壁画世界

 翌朝、ユリが起きると、すでにマルティナは目を覚ましていて、鏡の前で身だしなみを整えていた。
 鏡越しにユリが起きたことを気づき、マルティナは朝の挨拶をする。

「おはよう、ユリ」
「おはよう、マルティナ」

 笑顔で挨拶を返しながら、ユリはベッドから出た。
 顔を洗い、着替えて身支度をする。

「その赤いリボン。マルティナによく似合っているね」
「ふふ、ありがとう。あ、ねえユリ。たまには違う髪型をしてみてはどうかしら?」

 マルティナに促され、ユリはドレッサーの前に腰かけた。
 自身の髪を結ってくれるマルティナに、お姉さんがいたらこんな感じなのかな……と、ユリは考える。
 ベロニカもユリに対してお姉さんっぶっているが、彼女は師匠だ。

「――できたわ。どうかしら?すごく似合うと思うけど」
「素敵……こんな髪型初めて。ありがとう、マルティナ!」

 嬉しそうに言うユリに、鏡の向こうのマルティナも同じように笑った。

 二人は朝食を食べに食堂に向かう。
 先客はシルビアとロウだ。

「二人ともおはよう♪あらユリちゃん、素敵な髪型ね!」
「マルティナが結ってくれたの」
「とっても似合っているわよ。マルティナちゃん、センスあるわ〜」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「わしも髪がふさふさだった頃は、色んな髪型を試したものじゃ」

 そんな会話をしていると、ベロニカとセーニャがやってきて、少ししてエルシスとカミュがやってきた。

 全員揃ったところで朝食をとる。
 プチャラオ村の朝食は、味付けしたお粥らしい。

「お前とシルビアが言ってた例の迷子。結局どこに行ったんだろうな?家族と会えたならいいんだが……」

 カミュが昨日の出来事を思い出して、話を切り出した。
 念のため酒場のマスターにも聞いてみたところ、結局行方はわからず仕舞いに終わった。

「私たちにも大事な旅の目的があるし、この村で立ち止まることは出来ないけれど……。まだこの村でご両親を探してるのなら、なんとかチカラになってあげたいわね」
「迷子のメルちゃん。母性本能を刺激するっていうか、何か放っておけない雰囲気なのよね」
「今日もその子を探すならオレも付き合うぜ」

 マルティナ、シルビア、カミュ。
 迷子の女の子も心配だが、本来の目的も忘れてはならないと言ったのはロウだ。

「あくまで年寄りの直感じゃが、やはり例の遺跡の壁画を調べれば何かわかりそうな気がするんじゃよ」
「そうね。他の観光客にまたジャマされないうちに、早い時間に遺跡の壁画を調べた方がいいと思うわ」
「やっぱりあの壁画、嫌な感じがしたし、ちゃんと調べておきたいな……」
「そうですわね。あのカギのようなものも気になります」

 ベロニカ、ユリ、セーニャ。
 皆の意見を参考にして、エルシスはまずは遺跡を調べて、その後にもう一度メルのことを探してみようと言った。


「おはようございます。昨晩はぐっすりとお休みでしたね。では、いってらっしゃいませ」

 出発の準備も整い、エルシスは受付にまとめて部屋の鍵を返す。

「……そういえば、ウチに泊まっているブブーカさんという方が昨日から戻ってこないんですよ」

 ブブーカ……確か遺跡で出会した男の名だ。

「ずいぶん遺跡の壁画にご執心でしたけど、ケガなどされていなければよいんですが……。お客さまも観光の際はお気をつけて」

 その言葉にエルシスは「気をつけます」と笑顔で答えて、宿を出る。
 宿の外では、朝早くからボンサックが元気よく客引きしていた。

 エルシスたちの姿に気づいた途端、彼は気さくに話しかけてくる。

「ウチの宿、よい寝心地だったでしょう?ぜひ今後ともごひいきに。またのご利用お待ちしてますよー」
「あんた、昨日てきとうなことを言いやがって」

 すかさずカミュが文句を言った。すっかり忘れ去られていたのか、きょとんとするボンサック。

「…………ん?迷子の少女?……ああ、なんだその件ですか。いやーすみません、じつに残念無念。ウチのヨメなら知ってると思ったんですが」
「ったく、よく言うぜ……」
「はははっ、なーに心配いりませんよ。迷子なんてこの村じゃ日常のことです。迷子を見つけるコツは、最後に会った場所をもう一度探してみることです。案外、ひょっこり戻ってるもんですよ」

 再び調子よく言ったボンサックに、それぞれ呆れたり苦笑いしながら、出発する。

「……さて。今日こそ、村の奥の高台を越えて、ブワチャット遺跡に向かうとするかの」

 気合いを入れるように言って、何段も続く階段を見据えるロウ。「頑張りましょう、ロウさま」マルティナが彼を励まし、一行は階段を上がっていく。

「……あら、気のせいでしょうか?」

 セーニャが何かに気づいて、ぽつりと言葉をこぼした。

「どうかした?セーニャ」
「エルシスさま、何か違和感がありませんか?村の雰囲気がすこし変わったというか、昨日はもっと活気があったような……」

 エルシスは振り返り、プチャラオ村を眺める。確かに、昨日より人は少なく感じるが……。

「朝だからじゃないかな。まだみんな寝てるのかも」
「お寝坊なエルシスじゃないんだから……」

 エルシスの返答が聞こえて、思わずベロニカはつっこんだ。
 そうでしょうか……セーニャは腑に落ちない気持ちを抱えて、再び階段を上る。

「……やれやれ。プチャラオ村は階段や高低差がきつくて、足腰にこたえるわい。この旅が終わったら、おぬしらと一緒に温泉にでも行きたいもんじゃのう」
「あら、いいわね。アタシ、秘境の温泉知ってるの♪みんなに紹介するわ!」

 一行が温泉の話で盛り上がっていると、どうにか頂上についた。

「……………………」

 一息つく中、エルシスはこちらをじっと見つめる少女の姿に気づく。

「メルちゃん……?」
「あら、本当だわ!メルちゃーん!」
「……………………」

 シルビアは声を上げ、大きく手を振るが、彼女はなんの反応も示さない。
 彼らに背を向け、どこかへ行ってしまう。

「ねえ、エルシス。今の女の子が例の迷子なの?」

 ベロニカの質問に、エルシスは困惑したままそうだと頷く。

「……でも、なんだかおかしな様子だったわね。二人を見てもなんの反応も無かったし。彼女、いったいどうしちゃったのかしら?」
「うん……」
「メルちゃん、遺跡のほうに歩いていったわね。……あの子のことほうっておけないわ。ねえ、エルシスちゃん、後を追いましょ」

 どちらにせよ、自分たちも向かうところだったのだ。彼らはメルを追いかけるように、遺跡に続く階段を下る。

「先ほどの少女が、エルシスさまのおっしゃっていたメルちゃんですか……」

 そう神妙に口を開いたのはセーニャだ。

「……なんだか、イヤな気配を感じます。何かが起きないうちにあの子を追ったほうがよさそうです」
「私もそう思う」

 彼女に続いてユリも同意だと頷いたが、少し意味合いが違った。
 あの少女から、壁画と同じように嫌な感じがしたのだ。その理由はわからないけれど。

「あのメルという迷子の少女。ここ最近、どこかで見たような気がするんじゃが……」
「……ロウさま?」
「……うーむ。ダメじゃ、思いだせんわい。やはり、気のせいかもしれんのう」


 遺跡の中に入ると、中はしんと静まり返っている。

「あら、誰もいないじゃない。さっきメルちゃん、こっちの方に歩いてこなかった?」
「たしかに変だな。あの迷子はどこに行ったんだ?」

 シルビアとカミュが首を傾げた。不思議がる皆の中で「…………」ユリはただ一人、じっと壁画を見つめていた。
 真剣なその視線に、ベロニカも壁画に目をやると――それに気づく。

「……ねぇ。ちょっと、あれ見て」
「壁画の絵……前に見た時と少し違いませんか?」

 指差すベロニカと、その続きを引き継ぐように言ったセーニャ。

「人が増えてる……?」

 怪訝に呟いたユリの言葉に、彼らも違和感の正体に気づく。
 中央の美女を崇拝する人間たちの絵が、増えているのだ。

「なぁ、変なこと言うようだが……。ここに描かれてるヤツら、なんとなく昨日の連中に似てないか?」

 自分が放った言葉に、カミュは背筋が冷えていくように感じた。

「ほら、オレらともめたブブーカって野郎だよ。たしか、昨日から宿にも戻ってないって宿の女将が言ってたよな?」

 ………………。

「……なんだかイヤな予感がするわ。早くここから出ましょう」

 奇妙な沈黙が流れる中、壁画を探るように見つめていたベロニカがエルシスに言う。

 その直後、部屋に異変が起きた。

「っ!?」

 ドシンと地鳴りが響き、天井からぱらぱらと砂が落ちてくる。

「いかん!様子がおかしいぞ!」

 ロウが叫んだ。一体何が――周囲を観察するユリに、ゆっくり閉ざそうとする扉が目に飛び込んだ。

「扉がっ……!」

 その声に弾かれ、真っ先にマルティナが駆けるが、寸前で扉は閉ざされる。

「くっ……!ダメ、開かないわ!」
「閉じ込められたっ……?」

 エルシスも一緒になって外開きの扉を押すが、びくともしない。

「見て!壁画が!?」

 後ろを振り返って気づいたシルビアが叫んだ。
 壁画の女性が首に身に付けていた鍵のようなものが光輝いていく。

 ユリは素早く弓を構えて、矢を放った。

「っ……!?」

 だが、その光によって矢は弾かれる。


「なっ!?」
「きゃあーーーっっ!!」


 目が開けられぬほど目映さと共に、悲鳴がその場に響いた――……


 次に彼らが気づくと、見知らぬ場所に倒れていた。

「……?みんな、大丈夫……っ?」

 起き上がりながらエルシスが声をかけると「ええ…」「大丈夫じゃ」と声が上がり、皆もゆっくり起き上がる。
 特に自分たちに外傷はないみたいだが……。

「……なんだ、この奇妙な場所は?オレたちはたしかに村の遺跡にいたのに、壁画が光って気づいたらこのありさま……。夢の中……ってワケでもないよな」
「……うーむ。これまで長く生きロトゼタシア中を旅してきたが、このような場所ははじめてじゃ」

 カミュとロウは、他の者たちと同じように辺りを見渡しながら言った。

 そこは虚ろな世界だった。

 彼らの足場である白い石の通路と、青い炎が燃える燭台以外、何もない。
 この床から一歩足を踏み出せば、奈落の底に落ちるのだろうかと――下に広がる異空間を見つめてエルシスは想像する。
 靄が渦巻き一寸先も見えず、底があるのかもわからない。

「本当……おかしな感じがしますね。まるで、絵の中に入ってしまったよう……」

 ……………………

「……おいおい。マジか?」

 セーニャの何気なく言った言葉に訪れた沈黙。それは皆の同感を意味している。

「なんで私たちが絵の中に引きずりこまれたかわからないけど、結構最悪な事態かもしれない」
「最悪って……」

 ユリは嫌な気配をより強く肌で感じていた。
 ユリいわく、ここは呪われた世界だ――。

「じゃああれは、幸運の壁画じゃなくて呪いの壁画……?」
「もっと早くに気がつければよかったんだけど……」

 申し訳なさそうに言うユリに、カミュはお前のせいじゃないさと言った。

「ねぇ、もしかして……メルちゃんもこの場所に連れてこられてるんじゃないかしら?」
「……メルちゃんっていうあの子がここに来たのは確かだと思う」

 ユリはわざと曖昧な言い方をした。
 彼女から嫌な感じがした理由がわかったからだ。

「メルちゃんは……」

 ユリは彼らに言う。「呪われている」のか「呪いそのもの」かの、二つに一つだと――。

 現時点でユリには彼女がどちらなのかわからない。
 ただ、前者だった場合、彼女を見過ごすことはできない。早く助けなければ。

「どのみちいつまでもここにいても仕方ないし、探してみましょう、エルシスちゃん!」
「出口も探さないと……。出口、あるよね……?」

 ユリ、エルシスは不安げに物知りそうな彼女に尋ねた。

「この空間の綻びがあれば……。それか、この世界を創った呪いの元凶を倒せば抜け出せると思う」
「……なるほどな。道は続いてるんだ、とにかくオレたちには進むしか選択肢はねえな」

 カミュの言葉に全員頷き、先に進むべく足を踏み出す。

「この先、何が起こるかわからん。エルシスよ、気を引きしめていくぞ」

 ロウの真剣な言葉に、エルシスは同様に頷いた。

「……ユリは何か感じない?この場所に来てから、誰かに見られているような、悪意に満ちたイヤな視線を感じるの」

 不快げに言うマルティナ。固い表情のまま、ユリもこくりと頷く。
 
「さっきから鳥肌が立ってて……」
「そっか、反対にユリは闇属性に弱いものね……」

 十分に気をつけるのよ、とベロニカは彼女の身を案じた。

「僕も嫌な気配がするのがわかるよ。上手く伝えられなかったけど、壁画にも違和感を感じていたんだ」

 幸運の壁画だと祭られていたのが、まさか呪いの壁画だったとは思いもよらなかった。
 そして、今自分たちはその絵の中をさ迷っている。

「見てください、エルシスさま。あちらの遠くに見える通路に、人が歩いてらっしゃいます」
「僕たち以外にも人が……?」
「……でも、皆さんの様子がおかしいですわね。まるで、何かに取り憑かれているようです。この不思議な空間の影響なのでしょうか?」

 セーニャの視線の先を追うと、皆ふらふらとした足取りで歩いていた。
 気になるし、何より放ってはおけない。

「追いかけてみよう」

 だが、その姿を追おうとしてすぐに、彼らの足は止まった。

「っ、この鼻につくニオイは……」
「嫌なやつらがうろついてやがるぜ……」

 エルシスとカミュは腕で鼻を覆う。突如、リビングデッドたちが彼らの行く手を拒むように現れたのだ。

「エルシス。アンデッドなら"聖なる祈り"で一掃できるよ……っ」

 眉を潜めたユリは、皆と同じく鼻を手で覆いながら彼に言った。エルシスはセーニャに目で合図し、彼女は無言で頷く。

 三人が天に祈りを捧げれば……

 それは"聖なる祈り"となって、リビングデッドたちの魂は、次々と空に還っていく。

「……ふぅ。三人のおかげで、なんとか戦わずに済んだわね」
「ちょっと彼らのお相手は遠慮したいものね」
「さようじゃ」

 息を止めていたベロニカは安心して呼吸をする。
 マルティナとロウもほっと一安心した。歴戦の二人も、ゾンビ系の魔物はできれば戦いたくないものだ。

「それにしたって、不気味な場所ね……。もう陰気でイヤになっちゃうわ」
「メルちゃんも一人で怖がってるかも知れないわよね……」

 ベロニカのぼやきに続いて、辺りを見渡すシルビアの口からは、メルを案じる言葉が出た。
 彼女が呪いそのものとまだ決まったわけではない。両親と離ればなれになって泣いていたメルを思い出し、シルビアはユリが言ってた前者だと信じていた。

 
 人々の姿を追いかけて来た彼らは、異様な光景に出会す。


 そこには巨大な絵が飾られており、その絵はあの壁画の美女だ。
 そして、皆はその絵の前に跪き、崇拝しているように見える。

「壁画と同じ光景……」

 ユリがぽつりと呟いた。壁画に描かれている、女性を人々が崇拝する姿と重なる。

「……あそこにいるのは、例のブブーカってヤツじゃないか?」

 彼らに近づいて、カミュは見覚えある姿に気づいた。ブブーカだけでなく、あの時一緒にいた観光客の姿もある。

「おい、あんた!そんな所で何してんだ!?」

 カミュはその背中に声をかけるが、ブブーカはおろか、他の者たちの反応もない。
 まるで、こちらの声が聞こえていないようだ。

「皆さんはここに集まって何を……。それに、この女性の絵……遺跡の壁画にも描かれていましたが、どなたなのでしょう?」
「どこの誰か知らないけど、ちょっと自己主張激しすぎじゃない?」

 不思議そうに言うセーニャとは別に、絵を見上げて呆れるベロニカ。

 ――カカカ この美しさが わからぬとは 子供とは おろかよのう……

 突如。どこからか響いた不気味な女の声に、八人はきょろきょろと辺りを見渡す。

 ――カカ どこを見ておる?こちらじゃ おろか者どもよ。

「おい!みんな見ろ!」
「え、絵が!?」
「動きました!」

 絵の瞳は赤く光り、左右にぎょろりと動いた。その目は値踏みするように彼らを見下ろす。

「ひい……ふう……みい……。ふむ、8色か。カカカ。汚い色ばかりで飽いていたところだ。歓迎するぞ。ようこそ、我が世界へ」
「我が世界へ……?じゃあやっぱり……」
「呪いの元凶……!」

 ユリの言葉を聞いて、エルシスは確信するように口にした。
 すると、怪しい光を放つその目は、二人を捉える。
 
「特にお前たち……お前たちは他の者とは違うな……。カカ、なかなかよい色になりそうだ。先だって、わらわに魅了された者ども同様、残らず吸収し、わらわの美を支える一部としてくれよう」
「お前が吸収……だと?おい、そりゃどういうことだ!」
「どのような色になるか、楽しみにしているぞ。カカカッ!カッカッカッ!」

 カミュの問いには答えず、その言葉を最後に、絵はゆらりと蜃気楼のように消えた。

「……ああっ、いけません!皆さん、待ってください!」

 ブブーカたちは絵があった場所を越え、ふらふらと奥に歩いていく。セーニャの呼び止める声も虚しく、その姿は靄に包まれすぐに見えなくなった。

「皆、魅了されて意識を支配されてるんだ……」

 見解を口にするユリに「それで皆さま、絵を讃えて……」と、納得して呟くセーニャ。

「先ほど巨大な絵の前にいらしたのは、たしか、私たちと入れちがいに村の遺跡の壁画を見にきた方々でしたね。やはり、私たちだけではなく、あの方たちもこの場所に引きずり込まれていたのですね」
「もしかしたら、他にもいるかもしれない……。観光客なら行方不明になってもわからないし」

 エルシスも考えながら、セーニャの言葉に答えるように言った。

「さっきのでかい絵の女……。オレたちを吸収するとか言ってやがったな」
「……危険なニオイがプンプンするわ。早くメルちゃんを見つけて、ここから出たほうがよさそうね」
「むう……。先ほどのうつろな人々の様子に巨大な絵が言っていた不吉な言葉……。……イヤな予感がするわい。エルシスよ、あの者たちを追うとするぞ」

 こうしてはいられない。彼らはすぐさま、人々が消えた方へ追いかける。

「先ほどの巨大な絵……二人のことを気にしていたようね。いったん姿を消したようだけど、今もどこからか見られているような不快な視線を感じるわ」
「ああ……。ここから先は油断しないほうがよさそうだぜ」

 マルティナとカミュが二人に注意を促し、エルシスとユリは真剣に頷いた。

「なんなのよ、あの趣味の悪い絵の女!……おまけに人を子供あつかいして、ホント失礼しちゃうわ」

 神妙な空気が流れる中、ベロニカだけがそうぷんすか怒りながら、走る先頭を追いかける――。


「あ、宝箱…………??」

 横にそれた道に置いてある宝箱に、こんな所にもあるんだと驚くのも一瞬で、エルシスは唖然とする。

「なんだこの大きさは……!?」

 その大きさにカミュもど肝を抜かれた声を上げた。人の背丈ほどあり、大人五人ぐらいは入れそうな大きさだ。

「世界にはこんな大きな宝箱があるのか……」

 圧巻されるエルシスに、全員首を横に振った。これは普通ではない。

「明らかにワナだろ。エルシス、無視するぞ」

 カミュの言葉に「あ、そうだよな」と恥ずかしそうにエルシスは納得して、宝箱を素通りしようとする。

「――っ!」

 宝箱は突然開き、中から牙と赤い大きな舌がベロンと飛び出した。

「魔物……!?」
「ひとくいばこちゃんね!こんな大きいのは初めて見たけど」
「トラップモンスターとしては、ワナだとバレバレの大きさだろ」
「皆さま、お気をつけくださいませ!ひとくいばこはザキを唱えます……!」

 ワナではなくまさかの魔物だったのかとエルシスは驚く。宝箱に扮して旅人を襲う魔物がいるとは知っていたが、まさか初めて出会したのがこの規格外の大きさとは。

「この大きさじゃと、"ギガ・ひとくいばこ"と呼ぶべきかのぅ」
「ただのひとくいばこでさえ攻撃力も守備力も高いのに、この大きさ……。みんな!援護をお願いするわ!」
「まかせて!……ルカニ!」

 マルティナは槍を構えながら、後衛に叫ぶように言った。すかさずベロニカが守備力を下げる魔法を唱える。

「ボミエ♪」
「マヌーサ!」

 シルビアとセーニャが同時に呪文を唱えた。相手の素早さを下げる魔法と幻惑を見せる魔法だ。
 ひとくいばこにはこれらの魔法が効くが、ギガ・ひとくいばこも例外ではなかったようだ。

「どこに攻撃してんだ?」

 カミュが避けなくても攻撃は当たらず、反対に彼の攻撃が魔物に入る。

「かえん斬り!」
「マヒャド斬り!」

 エルシスとユリの相対する魔法剣が打ち込まれた。
 ギガ・ひとくいばこは振り払うように回転し、前衛にいたエルシス、ユリ、カミュが吹き飛ばされる。

「ドルマ!」
「メラミ!」

 間髪入れずロウとベロニカの魔法が炸裂する。厄介な魔物は怒濤の攻撃を入れてさっさと倒すのが一番だ。

「集中、一点……」

 その間にマルティナは、槍をまっすぐ魔物に向かって構え、全神経をその切っ先に集中する。

 一閃突き――!!

 その一突きにすべてを込め、マルティナの一撃は会心の攻撃になった。
 ギガ・ひとくいばこは、大きく後ろに倒れる。

「安全に倒せてよかったです」

 魔物との戦闘が無事終わり、セーニャは胸に手を当て、安堵のため息を吐いた。

「これもまた、ひとくいばこじゃないよね……?」

 ギガ・ひとくいばこを倒すと、現れたのは通常の大きさの宝箱。
 恐る恐るエルシスは遠くから観察する。

「大丈夫だ。今度こそホンモノの宝箱だぜ」

 元盗賊の勘が言ってる――カミュの言葉に安心してエルシスは宝箱を開けた。
 中から出てきたのは『ようせいの首飾り』で、なかなか優秀な装備品である。

 倒したかいはあったが、これから宝箱を見つけた際は、ちょっと警戒してしまいそうだと思うエルシスであった。


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