れるというか……)
「……んにゃ……」
「……寝顔も可愛い」
――チュッ♡