プワチャット遺跡

 プワチャット遺跡の壁画の部屋には、ユリとカミュ、ベロニカとセーニャの姿があった。

「よお、お前も来たのか。このデカイのがウワサの壁画だとよ」

 エルシスは壁に大きく飾られた壁画を見上げる。
 中心に描かれた玉座に座る美女は、まるで女王のように感じた。
 その両側に描かれた男性たちは彼女を崇拝しているからだ。

「たしかに、こいつはなかなかの迫力だ。……でもって、そこで笑ってる彼女がオレらに幸福をくださる美女……ってワケだ」

 美女は絵画の真ん中でこちらに笑いかけている。
 その絵を見つめていると、何故かエルシスは居心地悪さを感じた。

 目が合っている気がするのだ。

「……なんかこの絵、嫌な感じしない?」
「嫌な感じ?」

 ユリの言葉に、カミュが不思議そうに聞き返す。
 嫌な感じと言われれば、きっとこの感覚がそうなのだろう。
 エルシスはそっと絵から目をそらしたが、セーニャの言葉で再び絵に視線を向けることとなる。

「あれって……なんでしょう?カギのように見えますけど、なんだか、とても不思議な感じ……」

 美女のネックレスには、カギのようなものが描かれていた。

「……もしかして、あれ、まほうのカギじゃない?」
「まほうのカギ……どうして絵に……」

 ユリがその絵に近づこうとしたら、低い音がその場に響く。
 
「おいおい、ベロニカ。派手にハラなんか鳴らして、お前そんなにハラペコなのか?……まぁお子様は食べるのが仕事だからな」
「あたしじゃないわよ、失礼ね!……ふんっ。アンタこそ、さっきから何よ。壁画の美女なんかに見とれちゃってさ!」

 そこで言い合う二人に、残りの三人は苦笑いした。
 直後、扉が開き――中にずかずかと男性が入って来る。

「おおっ!これが夢にまで幸福を与えてくれる壁画の美女!これで、このブブーカさまも大金持ちに!」

 男はブブーカという名らしい。彼に続くように、数人も室内に流れ込んできて、ユリはその勢いに横に退いた。

 いきなりやって来て、壁画の前を陣取る彼らに、カミュはムッと口を開く。

「おい、なんだあんたら!オレたちが見てたってのに!」
「お前たちこそ、なんだ!さっきから壁画を見てたくせに。壁画のご利益はみんなのものだぞ!」
「そうですとも!独占なんてズルイですぞ!」
「そうよ!今度は私たちが幸せになる番よ!」

 ブブーカだけじゃなく、他の観光客も続いて声を荒げた。

「……本当にこの壁画にご利益なんてあるのかな?」
「とてもこの絵にそんな感じはしないけど……」

 ――むしろ。

 小声で言ったエルシスの言葉に、ユリも同じような声量で答えたが。

「なによあんたたち、この絵にケチつける気!?」

 聞こえていたらしく、二人は女性の剣幕にたじろぐ。

「……エルシスさま。いったんこの場からは離れたほうがよさそうですね」
「そうだね、行こう」

 二人はいそいそと壁画の部屋を後にする。
 入口まで戻ってくると「……ふぅ」とベロニカが疲れたようなため息を吐いた。

「ここの壁画の人気、甘く見てたわ」
「皆さま、なんだか必死で少しこわかったですわね」

 セーニャの言葉に同意するエルシスは、あっとすっかり忘れていたことを思い出す。
 そうだ、メルちゃんの両親を探していたんだ。

「……どうした、エルシス?何か言いたそうだな。……両親とはぐれた女の子を見つけて、その親を探しているだって?」
「シルビアは村の方へ……僕は遺跡の方を探しに来たんだ」
「そいつは大変だな。みんなで手分けして探してやらないとな」

 カミュの言葉に、ユリ、ベロニカ、セーニャももちろんと頷く。

「小さな村だからすぐに見つかるといいね」
「迷子というとルコちゃんを思い出すわね」
「ちょっと心配なお父さまでしたが、お二人は元気にしてますでしょうか」

 彼らがホムラの里で出会った、不幸続きの情報屋ルパスと、しっかり者のルコの親子の姿を思い出していると……

「エルシスちゃーん!」

 シルビアが向こうからやって来た。

「シルビア!……どうだった?」
「ダメ、こっちは収穫なし。エルシスちゃんの方は?」
「こっちも同じく……。4人にも事情を話したから、今度はみんなで手分けして探そう」

 エルシスの言葉にそうね、とシルビアは笑顔を見せる。

「彼女のご両親、どこに行っちゃったのかしら。……メルちゃんもひとりで心細いだろうし、もう一度彼女に会ってみましょう」

 全員でメルの所に向かうが、そこに彼女の姿はなかった。

「変ね。メルちゃんの姿が見当たらないわ。あの子までどこかに行っちゃうなんて、この村、何かあるのかしら……」

 シルビアが怪訝に首を傾げて言う。彼女の両親だけでなく、その娘のメルまで姿を消したのだから。

「みんな、あの子を探しましょう。人通りの多い広場の方に行けば、誰か彼女を見かけているかもしれないわ」

 手分して探す最中、エルシスはマルティナとロウに出会し、二人にも探すのを手伝ってもらう。

「キミの言っていたそのメルちゃんって子。お父さまやお母さまとはぐれてきっと心細いでしょうね……私も16年前のあの夜は……」

 マルティナは何かを言いかけて、首を横に振る。

「……ううん、なんでもない。彼女がさびしい思いをしないよう私たちで早く見つけてあげましょう」
「きっと村の外には出ていないはずじゃ。なーに、皆で探せばすぐ見つかるじゃろう」

 エルシスはマルティナとロウに「ありがとう」と言い、三人も別れてそれぞれ探しに行った。

(メルちゃん……事故や事件に巻き込まれてないといいけど……)

 彼女の身を案じながら探すエルシスの目に、女の子に怒られるベロニカの姿が映った。

「もう!私はメルなんて名前じゃないわよ。このベロニカって子、急に話しかけてきて人違いなんて失礼しちゃうわ」
「もしかして、この女の子が例の迷子かと思って話してたんだけど、どうやらあたしのカン違いだったみたい」

 ベロニカは肩を竦めてエルシスに言う。

「セーニャや他のみんなは階段下りて村の入り口の広場に向かった見たいよ。アンタもそっちの方を探してみて」

 わかったと頷いて、その場はベロニカにまかせて、階段を下りた。

 小さな村だから全員で手分けして探せばすぐに見つかる……と思っていたが、一向にメルも彼女の両親も見つからなかった。

「エルシスさま、ごめんなさい。まだメルちゃんも彼女のご両親も見つけられていません……。この子たちなら同じ子供同士ですし、何か知っているかもと思ったのですが、彼女のことは聞いたこともないそうですわ」

 ――セーニャ。

「うふ、サービスするわよ」
「いや、オレはだな……。――エルシスか。すまねえ。ここいらで情報を集めてたら、酒場の客引きに捕まっちまってな。……それにしても、例のメルって迷子。まだ見つからないのか。心配だな。妙なことに巻き込まれてなきゃいいが」

 ――カミュ。

「この辺りに迷子の少女がいなかったかここの露店商に聞いてみたのじゃが、残念ながら見ておらんそうじゃ。いったいどこに行ってしまったのか……どうにも心配じゃのう」

 ――ロウ。

「あ、エルシス。念のため、女の子が町の外に出てないか聞いてみたんだけど、そんな子はいないみたい」

 ――ユリ。

「メルちゃん、本当にどこいっちゃったんだろう……。暗くなってきたし……」

 暗闇に浮かぶちょうちんの淡い光は綺麗だったが、エルシスは純粋に楽しめなかった。

「とりあえず、一旦広場に戻ろうか。みんなも集まっているかもしれない」


 ユリの提案にエルシスは頷き、二人は広場に戻る。
 ユリの予想通り、どうやらシルビア以外の仲間たちがその場に集まっていた。

「おやおやー。あなた方、旅の人だよね?遠路はるばるようこそ!村には観光で?やっぱり遺跡の壁画がお目当てかい?」

 二人が彼らと合流した途端、どこか調子のいい声に話しかけられる。
 こちらに顔を向けたエルシスのポーカーフェイスに、男は掴みを外したという顔をした。

「……ありゃ、これは失礼。わたしゃ、この村で商人やってるボンサックと申します」

 ボンサックと名乗った男は、例にもれず客引きである。
 
「どうです?観光の記念品から村の特産品までおみやげ買うなら是非ウチで!お値段も勉強させてもらいますよー」
「ったく、ここの客引きはどうにかならねえのか……」

 カミュがうんざりと言った直後、集まってる皆の姿に気づいたシルビアがやって来た。

「ダメ!みんなで探したけど、メルちゃん、見つからないのよ。あの子、どこ行っちゃったのかしら?」
「……おや?もしや、この村で人を探してる?いやー。ちょうどよかった!あなた方はじつに運がイイ!」

 すかさず口を開くボンサック。

「あなたは何かごぞんじなのですか?」
「ええ、知ってますとも。……ウチのヨメがね」

 セーニャの問いに胸を張って彼は答えた。

「アイツはこの先で宿屋をやってましてね。職業がらか耳が早いのなんの!人の出入りならなんでも知ってる!あの宿に泊まれば迷子だろうが思い人だろうが、すぐに見つかりますよ。しかも、フカフカのベッドまでついてくる!」

 調子のいい声のせいか、本当かな……とエルシスまでも疑心暗鬼に彼を見た。

「今後もごひいきにしてくださるなら、初回に限ってなんと宿泊料をタダに!これはもう泊まるしかないですよね!?」

 どうしよう……と視線を皆に向けるエルシスに、ベロニカが答える。

「無料だなんてステキじゃない。ねえ、エルシス。せっかくだし、今晩はあの宿に泊まってみましょうよ?」
「はい、決まりー。ウチのヨメには伝えておきますので、いつでも好きな時にいらしてくださいな!」

 エルシスが何か答える前にボンサックが勝手に決定した。まあ、いいんだけどと思いつつ。
 こんなに調子がいい人は初めて出会ったかも知れないと、宿屋に嬉々として駆け込むその背中をエルシスはぽかんと見つめた。

 一階は酒場で、二階が宿屋の受付らしい。
 おいしそうなスパイシーなにおいに、ユリはお腹空いたなぁと思う。ちょうど夕食の時刻でもある。

「いらっしゃいませ、こちらは宿屋になります。主人から連絡は受けております。宿泊のお客さまですね?」
「あ、はい。それで……」

 受付と共にさっそくエルシスはメルのことを尋ねてみる。

「……え、私が迷子の行方を知っている?いったいなんのことでしょう?……あっ!さてはまた主人のしわざね。あの人ったら、お客さんを呼ぶためにすぐテキトーなことを言うんですよ」

 エルシスの後ろで「そんなことだろうと思ったぜ……」と、カミュが呆れて呟いた。

「ごめんなさい……。私にはその迷子のことはわかりません」

 そうですか……とエルシスは答える。がっかりした気持ちはあるが、わからないなら仕方がない。

「……おわびと言ってはなんですけれど、初回の宿泊料は無料で結構ですのでぜひ泊まっていってください。ちょうど空き部屋もありますし、お部屋の準備もできていますよ。さっそく泊まっていかれますか?」

 とりあえず、エルシスは「はい」と頷いた。今晩の宿が必要なのは変わりない。
 それに、八人の大人数で同じ宿に部屋を取れるのはよかった。

「はい、かしこまりました。では、お部屋にご案内します。ごゆるりとおくつろぎください」

 部屋割りは、エルシスとカミュ。ユリとマルティナ。ベロニカとセーニャ。シルビアとロウだ。
 それぞれ鍵を持って、三階へ上がる。

 これだけ探しても見つからないのであれば、両親と再会して村を出発している可能性もある。
 彼らは今日はここまでにし、このまま宿に泊まることにした。

 準備ができたら下の一階で夕食にしようと決めて、それぞれ部屋に向かう。

「はぁ……なんだかんだ疲れたね」
「ふふ……あんなに階段を上がったり下りたりすることってないものね」

 ユリはベッドに腰かけると、武器を外していく。マルティナも腰の爪を外し、槍を部屋のすみに立て掛けた。

 少し身軽になった体で、二人は一階に向かう。途中でベロニカとセーニャと合流し、酒場にはすでに男性陣の姿があった。

 メニューを見て、食べたいものを各自頼んでいく。ここの名物は、肉料理と独特のハーブやスパイスを使った料理らしい。

「このお肉料理、甘辛くてすっごくおいしいですね!」

 特に野菜と牛肉を甘辛く炒めた料理に、ユリは絶品と唸った。
 ユリの様子にマスターも嬉しそうだ。

「うちは魚料理もおすすめさ。よかったら一品ごちそうするよ」
「ぜひいただきます!」

 力強く答えるユリに、カミュはふっと笑う。

「お前、食べるのが好きなのも変わんねえな」
「カミュ。食べることは生きることだよ。おいしくいただかないと失礼でしょう」

 そう澄まして言ったユリに一瞬面食らったものの、すぐにカミュは「食いしん坊なだけだろ」と一蹴した。

「……。私が下界に降りて、一番驚いたことは……」

 ちょっとふてくされたつつ、そう切り出したユリに、他の仲間たちも耳を傾ける。

「食材をこんなにおいしく調理できるんだってこと。一つの食材でも色んな調理法があって、おいしい料理にできあがる。魔法みたいだなって驚いたの」

 天使界には食材を焼いたりなどはするが、基本料理という概念がないという。
 天使という存在のときは、食べることは叶わなかったが、今はこんなにおいしいものを食べられて幸せだと――。

「でも、きっとみんなと食べるからこんなにおいしいんだね」

 続けてそう言って、皆に微笑むユリに。

「ユリさま。私の頼んだ料理、味見しませんか?とってもおいしいですよ!」
「ユリ、僕のもあげる」
「……食えよ」
「あたしのも絶品よ!」
「スープを取り分けてあげるわね」
「わしの野菜料理も食べるとよい」
「ユリちゃん!はい、あーん♡」

 あれやあれやと彼女のテーブルの前に、分けてもらった料理が並んだ。
 ありがとうとユリは喜んで、皆と食事を楽しむ。


 お腹もいっぱいになり、部屋へ戻る際、ユリは宿屋のバルコニーから外の景色を眺めた。

 淡い朱色の光が連なって幻想的だ。

 あれはちょうちんという灯りだと、エルシスが言っていたのを思い出す。

「あらん、あなた、なかなか美人さんね。どう?ぱふぱふしていかない?」

 部屋に戻る最中、ユリはバニーの彼女からそう声をかけられた。
 ぱふぱふ……どこかで聞いたことが……。そうだ、あれはサマディー王国。
 結局誰も教えてくれず、記憶が戻った今も、ユリの頭にその知識はない。

「あの、ぱふぱふってなんですか?」

 当然、気になって聞くユリに、バニーは「教えてあげるから目を閉じて」と言う。
 素直に目を閉じるユリ。この場にカミュがいたら「無防備だろうが!」と怒っていた。

「いい?いくわよ。そーれ、ぱふ、ぱふ、ぱふ……」

 これが、ぱふぱふ……?

「ぱふぱふぱふ…」

 なんだか、気持ちいい……。

「あなたのおカオに、ぱふ、ぱふ、ぱふ。ウフフ。もういいわね。ぱふぱふ、お し ま い♡」

 ユリはぱふぱふしてもらった。
 ユリの魅力が5上がった!

「どうだった?私のおけしょうテクは。ウフフフフ。ますますお姉さん、美人さんになったわよ」
「なるほど……!顔にぱふぱふするから、ぱふぱふなのね!」

 疑問が解けてユリはすっきりした。いや、何故誰も教えてくれなかったのかという疑問が残るが、ユリは気にしない。

「あ、カミュ」
「ん、ユリ……?なんかさっきと雰囲気が違うような……」
「今、ぱふぱふしてもらったの」
「はあ!?」

 このユリの発言によって、その晩カミュは寝不足になったとは言うまでもない。

(ユリに本来の一般的なぱふぱふの意味を教えた方がいいのかしら……)

 話を聞いた同室のマルティナも、どうすべきかしばし悩んだ。





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大盗賊のご乱心で同じようなぱふぱふ話を書いていますが、あちらは別次元になります。


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