ヘルコンドルの姿が増えると、それに伴って崖のあちらこちらに巣があった。
ここが怪鳥たちの棲みかで間違いなさそうだ。
先ほどまで楽しい雰囲気とは打って変わって、彼らは緊張感を持って進む。
狭まった道を行くと、円形に開けた場所に出て、そこは切り立った崖だと気づいた。
よく見ると、大きな鳥の巣になっている。
ごくらくちょうの巣で間違いないだろう。
その証拠に――
「見て!あそこ!キラキラした物がいっぱい集められているわ!」
ごくらくちょうはキラキラと光る物を好んで持ち去っているからだ。
「あの中にシルバーオーブもありそうだな」
ベロニカが指差す方に、カミュも当たりを付ける。
ここの主のごくらくちょうの姿は見当たらない。今のうちにと、駆け寄る彼らに――強風が阻止した。
「「!?」」
「キーッ!何をしにきた人間め!」
上空から現れたのは、紫色の派手な羽毛の巨大な怪鳥。
大きな翼を力強く羽ばたく姿は圧巻である。
その足の太く鋭い鉤爪なら、人ひとり捕まえ、空に連れ去ることなど容易いだろう。
「オレたちはシルバーオーブを貰いに来た!大人しく渡しな!」
カミュは両手の短剣をブーメランに持ち変えて言った。
「このお宝は渡さないぞ!出ていけ出ていけ、キエーッ!」
奇声のような威嚇をし、ごくらくちょうは二体のヘルコンドルを連れて、襲いかかって来る!
「うわぁっ!」
「なんだこいつ……!」
襲いかかるというよりはその場に突っ込んできた。
ごくらくちょうの急速な滑空は、突風を起こし、彼らは吹き飛ばされる。
「ヤツの風には気を付けるんじゃ!ここから落ちたらおしまいじゃぞ!」
確かに、狭い場所での戦いだ。
そこも注意しなければならないが、今は助かった。
彼らが今いた地面には、鋭い爪跡がくっきり残っている。
飛ばされなかったらあの鉤爪の餌食になっていただろう。
「ちょこまか飛び回って邪魔ね!」
撹乱するように飛び交うヘルコンドルに、ベロニカはイオラを唱える。
上空に光の爆発が起こり、悲鳴が聞こえた。
しかし、もう一体はひらりと躱し、宙を悠然と迂回する。
ユリが矢を放ち、カミュがブーメランを投げるも当たらない。
「あいつ!なんてすばしっこいの!」
セーニャが補助の呪文の「スクルト」を唱える横で、ベロニカがくやしげに言う。
一方のごくらくちょうは、マルティナのムーンサルトと、シルビアの曲芸のような剣技で翻弄していた。
イオラを受けたヘルコンドルには、追撃をするようにロウの「ドルマ!」とエルシスの「デイン!」が炸裂する。
もともとヘルコンドルは彼らの敵ではない。二体ともすぐに倒せるだろうと踏んだ彼らだったが。
「ベホマラー!」
ごくらくちょうが呪文を唱え、三体とも癒しの光に包まれ、傷が回復した。
その魔法はまだ、セーニャも扱えていない上位の回復魔法だ。
「ベギラマ――!」
飛び立ったごくらくちょうは、次に上空から炎の呪文を唱えた。
地上に炎が渦巻き、その場に彼らの悲鳴が上がる。
"大空の魔術師"とも呼ばれるごくらくちょうは、魔力も高い。
逃げ場のない場所で、彼らは回避するすべがなかった。
――肌が焼ける痛みだ。
ヘルコンドルを左右に従え、空中から八人を見下ろすごくらくちょうの姿は、まさに空の王者。
「っ大丈夫だ!体勢を立て直そう!!」
エルシスが皆を鼓舞するように叫んだ。
――ここで負けてるようなら、世界なんて救えない。
「ユリ!"おうえん"してくれ!」
「わかった!いきます!」
ゾーンになるのは30%と低い確率だが、彼女のこの技は元気が出るからだ。
「セーニャは僕らの命預けた!」
「っ……はい!皆さまのお命、私が必ずお守りします。癒しを……」
「ベロニカ!マジックバリアを頼む!」
「まかせなさい!せーの、それ!」
「シルビアとマルティナは引き続きごくらくちょうを抑えててくれ!」
「マルティナちゃん、派手にいこうじゃなぁい!」
「そうね。悠然と空を飛ぶ王者を地に叩きつけてやりましょう」
「ロウおじいちゃんは回復と攻撃魔法で、僕らを援護して!」
「がってんしょうちじゃ」
最後にエルシスはカミュを見る。
その視線にカミュは口角を上げた。
「カミュは僕と一緒に、まずはあの邪魔な二体のヘルコンドルを倒そう!」
「勇者サマの仰せのままに」
「ユリもお願い!」
「了解、勇者さま」
エルシスはリーダーシップを発揮し、全員の士気が上がる。
確かに相手は強いが、勝てない相手じゃない――!
ごくらくちょうが翼を大きく広げ、再び超速滑空をする気配に、シルビアは鞭をしならせた。
スパークショット!
鞭を打ち付けると同時に眩い光が弾ける。「ギャ!」と短い悲鳴と共に怯むごくらくちょう。
マルティナが飛び上がる。
「あなたの相手は……!」
その片足がシルビアの組んだ両手に踏み込み「いくわよ!」シルビアはぐっと力を込めて、マルティナを宙に押し上げた。
「――私もよ!」
空高く、ごくらくちょうの頭上に舞い上がったマルティナ。
「いっけーー!マルティナちゃん!」
「はあああーー!!」
気合い十分のムーンサルトは、踵落としとなって、ごくらくちょうを地面に叩き落とした――
「デイン!」
エルシスの聖なる雷の魔法が二体のヘルコンドルに直撃する。
一瞬動きを止めた魔物に、機会を待ち構えていたユリとカミュは見逃さない。
(空を飛ぶ魔物を仕留める弓技――)
ユリの弓から放たれた、鋭い光線のような矢がヘルコンドルを貫いた。
"バードシュート"は鳥系モンスターに大ダメージを与える技だ。
効果抜群でヘルコンドルは倒れる。
あともう一体――カミュの放ったブーメランが直撃する。だが、魔物は持ちこたえた。
「オレは二刀流だぜ?」
時間差で投げられたもう一つのブーメランが今度は反対側から直撃し、もう一体のヘルコンドルも倒れた。
その時、ドシンと大きな音が響く。
マルティナがごくらくちょうを地に落とした音だ。
「さすが姫じゃ!見事なり」
「おじいちゃんっ次はあたしたちの場ね」
「さよう。行くぞ、ベロニカ!」
二人の足元にはベロニカが作った魔方陣が浮かんでいる。
"暴走魔方陣"――その名の通り魔力を高め、暴走させる魔方陣。
「「ダブル・ヒャダルコ!!」
ロウとベロニカが同時に呪文を唱えた。
それは上位魔法のマヒャドとも劣らない威力。
次々と氷の刃がごくらくちょうの羽に突き刺さる。
「これで簡単には飛べないはずよ!」
「素晴らしいですわ、お姉さま、ロウさま!」
回復に回っていたセーニャが、ベロニカとロウに向けて言った。
彼女の献身的な回復のおかげで、仲間たちの傷はほぼ癒えている。
ごくらくちょうは甲高い悲鳴を上げてもがいたが、すぐに自身にベホマラーを唱えた。
「っ回復が厄介だ……!」
「焦るなエルシス!全員で回復が追い付かない攻撃を叩き込めばいい!」
どうせ、あとやつ一匹だ――!
エルシス、カミュ、ユリがごくらくちょうに向かって駆け出す。
――が、目の前で炎の渦が巻き起こり「っ!」彼らは足を止めた。
ベロニカが唱えたマジックシバリアが炎の魔法から全員を守る。
「こいつ……自分にベギラマ唱えて、氷を溶かしたのかよ……」
見上げるカミュから驚愕の言葉が零れた。
再び空に戻ったごくらくちょう。
はためく翼から、燃える羽根がひらりひらりと舞い落ちて、それは幻想的な光景にも見えた。
「許さん……許さんぞ、人間どもめえぇ……!ギエェェーー!!」
空を貫くような雄叫びを上げるごくらくちょう。
「「……ッ!」」
ビリビリとした威圧感が八人を襲う。
「エルシス!こっからが本番だ。こっちも気合い入れるぞ!」
「うんっ……!みんな!いこう!!」
負けずと声を張り上げるエルシスに、皆はそれぞれ大きな声で答えた。
「!?ぅぐっ……!」
「エルシス!!」
――こいつ、速え!!
先ほどユリの応援によってゾーンに入ったカミュをも越える素早さ。
ついさっきまで空にいたごくらくちょうは、鷲掴みしようとエルシスに襲いかかっていた。
剣で応戦していたエルシスだったが、力で押しきられ、体を切り裂かれる。
「――ッ!!」
「エルシスっ!」
後ろに倒れるエルシスをマルティナが抱き留め、二人の前に出たシルビアが鞭を振る。
「きゃっ」
ごくらくちょうはそれを翼で弾き返し――反対側で迫るカミュのブーメランとユリのバードシュートを、もう一つの翼が風を起こして二人ごと吹き飛ばした。
「あぁ…!」
「くっ…!」
「ユリさま!カミュさま!」
地面に体を擦りつけながら倒れた二人。
「よくもやってくれたじゃない!」
ベロニカはイオラを唱える。暴走魔方陣はまだ生きているので、魔力が膨れ上がるように爆発が起きた。
もろに攻撃を受けて、ごくらくちょうは宙に逃げる。
そして、彼らに翼を向けた――!
「……ッ、反撃ってわけね!痛いじゃないの」
ベロニカの頬や腕が切れて、血が流れた。
ごくらくちょうの二つの翼によって生まれた風の刃が、肌を切り裂いたのだ。
ベロニカだけでなく、強力な全体攻撃。
ベギラマも厄介だが、この攻撃も同等だ。
「お姉さま、しゅくふくの杖でまずはご自身の回復を――」
そうベロニカに言いながら、セーニャが手に持つのは竪琴だ。
「風の旋律よ……」
セーニャの指が奏でる美しい音色は、守りの風になって全員を包み込む。
風属性の攻撃から守る神秘の旋律。
再びごくらくちょうが起こした風の刃は、旋律の風に守られ、吹き抜けていく。
「さすがね、セーニャ!」
「セーニャ、ありがとう!」
ユリに続いて、エルシスも。彼はロウのベホイムによって、完全回復とはいかなくも、元気になっていた。
「皆も血を流しておるな……」
両手を上げ、雨乞いをするロウ。
「今こそ、癒しの雨を……!」
降ってきたのは本物の雨ではなく、淡い光の雫だ。
"いやしの雨"は、仲間全員の傷を少しずつ癒していく。
「もう一回、地に落としてやるよ」
「はあああ……!!」
そうカミュが言った時には、エルシスは飛び上がっていて、ごくらくちょうに剣を降り下ろした。
そして、いつの間にか背後に回っていたカミュが不意打ちをかます。
ちょっと久しぶりな気がする、エルシスとカミュのれんけい技"シャドウアタック"だ。
先ほど二人はユリの"おうえん"で、ゾーンにしてもらったこともあり、ごくらくちょうに大ダメージを与える。
「ッ人間がァ……!!全員、吹き飛ばしてやる!!」
今度は嵐のような暴風がその場に吹き荒れた。
「なんて……風なの……っ!」
「飛ばされちゃう……!」
地面に伏せて必死にしがみつくのはマルティナとユリ。
ロウとシルビアは吹き飛ばされたが、幸か不幸か、奥の崖に打ち付けられて留まる。
エルシスとカミュは剣を地面に突き刺し耐え、セーニャとベロニカは近くにあった枯木にしがみついていた。
(……っ!だめ、力が……!)
次の瞬間――ベロニカの手が、放れた。
「セーニャ!!」
「お姉さまーー……!!」
木にしがみついたまま、セーニャが手を伸ばすが、すでにベロニカは暴風によって宙に連れていかれていた。
エルシスとカミュが決死に足を踏み込む。
「……あ……」
崖の外へ放り出された小さな体。
「お姉さまあああーー!!」
――そこに、矢が走った。それは氷の矢で、ベロニカの服を引っ掛け、彼女を木に縫い付ける。
「!!ユリ……!!」
素早くカミュは踵を返して、そちらに走った。
暴風の外から、風の影響を遮断するよう魔力で作った矢をユリは放った。
暴風の外、つまりは崖の外から。
カミュの目に、彼女の体がゆっくり落ちていくように見えた。
(させねえッ……!)
全速力で走って、カミュは手を伸ばす。
ユリも手を伸ばし、弓が落下していくなか、カミュはバシッとその手を強く掴んだ。
――カミュ!!
次にエルシスがカミュに手を伸ばす。
カミュは体を捻って、その手を取ろうとして……
二人の手は掠めた。
「――!!カミュッユリッ――!!」
まっ逆さまに崖の下へ落ちていく二人。
「だめよッエルシス!!」
エルシスは自分もすぐに飛び降りようとして、後ろからマルティナが止める。
「…っなんで!僕の勇者の力なら二人を助けられる!!放せ――!!」
(……くそっどうする!?)
エルシスの叫びも届かず、二人は風を切りながら落ちてく。
その下は地面だ。たとえ運よく川の中に落ちたとしても、深さが足りず変わらないだろう。
衝突したら助からない。
「カミュ……っ」
不安げなユリの声が風の音に混じって届いた。
「……大丈夫だ。お前だけは、何としてでもオレが守ってやるから」
落ちながらも、カミュはそうユリに笑うのだ。
……――嫌だ。
カミュのその言葉に、ユリの中で強い感情が込み上げる。
嫌だ。私だって、カミュを守りたい。
いつだって、私を助けてくれたカミュを。
「……わたしは……っ」
「――っ」
「カミュに、生きててほしい……!」
死なせたくない。絶対。
あなたは、死んではいけない人だ。
(どうしたら守れる……?私に力があれば……!あなたを守れる力を――!!)
神さま――……神に祈っても何も起こらない。
助かる方法なんて思い付かない。その間も、二人の体は重力に従いどんどん落ちていく。
……落ちていく……
(……そうだ)
思い出す。
(あのときも……こうやって空から落ちたんだ……)
ずっと思い出せなかった記憶の断片たちが、次々と頭に浮かんでくる。
(背中を切り裂かれ……翼を折られ……私は、そのまま――)
ユリの頭の中で、カチャリと鍵が開いたような音がした。
「――カミュ」
「……ユリ?」
「私、ぜんぶ思い出した」
「思い出したって、」
「私の本当の名前はね」
カミュは目を開く。宙に白い羽根が舞った。
「ユリスフィール」
それは、彼女の背中に片側だけ生えた翼から。
「私は、"天使"と呼ばれる者――」
――……天使?彼女の口から告げられた言葉に、カミュは頭が追い付かない。
「……ユリスフィール……」
けれど、驚きながらもカミュはその名前を口にすると、ユリは嬉しそうに微笑んだ。
「カミュ。あなたが私の記憶を取り戻してくれた。あなたを守る力がほしいと願ったから――私はすべてを思い出せた」
ユリはカミュの両手を握りながら言う。
(今の私なら、助けられる)
折れた翼は元に戻らなかった。
だが、変わりの翼なら魔力で作ればいい。
ユリの背中から光のように輝く翼が生まれて、双翼となる。
その翼を羽ばたかせ、落下の速度を緩めれば、ゆっくりと二人の足は地についた。
「はは……」
カミュの口から唖然とする笑い声が零れる。
「お前は、いつだってオレの想像を越えるな」
まだすべてを受け止められたわけではないが、それでも今の目の前にいる彼女は――。幼い頃、教会で観た、天使の絵を思い出させる。
純白の翼と浮世離れた美しさを持つ天使さまが、微笑を浮かべ、地上に降り立った姿。
そんな彼女は、運よく木の枝に引っ掛かった自身の弓を見つけて装備し……
そして、記憶を取り戻す前とまったく変わらない笑顔をカミュに向けた。
「カミュ、しっかり掴まっててね」
「!?ちょ、おい」
「一気に上まで飛ぶから!」
――……ごくらくちょうを倒すあと一歩のところまで来たのに。
戦意喪失になった彼らは、形勢逆転の道を辿っていた。
痛みつけられたエルシスは、なんとか地面に手をついて起き上がろうとするが、上手く力が入らない。
その間も、仲間たちは必死に戦っているというのに。
(僕が、折れたらだめなのにっ……)
そんなエルシスの目に光が映る。
……いや、光ではない。
(翼……?天…使……?)
いや、それも違う。
「…………ユリ?」
ユリとカミュは頂上に戻ってきた。
ユリの背中から魔力で作った翼が消え、片翼だけになる。
その不思議な色をしている目に、足掻くように暴れているごくらくちょうが映った。
「ユリ……!カミュ……っ!」
「ああっ、ユリさまカミュさま……!」
「っもうバカぁ!!」
「二人とも無事じゃったか!して、ユリ嬢……」
「なんだか素敵なことになってるわね、ユリちゃん!」
「ユリ……。あなた、その翼は……」
心配する声と、ユリの背中の翼に驚く声に「話はあとです」と、ユリは毅然と答えた。
まずは、あの魔物を倒してからだ。
でも、魔力が足りない。翼を創造するのは膨大な魔力がいるらしい。
ユリは両手を組み、指にはめている指輪に祈る。
"いのりのゆびわ"はユリの祈りに応え、魔力を回復させると、パリンっと儚く砕け散った。構わない。
ユリは弓を引くと、彼女の魔力から輝く矢がそこに生まれた。
真・破魔の矢。
その聖なる魔力で練り上げた矢は、闇をも引き裂く。
「魔の者に天罰を――」
静かに放たれた矢は、彗星のごとくごくらくちょうを貫いた。
恐るべき怪鳥は、断末魔と共にその場に倒れ、塵一つ残さず消え去る。