翌日、一行は怪鳥の幽谷を目指して、メダル女学園を出発する。
場所は地図で把握しているが、入り組んだ渓谷の道にとにかく迷う。
ときには道幅が狭い崖道を、カニ歩きのように慎重に移動したり。
「のわっ」
「ロウちゃん危ないわ!」
「おじいちゃん気を付けて!」
「腹で足元が見えんのじゃ」
その際、ロウが足を踏み外しそうになって、両隣にいるシルビアとエルシスが慌てて手助けした。
「ユリさま……私、クラクラしてきてしまいましたわ……」
「セーニャ、下は見ちゃだめ。ほら、景色が綺麗だよ」
「それに落ちても助けてあげるから安心して。ベロニカは大丈夫?」
「ええ、小さい体なのが幸いしたわ」
そう彼らが慎重に進んでいると、身軽にとっと先を行っていたカミュが戻ってきて皆に言う。
「せっかくここまで来て非常に言いづらいんだが……。川に挟まれてこの先行き止まり」
「「………………」」
崖に背中をつけたまま、カミュの言葉に彼らは絶句した。
時間と労力の無駄だった。それだけでなく、再びこの状態で来た道を戻らなくてはならない。
「……ベロニカ、戻りましょう」
「え、戻るの?なんで?……はあ?行き止まり!?なにそのムダ骨!」
今度はベロニカを先頭に、カニ歩きでいそいそと来た道を戻る。
「のわっ」
「ロウちゃん危ないわ!」
「だからおじいちゃん気を付けて!」
「腹で足元が見えんのじゃて」
「後ろつっかえてんだから早く行ってくれ」
「後ろカミュしかいないじゃん!」
ぎゃあぎゃあと男性陣は言いながらも、なんとか無事に戻りきった。
「――あ、スライムだ」
やっぱり青色が一番スライムって感じがすると、エルシスはぷるるんと体を震わせるスライムを眺めた。
ぴょんぴょんと跳ねる姿が可愛いらしい。
それに答えるようにもう一匹スライムが現れた。
「…………へ」
一匹だけでなく、二匹、三匹……と、どんどん増えていき、スライムは合体してキングスライムになった!
「えええ!!うわぁ……!」
驚くエルシスは、そのどっしりした巨漢に押し潰された。
く……苦しい!
「はぁっ!」すかさずマルティナが回し蹴りでキングスライムを吹っ飛ばし「エルシス、大丈夫!?」そこにユリが駆け寄る。
「いたた……このぐらい大丈夫だよ」
「ったく、気を付けろよエルシス」
呆れてカミュはエルシスを見下ろして言った。
その間、キングスライムは他の仲間によって倒されたらしい。
油断大敵と心に刻み込み、魔物を倒しながらやっとたどり着いた怪鳥の幽谷の入口。
ここまで来るにも崖を登ったりと彼らはくたくたになって、見つけたキャンプ地に、早めに休むことにした。
「こんな場所にもキャンプ地があってありがてえもんだ」
「ずっと船内や宿屋でおやすみしてましたから、キャンプは久しぶりですわね」
カミュに続きセーニャが作業をしながら言う。各自役割分担で、食事や寝床の準備を行うのは暗黙のルールだ。
――夜の静寂に、ひゅんっトンっという音が響く。
ユリは一人、女神像の加護が届く範囲で、弓の鍛練をしていた。
自分は皆より弱くて出来ることが少ないから、せめて弓の腕だけでも磨いておかないと。
怪鳥の幽谷と呼ばれる場所だ。
鳥型の魔物が多く出没するなら、自分の弓が役に立つかも知れない。
(私も、みんなと並んで戦って、仲間を守れるようになりたい――)
研ぎ澄まされた集中力から放たれる矢が、遥か遠くの木に刺さった。
「…………」
その様子を、こっそり見守っている男がいた。(……なるほどな)
――カミュだ。
なんとなくユリが悩んでいる素振りは気づいていたが、人間誰しも大小関係なく悩みはある。
様子見をしようと思ったが、夜に一人で抜け出して、どうしても気になってついてきてしまったのだ。
(お前は十分、頑張ってるよ)
心の中で伝える。きっと本人に直接伝えるのは野暮というものだ。
カミュは木に背中を預け、ユリの放つ弦音を静に聞いていた。
そして、優しく見守っているのは彼だけではない――。
「…ちょっとセーニャ押さないで!ユリに見つかっちゃうでしょう!…」
「…ユリさま、一人で鍛練するなんて、何か悩んでることがあるのでしょうか…」
「…そりゃあユリにだって色々あるでしょう…」
「…お姉さま。私、何かユリさまの力になりたいですわ…」
「…今はそっと見守ってあげましょう…」
ベロニカとセーニャに。
(やだ、ユリちゃん……。夜中に一人で弓の鍛練をするなんて……なんて健気なの……!だめよ、シルビア。ここは暖かく見守る場面……!)
シルビア。
(……ユリ。あなたの気持ち、よく分かるわ。私も強くなりたくて、今度こそ誰かを守れるようになりたくて、無我夢中で修行に励んだもの。でも、あなたなら大丈夫よ。頑張って――)
マルティナ。
「…きっとユリ嬢は引け目を感じてたのかも知れぬな…」
「…おじいちゃん。僕、ユリに何かできることないかな?…」
「…エルシスや。ときに手を出すのは相手の為にならんときもある。ユリは今一人で頑張ってるのじゃ。わしらは今はまだ優しく見守ろうぞ…」
「…うん!ユリ……君なら大丈夫だ…」
エルシスとロウ。
六人がそれぞれ四方八方から自分を見守っているとは、ユリは夢にも思わないだろう。
「「あ」」
静かにその場を離れた七人は、戻る途中出会して、声を揃わせた。
全員、大事な仲間である彼女をやさしく見守り隊だ。