「怪鳥の幽谷……大きな鳥がいそうでなかなかかっこいい名前よね」
そうマルティナが空を見上げながら言えば、彼女の高く結ばれた髪が揺れた。
髪に飾られているのは、亡き母の想いが詰まった思い出のリボンだ。
彼女の艶やかな黒髪に、赤いリボンはよく映える。
「故郷、デルカダールの紋章には双頭のワシがデザインされているから、私は大きな鳥が大好きなの」
「アタシとは逆ね」
マルティナの言葉にそう肩を竦めて言ったのは、シルビアだ。
「アタシ、苦手なものってあんまりないけど、鳥だけはどうしてもダメなのよ」
「あら、なにか理由でも?」
「アタシのひとみが宝石のようにきらめいているのが原因かもしれないけど、鳥にはよくつつかれちゃうのよねえ」
シルビアが答えた理由に「本当にそれが原因なのか……?」と、カミュは首を傾げた。どうも他に理由があるとしか思えない。
「凶悪なヘルコンドルが集まるおそろしい谷が世界のどこかにあると書物で読んだことがあるが……。まあ、十中八九ここじゃろうな。怪鳥の幽谷という名がいかにもそれっぽいわい……」
「凶悪なヘルコンドル……」
ユリは空高く飛び交うヘルコンドルたちを見上げて呟いた。
確かに何やらギャーギャー喚いて、見るからに狂暴そう。
ユリはぎゅっと弓を握り絞めた。
「たくさんの魔物の気配を感じます。エルシスさま。あまりムリせずに、回復や休憩をしてくださいね」
「そうだね。道も複雑そうだし、ムリに進まず、慎重に行こうか」
「まずは上の崖に続く道を探しましょう」
焚き火の火を消し、彼らはキャンプ地から出発する。
目的はごくらくちょうが盗んだとされる、シルバーオーブ。
その話が本当なら、きっと自分の巣に隠し持ってるだろう。
しばらく進むと、エルシスがあらかじめ手に持っていた虹色の枝が強く光だした。
「ビンゴだな」
「うん……。シルバーオーブは、きっとこの崖の上だ」
エルシスは、白い靄がかかる崖の頂上を見上げた。
問題はどうやってそこまで行くかだ。
自力では登れない高さに、地道に上への道を探すしかないだろう。
「あーあ、羽根が生えてたら一気に飛んで楽チンなのに」
ベロニカの呟きに「そういう魔法はないの?」と、ユリは聞いた。
「うーん、古代の魔法であったみたいな話は聞いたことがあるのよね……」
「私たちは二本の足で地道に行くしかないわね」
「安全な道があるとよいが……足場が悪いと腰に来るわい」
マルティナに続いて言ったロウはぐーっと腰を伸ばし、ストレッチする。
人の手が入っていない自然のダンジョンは、階段はもちろん足場の良さも期待できない。
カミュいわく「人の手があまり入っていない場所にはびっくりするようなお宝が眠っていることも多い」らしいので、その辺りは期待できそうだが。
とりあえず辺りを探索してみようと、進む彼らを――。
水面から目だけをギョロリと出して、獲物を狙うように見定めている魔物がいた。
「――!?」
近くの川から突然飛び出したそれを、エルシスは咄嗟に片手剣でガードする。
弾かれたそれは、身軽に地面に着地した。
「!だいおうガマじゃな」
オレンジの体に紫の手足。同様の目をぎょろぎょろとさせている。
緑色の長い舌は、強靭でやつらの武器だ。
「それも大群ね……」
「囲まれてるみたい……!」
「熱烈な歓迎っぷりだな」
「じゃあ、こっちも答えてあげましょ」
全員が武器を取り、身構える。
「エルシス!混戦は避けられねえ」
「なら、どうすれば!」
「蹴散らすしかねえ!」
カミュが両手に短剣を握りしめ、駆け出した。
エルシスも剣に炎を纏わせ続く。
「メラミ!」
「はいっ!」
飛びかかってきた一体に、ベロニカが炎の玉を撃ち込み、すかさずセーニャの槍が突く。
双子のコンビネーションはばっちりだ。
「きゃあ……!」
「セーニャ!」
だいおうガマは倒れず、セーニャ目掛けて舌を伸ばして彼女を弾き飛ばした。
地面に倒れるセーニャ。そのまま襲われる前に「はあぁ!」マルティナが投げた槍がだいおうガマを貫き、今度こそ魔物は倒れ、消え去った。
「しゅくふくの杖!」
ベロニカは祈りと共に両手で杖を掲げて、セーニャの傷を癒す。
「ありがとうございます、お姉さま」
「油断するんじゃないわよ、セーニャ」
体勢を立て直した二人。一方、武器を手放したマルティナだったが、代わりに蹴りが炸裂する。
その吹っ飛ばされた三体を、ユリが矢を三本構え、貫き――「そりゃ!」
爪を装備したロウが、回転するように飛び上がってとどめを刺した。
「!?あっつ……!」
その直後、だいおうガマから吐き出された燃え盛る火炎の息に、エルシスは後ろに跳び引く。
「カエルなのに火炎の息を吐くのか……!」
咄嗟に庇って出来た腕の火傷に、エルシスは自分でホイミを唱えた。
「この子たちラリホーも使ってくるから気を付けて!なかなか芸達者よ!」
「気を付けろって言われても防ぎようがないぜっ」
つい先ほどだいおうガマはシルビアにラリホーを唱えたが、運よく彼はかからなかったのだ。
カミュは後ろに跳びながら、向かってきた二つの舌を両手の短剣で振り落とす。
「ねえ。あいつら、なんか笑ってない?」
「不気味ですわね……何か仕掛けて来るんでしょうか」
ベロニカとセーニャの視線の先にいるだいおうガマたちが「ゲロゲロ」と笑う。
大きな口を開いたかと思えば『ルカナンの歌』を大合唱した。
「くっ……!」
「なんだ、この歌……!?」
「頭が……割れそうっ……!」
膝を地面について、両耳を押さえるユリ。
彼女だけじゃない。全員同じように酷い歌声に苦しみ、どんどん彼らの守備力が下がっていく。
「!エルシス……!ぬううぅ!!」
「ロウおじいちゃん!?」
「ロウさま!」
飛び上がって舌で叩きつけようとするだいおうガマから、ロウはエルシスを突き飛ばして庇った。
だいおうガマの攻撃を、痛恨の一撃となってロウは喰らう。守備力を下げられた体にはさすがに堪えた。
地面に跳ねるように後ろに倒れ、ロウは目を回す。
「ロウさま!今お助けしますわ!」
「ロウちゃん、しっかりして!」
ベホイム!リホイム!
「よくもおじいちゃんを……!」
セーニャとシルビアが同時に回復呪文を唱え、エルシスはゾーンに入って、だいおうガマたちに剣を向けながら突っ込む。
「エルシスに続くぞ!」
「ええ!ここで一気に片付けるわ!」
それに続くカミュ、マルティナ。
マルティナは手元にない槍の代わりに爪を装備して、肉弾戦に持ち込んだ。
「はっ」
ユリはそこに矢を放ち、援護する。
「こっちだってそっくりそのままやり返してやるわ!」
――ルカナン!
カエルたちの酷い歌声の大合唱が終わり、呪文の詠唄ができるようになったベロニカが、すかさず相手の守備力を下げる呪文を唱えた。
無事にだいおうガマを倒した八人だったものの、早々のキャンプ地への撤退を余儀なくされた。
状態異常の攻撃に、恐ろしいのは強靭の舌から繰り広げる痛恨の一撃。
さすが"大王"の名がつくだけある魔物だ。
セーニャの淹れてくれたやくそうとハーブを煎じたお茶を飲みながら、体力と魔力の回復の為に休憩する。
「正直、カエルだと思って舐めてたわ」
「1体、2体ならともかく、あの大群はちょっと危なかったわね」
ベロニカに続いてマルティナが困ったように言った。
仲間も増え、冒険者としてもレベルが高い彼らだったが、あのように囲まれると不利である。
「ロウおじいちゃん、本当にもう大丈夫なの?」
「心配かけたのぅ。もうこの通りピンピンじゃ!」
元気であることを体を動かしアピールするロウに、まだ心配そうな目を向けるエルシス。
自分を庇ってくれたのは嬉しくないわけではないが……。
「おじいちゃん、無理しないでね。本当だったら僕が庇う方なのにさ」
「そうだぜ、じいさん。元気っつーてもいい歳なんだからよ」
「何を言う。わしのモットーは老いても元気!二人にもまだまだ負けんわい!」
負けん気を見せるロウに、その場にクスクスと笑い声が起きた。
「でも……無事で良かった」
「ええ、それが何よりですわ」
暖かいカップを両手に持ちながら、ユリの言葉にセーニャも笑顔で頷く。
しっかりと休憩を取った彼らは、とりあえずだいおうガマが生息する川辺を避けようとなった。
目的はシルバーオーブなので、ごくらくちょうとの戦闘も視野に入れて、そこまでたどり着くまでの体力と魔力も温存しなければならない。
マージインプとベホイミスライムの棲みかになっている長い洞窟を抜け、やはり問題は崖だと彼らは結論付ける。
所々丈夫なツルが伸びており、それをつたって登れなくはなさそうだが……
「ちょっくら見てくるか」
「僕も行く?」
「いや、一人で平気だ」
せっかく登っても行き止まりの可能性がある。
それは前回の崖道での経験を生かし、偵察としてカミュは調べに行った。
しばらくして戻ってきたカミュは、首を横に振る。
「頂上までは行けねえな。他の道を探すしかねえ」
だが宝箱は見つけたと、カミュはちいさなメダルをエルシスに渡した。
ハンナのクエストのお礼にちいさなメダルを3枚貰っていたので、これで計25枚になった。
景品と交換できる。忘れずにメダ女に寄ろうと、エルシスは腰のポーチにしまった。
「ねえ、エルシス。さっき卵のカタチをした魔物が崖を登っていくのを見たわ。あたしたちもああやって登って行けばいいんじゃない?」
ベロニカが言ってる魔物は、パールモービルだろう。真珠に似た輝きを持つ、未知の金属で作られた機械の魔物だ。
からくりエッグに姿が似ている、そしてキラキラしている。ということは……
「ユリ、乗り物だ!」
「うんっ、あれに乗れば崖も軽々登れる!」
さっそく、彼らのパールモービル狩りが始まった。
――快適だ。快適過ぎる。
パールモービルに乗り込んだ八人は、ぴょーんぴょーんとジャンプしながら崖を登っていた。
移動はもちろん、魔物が襲って来ないので戦闘を避けられるし、何より楽しい。
前方で無駄にぴょんぴょん跳ねているのはエルシスとユリである。
「ねえ、見て!アタシ、こんなことも出来るようになっちゃったわ♪」
そう言ってシルビアがパールモービルを操作して、片足でくるりと回ったり、軽快に踊ってみせた。
「すごいシルビアさん!」
「まあっダンスしてるみたいですわ!」
「さすがシルビア!」
ユリ、セーニャ、エルシスが絶賛する。人馬一体ならぬパールモービル一体だ。
「遊んでねえぜ、さっさと行くぞ」
そして、カミュの急かす声で再び前に進むというのが彼らのお約束である。
しばらく順調に上へ上へと登って行った彼らだったが、ここに来て道を阻まれた。
「やっと頂上が見えてきたのに……」
エルシスがもどかしそうに呟いた。
頂上を確認できる所まで来たのに、パールモービルのジャンプでは到達できない高さなのだ。
「他に手立てはないかのぅ」
皆で周囲を調べるなか、ここはちょうどキャンプ地の上だと気づいたカミュは、念のため近くの木から丈夫なツルを垂らして経路を確保した。
何かあったらここからすぐにキャンプ地に戻れるだろう。
カミュが元盗賊らしい慎重さと念入りさを発揮してる時、ユリは崖に垂直に付けられた足跡を見つけた。
見覚えある足跡に、彼女はエルシスを呼ぶ。
「これって……」
「スカルライダーの足跡だ!」
以前、荒野の地下迷宮で地下に落ちたエルシスと、それを追いかけてきたユリは、ゾンビ小説さながらにくさった死体に襲われた。
その際にスカルライダーに乗って、窮地を脱出したのだ。
ここに生息しているのは、スカルライダーではなく、似た種族のエビルドライブという魔物らしいが、キラキラしている。
今度はエビルドライブ狩りが始まった。
――快適だ。またもや快適過ぎる。
エビルドライブはダッシュできるので、移動速度はパールモービルよりぐんと速いのだ。
余談だが、エビルドライブは爆走小僧の異名を持つ走り屋で、無軌道な暴走運転に皆から迷惑がられている。
「カミュ!どっちが速いか競争しようよ!」
「バーカ、しねえよ。つーかエルシス。崖から落ちるなよ?」
こいつならやりかねないと、カミュは顔は笑いながらもわりと本気で忠告した。
ヘルコンドルが飛び交う方にきっと巣があるだろうと、彼らはそちらに向かう。
「カミュが言ってた通りだ!」
途中、エルシスは鉱石から貴重な素材を手に入れた。カミュが言ってたお宝とはちょっと違うが、エルシスにとっては立派なお宝である。
一方。ユリは宝箱を見つけて、中を開けて出てきたのは『いのりのゆびわ』だった。
「ユリが見つけたんだからユリが装備してみたら?」
というエルシスの言葉もあって、ユリは自身の指にはめてみる。
「あら、いいじゃない。ユリに似合うわよ」
ベロニカからお墨付きももらった。
繊細なデザインが可愛く、使うと少し魔力を回復してくれる魔法の指輪だという。
そんなユリに、次は災難が起こった。
「きゃあ!?」
「おい、大丈夫かっ?」
エビルドライブに乗って走っていたら、風に飛ばされた何かがユリの顔面に張り付いたのだ。
カミュは取ってあげると、その紙には手書きの文字で『メダ女新聞』と書かれている。
カミュとユリはメダ女新聞を読んでみる――……
メダ女新聞 第2238号 ルージュ先生の恋のお悩み相談室
【お悩みその1 質問者プリプ♡リップ】
年下の種族も違う男性にひと目ぼれをしてしまいました。
彼をひと目見た時からそのサラサラストレートヘアが忘れられません。
わたくしはいったいどうすればよいでしょう。
「サラサラストレートヘアって……」
「あいつしかいねえよなぁ……」
「相談した人は年上の人なんだね」
「あぁ……って、おいおい。よく見りゃ種族も違うって書いてねえか」
【……ルージュ先生の愛のお言葉】
プリプ♡リップちゃん、こんにちは。
あなたのお悩みの答えはカンタンね。
愛に年の差や種族は関係ないの。
恋はアタックあるのみよ!
まずはどんなことでもいいから、その人とヒミツを共有してごらんなさい。
人はヒミツを知ると、ドキドキするの。
そのドキドキを恋と思いこませてしまえば、プリプ♡リップちゃん、あなたの勝ちよ!
がんばって!成功を祈っているわ!
「「………………」」
――もしかしたら、これからエルシスは彼女に猛アタックを受けることになるかも知れない。
「どんな生徒さんが書いたのかな」
「なるべくエルシスのストライクゾーンに入るやつだといいけどな……」
「ストライクゾーン?」
前にどんな女が好みか聞いたら「好きになった人かな」と、エルシスから返ってきた。
きっと、あまりこだわりがない彼のストライクゾーンは広めのハズだ。
「二人ともーどうかしたー?」
立ち止まっている二人に声をかけるエルシス。カミュは「なんでもねえ」と素早くそれを隠した。
これからボス敵との戦いも待ってるだろうし、今は見せない方がいいだろうというカミュの気遣う判断だ。