正体

 靄に消えた人々を追って進んだ先に、巨大な茨が現れた。

「ますます異様な雰囲気だね……」

 それを眺めながらユリは呟く。
 まるで、空間が茨に侵食されているようだ。奥に進むと不気味な姿のドロルメイジが徘徊していたり、魔物もそれに反して増えていく。

「巨大な燭台ね……何か意味があるのかしら?」
「階段の段差も高くて、上るのに一苦労だわ」

 マルティナの疑問の呟きの後、体の小さなベロニカはうんしょと段差に乗り上げた。

 その先ではシャドーサタンやマッスルガードといった、地上では見たことない強敵たちがうろついており「どうなってんだ……ここは」カミュが疲労した声でぼやく。

「この辺りは茨に侵食されて足場が悪くなってるのぅ」
「みんな、トゲが刺さらないように注意しましょう」

 ロウとシルビアの注意喚起に、太い触手の棘が刺さらぬよう、皆は避けて通っていった。

「これは……いったい何を?……なんでしょう。とても嫌な感じがしますね」
「あいつら、危なくねえか?」

 消えた人々を追ってきた一行の目に映ったもの。生き物のように蠢く茨の前に並ぶ人々の姿だ。

「今度はなんだっ……?」

 床がどしんと揺れて、エルシスが何事かと辺りを探る。
「茨の様子がおかしい……!」
 激しく蠢く茨に、ユリは警戒して弓を手に取った。

 その蠢きから飛び出た茨は、先端が口のように開いている。まるで食虫植物だ。

「なっ、なんなのコイツ!?」

 ベロニカが気味悪そうに叫んだ。茨は口を大きく開けると、中は不思議な空間が広がっているようにも見える。
 吸い込まれるようにブブーカたちの体は宙に浮かび上がり、あっという間にその口に吸い込まれてしまった。

 ……!!

 その光景に唖然とする間もなく、八人を取り囲むように茨たちが迫ってくる。

「チッ!こっちにも来るぞ!」
「ぬう……。もしや、こやつらのエサとするためにあの者たちや、わしらをこの世界に引きずり込んだというのか……?」

 全員、背中合わせになるように武器を取った。

「気をつけて!エルシス!」
「エルシス……っ!」

 エルシスを吸い込もうとする茨に、ユリは氷結の矢を放つが「!?」別の茨が盾になり、矢が刺さった部分が凍りつく。

「アザが……!」

 エルシスは自身の左手の甲の紋章が光り始めたのに気づき、その手を翳した。
 さらに紋章は強い光を放ち、茨たちは苦しむ。

「おいっエルシス!あっちだ!」

 茨が退いてできた進路に、いち早く気づいたカミュが叫ぶ。
 全員駆け出し、なんとか茨の包囲から脱出した。

「さっきは危なかったな……。助かったぜ、エルシス」
「キミのおかげで助かったわ。ありがとう……」

 一息ついたところで、カミュとマルティナがエルシスに礼を言う。エルシスは二人に微笑みながら頷いた。

「みんな、大丈夫?もうっ気味の悪い触手だったわね。あいつらに追いつかれたら、面倒よ。あたしともあろうものがくやしいけど、今は逃げるしかないわね……」
「……このおそろしい世界を放っておくわけにもいかないけれど、今はここから脱出する方法を探しましょう」
「……引き返したところであの触手が待ち受けてるだろうし、今は先に進むしかねえか」
「先ほどの巨大な触手め……。人間を飲み込み、エサとしているのか。ぬう……。この場所はヤツらの巣なのかもしれん。早く脱出したほうがよさそうじゃな」

 ベロニカ、マルティナ、カミュ、ロウが同じような意見を口にした。
 今の自分たちには前に進むしかないだろう。

「メルちゃん……まさかさっきの植物のオバケに……。……ううん。きっと大丈夫よね。アタシたちでメルちゃんも他の人も助けてあげましょう」
「あの絵が言っていた吸収ってこのことだったのね……。飲み込まれた人たちも、他の犠牲者が出さないようにも、なんとかしないと……」

 どうすれば助けられるか、ユリは考える。(やっぱり、元凶を倒すしか……。でも、一体どこに……)

「ブブーカさんも他の皆さんもとても熱心に壁画を見たがってらしたのに、まさかあんなことになるなんて……。信じていたものに裏切られたようでなんだか悲しくなりますわ」
「……うん。許せないやり方だよね」

 セーニャの悲しそうな言葉にユリは頷いた。
 信仰される側になりやすい立場だったせいか、人の心に漬け込むやり方には特に嫌悪感を感じてしまう。


「……何かしら、これ。ここだけ、壊されてるみたいだけど」

 ベロニカが首を傾げながら言った。
 道の途中でぽつりと現れたそれに、皆も不思議そうに見つめる。

「ええと……。どうやら、この壁画を発見した人が残したもののようですわ」
「まだかろうじて文字が読めそう。……私が……」

 近づいて観察するセーニャの隣に並んで、ユリはその石碑に書かれていた文字を読みあげた――……


 私が偶然にも村のそばで発見した、数百年前に滅亡した古代プワチャット王国の不思議な壁画……。
 これで人も集まり、村も栄えるはずだった。
 ……しかし、それは大きな過ちだった。

 壁画は邪悪に呪われていたのだ。

 壁画は人間の命を自らの糧とするため、人々の欲望を不思議なチカラでかなえ、惑わし、その御利益にあやかろうとする者を吸収する。
 また、欲深くない者の前には、少女の姿で現れ、人の善意につけ入って、あざむき、壁画の中に引きずり込むのだ……。


 ――その先は瓦礫が崩れていたため、文章はそこで終わる。

「少女の姿……。それって、メルちゃんのこと?」

 ユリが読み終わり、一番最初に口を開いたのはシルビアだった。そう驚いた声で言ったあと、残念そうに顔を俯かせる。

「つまり……オレらはまんまと罠にハメられたってことか」
「ユリが言っていた後者になってしまったということね……くやしいわね」
「エルシス、行きましょう。早くここから出なきゃ!」

 まさか、あのメルの存在もワナだったとは――。ずっと彼女のことを案じていたシルビアもだが、皆のショックも大きい。
 それは予想の一つとして考えていたユリも同じだ。

「……くよくよしてても仕方ないわね。迷子の可哀想な女の子はいなかったからよかったと思うことにしましょう!」

 場の空気を変えるように言ったシルビア。その前向きな言葉に、皆からも小さな笑顔が生まれる。

 ――その時、唸るような地響きが彼らの耳に届き、セーニャの肩が跳ねた。

「どうやらのんびりしている暇はなさそうだぜ」
「こんなところでこのベロニカさまが吸収されてたまるもんですか!みんな、逃げるわよ!」
「ええ、この旅をここで終わらせたりはしない!」

 後ろから迫りくる茨。彼らは駆け出し、全速力で走る。

「でも、どこまで逃げりゃいいんだ?」
「いざとなったらやっぱり戦うしか……!」

 エルシスは後ろをちらりと見た。茨はしつこく追ってきている。

「……!行き止まり!?」

 やがて、途切れた通路。その先には虚ろな空間しかない。エルシスは「くっ…」とくやしげに声をもらした。

「エルシスさま。これは、いったい……」
「……?」

 セーニャの視線の先を見上げると、宙に不自然な大きな裂け目が。

 そこから目映い光がもれている。

「この裂け目……もしかして、外の壁画についていたキズじゃないでしょうか?」
「……そういえば、壁画の端にそんなキズがついていたかも」

 セーニャの言葉にユリも思い出して答えた。

「きっと、そうに違いないわ!だったら、ここから外に出られるかも」
「考えてる時間もなさそうだな。……さあ、行くぜ!」

 すぐそこまで迫っている茨に、カミュが一番手に跳ぶと、その裂け目に吸い込まれていった。

 続いてセーニャとベロニカ。ロウ、マルティナ、シルビアが続く。
 ユリとエルシスもお互い顔を見合わせて頷き、同時に飛んだ――……

 気づくと……最初に壁画世界に来たように、彼らは倒れていた。
 見渡すと壁画が飾られている遺跡の部屋だ。
 どうやら現実世界に戻って来れたらしい。

「アイタタタ……。全員、無事かしら……?」
「ええ。なんとか。どうやら戻ってこられたみたいね」

 シルビアの問いに、ベロニカが体を起こしながら答える。他の者たちも起き上がった。

「やれやれ……。なんとか元の世界に戻ってこられたか」
「……信じがたいけれど、やはりあの不思議な場所は壁画の中の世界だったのね」

 変わらず飾られている壁画に目をやるマルティナ。一歩間違えれば、自分たちもあの絵の一部になっていたかも知れないと考えると、背筋が冷えた。

「けどよ、エルシス。まだ気を抜くのは早いかもな。村に戻ってあのワルガキを見つけようぜ」
「それに、この壁画のおそろしい真相を早く皆さんに知らせなくては。エルシスさま、村に戻りましょう。早く皆さんに知らせなくては……」

 エルシスはセーニャとカミュの言葉に力強く頷く。

「アイタタタ……。あの世界から出てくる時に、したたか腰を打ってしまったようじゃ」
「ロウさま、大丈夫……?」

 ユリはロウの背中を擦ってあげて、念のためホイミを唱えてあげる。

「ありがとう、ユリ嬢。湿布でも貼ってベッドで横になって休んでいたいところじゃが……今はノンビリもしておられんか」

 行きましょうと二人も、エルシスたちの後を追った。

「……すぅー。……はぁー」

 遺跡から出ると、立ち止まり深呼吸をするベロニカ。

「……よしっ!いろいろビックリしたけど、深呼吸もしたし、落ち着いたわ。エルシス、行きましょう」

 そんなベロニカにならって、エルシスも同じように深呼吸をしてみた。自然の中の清々しい空気にすっきりする。
 
「さっきの石碑に書かれていた通りなら、あの子は壁画に誘い込むために同じように観光客をだまそうとするはずよ。エルシスちゃん!村の中に戻って彼女が悪事をはたらく現場をおさえましょう」

 意気込むシルビアの言葉に、彼らは村へと急ぐ。


「――見て!あそこ!」

 プチャラオ村に戻ってくると、すぐさまシルビアが声を上げた。
 なに食わぬ顔で、メルが老人に話しかけているところだった。

「……ふーむ。壁画のウワサを耳にし、旅のついでに立ち寄ってはみたが……。お嬢ちゃん、それは本当なのかの?」
「ウソじゃないよ、おじいちゃん。あのへきがを見たらわたしの病気すぐになおっちゃったんだ!」

 メルは無邪気ににこにこと話している。端から見れば可愛らしい少女の姿に「あれでは騙されてしまっても無理ないのぅ」ロウが呟いた。

「へきがのごりやくでおじいちゃんもぜったい元気になれるよ!」
「ほうほう、ナルホド……。こりゃ行ってみるしかないのう。ありがとうよ、お嬢ちゃん」

 遺跡に向かおうとする老人を、ユリとマルティナ、ロウが引き留める。
 そちらは三人にまかせて、残りの者たちはメルの方へ。

 シルビアが彼女に向けて口を開く。

「……あら、それで元気になるのはあのおじいちゃんじゃなくて、お腹を満たした壁画の方じゃないかしら?」
「ウソ、どうしてここに……。わたしのかわいい触手たちがとり逃がしたというの……?」

 彼らの姿を見て、驚くメル。

「あなたが……言葉たくみに人々を誘導して皆さんを壁画に閉じ込めていたんですね?……お願いします。もう、こんなことはやめて、壁画の中に捕らわれている皆さんを解放してください!」
「アンタの正体はもうバレてんのよ。おとなしく、降参しなさい」

 あくまでも穏便に話し合おうという姿勢のセーニャ。反対にベロニカは厳しくメルに言い放った。

「あは……あはは……!」

 突然笑い出すメルに、エルシスたちは警戒する。彼女の目が壁画世界の絵と同じように赤く染まり、エルシスたちを見下すように見た。

「はは……かか……カカカ!カカカカカ!」

 その笑い声が少女らしいものから不気味な笑い声へと変わる。
 ユリたちが遺跡に近づかないようにという話を、怪訝に聞いていた周囲の人たちも異変に気づいた。

「おい、なにがおかしいんだ?」
「せっかく捕らえた獲物を解放しろだと?調子に乗るでないぞ。たかが塗料風情が!」

 メルが強い言葉を放った瞬間、彼女の体からも闇のオーラが渦巻く。

「このすばらしきチカラは、愛しきあの方よりいただいたもの。人間ごときに指図される覚えはないわ!」

 愛しきあの方……?その言葉に反応を示したユリ。

「不服があるなら我が世界に来るがいい。今度はわらわ自ら歓迎し、キレイにまる飲みにしてやろう♪」
「待て!あの方とはいったい!?」

 気になったのはユリだけじゃない。ロウが問い詰めるも「カカ!カカカカ!」そう耳障りな高笑いを残し、彼女は闇の渦へと消えていった。

「みんな、壁画に向かいましょう!これ以上アイツの好きにさせてたまるもんですか!」
「来いと言われるまでもねえな」

 ベロニカとカミュの言葉に、全員が同じ気持ちだ。


「メルちゃん……」

 壁画に向かう最中、ぽつりと呟いた声はエルシスのもの。

「シルビア……」
「……ううん。みんなを閉じ込めてるイケナイ子は、あの壁画の世界でアタシたちを待っていると言ってたわ」

 心配そうなエルシスに、シルビアは笑顔を作って答える。

「エルシスちゃん、これ以上犠牲者が増えないうちにアタシたちで彼女を止めましょ!」
「うん!」

 エルシスはシルビアの思いに応えるように大きく頷いた。

「正体の察しがついていたとはいえ、優しそうな女の子が凶悪な面持ちに突如豹変したのはおどろいたわ」
「たとえ、その正体が邪悪な呪いとはいえ、幼い見た目の女の子と争うのは気が進みませんわね」

 マルティナに続いて、複雑そうに言うセーニャ。

「けれど、皆さんを壁画に閉じ込め、酷い目にあわせるのはなんとしてでも止めなければ……」
「そうね」
「彼女を止めたら、きっと閉じ込められた人たちも戻ってくると思う」

 ユリの言葉に、セーニャとマルティナは決意するように頷いた。

(……デルカダールで暗躍するウルノーガも、あのようにお父さまや城の者たちをだましているのかもしれないわね)

 メルの変貌ぶりを見て、マルティナは遠く離れたデルカダール王国に思いを馳せる――。

 
 壁画世界には簡単に訪れることができた。
 壁画に描かれた美女の胸元が怪しく光をおびており、その光は招くように彼らを虚ろな世界へ誘ったのだ。

「エルシスよ。壁画の中の世界では何が起こるかわからん。くれぐれも用心するのじゃぞ」
「さあ、エルシス!メルを追いましょう。これ以上、あの性悪な呪いに好き勝手させてたまるもんですか!」

 一度歩いた道を再び進んでいく。

「見たら幸福になる壁画なんてのは絶対にうさんくせえと最初からオレは思ってたぜ」

 歩きながら隣のエルシスにぼやいたのはカミュだ。

「そういうもんにはたいてい裏があってロクな結末にはならねーのさ。……エルシス、お前も気をつけるんだな」
「もうっ、わかってるよ」

 そんなに自分は引っ掛かりそうに見えるだろうか。エルシスは肩を竦めて答えた。


 巨大な茨が根を張う場所まで来ると、どこからともなく不気味な声がひびいてくる……。


「カカカ、よくぞ来た……。身のほど知らずの塗料どもよ」
「ちょっと!姿を見せないよ!」
「もし、無事に我がもとへたどり着けたなら、その時こそわらわ自らが貴様らをまる飲みにしてくれようぞ♪」

 最後は歌うように喋り「……カカ!カカカ!」その笑い声もやがて消えていった。
 道を塞いでいた茨の触手が左右に引っ込み、彼らを招き入れる。

「この先に待ってるみたいだね」
「お望み通り行ってやろうぜ」
「まったく人の言葉を無視しちゃって、嫌んなっちゃうわ!」

 ユリとカミュの言葉の後に、ベロニカはぷんすかと怒って言った。
 誘いこまれるまま、彼らはその先を行く。

 やがて靄に包まれ、晴れると……

「……おいおい、迷路かこりゃ」

 カミュが面倒くさそうに言った。
 同じ虚ろな世界でも、まるでここはダンジョンだ。
 ここから見える限りでさえ、通路は上や下、左右に複雑に分岐している。

 そして宙には光る扉のようなものがいくつも浮かんでおり「きっと、あれが正しい道に繋がっているんだ」エルシスはそう推理したが、どうも違うらしい。
 調べたところただの飾りだと判明した。……まぎらわしい!

「ここに出現する魔物はどれも強いし、厄介だな……」

 いきなり頭上から降ってきたパペットマンを倒すと、ふう…とエルシスは短く息を吐き出す。

 特にキラーアンブレラの転生モンスターだというアンブレランは強敵であった。
 倒すると魔物は"ゴシックパラソル"を落としていったので、戦ったかいはあったが。
 可愛い見た目のスティックに、さっそくセーニャは嬉しそうに装備する。

「エルシス!はぐれメタルだ!」

 次に現れた銀色のスライムの亜種みたいな魔物に、カミュは興奮ぎみの声で言った。

 カミュだけではなく、他の皆も目の色を変えている。

 記憶にある光景にこれはと、エルシスはユリを見た。教えてもらおうと思ったが、彼女も「はぐれメタル?」と首を傾げている。元天使のユリでも、当然だが何でも知ってるわけじゃないらしい。

「メタルスライムの上位種みたいなやつだ」
「倒そう、エルシス!」 
「うん!」

 カミュの簡潔でわかりやすい説明に、二人も武器を取る。

「他の魔物はあたしたちが倒すから、アンタたちはそっちよろしくね!」
「こちらはおまかせください!」
「皆、健闘を祈るぞい!」

 一緒に現れた魔物は、ベロニカ、セーニャ、ロウが。残りの五人は、はぐれメタル二体に狙いを定める。

「いくぞ!」
「アタシもエルシスちゃんに続くわ!」

 エルシスは新しく覚えた"メタル斬り"をする。シルビアも同様に、続けざまに確実なダメージ1を与えた。

 カミュはもう一体のはぐれメタルに狙いを定める。
 懐に入るようにひらりと体を捻って、急所を狙うそれは"アサシンアタック"
 たまに即死させる、短剣による暗殺技術だ。
「チッ」だが、それは失敗に終わった。
 
「はあ……!」

 今度はマルティナの一閃突き。
 上手く当たれば、ギガ・ひとくいばこの時のように会心の一撃が出るが、はぐれメタルは素早く避ける。

「ニードルショット――!」

 そこにユリが放った鋭い矢は、カミュと同じく当たれば即死させる矢。だが、矢の攻撃も、いとも簡単にはぐれメタルは避けた。

「ああっ逃げちゃった!」
「みんな、はぐれちゃんはもう一体いるわ!頑張りましょう!」

 シルビアの掛け声に、再度五人は武器を構える――。

「こっちは終わったわよ!そっちはどだった?……はあ!?二匹とも逃がした!?五人もいて一匹も倒せなかったの!?」

 ベロニカの手厳しい言葉に、五人は気まずそうにそれぞれ目を泳がせる。

「面目ない……」
「お前、口では簡単に言うけどなあ」

 正反対のことを口にするエルシスとカミュ。

「メタルスライム以上に素早かったね」
「あの液体なのかよくわからない体に攻撃するの、難しいのよね」
「意外にギラとか唱えてきて好戦的な面もあるのよね。はぐれちゃん」

 ユリ、マルティナ、シルビアは戦った感想を口にする。ベロニカはため息を吐いた後「まあ、いいわ」と彼らに言った。

「ほっほ。また出会すかもしれんし、チャンスはまだある」

 何せ目的地にたどり着くまで長そうじゃからのう――ロウはその目的地がどこにあるか分からない道の先を眺めた。「やれやれ、骨が折れそうじゃ」そう途方に暮れて言う。

「上から見た感じじゃ、複雑そうに見えるが、そんなに入り組んでもねえみてえだ。宝箱もあるみてえだし、きっちり全部回収してこうぜ」

 確かにカミュの見立て通り、道は単純であった。だが、とにかく歩かされる。
 カミュの"とうぞくのはな"も駆使し、宝箱はすべて回収。魔物とも多く遭遇し、今度ははぐれメタルも倒すことができた。

 ここに来たときより彼らは強くなったが、出口が見えた頃には疲労が溜まっていた。

「まったく無駄に長かったわね!きっと、たくさん歩かせて疲れさせる魂胆だったのよ!まったくみみっちいわ!」
「師匠、私にもまほうのせいすい使って!」

 "まほうのせいすい"で魔力を回復させながら愚痴るベロニカ。
 先ほどもうくたくたで動けないと彼女は言っていたが、そんなに口が動くなら元気なのでは……と、エルシスは思った。

「なにかしら、エルシス」

 それをエルシスが口に出すことはあるまい。

「さあ、回復も休憩も済んだことですし、行きましょうか」
「この先にきっとあやつは待ち構えておるな」
「皆さま、油断せずにいきましょう」


 マルティナ、ロウ、セーニャの真剣な声に、五人もしかと頷く。
 彼らは覚悟を決めて、扉の先に進んだ――。


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