壁画の女王

 メルの姿はそこにあった。彼女は台座に腰掛け、余裕の笑みで彼らを待ち構えていた。

「追いつめたわよ!」

 威勢よくベロニカがメルに言い放つ。

「追いつめた……だと?カカカ、何をカン違いしているやら」

 その姿は少女だが、少女らしからぬ表情で勇者一行を見下ろすメル。

「わざわざエサの方からディナーの皿へ載りに来ただけというのに……カカ。本当におバカな子供よのう」

 黒いオーラを纏うメルは、浮かび上がり――絵に姿を変えた。

「わらわは美と芸術の化身、メルトア!その真の姿を貴様らのまなこに焼きつけるがよい!」

 さらに光に包まれ、人形のような女型の魔物がそこに現れた。

 生気のない不気味な赤い目が光る。

 何より驚くべきはその大きさだ。
 ギガ・ひとくいばこが可愛くみえるほどの巨大さである。

 これが、呪いの壁画の真の姿――。

 絵に描かれていた美女には似ても似つかない、邪悪さ。

「やっと元凶のおでましね。人をだまして絵の中に引き込み、丸飲みにして吸収する……ふん。やっぱり悪趣味よ、アンタ!」
「で、でも……。どうして、こんなことを!?」

 ベロニカに続いて、セーニャがメルトアに問う。

「カカカ。人間などわらわを彩るための塗料にすぎぬ。美の一部となれる奇跡にむしろ感謝すべきであろう」
「……傲慢な考え方をするのね」

 ユリは彼女を見上げて、静かに言った。

「……ああ、あの方よりたまわった次元を越え、人間どもを吸収するチカラ。そのなんとすばらしいことか」

 うっとりとした口調で、ユリとロウが気にしていた「あの方」という言葉を再度口にしたメルトア。

「わらわはこのチカラを使い、いつの時代も浅ましき欲望にあらがえぬおろかな人間どもを救ってやっているのだ。そう……!」

 いつの時代も……?ということは、ブワチャット王国を滅ぼしたのもこの魔物が関わっていたのかも知れない――ユリの頭にその考えが浮かぶ。

「わらわという至高の芸術を彩れること……これぞ、壁画が与えし、まことの幸福と知るがよい!」
「来ます!皆さま、お気をつけて!」

 殺気を放ち、襲いかかってくるメルトア。
 ここでやつを止める――エルシスはそう決意し、剣を手に取った。

「イヤな予感がします……。悪い効果に気をつけましょう!」
「人々を操ったように、魅了させる技を使うかも……!」

 セーニャはぎゅっとスティックを握りしめ、ユリも腰から剣を引き抜いた。

「そんなちっぽけな姿でわらわとどう戦うというのじゃ!」
「っ……!」

 メルトアが手のひらで床を叩きつけただけで、衝撃に彼らは体勢を崩す。

「ほらほら、どうした?」

 巨大な手を振り回され、攻撃に移る間まもなく避けるしかない。

「ユリちゃん。アタシと先陣切らない?」
「その話。乗るよ、シルビア!」

 シルビアとユリはお互いこくりと頷き、左右から駆け出す。シルビアの軽やかな動きとユリの敏捷さで、メルトアの攻撃を躱し、その白い人形のような手に剣筋が刻まれた。

「っつう!」

 痛覚はあるのか、呻き声と共に手を引っ込めたメルトア。

「わらわの美しき指によくも……!小娘が……!」

 シルビアよりユリの攻撃は浅いものだったのに関わらず、メルトアの敵意は彼女に向いた。

「いでよ!巨大な触手!」

 メルトアの後ろから茨の巨大な触手が現れて、その口はユリの生命力を奪った。
 そして、それはメルトアのものになる。

「厄介な触手だな……!大丈夫か?」
「大丈夫……!まだ、全然戦えるよ」

 反動から片膝をついたユリは、カミュに答えながら立ち上がった。念のため、セーニャがベホイムを唱えてくれる。

 エルシスがかえん斬りを叩き込み、その後にマルティナ、ロウが攻撃を仕掛けた。

 メルトアを囲むように戦い、翻弄する作戦だ。

「ちょこまかと小賢しい人間どもめ!」

 小蝿を振り払うようにメルトアは手を振り回す。その苛立つ様子に、どうやら効いているようだ。
 三人にシルビアが加わり、メルトアの気を引きつけてる隙に、セーニャはスカラを皆へ順に唱える。

「みんな!耳を塞いでちょーだい!」

 ベロニカが前線の四人に向かって叫んだ。

「イオラ!」

 ベロニカの魔力が光となって破裂する。
 怯んだ所にカミュはその腕を駆け上がる。

「はあ……!!」飛び上がり、逆手に握った両手の短剣を直角に降り下ろす!

 メルトアのその肩に、二本の剣筋が深く刻まれた。

「ギャアアア!!」

 肩を押さえ、悲鳴を上げるメルトア。彼女の感情に共鳴するように、後ろから現れた茨がのたうち回るように暴れる。

「ぬおっ!」
「きゃあ!」

 前線にいたロウだけでなく、セーニャやベロニカも被害を被った。

「……!丸焦げじゃ!!」

 メルトアのひとみから高熱のレーサーがほとばしって彼らを襲う。
 皮膚を焼き切るような攻撃に、今度は彼らから痛みに呻く声が上がった。

「ベホマラー……!」

 ユリの上位の回復魔法が窮地を救う。

「助かったわ、ユリ……!」

 苦しげな表情を浮かべ、腕を押さえながら立ち上がるマルティナ。
 傷は回復していくが、強い痛みを受けたことには変わらない。

「ほーら!さっきの威勢のよさはどうした?」
「ぐはっ!」
「カミュッ……!」
「カミュさま!」

 巨大な手のデコピンがカミュを吹っ飛ばし、すぐにセーニャがベホイムを唱える。
 このまま押されたら、こちらの回復が追いつかないかもしれない――ユリは自分にバイキルトを唱えた。

 その魔法はユリの足りない攻撃力を補強する。
 ちなみに、それに加えてピオリムなど補助魔法で自分の能力を上げてから攻撃するのが、彼女の本来の戦闘スタイルだ。

(魔の者に天罰を――)

 ユリはきりきりと弓を引き絞る。自身の聖なる魔力で創った破魔の矢は、闇属性が強い魔物ほど効果抜群だ。

 光が走ったような矢は、メルトアの胸に突き刺さった。再び彼女は苦しげに呻く。

「っ今だ!」

 復活したカミュが叫ぶ。素早く飛び込んだのはマルティナ。

「さみだれ突き!」

 彼女の目に見えぬ槍さばきがメルトアに無数に突き刺さる。

「無駄じゃ無駄じゃ……!!」

 メルトアは両手を広げてそう叫ぶと、今度は二体の巨大な触手が現れて、エルシスとロウの生命力を奪った。

「足掻くな、人間よ!大人しく我が美の糧になれ!」

 メルトアが首つけた鍵に触れると、不気味に光り、カチリという音と共にユリの力に鍵をかけられた。

 ユリの特技は封じられた。

「ユリさま……!なんでしょう、あのカギの力は一体……?」
「力を封じるなんて厄介なことしてくれるじゃない!ユリ、だったら魔法でガンガン攻めるわよ!」
「うんっ師匠!」

 ベロニカが念じ、杖でトンっと叩くと、足元全体に魔方陣が現れる。

 暴走魔方陣だ。

「メラミ!」
「マヒャド!」
「バギマ!」

 ベロニカ、ユリ、セーニャ。それぞれの得意な魔法が炸裂する。

「どれ、わしも便乗しちゃうかのう。……ドルマ!」
「じゃあ僕も!――デイン!」
「アタシも混ぜて!いくわよ風ちゃん!」

 ――バギマ!
 ロウ、エルシス、シルビアも呪文を唱えた。

「私たちだけ蚊帳の外ね」

 魔法が使えないのは私たちだけだと、マルティナは苦笑いする。
 カミュはそんなマルティナにニィっと笑うと、呪文を唱えた。
 
「ジバリカ――!」

 あまり得意ではないが、最初の頃よりはさすがに慣れたもの。初めてカミュが魔法を唱えたところを見て、目を丸くするマルティナ。

「わりィな。少しだけだが、オレも使えるんだ」
「……私は武術一筋なの」

 マルティナの口から出たのは強がるような言葉だった。自分だけ魔法が使えないと知って、ちょっぴりマルティナはさびしかった。

 怒濤の魔法攻撃に、さすがのメルトアも倒れるだろうと思っていた彼らだったが、

「……!?」

 ……甘かった。

 巨大な触手が盾となり、メルトアへの攻撃をすべて受け止めたのだ。

「チッ。しぶとい女王サマだぜ……!」
「でも、これで触手はなくなったわ。もうメルトアは回復できないはず……!」

 マルティナの言葉通り、触手は砕け散るように消える。

「よくも……よくも!わらわの可愛い触手を……!!」

 怒りに震えるメルトアの声が響く。
 カッと赤い目が見開き、彼らを捉えた。
 不気味に「カカカ……!」と笑い始める。

「お遊びはこれで終わりじゃ。さっさとわらわを彩る一部になるがよい……!!」

 両手で天を仰ぎ、声高々に叫ぶメルトア。

「だーれがなるもんですか!」
「皆さま、気をつけてください!何か仕掛けてくるはずです……!」

 セーニャが注意を促し、皆は警戒する。

 ――それを見て、無意味な行動だとメルトアはにんまり笑った。この『まほうのカギ』の力があれば、わらわは無敵なのじゃ。

 これこそ、愛しきあの方がくれた力。

 わらわは美と芸術の化身にして、この世界を統べる絶対的な女王。

 誰もわらわに逆らうことは許されぬ……!!

「愚かな人間どもよ、我が虜になれ――!!」

 メルトアはまほうのカギに触れ、彼らの心の鍵をカチリと解き放った。


 ……――それは強力な魅了の攻撃だ。


 エルシスは一瞬くらりとするが、その瞬間、何故か脳裏にエマの顔が浮かんだ。
 思い出して、ポケットからそれを取り出す。――そうか、エマから貰ったおまもりが守ってくれたのか。

(ありがとう、エマ……!)

 エルシスは幼馴染みのくれたおまもりをぎゅっと握りしめた。

「……まさか。エルシスに押し付けられた『不惑のネックレス』がここで役に立つとはなぁ」

 そう苦く笑ったカミュの首には、いつものとは違うネックレスがかけられている。
 それは客引きでエルシスがつい買ってしまい、カミュが呆れると「役に立つから!」と、無理やり装備させられたものだった。
 ちなみに、もう一つの破封のネックレスはエルシスが身に付けている。

「私、まだ加護が残ってたみたい」

 次によかったと安堵の笑みを浮かべるユリ。
 先ほどは力を封じられてしまったが、大樹の加護は残っていたようで、ユリはメルトアの魅了を跳ね返した。
 これならきっと、呪いやザキなどの呪文もユリには効かないだろう。

「わらわの魅了が効かぬとは忌々しい三人め!まあ、よい……」

 ――残りの者たちはわらわの忠実なる下僕じゃ。

 三人ははっと仲間たちを見る。

「こりゃたまらん」
「なんて美しいのかしら……!」
「ああ、この世にこんな素晴らしい方が存在するなんて……」
「メルトアさま」
「貴女さまこそが、私たちの女王ですわ――」

 ロウ、シルビア、セーニャ、ベロニカ、マルティナ……。
 五人はメルトアの魅了にかかっており、全員、彼女を崇拝していた。

「そんな……!」
「まずいぞ、エルシス!」
「どうにかみんなの魅了を解かないと……っ」

 動揺する三人に、メルトアは勝ち誇ったように「カカカ!」と笑った。

「さあ、わらわの可愛い下僕たちよ。あとの三人を倒すのじゃ……!」

 メルトアの命令に、五人が敵意を持ってエルシス、ユリ、カミュを見る。

 思わず三人は後ろに退く。

「……エルシス、カミュ。私の封印が解ければ、みんなを助けることができる」

 魅了を解除する特技を覚えているの――じりじりと後ろに下がりながら、ユリは二人に言った。
「どうすれば封印は解ける?」
 当然のエルシスの問いに、時間の問題だとユリは答えた。
 マホトーンと同じで時間経過で解けるという。

「だから……、解けるまでみんなを傷つけないよう頑張ってしのごう!」
「そうだな!」

 力強く言ったユリに、これまた力強く答えるエルシス。
 おいおいとカミュは待ったをかけた。

「お前らの頭の中は花畑か。口で言うほど簡単なものじゃねえだろ」

 何故なら――カミュが言う前に、二人は身を持って知る。頭上からマルティナの鋭い槍が撃ち込まれ、間一髪三人は散り散りに避けた。

 槍が突き刺さった地面に亀裂が走り、三人はごくりと息を呑んだ。

 こちらに殺気を放ち、槍を構えるマルティナ。
 味方の彼女はとても心強いが、敵に回ればこの上なく恐ろしい。

「カミュ!カミュはマルティナの相手をよろしく!」
「はあ!?」

 エルシスの無茶ぶりにカミュはすっとんきょんな声を上げる。

「だってカミュならマルティナと一度戦ってるから間合いとかわかるだろ!?」

 エルシスの主張にカミュはふざけんなと思う。自分で言うのは癪だが、こっちは一度戦って負けてんだぞ?

「カミュ、あとのみんなはエルシスと二人でなんとかするから頑張って!」

 ユリからもそう言われる始末だ。
 一番の難敵をカミュは押しつけられた。

「っ!」

 反論する暇もなく、マルティナの攻撃をカミュはバク転して避ける。

「……ったく。めんどくせえけど、仕方ねえ。……相手してやるよ、姫サマよ」

 カミュは腹を決め、メルトアの声しか聞こえぬマルティナに言った。
 隙を見せないマルティナに攻撃を入れるのは至難の技だが、避けるだけならカミュに分がある。


「カカカ!愉快、愉快じゃ……!」

 メルトアの笑い声を不快に思いながら、エルシスとユリは協力して、なんとかこの状況をしのいでいた。

 ベロニカとセーニャは二人のラリホーで眠らせた。この双子にはなかなか効くと、ずっと一緒に旅をしてきたからこそ知っている。

 残りはシルビアとロウだ。

「……っさすが、シルビア……。速いのにっ、重い……!」

 カキンッと金属音が響く。ユリとシルビアは、一騎討ちで剣を交えていた。

 直にシルビアと戦い、ユリはその剣術の高さがわかった。一瞬でも気を抜いたら、すぐさまその刃は自分の心臓を貫くだろう。
 ユリも集中して刃を受け流すが、困ったことに防戦一方になってしまい次の手が打てない。(少しでも、シルビアに隙ができてくれたら……!)

 一方、エルシスは爪を装備したロウと対峙していた。
 あのマルティナを鍛えたロウと、いつか手合わせしたいとエルシスは思っていたが……

(こんな状況でなければ……っ)

 いくら魅了されているとはいえ、殺気を持って自分に攻撃を仕掛けるロウの姿に、堪えるものがある。

「っ!」

 エルシスは長年培われてきたロウの動きに翻弄されてしまう。経験の差は叶わない。
 だが、反対にエルシスは発展途上だ。

(マルティナは、こうして……!)

「はっ!」

 よく彼女がしている足払いを、エルシスは真似してロウに仕掛けた。

 見事にロウはすっころぶ。

 そして、いくら元気でも彼は労るべき老人であり、その丸い体型ですぐには起き上がれないだろう。
 エルシスはひとまずユリの助太刀に向かった。
 ちょうど彼女はシルビアにマヌーサをかけているところだった。

 シルビアの隙は意外なところでできたのだ。
 二人の剣が重なり、押し合いになった際。この時、ユリは力で負けると思ったが……

「あら、アナタ……よく見ると可愛い顔してるじゃない?」

 近づいた二人の顔に、一瞬シルビアはユリに見とれたのだ。
 あのバニーのパフパフで、ユリの魅力が5上がったのは大きかった。
 すばやくマヌーサを唱え、シルビアは幻惑に包まれる。

「ユリ!」
「エルシス!封印が解けたみたい!」
「本当に!?」

 ユリはそう言うや否や弓を手に取り、矢が上を向くように構えた。

「聖なる星の輝きよ――!」

 ユリが放った"星の矢"は、頭上で光となって弾ける。

 流れ星のように皆の元に落っこち、悪い効果を打ち消した。

 魅力が解かれ、はっと我に返るマルティナ、シルビア、ロウ。
 魅力は解かれたが眠っている双子には、カミュがザメハを唱えて起こした。

「自分が情けないわ……」
「うむむ、まさかあやつの魅力にかかっておったとは……」
「やだアタシったら、みんなに迷惑かけてない?」
「もうっ絶対に許さないんだから!」
「ふあぁ……私は一体……?」

 体勢を整えた彼らに、メルトアに焦りが見えた。

「……っいい気になるな、愚かな人間どもめ……!!」

 緑の髪を振り乱し、怒り狂う。ユリは静かに口を開き、彼女に言う。

「メルトア……あなたの力の源は、そのまほうのカギ。でも、あなたが使うより先に、私の矢が貫く方が早い」
「…………ッ!」

 まっすぐメルトアに向けられた矢。
 その矢はバチバチと聖なる雷を纏い、最速を誇る。

 それは、エルシスとのれんけい技だ。

 それが牽制となり、怖じ気ついたメルトアに仲間たちの攻撃が入った。

「わらわはが……愚かな人間どもに、負けるなど……っ」

 メルトアが首の鍵に触れようとしたが、手が痺れて動かない。
 すでに、ユリの矢がその胸元に突き刺さっているからだ。


 聖なる雷が、メルトアの体を迸る――!


「バ……バカな。貴様ら、いったい……?お、おのれ……。……だが、まだ終わらぬ」

 その無機質な体から闇のオーラが漏れだす。苦しみながら、最後の言葉を放つメルトア。

「我が造物主たる、あの方が……偉大なるウルノーガさまがおられる限りは……!」
「ウルノーガじゃと!?」
「!」

 その名前に、ロウとユリ以外も反応した。

「カ、カカ……。ウルノーガさまの世が実現さえすれば、いずれわらわもふたたび……」
「待ちなさい!あなたはウルノーガを知っているの!?」
「カカカ……。貴様らに壁画の呪いあれ。ウルノーガさま、どうか宿敵を……永遠なる命のチカラを、その手に……!」

 マルティナの問いに答えず、メルトアは最後は彼らに恨み言を言う。
 その体が光を放つと、外への出口である切れ目になった。

「……やれやれ、強敵だったな。壁画の中の世界と同じくバカでかくて、無茶苦茶なヤツだったぜ」
「ふふん!残念だったわね、メルトア。呪いの壁画だか芸術の化身だか知らないけど、ベロニカさまにかかればこんなもんよ」

 メルトアに勝利し、プチャラオ村も平和に戻るだろうと彼らはひとまず安堵する。

「まさか、ここでウルノーガの名前を聞くことになるとは……」

 メルトアが消えた先を見上げながら神妙に呟くロウ。

「ヤツはかつてとある王国の宰相に取り憑き、その国を滅ぼしたというが……ブワチャット遺跡の文明がそうであったか」
「きっと、メルトアもそれに関わっていたのね……」

 ウルノーガを敬愛する姿に、彼女は近い存在だったのだろう。

「永遠なる命のチカラと言っていましたね。それこそがウルノーガの狙い……ヤツめ。いったい何を企んでいるの……?」

 永遠の命の力……それが何かユリにもわからない。だが、ウルノーガの狙いなら、なんとしてでも阻止しなくては。

「……あ、カギが……」

 ユリの目に、宙から落ちてくる光輝くカギが映る。

「これは……まほうのカギか。これを使えば今まで開けられなかった扉も開けられるようになるじゃろう」

 エルシスは手を差し出す。鍵は本来の持ち主に帰るように、その手のひらに落ちてきた。

 エルシスは『まほうのカギ』を手に入れた!

「予想外の収穫もあったし、上出来というべきか。……それに、まずはここから脱出せねばな。では、行くとするかの」
「呪いの元凶、メルトアは消えましたし、これで壁画に閉じ込められていた皆さんも、全員、元の世界に戻られているはずです。参りましょう」


 ロウとセーニャの言葉に、一行は切れ目から現実世界に戻ってきた。


 彼らの目に壁画に閉じ込められていた人たちの姿が映る。目覚めた者たちから助かったことに喜び、一目散でその場から逃げてく者もいた。

「やれやれ……。ひとまず一件落着ってトコか」
「閉じ込められてた人たちを助けられてよかったね」
「皆が吸収されたときはどうなるかと思ったけど……」

 エルシス、ユリ、カミュは並びながらその様子を眺めた。

「なんだなんだ!?いきなりほこらから人があふれてきたが……」

 三人の前に駆け寄ったのはボンサックだった。
 彼は三人の後ろを見て驚愕する。

「……って、なんだこりゃ!?」

 その反応に彼らも後ろを振り返る。
 壁画からあの美女の姿が消えていた。
 メルトアを倒したことで、絵にも影響がでたらしい。
 閉じ込められた人々の姿のもなく、そこにあるのはただの寂しい絵だ。

「あ、あんたたち!壁画の絵をどうしちまったんですか!?」
「いや、どうしちまったって……なぁ?」

 村の名所がなくなったとなれば死活問題だ。ボンサックはあわあわと三人に詰め寄り、カミュはどう説明しようかとエルシスとユリを見た。
 
「う、うーん……」

 その時、呻き声と共に目を覚ましたのはブブーカだ。彼だけでなく、一緒にいた観光客たちも目を覚ます。

「た、助かった……。助かったんだ!元の世界に戻ってこられた!ハ、ハハハ……。ざまぁーみろ、壁画め!」

 ブブーカに続き喜ぶ彼らの姿を見て、ボンサックは首を傾げた。

「……元の世界?壁画?いったい何があったんです?」

 エルシスはボンサックに事のあらましを説明した。

「……な、なんだって!この壁画がそんなおそろしいことを!?」

 壁画の様子に観光客たちの言葉もあって、疑う余地はなかった。ボンサックは驚きと共にぶるりと背筋を震わせる。

「いや、なんとお礼を言えばいいのやら。……さぞ、お疲れでしょう。せめて、ウチの宿に泊まっていってください」

 そう彼らに伝えると「こうしてはいられない!新しい商売を考えなくては!」ボンサックはその場を後にした。

 
「ウルノーガ……。デルカダール王国で暗躍を続ける諸悪の根源たる邪悪の化身……」

 何もない壁画を見つめながら、マルティナは独り言のように呟く。

「……気になることもあるけれど、思いがけずまほうのカギも手に入ったし、今は村に戻りましょうか」
「そうね……。無料で泊めてくれるそうだから、宿屋で休みましょう」

 ベロニカの言葉に全員賛成と、遺跡を後にした。

「本当にキレイになろうとするなら、他人の命を犠牲にしたりせず、自分のチカラで努力しなくちゃね。メルトアもそれを理解してさえいれば、呪いの壁画なんかになったりせず、みんなにヒドイこともしなかったのかしら……」

 最後に遺跡を振り返ったシルビア。
 その静かな言葉は、風にさらわれていった……。


 ――一夜明け。


「おはようございます。では、いってらっしゃいませ」

 十分に休息を取った一行は、宿屋を後にする。
 
「ああ、忙しい忙しい。……おや、エルシスさん。もうご出発ですか?」

 外に出ると、朝からキビキビ動いているボンサックに出会した。

「いやー。あなた方には感謝してますよ。おかげで村は大助かり!新しい商売も始められそうです!」
「新しい商売……?」

 エルシスはその言葉を復唱して、首を傾げた。

「幸福を招く壁画……ってのは、もう古い!これからは人々を閉じ込めた呪いの壁画!これですよ、刺激的な売り文句でしょ?おっと、こうしちゃいられない。夜なべして作った壁画の複製。旅人たちに売り込んでいかなきゃ!」

 そう言ってボンサックは彼らの返答を待たずにぴゅうっとどこかへ走っても行ってしまった。

 彼はら再びその背中をポカンと見送る。

「やれやれ、あんな事件があったというのに、この村は変わらずたくましいのう……」
「まったくたぜ」

 ロウの言葉に、呆れながら同意するカミュ。

「わしらもこの活気に負けず、先へ進まねばな。まほうのカギにより、新たな道も開かれよう。……それに、今回の件で確信も得られた」

 最後は真剣な表情で、ロウは皆を見渡しながら話す。

「この地で起きた悲劇と、今のデルカダールはよう似ておる。あの国にウルノーガの魔手が伸びているのは間違いないじゃろう」

 ユリも真剣な表情でこくりと頷いた。
 この地に起きた悲劇を――。いや、この地以外にも起きている悲しみは、これ以上起こさせてはならない。

「お父さま……」

 父を案じるマルティナの口から、自然と声がもれた。
 皆の心配そうな視線に気づき、マルティナは思考を切り替える。

 彼女はきりっと表情を引き締め、皆に口を開く。

「……行きましょう。永遠の命のチカラ……何かはわからないけれど、ウルノーガの野望は私たちで止めなくては」

 こくりと彼らは同じような顔で頷いた。
 たとえ小さな一歩でも、確実に彼らの旅は目的へと近づいている。


「バンデルフォン城跡地に行こう――」


 廃墟となった地で、パープルオーブは彼らの訪れをひっそりと待っていた。


- 107 -
*前次#