プチャラオ村は、けわしい岩山の谷間に作られた村だ。
まるで棚田のように傾斜地に建物が建っており、店には色鮮やかな朱色の灯が飾られている。
今まで訪れた町や村とはこれまた違う雰囲気で、彼らは物珍しく眺めた。
何より驚いたのは、さほど大きな村ではないのに、人が賑わっていることだ。
「プチャラオ村は賑やかな村なんだな」
「お祭りでもあるんでしょうか……」
見渡すエルシスに続いて、不思議そうに呟いたセーニャ。
「――おい、こんな所でボサっとすんな!ジャマだぜ、どけどけ!」
後ろからそんな怒声が響き、彼らは慌てて横に退いた。
確かに道は塞いでいたが、横暴な物言いにマルティナは眉を潜める。
「……この村の騒々しさは相変わらずね」
「この村は古代の遺跡があることで有名でな。以前、わしらはウルノーガの情報を求めてこの村にも立ち寄ったんじゃよ」
ロウが話すなか、カミュの視線はふと、脇に立つ看板に移った。
「……プワチャット遺跡の神秘。壁画にて、微笑み妖艶なる美女が絵を見た者に幸運をもたらす……」
看板に書かれた内容を読むと、カミュの顔はすぐに怪訝なものになる。
「……だってよ。うさんくせーな。じいさん、こんな所で何かわかったのか?」
「ほほ、たしかにのう。おぬしが言うように、その時はなんの手がかりも得られなかった。……じゃが、あの時とは状況も違うからの」
ロウの視線はエルシスとユリに。
「先ほど姫が言った通り、今回はエルシスもユリもおるし、改めて遺跡を調べれば何か収穫が得られるかもしれんぞ」
「たしか、遺跡はまっすぐ道なりに進んで奥の丘を越えた先にあったはずよ。手分けして情報を集めつつ、行ってみましょう」
エルシスは頷き、彼らは手分けして情報収集をする。
「ここは壁画の美女をまつりし、プチャラオ村。遺跡にある壁画はご利益が凄いと有名でね。毎日、ひっきりなしに観光客が訪れるんだ」
「そんなにご利益があるんですか?」
「そりゃあすごいのなんのって!遺跡は村の奥へと続く階段を頂上まで上って丘を越えた先さ。旅人のお嬢さんも見ておいでよ」
情報収集の基本はそこの村人から。
ということで、ユリはおばさんからプチャラオ村について話を聞いていた。
観光客が多いというのは頷ける。
「幸せを呼ぶ壁画のウワサを聞いて子の村に旅行に来たのだけど、こんなおみやげにもご利益あるのかしら?」
「ラッキーアイテムをいっぱい買ってこれで私もモテモテに……。うふ、うふふ……」
壁画を観にきたというよりは、皆、そのご利益が目当てらしい。パワースポットみたいなもの?と、ユリは考える。
(プワチャット遺跡……聞いたことあるような……)
「いらっしゃいませ、旅人のおねーさん!おみやげ、安くしておくよ!」
思い出すように考えていたユリに、話しかけてきたのはまだ小さな男の子だ。
「……えへへ、どう? おとなたちのマネして、せーるすとーくの練習してるんだ」
「せーるすとーく?えらいね!」
「へへっオイラもおおきくなったらすごーい商人になって、かんこーぎょーでもうけるんだ!」
一緒にいる女の子は妹らしく、二人でいわゆる客引きをしているらしい。
「しあわせをよぶへきがさまが有名になって、人がいっぱい来るようになったおかげでこの村はとってもゆたかになったの」
壁画のおかげで村が豊かになったから、ご利益があると噂になったのか。
ご利益がある壁画だから村が豊かになったのか。
ユリはどっちが先なんだろうと思った。
「旅人さんもへきがさまを見てしあわせになったら、旅のきねんにおみやげ、たくさん買っていってね!」
「考えておくね」
可愛い兄妹に手を振ったユリだったが、そのすぐ後に――……二人の客引きも可愛いものだったと知る。
「美人な旅人のお姉さん!このアクセサリーすごく似合うよ〜!なんと持ち主を幸運にするアクセサリーなんだ!安くするよ〜」
「あ、いや、あの……」
「この髪飾りはどうだい!?あら、似合うんじゃない〜プチャラオ村でしか手に入らないデザインだよ!」
取り囲まれて、あれやこれやと物を売り付けられるユリ。
断ろうとすれば「じゃあこっちはどうだい!?」「これもすごいラッキーアイテムでね」次から次へと商品を出されて、断る隙を与えない。
圧がすごい物売りに、ユリが恐怖を感じ始めた時――
「あ……」
横から伸びた手がユリの腕を掴み、その場から連れ出した。
「助かった……。ありがとう、カミュ」
「幸運の壁画で商売繁盛って言うよりは、便乗商売が上手い村だな」
さっきエルシスも助けてやったとカミュは続けて言った。
セーニャも少々心配だが、そこは姉のベロニカが一緒だから大丈夫だろう。
カミュとユリは一緒に行動することにし、村を歩く。
「幸運を呼ぶ壁画……。なんで、そんな簡単に信じるもんかね。で、元天使さまの見解は?」
「実際に見てみないことには……。でも、本当に幸運を呼ぶならすごいね」
「本当に呼ぶなら、な」
「見ただけで呪われるって絵画は見たことあるけど、幸運を呼ぶ壁画は初めてだから楽しみ」
「……呪われる絵画を見てその後どうなったのか、オレはそっちの方が気になるぞ」
「天使は呪いとかは大樹の加護で跳ね返すから大丈夫なの」
私、まだ加護が残ってるかなー?とマイペースに言うユリ。
記憶が戻って何者かわかっても、ユリは不思議な存在だよな……とカミュは彼女を見て思う。
どこか浮世離れした雰囲気なのに、町娘のような砕けた言い回しと、人間らしい感性。
それこそ"元天使"だからかもしれない。
天使の頃の記憶と人間での記憶が混ざりあって、柔軟な考え方なのだろう。(いや、こいつなら天使の中でも特例な存在だったかもな)
天使……天使か。
「……どおりで見つけられねえわけだ」
「え?」
ぽつりと言ったカミュの言葉に、ユリは聞き返す。
「お前の記憶。オレが絶対に見つけてやるって、約束したのにな」
ばつが悪そうに、少しだけさびしそうに言うカミュに「カミュ、私の話忘れたの?」ユリは少し怒ったような口調で言った。
「私はあの時、カミュを守りたいってそう願ったから思い出せたんだよ。私は、カミュのおかげで記憶を取り戻せたと思ってる」
真剣に言うユリに、カミュの口から出たのは「……そうか」という短い頷き。
その眼差しと、その言葉がむず痒くて、カミュはどう答えていいかわからなかった。
カミュの真意を知ってか知らずか、ユリはにっこりと微笑んで、ますますカミュは困った。
(そういや、記憶を取り戻して……)
『……私には記憶を無くす前はそういった存在がいたのかなってふと気になったの。どういう存在なのかなと思って』
あれはホムラの里だ。約束を結んだときに、ユリが言っていた言葉をカミュは思い出した。
記憶を取り戻した今、彼女にそういう存在がいたのか、気にならないと言えばカミュは嘘になる。
「なあ、ユリ……」
カミュは探りを入れようと口を開いたが、すぐに閉じた。
何やら彼女が真剣に紙の文字を読んでいたからだ。
カミュが隣から覗き込むと、それは『プチャラオ村の歩き方』という観光案内用の無料冊子だった。
カミュも一緒に目で読む――
近年、遺跡の奥に壁画の美女が発見され、幸運を呼ぶパワースポットとして人気を集めるプワチャット遺跡。
この遺跡は数百年前に滅亡した古代プワチャット王国の遺構と考えられている。
広大な領地と富を誇ったプワチャット王国がなぜ滅びの道を歩むこととになったのか?
王の乱心による政治の崩壊。天災による崩壊。または魔物の急襲など、さまざまな説があるが、その謎は現在にいたるまで解明されていない。
プワチャット遺跡を訪れる際には幸運を祈るだけでなく、失われし王国の足跡に思いを巡らせてみては、いかがだろうか?
そこにはこの地の歴史について書かれていた。
「ブワチャット遺跡ってどこかで聞いたことあるって思ってたんだけど、魔王に滅ぼされたプワチャット王国だったんだ……!」
「魔王に……?」
かつて魔王はいくつかの王国を滅ぼしたという話をユリは聞いていたが、そのうちの一つだ。
「なぜ、魔王がプワチャット王国を滅ぼしたのか、その真意はわからないけど……」
魔王に滅ぼされた王国の遺跡が後に幸運の壁画で有名になるなんて、不思議な話だとユリは思う。
もしや、その壁画と関係あるのだろうか?
「うさんくさいが、その幸福を招く美女を壁画ってのを見にいってみようぜ。じいさんたちの話によれば、何か旅の手がかりが見つかるかもしれないしな」
カミュの言葉にユリは大きく頷き、二人は何百段あるのだろうかという階段を上る。
遺跡はこの階段を頂上まで上って、道なりに丘を越えて、さらに下った先にあるらしい。
なかなかの険しい道のりに、途中の広場でロウが体の限界に腰を下ろしていた。
「ベロニカたちはすでに遺跡へ向かったようじゃ。わしはしばし休憩してから向かうゆえ、おぬしたちは気にせず先に進むがよい」
二人はロウに労いの言葉をかけ、上を目指した。
確かに長い階段に、ユリも息切れしてきた。途中の段差で立ち止まって休憩している人たちも多い。
「飛べたら楽なのにな……」
「飛べねえのか?」
怪鳥の幽谷の崖から落ちた際は、翼を出して彼女は飛んていたが……というカミュの疑問に、あれはあの時咄嗟にできて、魔力の消費もすごいから……とユリは疲れた声で答えた。
「……やっと頂上についたみたい。わぁ、遠くまで見渡せてすごいね」
「渓谷の風景もオツなもんだ。ここまで上ってきたかいがあるな」
――一方のエルシスは。
(せっかくカミュが助けてくれたのに、破封のネックレスと不惑のネックレスを買ってしまった……)
その後に小さな女の子に客引きされて、まんまと道具屋へ連れていかれ、まんまと流されるままに買ってしまったのだ。
あの女の子、小さいのにやり手だと感心するエルシス。
(でも、装備品だし役に立つからいいよね、うん!)
自分にそう言い聞かせ、エルシスは再び町を散策する。
なるべく客引きに合わないように歩いていると、彼の目にこの村独特の灯りが目に止まった。
建物から建物に吊るされており、昼間に淡い光を放っているそれは、夜になったら綺麗なんだろうなとエルシスは眺める。
「旅人さんはその灯りに興味があるのかの?その灯りはちょうちんというのじゃ」
そんなエルシスの様子に、この村の住人である老人は嬉しそうに声をかけられた。
「へぇ、ちょうちん……」
「わしはちょうちんが大好きなんじゃ。ちょうちんの明かりを絶やさぬことだけ考え生きていると言っても、過言ではない」
幸運をもたらす壁画ばかりが注目されるので、若者がちょうちんに興味を持ってくれて嬉しいのだと老人は言う。
「連なっているちょうちんはこの村のシンボルのひとつなんじゃ。今日もちょうちんは美しいわい……と言いたいところじゃが長いこと使い続けてきたせいかボロボロになったちょうちんがあってのう」
そう言って、老人が見せたちょうちんは確かにボロボロだ。
雨風にさらされ、どうしても痛むのだろう。
「ずっと明かりが絶えないちょうちんにしたいが、肝心の張り布を切らしてしまってな。調達できず、こまっておるんじゃよ」
「どんな布ですか?僕、素材集めが趣味なので、もしかしたらお役に立てるかも知れないです」
「キラーアンブレラという魔物が持っている"じょうぶな張り布"があれば、目的もかなうが……」
それには魔物を倒さねばならん……と落胆して言う老人に、エルシスは袋をがさごさと探す。
キラーアンブレラなら、村に来る前に倒し、ちょうどその布も手に入れていた。
エルシスは老人に「これを使ってください」と笑顔で手渡した。
「なんと!すでに持っているのじゃと!?おお!これじゃ、これじゃ!これさえあればプチャラオ村のちょうちんはまた美しく灯り続けるであろう!」
エルシスもこのちょうちんという灯りが気に入ったので、ずっとあってほしいと思う。
「旅の方よ。ちょうちんを愛するわしのために気前よくじょうぶな張り布をくれるとは、誠に心の広いお人じゃ。感動したぞい。これは、わしの気持ちじゃ」
老人はお礼のぎんのこうせきを10個もらった。
「え!?こんなにもらっていいんですか!?うわぁ、すごく嬉しいです!」
エルシスにとってそれは何より嬉しいお礼だ。
「壁画や遺跡も重要な観光の目玉じゃが、あのちょうちんもプチャラオ村を象徴する大事な観光資源のひとつなんじゃ」
エルシスは老人と一緒に、宙に繋がれたちょうちんたちを眺める。
「ちょうちんあってのプチャラオ村……。だが、誰かが手入れをおこなわなければ、美しい明かりも失われてしまうでな。わしはこれからもちょうちんを愛し、手入れを入念におこなっていくぞ。村から明かりを絶やさぬためにな」
夜になったらまた眺めに来ますというエルシスの言葉に、老人は心から嬉しそうな笑顔で頷いた。
再びエルシスが散策していると、マルティナの姿を見かけて声をかける。
どうやらまほうのカギの情報はまだ見つかってないようだ。エルシスも同様だと言った。
「エルシスもせっかくだから遺跡を見てきたらどうかしら?」
「あの幸運が訪れる壁画があるという……」
「遺跡は奥の階段を上って道なりに進んで、丘を越えた所にあるわ。みんなも先に向かっているはずよ」
「うん。僕もそっちに向かってみる」
エルシスの素直な言葉に、マルティナは微笑み頷く。「……それにしても」と彼女は続けながら、村を見渡す。
「この村の雰囲気は独特ね。遺跡の観光で有名な場所とはいえ、この熱気はすこし、こわいくらいだわ」
異様といえば異様かも知れない。エルシスもずいぶん旅をしてきたが、あんなに強引な客引きを受けたのは初めてだし、観光客は必死な感じがする。
(そんなに幸運になる壁画ってすごいのかな……)
カミュは「うさんくさい」と一刀両断していたが、エルシスも見ただけで幸運になれるとはにわかに信じがたい話だと思っていた。
それに、みんなそんなに幸運になりたいの?とも思う。(そりゃあツボを割って、アイテムが出てきたらラッキーって嬉しいけど……)
この村の熱狂に不思議に思いながら、エルシスは遺跡を見に階段を上がっていった。
「……あれ、ロウおじいちゃん?」
どうしたのとエルシスはロウに駆け寄る。
「……ふう。この村の構造は足腰にこたえるわい」
どうやら疲れて休憩していたらしい。
さらに上に続く階段をエルシスは見上げる。
確かにこれは腰にきそうだ。
「カミュたちはすでに遺跡へ向かったようじゃ。わしはしばし休憩してから向かうゆえ、おぬしは気にせず先に進むがよい」
「おじいちゃん、無理しないようにね」
ユリとカミュのようにエルシスもロウに労いの言葉をかけて、先に進んだ。
エルシスは途中で休憩をしている人たちを一人、二人と追い抜かし、頂上にたどり着いた。
丘のようなその場所は遠くまで見渡せて眺めがいい。
……ん。あれはシルビア?
女の子と一緒にいるシルビアの姿にどうしたんだろう?と思いながら、エルシスはそちらに向かう。
「パパ……。ママ……。……ぐすっ」
「あら、エルシスちゃん。ちょうどいいところに来たわ。この子ったら迷子みたいなのよ」
「迷子……」
「……ほら、泣かないの。大丈夫。アタシたちがついてるわ。ね?だから、お名前を教えてちょうだい?」
「……メル」
泣きじゃくりながら女の子は小さく名前を口にした。
「わたし、メルっていうの……。ここにはパパとママといっしょに何日もかけて来たの……でも……へきがのごりやくでお金もちになるんだって……そう言って、パパもママもどこかに行っちゃったの……ぐすっ」
他の観光客同様に、彼女の両親も夢中になってしまったのだろうか。
エルシスとシルビアは困ったように顔を見合わす。
「ねぇ、お兄ちゃん、おねがい……。メルのパパとママを……」
「大丈夫よ。安心なさい。アタシたちがアナタのパパとママを探してきてあげるわ」
シルビアの言葉に、エルシスも微笑を浮かべて頷いた。
「アタシは村の方を探すから、遺跡の方を見てきてくれないかしら。いいでしょ、エルシスちゃん?」
「わかった。まかせてくれ」
「さっすが、エルシスちゃん!じゃあ、遺跡の方はヨロシクね。アタシも村の方を探したら後を追うから」
シルビアはメルちゃんに「ここで待っててね」と告げて、村の方に向かう。
エルシスは安心させるようににこっと微笑んでから、遺跡に続く階段を降りて行った。
プワチャット遺跡はしっかりとその外観を残しており、自然の中に立派に佇む姿は壮観だ。
きょろきょろと辺りを見渡し、エルシスはそれらしき女性に声をかける。
「世界各地のミステリースポットを巡ったマニアな私だからこそ、感じるのです。この遺跡にただよう怪しげな雰囲気……。実際、遺跡の発見者は謎の失踪をとげ、その後、行方不明になっているそうですの。うふふ……ミステリーのニオイがしますわ」
遺跡の発見者の謎の失踪……?その話に興味が湧いたが、今は迷子のメルの両親だ。
「…………え?迷子の少女のお母さん?残念ですが、私は違いますわ。他の方をあたってくださいまし」
空振りだったらしい。いや、話の途中で薄々「なんか違うっぽいぞ」と感じてはいたが。
広場にはそれらしき人物はいないので、エルシスは遺跡の中に入ってみることにした。
階段を降りて、扉を開ける。