ムウレアのお茶会

 翌日――ゆっくりと休息した彼らは、元気よくメダル女学園を出発する。
 エルシスは、ブリジットの見送りの熱い視線を気づかなかったフリをした。

「んもうっエルシスちゃんってば、すみにおけないわね♡」
「からかわないでよ、シルビア……」

 エルシスは不服そうな目でシルビアを見てから「じゃあ、いくよ」と、ルーラの呪文を唱える。

 すぐに彼らの身体はムウレア王国へと飛んでいた。

「やあ、エルシスさんたち。遊びに来たんだね」

 すっかり顔馴染みになった人魚に、親しみある挨拶に迎えられ、彼らも笑顔で答える。
 ムウレア王国に訪れた目的は、ユリの提案による、セレンの助言を求めてだ。
 彼らはまっすぐ宮殿に向かう。

「あら!エルシスさん、ユリさん、皆さん!」

 こちらに気づいて声をかけたのは……

「ロミアさん!」

 ユリが笑顔でその名前を呼んだ。彼女は別れた時と変わらぬ姿で、明るい笑顔を浮かべてこちらに泳いでくる。

「皆さん、お元気でしたか?」
「ええ、ロミアも元気そうでよかったわ」
「ロミアさんもムウレア王国に戻っていたんですね」

 嬉しそうに答えたマルティナに続き、エルシスも笑顔で尋ねた。

「そうなの。ずっとここには戻っていなかったから……」

 それは長い時を白の入り江で、キナイ・ユキを待っていたからだろう。
 ロミアは少しだけ陰りを見せたが、すぐにその顔に微笑みを浮かべる。

「皆さんは今日はどうしてこちらへ?」

 ロミアの質問に、エルシスはセレンに旅の助言を聞きに来たと話し「ロミアさんがくれたマーメイドハープ、すごく役に立ったよ」と同時に伝えた。

「皆さんのお役に立ててよかった」と嬉しそうに言った後、あっと思い出したようにロミアはぱんっと両手を合わせる。

「もし、この後お時間があったら私の家に遊びに来ませんか?お茶をごちそうしますわ」

 ロミアの提案に、全員異論はなく、エルシスは二つ返事で頷く。

「私の家はあそこの丸い形の家なの。セレンさまとお話が済んだら、ぜひ寄ってくださいね」

 彼らに場所を教えると、さっそく準備をしなくちゃと、ロミアは優雅に泳いでいった。

「海底のお茶とはどのようなものでしょう?楽しみですわね、ユリさま」
「私も海底のことは詳しくないから、どんなお茶かすごく興味があるよ」
「ロミアちゃんのお宅拝見するのも楽しみね!」
「ええ、人魚の暮らしぶりってちょっと興味あるもの」
「ロミアが元気そうで何よりだったわ」
「うん、会えてよかった」
「やはり人魚は海底で泳ぐ姿が一番美しいのぅ」

 そんな会話をしながら宮殿にたどり着き、控えていた人魚にお願いして、玉座の間に連れていってもらう。

「お待ちしておりましたわ」

 予め来るのをわかっていたセレンは、寛大に彼らを出迎えた。
 そして、彼女の視線はユリに注がれ、気づいたユリは口を開く。

「セレンさま。私はすべて記憶を取り戻しました。あの時のあなたの言葉の意味が、今ならよくわかります」

『わたくしが今教えたところで、何も分からないのに受け入れることができるでしょうか。……きっと、混乱するだけでしょう』

 その言葉の通り、あの時教えてもらっても、きっと自分は受け入れることができなかっただろうとユリは思う。

 セレンは、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。

「……よく、記憶を取り戻しました。天使の子、ユリスフィール。今のあなたは以前のチカラを失っていますが、すべてじゃありません」

 ユリの本名を口にしたセレン。すべてじゃない。確かにそれはユリ自身も感じるが……。

「あなたに残された力は、きっとあなたの使命を果たすためにあるのでしょうね」
「……私の、使命を果たすため……」

 天使としてのユリに与えられた使命は「この世界を守る」ことだった。
 でも、それは天使じゃなくなった今でも、それが自分の使命だとユリは胸を張って言えるだろう。

 何故なら――……

 ユリは閉じた目を開き、まっすぐとセレンに向けた。

「必ず、果たせてみせます」

 その芯が通った声で放った言葉に、セレンは満足げに微笑んだ。

「さて……、それとは別に探し物をしていますね。エルシス」
「あっはい」

 ユリとセレンのやりとりを静かに見守っていたエルシスは、急に声をかけられて慌てて口を開いた。

 そして「探し物」という言葉に、彼女はどこまで見えているんだろうかとエルシスは驚く。

「セレンさま。その探し物のありかの手がかりは見えますでしょうか」
「そうですね。……ここより、はるか西。ちょうど少女たちが集う華やかな場所から南の所に、古代の遺跡に寄りそう村があります」

 古代の遺跡……確かマルティナもそんな村があると口にしてたっけと、エルシスは思い出す。

「その遺跡へ行けば、新たな冒険の扉を開く"まほうのチカラ"が手に入るかもしれせんわ」

 まほうのチカラ――きっとまほうのカギのことだ。

「ありがとうございます、セレンさま。僕たち、その村に行ってみます」
「……あなたたちなら、きっと大丈夫」

 意味ありげにセレンはそう呟いた後、そうそうと何かを思い出したように続ける。

「ロミアが再び笑顔を見せることができたのは、あなたたちのおかげですね。改めてお礼を申し上げますわ」

 あの子が帰ってきてくれてわたくしも嬉しいのです――セレンは気さくに笑って言った。

 礼を言い、この場を立ち去ろうとした際「あの、セレンさま……」何かを聞きたそうにユリはその場にとどまる。

「ユリ。私たちは下で待ってるわ」
「そうだな」

 彼女の様子に察したマルティナとカミュ。ユリだけ残して、彼らは下に降りた。

「ユリ、セレンさまに何か聞きたいことがあったのかな?」

 不思議そうなエルシスに「きっと、天界のことね」と、マルティナが静かに答える。
 あ……とそこで、エルシスも気づいた。
 天界に帰れないと言った彼女は、魔物の軍勢に襲われた自身の故郷が気がかりなのだろう。

 故郷を失った痛みを、エルシスはよく知っている。

 そんなに時間が経たないうちに、ユリはゆっくりと頭上から落ちながら「おまたせ」と皆と合流した。
 いつもの笑顔を浮かべるその顔からは何も読み取れない。
 だが、彼女の口から話さない限り、こちらから聞くのはよくないだろうと皆は考える。

「じゃあ、ロミアちゃんの家に行きましょうか♪」

 そこには特に触れず、彼らはロミアの家に向かった。
 色鮮やかな珊瑚や貝殻であしらわれた海底王国ならではの民家だ。

「皆さん!お待ちしておりましたわ!」

 嬉しそうに彼らを出迎えるロミア。

 中に入ると、いそぎんちゃくの飾りや大きな貝殻で出来たベッドなど、可愛らしい室内に「こんなお家で暮らしてみたいですわ……」と、セーニャがうっとりとした声で呟いた。

「すごく素敵なお家ね、ロミアさん」
「ふふ、ユリさんありがとう。私がいない間、彼女がずっとお掃除をしてくれたの」
「こ、こんにちは!私、この家の家政婦をやってる人魚ですっ!」

 人間の彼らに緊張してるらしいが「ロミアさんのお友達に会えて嬉しいです……!」三つ編みの人魚の彼女は、彼らにはにかむような笑顔を向けた。

「お茶の準備はできてあるわ。こちらへどうぞ」

 ロミアの後に続いて別の部屋に行くと、そこには見たことないカラフルなお菓子がテーブルに並んでいた。

「地上のお菓子とは違うみたい。ロミアさん、これは何でできてるの?」

 さっそくユリが食いついた。お菓子が好き……というのもあるが、天界に住んでいたので、下界の未知なものはすべて好奇心の対象だ。

「海底の食べられるサンゴで作ったお菓子なの」
「だからこんなにカラフルなのね」
「食べられるサンゴなんてあるんだ」
「まさに、海底ならではじゃな」
「味が想像つかないな……」

 納得するユリに、エルシス、ロウ、カミュが続きながら「さあ、皆さん。座ってください」ロミアに促され、全員席に着いた。

「うーん、微かに潮の香りがします。私、この香りが好きなんです」
「よかったわ。海草の紅茶なんだけど、皆さんの口に合うと嬉しいけど……」


 ロミアはカップにお茶を注ぐ。緑色の液体がゆらりと揺れて、湯気も立っている。水の中だというのに不思議だ。

「じゃあ、いただきましょうか」

 マルティナの言葉に、いただきますと全員カップに口を付ける。
 ロミアはドキドキと皆の反応を待った。

「……不思議な味だけど」
「おいしい……!」
「あまじょっぱいというのでしょうか。海を感じさせる味がしておいしいです!」
「さっぱりしてていいかもな」
「あたし結構好きな味よ、ロミア」
「この菓子も美味じゃのぅ」
「ええ、紅茶との相性もばっちりね」
「ウフフっ。海底王国でお茶会できるなんて夢みたいね!」

 彼らの反応に、よかったとロミアは安堵の笑みを浮かべる。「お代わりはありますので、どんどん召し上がってくださいね」三つ編みの人魚も、好評な彼らの様子に嬉しそうに言った。

 お菓子をつまみ、お茶で喉を潤しながら会話に花を咲かせる。

「へぇ!じゃあ、ロミアは今は人間の文字の読み書きを勉強しているのね」
「あらん!すごいじゃないロミアちゃん」
「ふふ、なんだか照れますね。そういった魔法もあるけど、キナイが最後に残してくれた手紙を、ちゃんと自分で読みたいと思って……。人魚の中には人間の文字が読める者もいるの」

 そういえば……クエストをお願いされた人魚は、人間の文字が読めるようだったと、エルシスは思い出した。

「読み書きできるようになったら、皆さんに手紙を書きますね!」
「楽しみにしてます、ロミアさん!」

 にっこり微笑むエルシスに、他の者も同様に頷く。

「私も人魚の文字を勉強してみたいな。天界の文字も人間の文字も違うから、言葉は通じるのに不思議だと思うの」

 続いたユリのその言葉に「天界?」とロミアは首を傾げた。

「そういえば、ユリさん。ちょっと雰囲気が変わったような……」

 人魚だからだろうか、少しの変化に気がついたロミア。隠すことでもないので、ユリは「じつは……」と、自分の事情をかいつまんで話した。

「ユリさんは天使だったのね!」
「元がついちゃうけど……」
「でも、納得だわ。目の色とかちょっと不思議な雰囲気を持つ人って思ってたから」

 出会ったときにもそんな風に言われたのを、ユリは思い出す。

「あのときは一瞬ユリが人魚なのかと思ったけど、まさか天使だったとはね」

 ベロニカが肩を竦めて笑いながら言った。

「天使と人魚って交流があるの?」
「私は聞いたことがないかな。人魚には天使の姿は見えるけど……」

 エルシスの質問にユリはうーんと答える。なんせ天界と海底だ。住む場所が離れすぎている故に、関わることもそうなかっただろうとユリは考える。

「私も百年ぐらい生きてるけど、実際に天使に会ったのは、ユリさんで二人目かしら?」

 何気なく言ったロミアの言葉に「百年……」と皆は驚いた。確かに人魚の生きる時間は人間とは違うが、目の前の彼女は若々しく美しいので、実感がわかない。

「ん、待てよ?」そこでカミュはあることに気づき、ユリを見る。

「天使はどうなんだ?」

 お前はいくつなんだ――と、生まれた当然の疑問に、皆の視線がユリに集まった。
 ユリは少し考えるような素振りを見せてから、笑顔で口を開く。

「私は――……116歳だよ」
「「!?」」

 その瞬間「は!?」やら「んまぁ!」やら、驚きの声が同時に上がり、くすくすといたずらが成功したようにユリは笑った。

「なんてね?」
「お前なあ!冗談かよ……」
「んもうユリちゃんってば、お茶目さんなんだから」
「僕、てっきり本当かと思ってびっくりしたよ」
「ロミアの話を聞いて、ありそうな話だものね」
「最年長が変わるとこかとわしも焦ったわい」
「ちょっとユリ!本当はいくつなのよ?あたしより年上でもあたしが師匠なのは変わらないからね!」
「お姉さま……」

 ユリが本当の年齢を教えると、皆はほっと納得する。予想通りの年齢だったからだ。

 ――その愉快な様子を、ロミアはくすくすと笑って見ていた。
 きっと、皆さんの旅路は楽しいものなのねと想像するだけで、ロミアの心も楽しくなった。


「また、海底王国にいらしたさいは顔を見せてくださいね」

 続けて「あ、私が留守の時は白の入り江にいると思います」とロミアは言う。
 あそこはキナイとの思い出の場所だから、今でも大事な場所だと――。

「それにキナイ……。キナイ・ユキではない彼が、たまに遊びに来てくれると言ってくれました。村での人魚への差別もなくなるように努力するとも」

 優しい眼差しと共に、ロミアの話に頷いた。

 人魚の恋物語は悲しいものになってしまったが、その先に続く物語は、彼女にとってより良い未來であるように――彼らはそう信じる。

「またね!ロミア!」
「ロミアさま、お元気で!」

 ベロニカは元気よく言って、セーニャも笑顔で続いた。

(すべては大樹の導きのもとに――。どうか、そのご加護を……)

 ユリもロミアのこれからを願いながら、手を振る。
 そして、ロミアも彼らに手を振り返す。

「皆さん!道中お気をつけて……行ってらっしゃい!」


 ロミアと別れ、ムウレア王国を後にし、彼らは再び勇者の旅に戻った。


 次の行き先は"まほうのカギ"を求めてプチャラオ村だが、その前に船番をしてくれているアリスに一度報告しようとなった。
 ルーラの地点であるメダル女学園に戻ってきたので、そのまま南下する途中にちょうど船を泊めている桟橋がある。

 ユリが記憶を取り戻したことも伝えたいと言うと、シルビアはアリスの反応を思い浮かべて笑った。

「きっとアリスちゃんもすごく驚くわね。でも、それ以上に喜ぶと思うわ」


 ――その言葉通り。


 彼らが何日かぶりのシルビア号に戻り、アリスにこれまでの旅の話をして、ユリが記憶が戻ったことと、自身が何者だったかを話すと……

「えええ!?ユリ姉さんは天使さまだったげすか!?おったまげたでがす……!しかし、そう言われればそんな気もしますでげすね……。何より記憶が戻ってよかったでげす!きっと不安で苦しかったと思うでげすし、あっしも自分のことのように嬉しいでがすっ……!」

 全身で驚いたアリスだったが、最後には歓喜あまってか、おいおいと泣き始めた。
 きっと年齢的に娘でもおかしくないので、父親のような心情だろうとシルビアは考える。

「ほらね♪」

 ぱちんとユリにウィンクをするシルビアに、ユリは嬉しくも困ったような笑顔で頷いた。

 落ち着いたアリスに、次はここから南にあるプチャラオ村に向かうとエルシスは伝える。
 彼に見送られながら、すぐさま一行は出発した。

 すぐに運河にかかる大橋が見えてきて、プチャラオ村はこの橋を渡った先にあるらしい。

「こんな大きな橋、どうやってかけたんだろう!」
「見て、エルシス!ここから眺める海も絶景だよ」

 大きな橋にわくわくしながらエルシスとユリは渡る。

「以前、私とロウさまはプチャラオ村に来たことがあるのよ」

 橋からの景色を懐かしそうに眺めながら、マルティナが口を開いた。

「その時は何も収穫は無かったけれど、今ならエルシスもユリもいるし、何か見つかるかもしれないわ」
「遺跡が有名な村みたいだし、その遺跡とまほうのカギが何か関係があるのかな?」
「どんな遺跡なのかも気になるね」

 ユリとエルシスが思案するように、顔を見合わせて話す。


「この地域は、北側と南側で植物や地形の様子がだいぶ異なるようですね」

 長い橋を渡り、彼らはメダチャット地方の南に足を踏み入れた。
 セーニャの言葉通り、北は渓谷の道が続いていたが、南は湿地帯に近い地形だ。
 水から木が生えている光景は、ダーハラ湿原を彷彿させる。
 古代の建物があちらこちらにその姿を残しており、この先にある村も遺跡が有名だと感じさせる光景だ。

 そんな道中、彼らを驚かせたのは、

「終わり!」

 ――ユリである。彼女は魔物にとどめを刺すと、スッと今までより馴れた手つきで愛用の剣を腰の鞘に戻す。

 ぶっちズキーニャのラテンのリズムに乗って放つ、変則的なさみだれ突きを剣で流れるようにさばき、素早く懐に斬り込んだ剣技は華麗の一言。

 ユリは記憶を取り戻したと同時に、忘れていた各魔法や特技も思い出し、天使界で身につけた剣技もその身に戻った。

「ユリちゃん良いウデしてるわ〜!惚れ惚れしちゃう♡」
「うん……!ところどころ剣技が速くて見えなかった……!すごいよ、ユリ!」

 称賛するシルビアとエルシスに対して、カミュは唖然と口を開く。
 
「お前……そんなに強かったのか」
「そうかな?あ、でも呪文も特技も思い出したから、これからはちゃんと戦力になれると思う」

 なんてことないという風に答えたユリに、カミュは危機感を覚えた。剣の技術だけでいえば、自分を上回るかも知れない。
 そういやこいつ、ナプナーガ密林で上位の魔法を覚えていた気がするみたいなことを口にしてたが、あれは本当だったのか……と思い出す。

 さすが元・天使さまというべきか。

「私たちもおちおちしてられないわね」
「うん!僕ももっと頑張らないと」

 マルティナの言葉に、意気込むようにエルシスは答えた。

「若いとはいいのぅ〜」
「あら?ロウちゃんもまだまだなんじゃないの?」
「ほほ、そうじゃな。わしもまだまだ現役でいくぞ!」

 どうやら思わぬユリの実力は、パーティーの士気も高めたようだ。

「私、炎系の魔法は覚えてないから、師匠に教えてほしいな。今ならちゃんと身につく気がする」
「ふふん♪いいわよ。あたしにまかせなさい!」
「私はユリさまに回復魔法を教えてもらいたいですわ」
「私でよければもちろん」

 仲良く話す三人娘は、以前と何ら変わらない。

「――あら、やだ。雨が降ってきたわ」

 さっきまで天気がよかったのに…と、シルビアは手のひらを空に向ける。湿気はびしっと整えたシルビアヘアーの大敵だ。

「カサがほしいけど、普通のカサはないみたいねぇ」

 シルビアが鞭を取りだし、残念そうな視線の先にはキラーアンブレラが数体。かつて、凄腕の暗殺者が愛用していたカサが魔物と化したものたちだ。

「!こいつ、動きが独特だ!」

 鋭く三又に分かれた持ち手がエルシスに襲いかかってきて、剣でガードしながら横に跳んで避ける。
 キラーアンブレラは持ち主ゆずりの暗殺技をたくみに使いこなすので、今までの魔物とは動きが異なった。

「ユリさま。今こそ私たちのれんけいの出番ですわ!」
「さっき打ち合わせしたあれね!」

 ユリがマヒャドを思い出し、セーニャがバギマを覚えたことによる生まれた二人のれんけい魔法だ。

 二人は手を前に、呪文を唱える。

「「ヘイルストーム!」」

 ひょうのような氷のつぶてと風が合わさり、台風のように吹き荒れて、キラーアンブレラを巻き込んだ。
 カサの部分がひっくり返ったキラーアンブレラは、次々と倒れて消えていく。

「頼もしいわ!」
「やるじゃねえか」

 マルティナとカミュが二人を褒めるなか、やったねっやりましたわ!と、ユリとセーニャはお互い嬉しそうに顔を見合わせた。

「あ、今の魔物が落としたみたいだ」

 エルシスはキラーアンブレラが落とした『じょうぶな張り布』を手に入れた。

「道はこっちじゃ」

 ロウとマルティナが道を案内し、雨足が強くなる前にと、八人は走ってプチャラオ村に向かう。そんな時でも「あまつゆのいとだ!」と、素早く素材を採取するエルシスに抜かりはない。

 どうやらにわか雨だったらしく、すぐに雨は止み、赤い豪勢な門が彼らの前に現れた。

「この先がプチャラオ村よ」
「訪れたのは数年前の話じゃからのう。もしかしたら村も何か変化しておるかもしれんな」


 二人を先頭に、彼らは門をくぐり、プチャラオ村へと足を踏み入れた。


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